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「パパ? パーパー!」
「・・・・・・ああ?」
娘の大きな声で我に返る。
「パパ、ボーってしてた」
「あ、ああ、悪い悪い」
どうにも懐かしい記憶だったからか、話している最中でぼけーっとしてしまった。
「あーっと、どこまで話したっけか」
「えっとね、文化祭? のライブのところまで!」
「ああ、そうだったそうだった」
しかし、そこまで話したとなれば。
「じゃ、俺から話せるところは終わりだな」
「えー! なんで!」
「なんでって言われてもな。話せることは本当にないんだよ。そこから先は普通に過ごして今に至るって感じ」
いくらなんでも娘に高校生時代の惚気話を聞かせるわけにもいかないし。
「じゃあどうやってママと結婚したの」
「そうだな・・・・・・」
お前が生まれたから。というのは簡単だが、
「もう少し大きくなったらママが教えてくれるさ」
「ほんと?」
「俺はママじゃないから約束できん」
言いながら膝に乗っかった娘を抱き上げて立たせる。
「だからママに訊いてみな」
「わかった!」
頷いて元気に飛び出していく娘を見送って。
「ふふ・・・・・・」
その姿に思わず笑みを零してしまう。
我が娘ながら本当に元気に育っている。活発なのは母親譲りか、いや昔のアイツはもっと臆病だったら俺譲りかも。そうだとしたら少し嬉しいものだな。
「ま、これからも健康に育ってくれればいいですよっと」
呟きながら立て掛けてあるエレキギターを手に取った。
ずっと俺を知っている相棒だ。
「・・・・・・よし」
アンプに繋いでチューニング。それから演奏を始める。セイレーンが、アリスが作った最初の曲だ。スピーカーから流れるギターの音は昔の記憶を掘り起こしてきて、
「・・・・・・」
懐かしい記憶が溢れてくる。俺は自分の奏でる音と共にアリスとの思い出を振り返る。
*
高校を卒業して俺達は別々の進路を取ることになった。
アリスは海外へと行って、
涼音は都会の大学へと進学して、
アニキとは高校を卒業してしまうと当然会う機会も大きく減って、
俺は住んでいるアパートから通える大学へと進学した。
知り合いなんて誰もいない新しい環境の中、それなりに話せる友人も作ることができて、ようやく学生生活にも慣れていた頃。
「・・・・・・うん?」
講義が始まる前に友人達と話している最中にスマホが揺れた。アリスからの電話だ。
「もしもし」
『シュンタロー』
「ああ、うん。どうした? そっちは仕事終わりか?」
『うん、そう』
「そうか。お疲れ。俺はこれから講義だよ」
『学生さんは大変だな』
「お前よりはマシだよ」
そんな話をしていると、横から「俊太郎くん、誰ー?」なんて声を掛けられて、
『・・・・・・おい』
怒りを感じる低い声。
『今、女の声が聞こえたぞ』
「い、いやいや、そりゃ共学に通ってるんだから女の知り合いくらい一人や二人・・・・・・」
『お前のこと下の名前で呼んでた』
最近の電話はすごいな。音がクリーンで電話の向こう先にも会話が駄々漏れだ。
とりあえずその場から急いで離れて一人になる。講義なんかよりもアリスの怒りを鎮めることがずっと大切だ。
「別に深い意味じゃないって。苗字で呼ばない風潮があるというか、それだけのこと。お前が心配することなんて何もない」
『ほんと?』
「本当だよ」
努めて優しく言う。
『優しいじゃん』
「お前にはいつも優しいんだよ、俺は」
『やっぱり浮気?』
「なんでそうなるんだよ!」
『あたしの知ってるシュンタローはそんなこと言わないし。もっと適当なこと言うし』
俺はいったいどう思われているんだ。
『・・・・・・ごめん、シュンタロー』
「あ? どうしたんだよ」
『ちっちゃい嫉妬してるって、わかってる。シュンタローには浮気するような甲斐性も根性も絶対ないし。そんなこと頭では分かってるんだけど、近くにいないから本当のことはわからなくて、なんか不安になってる』
「そか」
隣にいたら撫でてやれるのに、抱きしめてやれるのに。
「安心しろよ。浮気なんて絶対しないから」
『うん。・・・・・・ねえ、シュンタロー』
「なんだ?」
『あたしってめんどくさいやつかな?』
「めんどくさい? なんで」
『だって似たようなやり取りばっかしてるし、シュンタローも迷惑してるんじゃないかって』
そんなしおらしいアリスに思わず笑ってしまう。
『なんで笑うんだよ』
「ああ、らしくないこと言ってるなって」
『らしくないことって』
「俺は迷惑なんかしてないし、つーか、不安なことは不安だって言ってほしい。それでなくても離れ離れなんだからさ、お互い表情もちゃんと見れないのに全部察するなんてどう考えてもできないだろ」
