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Lapis-landiA ─黒曜秘石恋闘譚─『世界に嫌われ続けた彼が唯一人と添い遂げる迄』  作者: 八広まこと
Season1

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EP.3:曹灰長石(ラブラドライド)②

 



 時計の針は、十七時をさしていた。



  

 遊びに出たまま中々帰らない息子を、母親が公園まで迎えに行けば、友人達は口を揃えて『もう帰宅した筈だ』と応えた。


 行き違えたかと一度戻るが、部屋の中はもぬけの殻。心配になって周辺を探し歩く。


 日が落ち込むまで探し回り、もう一度公園へ戻れば、誰もいない筈の場所で、ブランコだけが怪しく揺れていた。


 何となく不審に思い、母親が近付けば、息子の帽子に赤字で、この国で一番有名な娯楽施設の名前と、『オマエ一人で来い』とだけ書かれていた。


 母親は察した。


 文面の『オマエ』は、自分自身ではないことを。


 そして、自分の息子は、攫われたということを。








 昨日親子で来店した馴染み深い母親が、血相を変えて駆け込んできたのは、老爺の店が開店した直後のことだった。

 合図となる赤いランタンを入り口にかざした直後、息も絶え絶えに走り込んできた母親を店の親爺が支える。赤文字の書かれた帽子を見せれば、親爺はしばし考えた後、シオンを呼びに店内へと入った。



「昨日の奴ぁ、多分国と繋がりがありそうだ・・・。」

「・・・・・。」

 この場所の指定は、そういうことだろう、と。老爺が帽子を差し出した。

 店内では開店準備が終わり、掃除道具を片付けていたシオンが、差し出された帽子を眺め、僅かに眉根を寄せる。


 赤文字で記された店は、この国の第二中央通り(セカンドセントラル)に面し、外交などでも使われているものだ。政治の中央にも近しい巨大な宿泊施設の警備は厳しく、場合によっては軍が出ることもあるという。

 

 新興国家、ルミナスプエラでは、交渉や外交などを理由としてやって来た人物に限って、領事裁判権が認められていた。


 外交官等に適応される、有事の際等にこの国で犯罪と認められた行動が、この国の法律に則って裁かれない権利。

 例えば、これらはある特定の場所ではより強みを発揮する。町中や場末の酒場では彼等の立場を知るものは少ない。

 が、例えば頻繁に使われる主要施設であれば。

 周囲は権力者の顔を知り、外交を考慮にいれ、あらゆる手段を用いて守ろうとするだろう。


 相手はこれを利用するつもりなのは、容易に読み取れた。


 それは即ち、その権利がある立場であるということ。 


 男が捨て台詞の様に吐いた台詞は、あながち間違いではない、ということかと悟った。


「世も末だな。あんなのが政治だか何だかに関わってんのか?たまったもんじゃねぇなオイ。」

 クソッタレが、と吐き捨てて。シオンは帽子を手に取った。そのまま、空いたままの酒屋の引き戸から表へと歩みだす。

 特に引き止めることもせず、老爺は淡々と開店準備を引継いだ。止めても無駄だというのを理解できる程には、長い付き合いだ。


 ただ、一人。


 すがる場所が他にないとはいえ、酷く申し訳なさそうな顔で、若い母親はシオンの背を追った。そして、追い付いた先で、シオンに深く頭を下げた。


「・・・ごめんなさい。」

「・・・いや。」

 消え入りそうなか細い声に、シオンは、奥歯を噛み締める。

「巻き込んだのは、コッチの方だ。悪ィな。」

「そんなことはないわ!あなたのことだから、するべき事しただけでしょ?」

「・・・・・。」

「『あの時』も、今回も。ただ、あなたに頼るしかなくて・・・。本当に、ごめんなさい。」


 後悔と、不安を織り交ぜた表情の母親。シオンは安心させる様にニッと笑い、ただ一言、任せろ、とだけ伝え、彼女に背を向けた。











 二つの大通りを横切る、やたらギラギラとした繁華街を東に進んで。第二中央通り(セカンドセントラル)に面した、宿泊施設兼娯楽施設。

 入り口にあるのは、まさに、舞台の大階段のようだった。

 華やかな姿の人々が行きかう中、それでも、ありふれた普段着のまま、ゆっくりと階段を上がるシオンは、酷く浮いた存在だった。

 それでも、誰もが嗤うことなく、かといって話しかけるわけでもなかった。


 確実に場違い、だけど異質ながらも酷く人目を惹く存在。


 決してその場に相応しい恰好ではないのに、ただ、恐ろしい程に、美しい。 


 そんな存在を、周囲は遠目から興味深く眺めている、といった様子だった。


 そして、その視線の中を、シオンは気後れすることもなく堂々と進んでいく。


 大階段を上がれば、やたら大きい両開きの扉が左右に開かれていて、その両脇を黒のスーツを着た屈強な男が立っていた。

 そのうちの眼鏡をかけ、長髪を丁寧に後ろで整えた男が、シオンを見咎め、その前へとゆっくり歩みを進める。

 

