表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/2

前編 僕は、彼女の香りに惹かれていく。

「西場君、私って変な匂いしない?」

「えっ。えーっと……」


 もうすぐ衣替えという、夏が近い季節。高校一年のとあるクラス。関川由里子(せきがわゆりこ)は、唐突に隣の席の男子——西場幸(にしばこう)に声をかけた。彼女は恥ずかしいのか、少し顔を赤らめて、うつむいている。

 (こう)は聞かれたことに答えようと、彼女の方を向き、くんくんと匂いを嗅ぐ。もっとも、顔を近づけるわけではないので、よほど強いものじゃなければ届かないだろう。しかし彼は、人一倍匂いに敏感だったのだ。その方向に顔を向けると、かすかに彼女が発する匂いを感じることができた。


「変な匂いなんかしないよ?」

「そっか。良かった……」


 彼は、平静を保っているように淡々と答えた。その声に安心をする由里子。しかし幸の内心はというと——


 やっべえ。すっごく、いい香りがする。ボディーソープ? それともシャンプー? どこのメーカーの使っているのかな?


 と、大いに()()()()()()いた。そんな気持ちを隠すのに必死に声のトーンを抑えていた。

 肩まで伸びた、ストレートの髪から漂う由里子の香りは、幸の心をくすぐる。これがまさか、毎日のことになるとは、この時点で幸は思いも寄らなかった。


 それにしても……なぜ僕に聞いてくるのだろう?


 由里子は、クラスでは一人でいることが多かった。いじめられてるわけでもなく、どうやら彼女自身が他の人との距離を置いているようだ。薄々気付いてはいたのだけど、隣の席になったことでよく分かる。今では、その感覚は正しかったのだと確信していた。


 幸は、彼女に好意を持っていた。隣の席になるまで、あまり話したことはなかったものの、彼女の前髪をいつも分けるクセが可愛いとも思っていた。そんな理由があって、席替えで隣になったことは、嬉しくて仕方なかったのだ。

 その上、匂いを嗅いでくれなんて。いったい、どんなご褒美なんだ! と、とても喜んでいた。単純な男なのであった。


「あの……どうしてそんなこと聞くの?」

「あっ。あのね、西場君って、匂いに敏感そうな表情をしていたから」

「えっ?」


 まずい。もしかして匂いに喜んでいたのバレている? 変態だと思われている? 幸は心配になったが、どうやら違っていたようだ。


「前ね、西村君が持ってきてた机の奥のお菓子のこと、匂いで気付いたでしょう?」

「ああ、アイツが持ってきたのがカビてたやつね。取り出したら袋の中に腐海が誕生していて、あの時は騒ぎになったなぁ」

「うん。それで、匂いに敏感なのかなって」


 すると幸には別の疑問が湧く。そもそも、なぜ、聞くのか?


「どうして匂いが気になるの?」

「それは……あの、昨日、先輩に告白されて……」

「えっ?」

「付き合おうと思ってるから」

「えっ?」


 がーん! 幸は、ショックで声が出そうになるのを我慢した。そんな……いきなり、失恋なのか? つらい。つらすぎる。モウ、イキテ、イケナイ……。

 幸は絞り出すように言葉を発した。


「そ、そう、おめでとぅ…………」

「ありがとう。だから彼に嫌われたくなくて」


 由里子の顔は、少しだけキラキラしていた。そのことも、幸には受け入れがたい事実だった。だった、のだが、次の言葉が彼に希望を与えることになる。


「だから、毎日、私の匂いを感じて欲しいの……」

「はえっ?」


 幸は、その言葉に妙に色っぽい雰囲気を感じ、何かがひしゃげるような変な声を発した。彼女を見ると、とても恥ずかしそうにしている。その姿を見て幸は可愛いと興奮した。

 由里子の匂いを、堂々と毎日嗅げるというのだ……! 内心では、やったぜ! という気持ちが渦巻いていた。


「わ、わかった。協力する」

「ありがとう!」


 由里子は、ぱっと表情を明るくした。その顔を見て、幸は気分が高揚し、頭の中で語り始める。


 趣味と実益を兼ねたことをお願いされたんだ。断るなんてとんでもない。できる限り、()()しよう! 彼女が喜んでくれるなら、それでいいじゃないか。影から応援する男。その名は……幸。