『それは、うん』
「それでなくても俺は鈍感らしいからさ、ちゃんと言われないと分からないこともあるし」
俺のそんな言葉に『そうだな』とようやく笑ってくれる。
『シュンタロー』
「ん?」
『大好き』
「ああ、ありがとさん」
流石にそのまま返すのは恥ずかしくて、俺はお礼だけ言っておくが、
『おい、不安なことは不安だって言ってほしいって言ってたじゃん』
「言ったけど」
『じゃあちゃんとお前も言えよ。不安になるだろ』
「あー、うーん」
『ちゃんと言って』
「えーっと、その、好きだぞ」
『大好きじゃないの?』
「・・・・・・大好きです」
言わされた。慣れないことを言って顔が少し熱くなる。
それから俺達は少しだけ話をして電話を切った。当然のごとく講義にはだいぶ遅刻したけども、まあいいだろう。
俺達はこうやって二人の時間を過ごしていく。
*
大学生活も半ば。
俺が二十歳になる日のことだった。
『ごめん、シュンタロー。本当にごめん』
泣きそうな声で謝られる。
「なんでお前が謝るんだよ。気にすんなよ」
そんなアリスを慰めるように言った。
本来なら彼女は今日帰国するはずだった。だが、急な仕事が入ってしまってそれは叶わなくなってしまったのだ。久しぶりに直接顔を見る機会だったし、もちろん俺も残念な気持ちではあるが、アリスを責めるつもりなんてまったくない。
『でも、シュンタローの誕生日だから、一緒にお祝いしようってあたしが言ったのに』
「気にするなって。来年になればまた誕生日なんてくるだろ」
『あたし、シュンタローの誕生日ちゃんと祝ったの子供のときだけで、だから今日も楽しみにしてて、ずっとシュンタローに会いたかったんだよ』
「アリス・・・・・・」
俺も会いたかった。会いに来てくれ。
そんな言葉が思わず出そうになるけど、今の俺は彼女を突き放さないといけない。
「なあ、アリス」
『何?』
「お前はセイレーンなんだ。まだ俺が独り占めすることはできない」
『シュンタロー・・・・・・』
「お前の輝いている姿が見られるだけで俺は満足なんだよ」
『そんなんで満足しないで』
「コイツが俺の女なんだぜ! という自慢もある」
『なんだよそれ』
そのままの意味だよ。
「俺はお前がもっと輝いてくれればそれでいいんだ。その姿をずっと応援してるからさ」
『うん・・・・・・でも、誕生日プレゼントとか』
「プレゼント?」
『せっかくの誕生日なのに、お前にあげるもの何も用意できてなくて、今から用意して郵送しても結構時間掛かっちゃうだろうし』
「別になくても気にしないけど」
『あたしはするの』
そう言われても、もうプレゼントを貰うような歳でもないんだが、
「あ、じゃあさ」
一つ思いついたことがあった。
「なんか一曲歌ってくれよ。俺が知ってる歌で」
『歌? 別にいいけど・・・・・・』
「よし、それじゃ、ちょっと待ってくれ」
通話をスピーカーモードにして、ゴソゴソとギターを弾ける用意をする。
「いいぞ」
『う、うん』
そうして彼女の歌声が部屋に広がる。俺はギターの絃を弾いて音色をつける。
誕生日のミニライブ。俺達にはこういうのもいいじゃないか。
俺達は音色で繋がって二人の時間を過ごしていく。
*
大学生活最後の冬。
世間はクリスマスと浮かれている中で、俺はアリスと電話で話していた。
『なんかさ』
「なんだ?」
『恋人らしい事できてないよな、あたし達』
「急にどうしたんだよ」
『今日みたいにクリスマスとか、お互いの誕生日とか、世間にはカップル御用達のイベントがいっぱいあるのに、あたし達はちゃんと一緒にいられたことないし』
「まあ、そうかもな」
実際、俺が大学生活を過ごしている中でアリスに会えたのは一回だけ。俺がバイトして貯めた金で会いに行ったときしかない。アリスはずっと日本に戻ってきていないのだ。海外に拠点を移したのだから当然と言えばそうなのだろうが。
「俺ももっと甲斐性があればいいんだけどな」
海外に行くのは金が掛かる。そう簡単には会いに行けない。
『あたしがその分出すって言ってるのに』
「それはなんか違うだろ」
『会いたいんだから受け取ってよ』
「ちゃんと自分の金で会いに行きたいんだ。待ってろよ、社会人になったらどんどん会いに行くからな」
『そんな休みないだろ』
痛いところを突かれた。
『そうだ、卒業したらあたしのところ来ればいいじゃん。マネージャーで雇ってやるよ』
「ああ?」
『ずっと一緒にいられるぞ』
「それじゃお前のヒモじゃん、昔も言ったけど俺はヒモになる気はない」
『でもさ、お前がどれだけ頑張っても、多分生涯年収はあたしに勝てないと思うけど』
そりゃそうだろうよ。分かっている。
「ともかくだ。俺は日本にいる。お前の帰る場所を作っておく」
