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いざ学園へ

 翌日は朝から忙しかった。私に来客があったからだ。


 スザンヌ・ベルナルド、フローラ・ベルナルド。とても可愛らしい双子の令嬢は私の顔を見るなり泣き出し抱きついて離れなくなった。


「クレア〜クレア〜会いたかったわ」

「寂しかったぁ〜」 

 クレアとスザンヌ、フローラは学園に入学した時からずっと一緒に過ごしていたらしい。

 私が回復したら会いたいとウェルツに頼んでいたそうだ。

「私の方こそ何度もお見舞いやお手紙をもらって。嬉しかったわ、ありがとう」


 2人の顔を見ても正直誰かわからなかった。しかし療養中にお見舞いの品と一緒に送られてきた手紙には、私達が出会ってからどんな風に過ごしたか、こんなことがあった、あんなことがあったと3人のエピソードがたくさん書かれていた。どれを心躍る話ばかりで、私は彼女らからの手紙を楽しみにしていた。


 それらの手紙のおかげもあるが、やはり何年来もの親友とはすごいものだ。記憶がないにも関わらず私は彼女達2人をすぐに好きになった。

 私達は昼食を共にし、なんと夕食も共にした。とても楽しくて私はずっと笑っていた。

 スザンヌとフローラは2人ともおしゃべりで気さくでユーモアもあり、こんな親友のいたクレアはきっと毎日楽しかったに違いない。

(こんな素敵な親友のいる悪役令嬢なんているのかな)


 私はいったいいつぶりだろうかというくらい、興奮覚めやらぬ状態で顔もニヤけたままベッドに入った。

 幸せな1日だった。


「学園に行きたい」


 色々わからないことや不安もなくはないけれど、ウェルツもいるし、何よりスザンヌとフローラがいる。2人ともっと一緒に過ごしたい。

 そしてやはりメリッサに会いたい気持ちが残っている。


 おやすみの挨拶をしに来たウェルツにそう伝えた。


「わかった。父上に伝えておくよ」



 翌朝、私はローレンスに手紙を書いた。

「来週には学園に戻れそうです」

 散々悩んだ末に、その1行だけの手紙を使者に託した。


 その後、ローレンスからは、学園で会えるのを楽しみにしているという返事をもらった。

 私達の文通はそこで止まった。


 ーーーーーーーーーーーー

「妹……それだけ…」

「ああ。お前はクレアを妹のように可愛がっているだけ、それだけってさ。毎日文通までしてたのに残念だな、お兄様」

「全く残念そうじゃないな、お兄様」

「やめろ2人とも。ほんっとめんどくさいヤツらだな。で、今日は?クレア嬢はどうしてるんだ?」

「スザンヌとフローラが遊びに来てくれてるんだ」

「そうか、それはいいな。彼女達ももう何ヶ月もクレア嬢に会っていないもんな」

「ああ、これでようやく2人からの『いつになったらクレアに会わせてもらえるんですか攻撃』が終わるよ。「ウェルツ様、クレアを独り占めするのはやめてください。クレアは皆のものです」だぜ」

「ハハハ、あの2人は本当に賑やかで面白いよな。彼女らがいればクレア嬢もすぐ元気になるだろう」

「クレアは俺のものだ」

「ローレンスお兄様は黙っとけよ」

「………」

「だいたいローレンス、お前、クレアになにか言っただろ。一昨日、クレアがおかしかった。何かヘンなことを手紙に書いたんじゃないのか」

 ローレンスの表情が更に険しさを増した。

「………黙秘だ。手紙の内容は俺とクレアだけの秘密とする」

「そういう問題じゃないだろ。クレアを傷つけるような…」

「絶対に傷つけていない。俺はそんなことはしない」

「むしろお前が傷ついてそうだな、ローレンス。新生クレア嬢は手ごわそうだ」

「キースまで面白がるのはやめてくれ。ところでキース、モリスの件はどうだ?」


「うーん、ブラッドもなかなか手を焼いているみたいだ。メリッサ嬢がいないタイミングでモリス嬢に接近して、なんとか親しく話せるようにはなったらしいが。クレア嬢の話になると突然黙ってしまうらしい」

「もうその時点で怪しいんだよ。で、あの日からずっと学園を休んでいた理由は聞けたようか?」

「ああ、彼女の弟が今年の始めに事故にあったらしい」

「それは我々の調べにも書かれていたな。たしか落馬だったはず」

「そうだ。かなりの怪我でかかりつけ医には見放されていたらしいが、最近になってヒューダルトマン病院に入院することになったって」


「ヒューダルトマン?」 

 ローレンスの脳内でパチリと音がした気がした。

(ヒューダルトマン、最近どこかで聞いたな。何だったかな)