 そして、正面から見据えては、


「ようこそ、いらっしゃいました。」

「・・・・・。」

 うやうやしく、様になる様子で男がゆっくりと一礼した。


 嫌味もなく、純粋に敬意を払った仕草に、シオンは一案として脳裏に浮かんでいた『力任せ』という手段を一旦しまいこんだ。


「申し訳ありませんが、当店はドレスコードがございます。もし、ご希望でしたら、僭越ながら私がご用意致しますが、いかがいたしましょうか。」 

 この国で最上級の宿泊施設であり、外交にも用いられるだけはある。

 どんな相手にも簡単に門前払いではなく、まずは受け入れ、提案し、選ばせる。それがこの国の方針ではあるが、この建物の経営者は、それをよく理解しているのだろう。

 

 その様に、シオンは少し考えながら、相手の表情をじっと見た。


 眼鏡の奥の切れ長の瞳で、向こうもシオンをまっすぐに見据える。


 感情を乗せない相手の視線に、シオンはゆっくり目を伏せた。そして、手に持っていた赤字で汚れた少年の帽子を差し出す。

 眼鏡の黒服はその帽子へと視線を落した。

 そして、何か覚えがあったのだろう、わずかに嫌悪に眉根を寄せ、小さくため息をつく。



「なるほど、こちらの場合の入り口は裏手になります。」

「・・・・・。」

「ご案内します。」


  ――― が・・・


 品よく一礼した黒服が、そのままシオンの耳元に顔を寄せる。


「・・・正直申し上げて、このまま帰られた方がよいかと。」

 こちらを案じた様な提案に、シオンが小さく笑った。


「そうもいかねェんだわ。」

「・・・さようでございますか。」

 それでしたら、と、黒服の男は扉の反対側に立つ別の男に、二つ三つ言葉をかけ、再びシオンに向き直った。

「お待たせしました。」

 そうして、先導するように黒服の男が歩き出す。

 

 入り口の大階段を再度くだって、建物に沿って裏路地に入る。そうして、歩くだけでもかなりの距離だ。改めて建物の大きさを、シオンは感じた。


「当店『ラディアン』は宿泊施設を主とした複合娯楽施設です。店内は地上八階、地下三階の大型宿泊施設に加えて、レストラン、カフェ、各種専門の飲酒可能エリア、および、映画館、演劇舞台、ショッピング、政府公認の賭博場等がごさいます。敷地面積は約八十万平方メートル。この広さはこの国の建築物、および、複合施設としては最大でございます。無論、このスペースには、併設している政府管轄の施設も一部入ってはおります。」


 道中、淡々と場所の説明をする黒服の声を聞きながら、シオンはぼんやりと建物を見ながら歩を進める。

 既に裏路地に入って久しい。それでも、続くのは薄暗い路地と、反して漏れる灯りですら眩い建物との境目の道だ。


「こちらでございます。」

 調度、大階段の反対に位置するのだろう。ようやくたどり着いたのは、表玄関とは打って変わったような薄暗い扉だった。

 途中搬入口は大々的に表示されていた場所がある。だから、少なくとも社員専用の入り口、とはまた、違う様子だ


 明らかに異質な入り口を前にして、眼鏡をかけた黒服の男は、最後の忠告を口にした。


「考えを、変える気はないのでしょうか?」

「・・・あぁ。」

「そうですか。出過ぎた真似を致しました。」

 少し残念そうに、メガネのレンズの向こうで、男が寂しげに笑う。

 そうして、今一度、恭しく頭を下げた。

「ここから先は、入室許可をお持ちの方のみ進める場所となっております。くれぐれもお気を付けくださいますよう・・・。」

「・・・・・。」


 男は最後まで丁寧な姿勢を崩さなかった。その本心がどこにあるのかまでは読み取れなかったが、相対する態度に偽りは感じさせなかった。外交に使われるだけの施設の、入り口に立つだけはある。シオンは素直に感謝の笑みを浮かべた。


「・・・悪いな。迷惑かけた。」

「とんでもございません。」

 

 最後のやりとりをかわし、シオンは進み出る。

 表の華やかな扉と違い、重苦しい鉄扉のドアノブをゆっくりと捻る。少し軋んだ音を立てながら扉が開けば、その先は赤茶色の電気が等間隔でゆらめいて、手を離せばそのまま重みで閉じる扉は、恐らく一方通行だろう。


 ならば、と。

 一度、勢い良く扉をあける。


 扉が少しずつ閉じていく中。

 見送る男の視線の先で、美しくも恐ろしい笑みを浮かべたシオンが白銀の刃を抜き放った。





 そうして、扉は重々しく、閉じられいった。




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