『チッ、カッコいいこと言いやがって』
「舌打ちするな。カッコいいって思うならちゃんと喜べ」
『喜んでる。同じくらい寂しいけど』
「・・・・・・すまん」
『いいよ、シュンタローの決めたことだし』
アリスは「でも」と言葉を続けて、
『シュンタローはさ、寂しい思いとかしてない? あたしとずっと離れていて不安になってない?』
寂しくないって言ったら嘘になる。不安だってもちろんある。
「そんなの、仕方ないだろ。お前はセイレーンなんだから」
『仕方ない、か。そうだよな』
そんな小さい声がスピーカー越しに聴こえてくる。
彼女の姿が想像できてしまった。背中を丸めて、きっと泣きそうになっている。
「会いたいよ」
『え?』
「俺だってお前に会いたい。ずっと一緒にいたい」
俺は馬鹿だ。彼女は自分の不安をちゃん口にしているのに、俺は何でもない風に装って、それがアリスのためを思っていたとしても、結局傷つけているだけだった。俺も俺の思っていることを彼女と伝えあわないといけないのに。
「本当は不安だ。アリスの傍にいたいって思う」
『うん』
「でもさ、俺、ずっと待ってるから」
『うん』
頷く声に嗚咽が混じる。
『シュンタロー』
「なんだ?」
『もう少し待ってろよ、あたし、がんばるから』
「ああ、いつまでも待つよ。お前がやりきったって思えるまで」
『うん』
そこで会話が途切れてしまった。アリスからも何か言う気配はなくて、
「あーっと、だな」
『どうかした?』
「その、今更言うまでもないことなんだが」
それでも、ちゃんと思っていることを伝えないといけない。口にするのを躊躇うことでアリスのことを傷つけてしまうのだ。
「何か素っ気ない態度してる気もするけどさ。お前のこと、ちゃんと好きだからな」
『・・・・・・へ?』
返ってきたのは想像もしていなかった間の抜けた声。
『マジで?』
「なんだよその反応」
『だ、だって、シュンタローが自分からそんなこと言うの初めてだし』
「あ? そんなわけ」
ある気がする。いつも想いを伝えてくるのはアリスからだった。
『シュンタロー、あたしも好き』
「ああ」
『愛してる』
躊躇いもなく恥ずかしいこと言いやがって。
「俺も愛してる、アリス」
俺達はそうやって想いを伝えあって二人の時間を過ごしていく。
*
俺は大学を卒業して適当に就活してもらった内定先で勤めることになった。
最初は右も左も分からない世界だったが、時間が経てば慣れていくもので、三年経った今では俺も社会人生活というものにすっかり溶け込んでいた。ただ学生生活よりは自由な時間が少ない。俺はアリスと電話でのやり取りは大きく減って、たまにメールでやり取りするだけ。そんな生活にも気が付けば慣れていって。
そんなある日だった。アリスが突然帰国してきたのは。
休みの日中、彼女は突然俺の暮らすアパートへやってきたのだ。
「ほら」
とりあえず部屋に上げてお茶を出す。それから彼女の横に座って、
「で、どうしたんだよ、急に」
「なんだよ。会いたくなかった?」
「まさか。そんなことあるわけないだろ」
「どうだか」
あまり機嫌はよろしくないらしいが、それもそうか。会社が繁忙期で彼女のメールもちゃんと返せていなかったし、ちゃんとコミュニケーションも取れていなかった。
「あー、その、忙しかったんだ。ごめん」
「別にいいよ。お互い違う生き方してるんだから」
という割には取り付く島もないけれど。
「それで、その、何か用があったんじゃないのか」
「理由がないと戻ってきちゃいけない?」
「そうじゃないって。ただ驚いただけで」
今まで突然帰ってくることはなかった。帰ってこられるタイミングがあるときは数か月前から必ず連絡をくれていたし、それも良くて一年に一度。ライブの日本公演やイベントがあるからというときだけ。三か月前にもそれで帰国したし、俺も会っている。
「本当にこうして会えて嬉しいんだ」
彼女の肩を抱く。アリスも俺の肩に頭を預けてくれた。
「こうして触れられて、声を聞けるって、やっぱり幸せだしさ」
「ん」
「だから嬉しい。帰ってきてくれて」
「うん」
しばらくそうしていると、アリスはゆっくりと口を開いて、
「ねえ」
「どうした?」
「あたしさ、セイレーンやめようと思う」
「・・・・・・へ?」
「ダメ?」
「いや、それは、駄目というか」
お前はいいのか。そんなことを言おうとして、
「この七年くらいさ。ずっと走ってきたし、そろそろいいんじゃないかなーって」
アリスは俺の言わんとすることを理解したのか言葉を続ける。
「それにさ、ちょっと続けづらい理由も出来ちゃってね」
「続けづらいって、なんだ?」
何か大きいトラブルでもあったのだろうか、もしかしてスキャンダル? セイレーンの正体が知られてしまったとか?