 彼の脳内で早くも、英雄物語が語られていた。


 この日から毎日、彼にとって幸せで、少し切ない時間が放課後に訪れることになった。



「あの西場君……お願い……」


 翌日の放課後。昨日と同じように、由里子が少し顔を赤らめながら聞いてきた。これから部活動で先輩に会うのだろう。幸は、そう考えるとキリリと胸が痛む。

 しかし、しょうがない。幸は彼女の方を向いて、すんすんと匂いを嗅ぐ。すると、昨日と同じような由里子の匂いを感じた。甘い、シャンプーの香り。彼女はとても清潔にしているのか、汗をかきにくいのか、シャンプー以外の香りを感じなかった。


「大丈夫だよ」

「わかった。ありがとう」


 絵里子の顔が嬉しそうに綻ぶ。やや紅潮している頬を見て「ああ、この一瞬の笑顔のためにやってるんだな」と、自らの()()に悦に浸った。

 スキップしそうな勢いで去って行く由里子の背中を見て、幸は今だ解決しない問題を考え始める。


「なぜ、匂いがそんなに心配なのだろう? コンプレックス?」


 そう独りごちる。多分、クラスの中で皆と距離を置いているのは、それが原因なのだろう。

 そして……もう一つの事実に行きつく。匂いが心配でも、変だったとしても、幸ならどう思われても大丈夫。つまり、男として何も意識されていない、下手すると嫌われてもいいとすら思っているのかもしれない。だからこそ、匂いのことを頼めるのだ、と。


「はぁぁ」


 幸は一人で落ち込む。もっとも、毎日好きな人の匂いを嗅げるという特典がある以上、落ち込んでいたとしても、たいしたことはなかったのだが。彼は、少しだけ肩を落として、その日は帰宅した。


 幸は、自宅に帰ると、由里子のことを姉に聞いてみることにした。姉は社会人。ポニーテールがよく似合うと幸は感じている。


「姉さん、聞きたいことがあるんだけど」

「んー? 好きな子でもできた?」

「ぶっ。いや、そんなんじゃなくて」

「図星か……そういう話大好物だよ。話してみ?」


 彼は姉の好奇心を無視して、疑問だけを言うことにした。


「女子が匂いを気にすることってあるの?」

「だいたい気にするんじゃない?」

「いや、気にするにしても……隣の席の男子に聞く? つきあってる先輩に嫌われたくないとかで」

「ふーむ。好きな子にそう言われたんだ。まあ、まだ脈はありそうだなぁ」

「いや、そうじゃなくて……えっ? マジ?」


 話が脱線しても、姉の言葉に食いついてしまう。幸は分かっていても、やめられない自分に落胆しつつも、話を聞くことにした。脈があるって?


「まだ、その彼氏とは距離があるってこと。あんたには聞けることが、彼氏には聞けていない。それだけ彼氏が好きなのかもしれないけど、その距離が縮まない以上、チャンスがある」

「そこを詳しく……!」

「そうだなぁ。コンプレックスがありそうなら、聞けたらいいかもなあ。当然彼氏に話していないだろうし」

「ふむふむ」

「まあ自分のコンプレックスも話してあげれば、警戒も緩んで聞けるかもしれないな」

「何を話せばいい?」

「それくらい考えな。もう一つ、多分そのうち嗅がなくていいと言われる日があると思う。その時は、絶対嗅ぐなよ!」

「えっなんで?」

「察しろ。もし、言われても嗅いだなら、アタシがあんたを()める」

「えっ。はぁ……」


 幸は姉に()められないように、気を付けようと思いながら、自分の部屋に戻る。


「あれ? 聞こうと思ったこと聞けたんだっけ?」



 数日後。姉から聞いた作戦を決行した。由里子のコンプレックスのことを聞き出す。すると……うまく由里子の心を開くのに成功したのであった。

 コンプレックスの原因は、予想より重い話だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

↑↑評価はこちらからお願いいたします。お読みいただき、ありがとうございました。

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