EP.1:黒曜石(オブシディアン)①
雑踏の中をかき分けるように進む。騒ぎの中心が近づく。罵声と怒声が響く中で、凛とした声が聞こえる。その声を頼りに前へ前へと人の影をかき分けていく。
開けた視界とともに、わっと上がる歓声。
数人の男達が地面に転がる中、ただ一人佇む人を見つけて―――
「い・・・」
「いいいいたぁぁああああ!!!」
「・・・・・・・・・ッ?」
文字通り、絶叫した。
エピソード1『黒曜石』
今から15年程前に大きな争いが始まった。人か否かで争われたそれは、5年の経過を経て、最終的に人の勝利で終わった。
そこから半年も経たずに、今度は人同士で争いが始まった。
前の戦いとは違い、人とは違う者たちから奪った力は、戦いの様相をがらりと変えた。それまでは戦線での競り合い、人通しのせめぎあいを主としたものから、より遠く、広く、大きく被害を与えるモノへと変化した。何より最も影響を受けたのは力のない者たちだった。それまでは 戦争は戦争を生業としていた者たちのモノだった。
だけど、それは全ての生きとし生ける者達への災いへと変化した。人も人でない者もみな、絶望し、諦めて過ごしていた日々。
そうした日々を終わらせたのは、一人の小さな少女だった。
聖女と呼ばれた彼女が、興した国。
その国は、どこまでも届く、恐ろしい力を奪い、封じ、そうして消し去ろうと足掻いていた。他の国々は、せっかく手に入れた強力な力を奪われるのを恐れ、少女を亡き者にしようと襲い掛かった。それを防いだのは、今まで戦いを生業としてきた者達だった。各国周囲からはみ出された人々が、人種・種族・性別を超えて集まり、そうして、国を統治する少女は、ようやく大きく広がる災いの力をどうにか封じることに成功した。
そうして、周囲の国から蔑まれ嫌われた国、だけど、どこの国よりも強く、どこの国よりも気高く、どこの国よりも自由なその国を、人々は『ルミナスプェラ』と呼んだ。
その国の中心個所からほど近い一角にて、シオンは無言のまま小さく眉根を寄せた。
「いたよもう!本当にいたよぉぉおおお!」
「・・・・・・。」
「よかったー!もう都市伝説か何かだと思ってた!やっと会えたよぉぉおおお!!!」
「・・・・・・。」
『一難去って、また一難』
その言葉がシオンの脳裏に浮かぶ。
たった今ひと悶着が終わった後だというのに、見世物が終わって散り散りになる周囲とは裏腹、己に近づいてくるギャーギャーとうるさい小男が一人。
露骨に嫌な顔をして、シオンは顔をしかめる。しかしそんな様子をもろともせずに、小男は目を無駄に輝かせてこちらを見つめてくる。
「いや、本当!噂通り!」
「・・・・・・。」
どうせ碌な噂じゃあるまい、シオンは無言で相手を見据えた。
ついさっきのやり取りだって、ろくでもない噂から派生した。本当にろくでもない。
ただ一つ仕事を引き受けた、それだけなのに、大方依頼者側の盛った話に尾鰭がついたのだろう。
どうしてその手の話は自身の全くあずかり知らぬところで鰭を使って泳いだ挙句、手が生え角が生え、あらぬ化け物話に進化するのだろうか。
何度言っても取り合ってもらえなかった。
先日の依頼者である女性と一夜の限りを過ごした、なんて、ありもしないデマだって。
好みでも何でもない、そんな相手と飄々と夜を共にできるほど飢えているわけもなく。だけれど、どれだけ言ったところでその化け物語を信じた、自称『依頼人の恋人』は聞く耳あらず。
最終的には力づくで話を聞いてもらう羽目になるのは、今年に入って
(かれこれ何度目なんだろう・・・。)
そんな中、疲れ切った頭に今まさに降りかかりそうな面倒案件。小男は相変わらずテンション高くまくしたてる。
「探してたんだよ、ホント!」
「・・・・・・。」
「いや、本当いい素材!これなら僕の腕が活きる!間違いない!」
「・・・・・・。」
「お願いがあるんだ!僕の上司のところまでついてきてほしいんだ!」
「・・・・・・。」
(もう、嫌な予感しかしない・・・。)
この手の人間が人の話を聞かないことは、ついさっき経験した。
シオンは、一つ、ふうっと肩を落とした。
新興国家ルミナスプェラ
まだ出来上がって数年ばかりのこの国で、シオン=オブシディアンは日雇いにも近いかたちで日銭を稼いで暮らしていた。飲み屋とも言えるような飲食店を開いている老人の家の二階をねぐらに。夜を中心に開かれる老人の店の、接客、というよりは少々たちの悪い相手を追い出す様な用心棒にも似た仕事をしながら。
時折街を歩けば、その人目を引く容姿からか、よく声をかけられる。だけどそれの全てが銭につながるわけじゃない。面倒でも労働は偉大だ。
始めはうるさい相手の面倒くさそうな話に表情を曇らせていたシオンだが、金銭が発生するともなれば、それは渡りに船とも言える。少々タチが悪いのを相手にするのは今に始まった事じゃない。
詳細は上司から聞いてほしいから、と言葉を濁す相手に、一も二もなく、了解したと、うなづけば
「本当!?ありがたい!!」
と、素直な笑顔を向けて、
「僕はハルオミ、ハルオミ=シェラ=アルトシアン!よろしくね、多分、もう少し付き合うことになると思うから。」
そうして伸ばした手を、一瞬だけ戸惑いつつも、シオンは握手を交わした。