「赤ちゃん」
「は?」
「赤ちゃんできたから」
それはまったく想像していない言葉だった。
「え、いや、えっと、お相手は」
「お前に決まってるだろ、ぶっ飛ばすぞ」
「す、すまん。動揺してて」
「妊娠三か月だってさ。前に帰ってきたときだろうな」
「そう、だな」
そのタイミングしかありえない。
「で、ある意味いい機会だし、あたしも走り切った気持ちになったし、セイレーンやめて子育てしようと思ってさ」
「そうか・・・・・・」
俺は驚きを越えて呆然としてしまう。
「安心しろよ」
「安心?」
「ああ。シュンタローには迷惑かけないからさ」
アリスは自分のお腹を撫でて、
「この子はあたしが育てるから。シュンタローは気にしないでいいよ。シュンタローにはシュンタローの生活がある。あたしのことなんて忘れていいから」
「・・・・・・は?」
何言ってるんだこいつ。
「それ、どういう意味だよ」
「まんまの意味だって」
「別れるってことか?」
「・・・・・・うん。いきなり帰ってきてさ、いきなり子供できたなんて言われて、そんなの重いだけだろ。迷惑なだけだろ」
アリスは泣きそうな顔で笑っていて、俺はそんな彼女を抱きしめた。
「シュ、シュンタロー?」
「馬鹿言ってんじゃねえよ。この大馬鹿野郎」
本当にコイツは大馬鹿だ。何を気にしているんだ。
「俺とお前の子供なんだろ。そんなの嬉しいに決まってるだろうが」
「で、でも、でも・・・・・・」
「それともなんだ? お前は自分の勝手で子供から父親を奪うのか」
「そんなつもりなけど、だって、きっと苦労もあるだろうし」
「それを分かち合うために俺達は二人でいるんだろ」
少し離れて見つめ合う。アリスはまだ躊躇っているようだった。
「ちょっと待ってろ」
「え、う、うん」
立ち上がって向かうのは自分の机、その引き出しを開いて小さな箱を取り出す。
「アリス」
「何それ」
言われてその箱を開ける。
中に入っているのは銀色の指輪だ。
「こ、これ、え、うそ」
「嘘じゃねえよ」
「でも、だって、いつの間に・・・・・・」
「三か月前。サイズはお前が寝ているときに測って、次会うときに渡そうと思って用意したんだ。俺も学生の頃より稼げてるし、二人なら節約すれば食っていけるかなって思って。もちろんお前がセイレーンとして続けてくれてもよかった。指輪は付けられないだろうけど受け取ってくれればなんて思ってんだ」
「うん」
頷きながらもアリスはじっと指輪を見たままで、
「給料三か月分とか、流石にそこまでではないし、お前からしてみれば安物だと思うけど、アリスさえよければ受け取ってほしい。これが俺の気持ちだ」
「・・・・・・シュンタロー」
俺の名前を呼んで、左手を差し出してきた。
「つけてよ、シュンタロー」
「ああ」
指輪取って彼女の指に通す。もちろん左手の薬指に。
「アリス」
「うん」
「俺はお前と比べて甲斐性もないし、これからもお前に迷惑をかけると思う。それでも、それでも俺と一緒にいてほしいし、一緒にいたい」
「はい、はい・・・・・・」
アリスは堪えきれないように涙を流して、俺は優しく抱きしめる。
「シュンタロー」
「ああ」
「ずっと一緒にいてね。勝手にどこかいくなよ」
「当然だ。お前こそだぞ。俺達はずっと一緒なんだ」
そして俺達は唇を重ね合わせる。
二人の永遠を。
二人の幸せを。
これから生まれてくる命に感謝を込めて。
そして俺達はお互いの時間を共有する。
*
たくさんの思い出が浮かんでくる。
あんなことがあった。
こんなことがあった。
多くの幸せがあった。
途切れることなく記憶は再生されていく。それに乗せてギターを奏でる。
