EP.3:曹灰長石(ラブラドライド)⑤
ちょいと露骨なシーンが多いです。描写はたかが知れてますが。
シオン=オブシディアンは、自分がイカれていることに気付いていた。
あの泥沼の戦時の最中、気付いたのはまさに刀で裂かれた瞬間だった。
眼前の相手の勝機を確信した笑みに、力の油断に、隙を見つけてしまった。斬られたと思わせた瞬間に、より踏み出した一歩、そのまま短刀を相手の首筋にねじ込めば、吹き上げた血しぶきと共に、体は地面に突っ伏した。その瞬間周囲の空気が歪んで、周囲の『怯え』を見つけてしまった。ならばもう、あとは切り続けるだけだ。痛みなんか感じられないまま動き続けて、続けて・・・。
気付けば死人の様な顔をしてたたずんでいたこと。周囲の人間が青い顔をして遠巻きに見つめていたことだけを、シオンはわずかに覚えていた。
そんな戦い方を何度か続ける内に、痛みにどんどん鈍くなっていってしまった。常に血を流しながら戦い続けるやり方を良しとしてしまった。唯一心配してくれていた、元医者だと告げた女性は、これ以上は死ぬからその戦い方を辞めろと止めてくれたことを、シオンは今でも覚えているけれど。
結局、誰も彼も死んでしまって、自分だけが生き残ってしまっている、と気付いた瞬間───
痛みの代わりに、愉悦を見出してしまった。
( あぁ・・・ )
ダメだと分かっている。イカれていると自負もしている。でも、火が付いた身体は止められなかった、今も、昔も。
再び上段から降る一撃を、今後は徐に受け止めた。
( 重い・・・ )
想像以上の衝撃に、シオンの手がわずかに痺れる。よりも、それが酷く嬉しい。楽しい。痛みよりも、高揚感が溢れていた。勢いのままに、押し返せば、わずかに驚いたようなクロウの顔。
「ふ、あは、ははは・・・っ!」
「・・・・・。」
「五臓六腑突っ込み放題じゃねぇか。」
「突っ込み放題じゃないって。死ぬから。」
「ぜーんぶ、避けるか捌くかしてるくせに。」
「一つでも受ければ死ぬんだってば。」
金属音の合間の軽口の応酬を、叩く余裕はないはずなのに、シオンは酷く楽しそうに笑う。その様子を、クロウは少し前からおかしいと感じてはいた。かすり傷ではあるが、それなりに傷は多く、そろそろ動けなくなってもおかしくない。なのに、動けなくなるどころか、シオンの動きは衰えを見せない。それ以上に、元々踏み込む戦い方を好んではいたが、それがより深く近く、一歩間違えば斬られるか相打ちかの瀬戸際を、容易に踏み越えるようになっている。
『 ちょっと、鈍いだけだ。 』
先程のシオンの言葉が蘇る。
( 鈍いってのは・・・、まさか・・・ )
不意に、剣先がクロウの頬を掠める。いつの間にか吐息が重なるほど近くで刀が合わさる。
(やっぱり、さっきよりも踏み込みが深い・・・。深すぎる・・・。)
うなされた様な熱い吐息のまま、シオンが乾いた唇を舐めた。その仕草にクロウの背筋がゾクリと泡立つ。
シオンは静かに刀を合わせる。目に愉悦が浮かんで、でもそれ以上に、どこか諦めた感覚。
「あぁ、でも、俺は───」
刀を血に飢えた獣に成り下がって、鉄錆の味を愉しむような生き方が終われるなら・・・。
「このまま、手前ェにヤラれるのも、悪くない。」
「 ─── ・ ・ ・ っ 。」
ピシリ、と。
クロウの動きが、固まった。
合わせた刀が弾かれて、距離が開く。追撃を気にしてシオンがすぐに大刀を構えた、が。
「・・・?」
クロウは、そのまま隙だらけに、立ち止まった。
そのまま、仁王立ちし、腰に手を当て、クロウは俯くように深ぁーく息を吐く。
そして
「ちょ・・・。」
俯いたまま、やっと、一つ言葉を吐けば、
「待って待って待って。ほんとまずいその言い方。」
「ちょ、あ・・・、いや・・・。」
「あー・・・。」
「・・・・・。」
不意に動きが停止した相手に、一体ナニが起こったのか。シオンが理解できるまでに十数秒。
その間にクロウは、震える身体を叱咤し、再度深く息を吐き出して。より深く頭を落とすように、前に屈んで、ぐっと、耐える。耐えた。耐えられた。
( よかった!危なかった! )
前代未聞の珍事を引き起こすところだったと安堵の息を吐くけれど、それでも、まだ色々とマズい。
クロウが息を整える一方で、シオンもまた、正直、混乱していた。
煤に汚れた髪の隙間から、真っ赤になったクロウの耳が覗く。流石にその様子を見て、気づかない程シオンも、何も知らないワケでは、ない。ただ、正直に言えば、自分の出した結論に、納得は、いってない。
だって、あんなにさっきまで見事な動きで、剣技で、一片の容赦もなくこちらを、冷めた目付きで見据えて、あわよくば串刺しにしようとしていたくらいなのに!
