三、
さっそく仲間ができて心強くなったクラリスは、まずは駅周辺を見て周った。海岸は漁が盛んらしく、船がたくさんある。漁師さんらしき人をよく見かけるし、漁師さんの歌が聞こえてくる。
海岸沿いは大通り。ずらっと商店が並んでいて、こちらも賑やかだ。
島の反対側は山になっている。その山が、珍しい植物の源となっているのだろう。海も山もあって、騒がしいというほどではないが、賑わいのある市。好印象の持てる雰囲気だ。修行の場となる島選びに間違いはなかったと、我ながら思った。
しかし。ことはそうとんとん拍子に進まない。
まずは調査をしようということで、ルシファーにショルダーバッグに入ってもらって表通りを歩いてみた(ルシファーがいたら市民に驚かれると想い、そうしてもらった。渋々入ってくれたが、カバンのすきまからちらちらと外の様子をうかがう目がきょろりと見える)。すると、薬とまじないを扱う大きめな店を見つけ、中に入ってみた。
どんなものがあるのかと、店内を一周する。気になったものは手に取ってみた。魔力の弱いクラリスには、それにどれだけの力が込められているかなんて、さっぱりわからない。けれど、お店にはお客さんが入れかわり立ちかわり入ってくるのを見ると、この市内では栄えているのだろう。そこそこの商品を売っているようだ。持ってみて、嫌な感じはしないし。
村にはなかった種類もあって、ゆっくりと観察してまわる。すると、お客さんの足が途切れたとき、店の人に声をかけられた。お会計のところにいた、中年でとっぷりとした体形の男性だ。
「お嬢ちゃん、修行をしに来たのかい?」
「は、はい!」
魔力のある見かけない顔が、“旅立ち”の日に魔法関係の店にいれば、そう思われて当然だ。クラリスが緊張して答えると、もともと良いとはいえない顔がぐにゃりと歪み、ばかにした視線をよこしてきた。
「悪いけど、うちでお嬢ちゃんみたいな子を弟子にとることはできないよ。使い魔を連れているのは珍しいけどねぇ。でも、うちは見てもらったとおり、繁盛しているけど、手は足りていてね」
嫌な視線でなめまわされるのは気分が悪い。
“お嬢ちゃんみたいな”の後には、“力の弱い”という言葉が続くのは、店主であろうこの男の言い回しですぐにわかった。手は足りているというのは後付けで、弟子にとるならもっと力の強い見込みある人がいい、と言っているのだ。使い魔というのはルシファーのことだろう。そんなものを連れてたってあんたはいらないよ、という男の心の声がひしひしと伝わってくる。
「ま、そういうことだから、他をあたりな」
手をひらひらさせる仕草は、さっさと出て行け、とでも言うように、しっしと払いのけられているようだ。
嫌な奴。こんなところ、こっちから願い下げよ。
「ありがとうございました」
引きつりそうになる顔にどうにか笑みを貼り付けて、クラリスが店を出ようとすると、ちょうどお客さんが入ってきた。
「いらっしゃいませぇ!」
後ろから聞こえる声は、さっきの人を馬鹿にしたものと打って変わって、媚を売るような気持ちの悪い声だ。振り返らずとも手もみをしている様子が目に浮かぶ。クラリスは迷うことなくさっさとそこを後にした。
「嫌なやつ! あのおっさんのまわり、いやぁなどろどろがあった!」
ルシファー がカバンの中でぷんすかしている。すきまから洩れる光が赤っぽく見える。感情で色が変わるようだ。
怒ってくれるのは嬉しい。クラリスもルシファーと同意見だ。ちょっと見ていただけで、お願いもしていないのにこの言われよう。そもそも、こんな表通りにある大きな店に弟子入りしたいだなんて、思っていない。自分の力の大きさくらいわきまえているのだ。もっと小さくて、慎ましくやっているところで十分だと思っている。なのに、自分のところに弟子入りに来たと思い込んだうえで追っ払うあの男の態度ときたら!
思い出すだけでむかっ腹が立つ。あんなやつに良い薬が作れるなんて、到底思えない。まあ、置いてあるものから嫌なかんじはしなかったんだけど。
その後も表通りを歩いてみたけれど、なんだか入る気にはなれなかった。市の人から見れば、さらには魔法使いからすれば、田舎から来たクラリスなんて世間知らずの子どもだろう。ちょっと悲観的になってしまう。
ふう、と口からため息が漏れる。
人が多くて長い通りを、心をぴんと張ったまま歩いてきたため、慣れない土地ということもあり、クラリスは疲れ果てていた。気付けばお昼をとっくに通り越し、午後二時をまわっていた。クラリスは通りのはしっこにある小さな広場のベンチで遅い昼食をとることにした。
海へ向かうベンチに腰掛け、また息をつく。海はこんなに穏やかなのに、クラリスの心はざわざわしている。期待はどこかへ吹っ飛んでしまった。
ショルダーバッグを開いてルシファーを膝に乗せ、茶色の紙袋を出す。中身はお母さんが持たせてくれた、サンドイッチ。包みを開くと懐かしい香りがふわりと広がって、まだ旅立ちから半日も経っていないのに、もう両親に会いたくなってしまった。
めげちゃだめだ、と自分に言い聞かせるように頭をぶんぶんと振ると、サンドイッチを半分にちぎる。
「ルシファーは何か食べないの?」
火の悪魔は薪をくべてもらっていたけど、食べていたわけではないのかな。
苦しいとき、話し相手がいると気がまぎれる。
「おいらは何も食べなくても大丈夫! クラリスの気をほんのちょっともらってるし。でも、くれれば食べる!」
気をもらってるって、なんだろう。
聞いたところ、人間の放つ生命エネルギーのようなものらしい。寿命が縮むとかそういうことはないというので、安心した。
クラリスはちぎったサンドイッチをさらに半分にして、「あーん」とルシファーにあげてみた。ルシファーは青い火に口を開けて、ぱくりと一飲みした。
「おいしい!」
あ、味もわかるんだ。おいしそうな顔をするルシファーを見ながら、クラリスも手に残ったサンドイッチの小さな欠片を頬張る。残りの半分は、お夕飯用にとっておこう。もしも自分を置いてくれるところが今日中に見つからなかったときのために。お金はもらっているが、本当に必要になったときのため、なるべく残しておきたい。
一休みしたところで、うーん、と伸びをし、ぱちん! と頬を叩いて気合を入れる。
「よし、行くよ!」
ルシファーのおいしい顔でちょっと元気が出た。クラリスが立ちあがってルシファーにカバンの中へ入ってもらう。ルシファーは、「え? もう?」と不満げだったが、時間を無駄にはできない。
今度は表通りから一本入ったところの道に行ってみよう。クラリスは再び歩き出した。