もちろん楽しい記憶だけじゃない。たくさんの苦労があった。
まずはセイレーンの引退。
これは簡単なことじゃなかった。それはそうだ。世界的な歌姫が妊娠したから引退とは言えないし、何年先も予定が埋まっているような彼女が簡単に辞められるわけがなかったのだ。それでもアリスは自分の意思を貫き通して引退ライブを開きセイレーンとしての生活を終えた。
それからは俺達の生活だ。結婚して子供が生まれたとなればアパート暮らしでは狭すぎる。俺は借家でひとまずと思っていたのだが、アリスが納得せずに自分の稼いできた金で家を建てたのだ。完成するまで、しばらくの間は三人でアパート暮らしを続けることになった。
子育ても簡単じゃない。
意見の食い違いで口論して、
どうでもいいことで喧嘩して、
でも、最後はちゃんと仲直りして。
・・・・・・まあ、いい親になれているのかは分からないけど。
それでも悪い家族ではないはずだ、と思う。たぶん。
絃を弾いて余韻を残し、曲が終わる。
「よし」
満足した。俺はギターを元の場所に戻そうとしたところで、
「シュンタロー!」
「パパー!」
荒々しくドアが開かれる。現れたのは家族の二人。
「あ?」
もっと丁寧にドアを開けてくれ。
「どうした。なんかあったのか」
「なんか、じゃないだろ!」
「いや、わかんねえよ。どうしたんだよ」
「演奏するときはあたしを呼べっていつも言ってるだろ!」
「私も言ってるー」
思いの外どうでもいい内容だった。
「この部屋、たしか防音室だったよな?」
「部屋の前通ったら演奏してる姿が見えたぞ」
「見えた!」
「そうか、えっと、すまん」
二人から責められて頭を下げる。
「いや、コイツに俺達の昔話をしていたら懐かしい気持ちになってな、たまにはこのギターも弾いてやるかと思ってさ」
重音の頭を撫でつつ言うと、
「それでも呼べよ」
「次からはそうする」
「にへへ、それでよし」
昔と変わらない笑顔を浮かべながら、俺の前に椅子を持ってきた。
「どうした?」
「聴かせてよ、ギター」
「え、片付けようとしてたんだけど」
「いいじゃん。別に。聴かせて」
アリスが俺の前に座る。
「あー、私もパパの前がいいー!」
「だーめ。ここはあたしの特等席なんだ」
「えー?」
妻と重音はちょっとした言い争いの末、言い負けた重音は渋々といった様子でアリスの横へと椅子を持ってきた。随分と大人げないママだ。というか二人しかいないのだし、横に並んでも大した差はないだろうが。
「シュンタローも、ほら」
「わかったよ」
溜息をつきつつ俺は椅子に戻る。そしてギターを構えて、
「よし、じゃあ準備はいいか?」
「「はーい」」
二人の声が重なった。それを合図に俺は絃を弾く。
音が連なって音楽になる。
それに合わせてアリスが歌う。
ああ・・・・・・幸せだ。最高の時間だ。
幼い頃に見た俺の夢は叶わなかったけど、でも、叶わなかった未来にこんな時間を掴むことが出来た。そんなの悪いなんて言えるわけがない。後悔なんて何一つない。
俺も、アリスも、重音も、笑顔を絶やさずにいることができて。それで十分だ。
「シュンタロー」
「うん?」
ギターを弾きながら答える。
「なんか楽しそうじゃん」
「そうだな」
「やっぱりギターは楽しい?」
「そんなの当たり前だろ」
お前達に俺の音を聴かせているんだから。俺の音を聴いてくれているんだから。
「ほらアリスもさ、続きを歌ってくれよ」
「うん」
俺達の音が重なる。
俺達の音楽が奏でられていく。
願わくばこの時間が永く続きますように。そう祈りながら俺は絃を弾いた。




