二、
電車がだんだんゆっくりになってくる。
そして、止まる。
クラリスはふう、と大きく息をついて、立っていた扉のわきから外へ視線を動かす。
――と、その途中で真ん丸の二つの目と目が合った。
扉が開く。
(え? あれ何? 見たことあるような・・・・・・)
考えつつも視線と足は扉の外へと動く。駅のホームに一歩踏み出した瞬間、はっと思い出した。
「カ・・・・・・ルシファー?!」
ばっと振り返る。
ここで降車したのはクラリスだけだった。
しゅう、と扉が閉まる。と。
べちん!
扉になにかがぶつかる音がした。ほんの少し、すきまに青いちらちらしたものがはさまっている。
「呼んだ?!」
(へ?)
むぎゅむぎゅっ
(扉のすきまを無理やり通り抜けてる・・・・・・)
にゅる
(あ、だいたい出てきた)
しゅっ
(お?)
ぽん!
(出た!)
ぷしゅう、と気の抜けた音がして、電車はまたゆっくりと、がたんかたんと王都へ向かっていった。ホームに残ったのは、クラリスと、ぽんと出てきたそれの、一人とひとつ。
「呼んだ? おいらのこと、ルシファーって、呼んだ?」
しゃべった。しゃべったぞ。
目の前で興奮気味にしゃべるのは青い火。浮いている。ずいっとクラリスの顔の前に迫ってくる。でも、熱くない。火じゃないの? あなた。
とりあえず、答えないと。
「う・・・・・・ん? 呼んだというか、違うけど、そう」
青く光る火のようなそれは、あの物語に出てくる火の悪魔のイメージそっくりだったのだ。イメージの中ではオレンジ色のような赤なのだけど、それをそのまま青にしたかんじ。驚いて言葉が引っかかってしまったのだ。
クラリスのどちらとも言えない返事を聞いて、青い火は真ん丸の目をさらに大きくして、輝かせた。
「やった! おいら、ルシファー! 名前、もらった!」
嬉しそうにぶんぶん飛び回るそれ。
クラリスのほうはなにがなんだかわからず、ぽかんとしてしまう。名前をもらったって、どういうこと?
「ありがとう! おいら、あんたといれば存在できる!」
「ど・・・・・・どういうこと?」
「あんた、おいらに名前くれた! おいら、契約しないと消えちゃうところだったんだ!」
「私、あなたと契約なんてしてないよ?」
あの物語のように、心臓と取り換えに、なんて問題ありすぎる。そもそも契約って何?
「名前だよ! あんた、おいらにルシファーって名前、くれた! それ、契約!」
名前をあげたわけじゃないんだけど・・・・・・。頭に浮かんだ名前が口からすべりおちてしまっただけだ。
「おいら、あんたに名前もらえた! 契約した! だから生きていける!」
やっほ―――――――い!
くるくるまわる青い火。
どういうことか考える。クラリスが電車を降りる直前に目が合い、つい口にしてしまった名前が契約となった、ということで合ってるのかな。そしてその契約は、この青い火――ルシファーの存在を可としている。
(ううん、名前をあげただけで、命と引き換えでないなら・・・・・・まあいっか)
今もくるくるぴゅんぴゅん歓びの舞を続けるルシファーを見ながら、心臓を抜き取られなかったことにひと安心する。
(ん? ちょっと待てよ、契約ってことは)
「私はルシファーの主ってこと?」
「うん! そんなもんかな。おいら、あんたがいるから存在できるんだ」
踊りを止めてルシファーが答える。
「命令とかならなるべく聞くよ」
「なるべく?」
どうやら主従関係とかで縛られているわけではないらしい。それなら。
「それなら、友だちになって」
「ともだち?」
「もう自由にしていていいんでしょ? どこに行ってもいいよ。ただ、お友だちになりたいの」
きっとこの出会いもなんらかのご縁があるのだろう。悪いこじゃなさそうだし、これから自由に生きてもらっていい。ただ、目的地に着いて最初の友だちになってほしいと、純粋に思った。友だちがいる、そう思うだけで、強くなれる気がするから。
「ともだち! おいらの友だち! なる! なるよ! おいら、ルシファー! よろしくぅ!」
「私はクラリス。よろしくね」
そしてクラリスはここに来た事情を簡単に説明した。
「というわけだから、私、行くね。またね」
長く駅に留まるわけにはいかない。早く修行の場を見つけなければならないのだ。クラリスはルシファーに別れを告げる。
「待って!」
ルシファーが叫んだ。火のような体が大きくゆらめいている。
「おいら、クラリスと一緒に行きたい! 自由にしていいんでしょ? 一緒にいたいよぉ。・・・・・・だめ?」
「・・・・・・」
だめじゃない。クラリスは考えるふりをして、ルシファーを見る。答えは決まっている。ルシファーはこちらの様子をうかがってくる。
「仕方ないなぁ。行こう」
手を差し出すと、ルシファーが嬉しそうに飛び乗ってきた。熱くない火だけど、あたたかさを感じる。独りでは心細かった。
連れができて、強くなれる、がんばれる気がした。