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第6話 運命に導かれし侵入者たち

 ~ザック~


「ザック、霧の外はどうなってる?」


 偵察から帰ってきて早々、レオンはオレにそう訊ねた。


「ダメだ。どこもかしこも『大地の民』がウヨウヨいやがる。完全に包囲されてるぜ」


 オレは、やたらと冷たくて重い霧のせいでびっしょりと濡れた外套をバサバサと振って雫を払い落しながら、渋い顔で答えた。

 暖炉の前でしゃがみ込み、芯まで冷え切った身体を温める。


「そうか……分かった。とにかく、お前は少し休んでくれ」


 レオンはそう言ってオレを労った。けれど、その表情は暗い。


「ちっ、霧の中に入ってから二週間になるが……やつら、諦める気配はさらさらないってか」


 レオンの隣に座っている茶髪の男が、忌々しそうに吐き捨てた。


 こいつの名はジェラルド。

 オレらと同じく、幹部のひとりだ。


「それどころか、むしろ包囲網は少しずつ補強されてやがる。周辺の村々が全部占領されているからな。あっちは交代も補給もいくらでもできるって訳だ」


 オレはたった今目の当たりにしてきた残酷な事実を告げた。

 奴らはオレたちを——英雄に率いられた『星の民』の最後の希望を、見逃すことはないだろう。


 レオンは沈痛な面持ちのまま、木製のテーブルを挟んで向かいに腰かけるもう一人の男に顔を向けた。


「……なあ『学者』。他に抜け道はないのか?」


「残念ですが……友軍との合流は不可能でしょう」


 訊ねられた『学者』は、しかしテーブルの上に置かれた水晶球を見ながら哀しそうに首を振った。


 『学者』っていうのは、仲間内でのこいつの“あだ名”だ。

 何でもこの戦争が始まる前は、地方の田舎町で教鞭をとっていたらしい。


 だから『学者』。


 本当は『先生』とか『教授』とかでも良かったんだが、オレ達はあんまりそういう偉そうなヤツって好きじゃないんだ。

 まあ、戦前は引きこもって勉強とか研究ばっかしてたようなやつだしな。

 『学者』で、間違っちゃいないだろ。


 だが今はこいつもこの部隊の幹部の一人であり、最も優れた魔法使いだ。

 その魔力と知識は、今は誰かに教えるためではなく、専ら戦争のためだけに消費されている。


「包囲が薄い箇所は、瘴気が強い。それでなくても彼らが焚く退魔香を嫌って、敵軍がいないところに魔物が集中してきています。とても子どもやお年寄りを連れて突破できるとは思えません」


「つまりおれ達は、『大地の民』と魔物の両方に囲まれてるってわけか……」


 レオンは悔しそうに呟いた。


「……俺達もいよいよお終いだな。レオン」


 ジェラルドが自嘲するように言った。


「どういうわけか、あの霧の内側に魔物がほとんどいなかったお陰で今のところ全滅を免れちゃあいるが、外の『大地の民』どもが霧に入る覚悟を持てば、それまでだ。あの物量で俺たちはあっという間に磨り潰される。……もう時間の問題だ」


 霧の向こうで陣を引く敵兵の数は二万を超える。オレたちの十倍以上だ。


 それに食糧だって、圧倒的に足りない。

 いくら魔物が出ないと言っても、近くに森があると言っても、だ。

 農地もない大自然に放り出されて、自給自足で三千もの人間の腹を満たすのは土台無理な話なんだ。人間はそんなに頑丈にできていない。


 オマケに、敵軍との戦闘に敗れて逃走する最中、村を滅ぼされて『闇の大地』を彷徨っていた『星の民』の避難民まで保護したせいで、今や部隊の三分の二が非戦闘員だ。

 子どもも年寄りもそして怪我人も、数多く抱えている。


 イチから農作物を育てるのには時間がかかり過ぎる。

 収穫を迎える前に、多くが飢えて死ぬ。


 森の恵みで補ったとしても、持ってあとふた月と言ったところだろう。


(確かに“詰み”、だな……ジェラルドの言う通り、オレたちもここまでなのか……)


 オレも、最後の時が近いことを予感した。

 それはもう、受け入れるしかないもののように思えていた。


 悔しい気持ちはあるが、生への執着は血で血を洗う戦場に少しずつ落としてきてしまったようだ。

 目前に迫った死の恐怖ですら、どこか他人ごとのように感じられる。


「エリーゼ……」


 そのときレオンがふと、呟くように言った。

 それは、アイツの、今は離れ離れとなった恋人の名だった。


 霧の外の『星の民』の残存勢力は僅かだ。

 彼女が行動を共にしている主力部隊も、長くは持たないだろう。


 アイツはもう二度と、エリーゼに会うことも叶わないのだろうか。


 レオンのそれはただの小さな呟きでしかなかった。

 ただそれは、常にオレ達のためだけにその身も心もすり減らしてきたアイツの、唯一の人間らしい心残りに違いなかった。


 オレはその時、できることならせめてその思いだけは叶えてやりたいと、心の底から思った。


「……ひとつだけ、可能性があります」


 だから、まるで独り言を呟くように『学者』がぽつりとそう言ったとき、


「なに!?」


 暖炉の前にしゃがみ込んでいたオレは凄い勢いでテーブルに飛びついた。


「本当か!?」


「いえ、“可能性”と呼ぶのもおこがましい……藁にもすがるような微かな希望ですが……」


「勿体ぶるなよ」

「なんでもいい。あるなら話せ、『学者』」


 オレだけではなかった。

 レオンの隣に座っていたジェラルドが、オレと一緒に『学者』に詰め寄る。


 自分で言い出しておきながら『学者』は少し迷ったようなそぶりを見せたが、やがて決心したように顔を上げ、そしてレオンに目を向けた。


「レオン。()()()()()()()()()()()()。聞いたことがありませんか」


「……!」


 それを聞いたレオンは、すぐに何かに思い至ったように一瞬、目を見開いた。

 それから、静かに頷く。


「……ある。以前、やつらが話していたものだ。あのときは、たいして気にも留めなかったが……」


 “やつら”という言葉に、僅かに嫌悪が籠っていた。

 その理由はオレもジェラルドも、それから『学者』も分かっている。


「そうです。彼らの言葉を信用するのも危険ですが……この場所にこそ、あなたが……我々が探し求めていた物——『星の民』を滅亡から救いこの戦乱を終わらせる最後の希望があるのかもしれません」


 『学者』はまだ迷っているかのように、途切れ途切れにそう告げた。


 レオンは『学者』の目を見つめ返し、そして静かに言った。



「……“霧の谷”の、『黄金の魔剣』——か」


お読みいただきありがとうございました。

このお話で、第一章は終わりです。


もしよろしければ、評価やブクマなどいただけますととても嬉しいです><

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