「ヒューダルトマンだって?あそこは医者は一流だが治療費も一流だぞ。なのに常に予約がいっぱいで入院どころか診察すら受けれないって評判じゃないか。よく入院なんて出来たな」

「運良く入れたと言っていたらしい。で、その準備やら何やらで学園は休んでいた、てことだ」

「俺が調べさせた調査にはヒューダルトマンのことは記載がなかったが」 

「ごく最近らしい」

「ふーん、わかった、確認させよう」

「で、ローレンスが指示してくれた調査の方は?」



「実は俺の方も手詰まりだ。メリッサの父親とモリスの父親に接点は見つからなかった。モリスの父親について、誰かに弱みを握られるような不穏な報告も挙がってこなかったし」

「モリス嬢にも父親にも何もないなら、実行犯のリスクを負うのは考えられないんだがな」

「俺が突いてみようか」

「「ウェルはだめだ」」

「2人してなんだ」

「お前はじっとしてろ。クレア嬢のこととなるとお前の判断は歪みに歪みまくるからな」

「キースの言う通りだ。余計なことはするな。もう少し調べて何も掴めなければ、その時は俺がモリスに直接聞くさ。ま、どっちにしろ最後はそうなるんだし」

「わかったよ。なんにせよ…本当に2人ともありがとう」




 ウェルツとキースが帰ったあと、ローレンスは1人、クレアからの手紙を読み返していた。

(少し性急すぎたか)

 クレアの様子がおかしかったなら、それはきっと自分のせいだろう。

 しかも今日はクレアから手紙が届かなかった。こんなことは初めてだ。

(2人で、はまずかったかな。いや、今日はスザンヌ達と会っていたから疲れたんだろう)


(それにしても妹か……たしかにこれは手強いな)

 ローレンスは椅子にもたれ目を閉じた。

 思い浮かぶのはいつも同じだ。

 クレアの笑った顔、柔らかな頬、細く綺麗な指、何度も交わした口づけ。

(クレア、俺もここで引くつもりはないからね)





 翌朝、クレアから届いた手紙はこれまでと打って変わって簡素なものだった。

「来週には学園に戻れそうです」


「よしっ!」

 ローレンスは思わず声をあげた。


 階段の下で意識を失っているクレアを見つけた時には全身の血の気が引いた。

 あのときの恐怖は忘れることができない。

 一命を取り留めたとはいえ、顔を見るまでは心から安心できる日はなかった。

 そんな彼女が、ついに学園に戻れるまで回復したのだ。これ以上嬉しいことはない。


 これからまた毎日彼女に会える。夢のようだ。そして学園に来てくれさえすれば、2人で話す機会はいくらでも作れる。

(クレア、逃さないよ)


 とはいえ、メリッサやモリスのことを思うと気が重いのも事実だ。

 矛盾しているが、クレアが学園に通わないという判断をしたら、それはそれで寂しいが安心できただろう。


 しかし彼女は学園に戻る決断をした。それなら今度こそ全力で守るのみだ。


 コンッコンッ。

「殿下、陛下がお呼びです。ご報告を、と」

「わかった」

 ーーーーーーーーーーーーーー


「クレア、何かあったらいつでも俺を呼ぶんだぞ。それとスザンヌやフローラから離れないこと。極力1人にならないようにしてくれ。昼食は一緒に食べよう」


 昨夜から、いや、クレアが学園に行くと言ってから、いったい何度同じことを言われただろう。

 今もまた、学園に向かう馬車の中でウェルツが繰り返す『クレアの学園での過ごし方』を私は話半分に聞いていた。


 朝から朝食も喉を通らないほど緊張している。昨夜はほとんど眠れなかった。

 ついにあの学園に通うのだ。顔面優勝キャラ達が集う場所。なんたる奇跡、天国オブ天国。

 そしてついに会えるのだ、あのメリッサに。



 ローレンスのこと、階段転落事故のこと、メリッサとの関係。

 わからないことが多すぎた。結果、正直、全てがどうでもよくなってきた。脳が考えることを拒否したのだろう。ではどうするか。


(原点に戻ろう)

 顔も名前もない妹A子。特定されることのないモブとして誇りと矜持を胸に、ただただメインキャラ達を遠くから愛でる。

 薔薇リストにとってこれほどの幸せが他にあるだろうか。



 馬車が止まり、ウェルツに手を取られ降り立つ。

(ああ、ついにここに来れたんだわ)

 我らが聖地、王立ピアドール学園。物語はここから始まるのだ。

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