「・・・え、え??・・・んん!?」
「ごめんごめんごめん。一旦、ストップ、うん。ホント。ヤバいから。別の意味でまだ、ガ・・・ッツリ臨戦体勢だから。」
「・・・お前、本当に馬鹿なのか?」
虚が削がれ、全てを察してて。素直に驚き目を丸くして。
だけど、しっかり理解すると、天国から地獄、さっきまでの様子とはうって変わって、シオンは蛇蝎を見下げる目でクロウをみやる。
クロウもクロウとて、先刻とは別人のように、一気に情けなさを露呈させながら顔をあげれば、まさにゴミくずを見るような目のシオンとかちあうから。
「・・・・・。」
「・・・・・。」
暫し、沈黙の後。
そのまま、気不味そうにクロウはそっと体の中心個所を隠しながらすすっとしゃがみ込む。
「いや、いやいやいや。だって、あれは、お前が、その・・・。」
「・・・・・。」
「だって、ねぇ・・・?おま・・・。しかも、あんな、かお、いや、あの、あ、あー・・・。」
「・・・・・。」
思い出せば、それは、それで墓穴を掘って。想像に浸りたい本能とソレを静止しようとする理性で足掻きつつ。
もはやこそあど言葉でしか表現できなくなってるクロウを、シオンの視線はどんどん温度をなくしていく。だんだんと居た堪れなくなってきて、クロウはわっと床に突っ伏す。
「し、仕方ないじゃん!エロかったんだもん!」
「・・・・・。」
「腰、っていうか、アソコに!もうダイレクトにキちゃったんだもん!!」
「大の男が『もん』とか・・・」
「ソウダヨネー!キミノホウガニアウヨネー!」
僅かな沈黙、後、ため息
「・・・似合うわけねぇだろ」
「デスヨネー!!」
なんかもう、恥ずかしいのか何なのか、一周回ってクロウは色々開き直った。
とりあえず、落ち着こうかと一生懸命あらぬ方向見ながら、主張を増したドコかをぐっと抑えつけ。今が仕事中なのを理解してるのにもう、どうしてこんなにコイツに対して我が息子は言う事を聞かないのかと。
( ああでも絶対自分だけのせいじゃない! )
「てか、いい加減に立てよ。」
「まだ勃ってるよッ!」
「ソッチじゃねぇ!」
「と、元々はお前が悪いでしょ!」
「は?なんで?」
「なんでじゃないよね!?むしろコッチがそこ、ちゃんと聞きたい──」
「いや、いい!そんなことより・・・」
納められていない刀が、蹲った体の首筋に、まっすぐ突き付けられる。
剣気を重ねた、燻る情欲にも似たシオンの目に、クロウは嫌な予感とイイ感覚がダブルで襲ってくる。
「もう、一回?」
「・・・え?マジで?」
下半身事情は、『そんな事』呼ばわりされて、軽く打ちのめされるよりも、更に容赦なく、シオンは突きつけた大刀を再度閃かせた。
信じられないと言わんばかりに、クロウは顔を引き攣らせる。振り下ろされた斬撃を慌てて小烏丸で防ぐ。
金属音が二つ三つ、感覚を空けて五つ。もたつく下半身に、身悶えしつつ、それでもクロウはシオンの応酬を完璧に防ぐ。
その技量がわかるから、シオンは再び、いつもよりも酷く嬉しそうに、クロウへと絡んでいく。
「イイな、凄ぇ、イイ」
「・・・あのさ?もう少し、言葉を、その───」
「もっとヤリたい」
「・・・・・。」
露骨な言葉を選んでは煽情的な表情で煽ってくる、それがわざとだとわかっていても、クロウは素直に『反応』してしまい・・・
瞬間、左逆手に持ち替えた小刀が、
「だから、その☓☓☓ぶった斬ればいいか?」
「ひっ!!」
クロウの足の間を正確に狙ってきて・・・。
「う、嘘ぉぉおおお!!!」
「今なら斬り落としやすそうだしな」
「ま、待て待て待て待て待て・・・ッ!!!」
「なら精々必死で足掻けよ?」
「◯☓▲▽■◇───ッ!!!」
ハルオミが、シオンとの約束を守り、少年を母親に受け渡してから、他の仲間とともに戻ってきた時、彼等の大隊長は・・・
息も絶え絶え床に突っ伏し、満足そうなシオンな思いっきり、足蹴りにされていた・・・。
すみません、こういうネタを、書くのが大好きです。




