メリッサ
自らに問う、「モブとは」。
学園の佇まいに感動したのも一瞬、名前を呼ばれた。
振り向くとそこにはローレンスとキースが立っていた。
(私はモブ、私はモブ、私はモブ)
3回唱えて心を落ち着ける。
「おはようございます、ローレンス殿下。おはようございます、キース様」
(よしっ、行こう)
2人と目を合わせず無表情に徹し、立ち去ろうとした…のにぃぃぃ!!
「クレア嬢、ようやく顔が見れた。よくがんばったな。おかえり。そして…」
キースはそう言うといきなり私を抱きしめた。
「ちゃんと俺のこと覚えてくれてたんだな、ご褒美だ。しかし、そんな呼び方はやめてくれ、寂しいじゃないか」
キース・エバン。彼の父は、ローレンスの父である国王陛下の最も側で付き従う最高護衛長。つまりはSPだ。兵士としてはエリート中のエリート、というより最高峰。そしてキースもまた将来はローレンスの一番側で彼を守ることになるだろう。
剣士として彼の右に出る者はいないと言われている。
加えて、キースももちろん『白薔薇』キャラの例に洩れず顔がいい!
一言でいうならローレンスとウェルツは「美しい」。対してキースは「かっこいい〜〜」。俗っぽいがそれしか言葉がないくらいかっこいい。
また常に立場を弁え、ローレンスやウェルツより一歩後ろに引いているが、有事には真っ先に彼らの前に立つ。
彼に心を奪われ、薔薇リスト入りした読者は数知れず。
「おい、キース!ふざけるな」
「キース、触るな」
「「離れろ!」」
(甘かった…)
そもそもウェルツと一緒に馬車から降りてくるだけでも周りの生徒達からの視線が容赦ないのに、今、私はキースの腕の中で、ウェルツとローレンスに両腕を掴まれたカオス状態。
『特定されないモブ』などなり得るはずもない。
原点回帰作戦、1秒玉砕。
結局、左右をローレンスとウェルツ、後ろにはキース、という捕獲された宇宙人(この世界では通じないけど!いや、ある意味、この世界で私は宇宙人なのか)的フォーメーションでピアドール学園の門をくぐった。
が、私の本当の驚きは5秒後にやってきた。
「おはようございます、クレア様」
「お!?おおおお!?お、おはよう…ございま……す」
「クレア様、おはようございます」
「おはようご…」
「クレア様、おはようございます!おかえりなさいませ」
「おは…ただいま…こざいます…ウェ、ウェル…ウェル助けて…」
周りにいる生徒達が次々に私に挨拶をしてくれるのだ。
元の私の学生時代を通しても、これだけの生徒に挨拶をされたことはない。『注目』とは疎遠の淵で生きてきたのだ。
加えて申し訳ないが挨拶をくれる生徒の誰一人として覚えていない。
体中から汗が吹き出してくる。
(私を見ないでください!私は壁、壁なんです!!)
「ウェル〜〜」
声も絶えだえでウェルツに助けを求めると3人が笑い出した。
「皆、クレアを心配してくれていたんだよ、クレアが戻ってきて喜んでくれてるんだ」
ウェルツが頭を撫でながら教えてくれた。
「ほら、シャンと笑えよ、クレア嬢」
後ろからキースが脇腹をくすぐってくる。
「キャア!」
思わず身体を捻った拍子にローレンスに倒れかかってしまい、彼の大きな身体に埋もれる形になった。
以前抱きしめられた時の感覚が蘇る。
「あっ、す、すみま、申し訳ありま…」
「クレア、いい加減その口調やめようか」
見上げたローレンスの顔が意地悪く微笑んでいる。私の身体に回した腕の力がどんどん強さを増していく。
「で、殿下、う、うで、キツっ」
「ほら、いい加減にしないと抱き潰すぞ、ほら、ほら」
「わ、わかりました!あ、わ、わかったわ!殿下!」
「よ・び・か・た!」
「え?呼び方?呼び方って?苦しっ!あっ、ロ、ローレンス、でん…さま!さま!!」
「うん、よしっ」
「はぁあああーーーもぉ!殿…ローレンス様っ!」
「アハハハ!」
(何この人、アハハハじゃないんだけど!ほら、皆見て…あっ……)
視線の先の人物に釘付けになった。
ついに私はその人を目にした。
メリッサ・ハングウェイ。
おそらく何百という作品を読んだ中で誰よりも強く私を惹きつけたヒロイン。
その神々しいまでの美しさ。どんな苦境に置かれても優しさと謙虚さを失うことのない強さ。ヒロインの中のヒロイン。彼女こそローレンスに愛されるに相応しい……
ローレンスに…ローレンス…は…まだ私を離さず腕の中に抱いたままだ。
そしてそんな私を見ているメリッサの顔は、
(ああ、人って本気で誰かを憎むとこんな顔になるのね。美人なのにもったいない)
冷静にそんなことを考えてしまうくらい私への憎しみで歪んでいた。
「はぁあああーーー疲れたぁー」
登校1日目が終わった。
「大丈夫かい?ほら、もたれていいから少し眠るといいよ」
帰りの馬車の中でウェルツがそう言って隣に座り肩を抱いてくれた。私はありがたく彼にもたれ、目を閉じた。
今朝、メリッサを見つけた直後、スザンヌとフローラとの再会も叶った。
彼女らに手を引かれ、私は教室へ向かった。
2人といることで、他の生徒らも気安く声をかけてくれた……ウェルツやローレンスといると声をかけずらいらしい…私の復帰1日目はたくさんの生徒達の自己紹介で始まり終わった。頭がパンクしそうだ。
それでも目を瞑ると浮かぶのはただ1人、メリッサの姿だった。
(キレイだっなぁ〜リアルに眼福)
メリッサとは同じ学年なので授業を受ける教室ももちろん同じだ。
ずっとメリッサを見ていられる喜びたるや。同じ空気を吸えるなんて畏れ多いことだ。
今日は3度、メリッサと目が合った。メリッサを見つめる私の視線と、私を睨むメリッサの視線がぶつかったと言うべきか。
そして私を睨むメリッサの顔にははっきりと「あんたがキライ」と書かれていた。なんならもう少し過激な言葉すら浮かぶくらいだった。
(睨む顔も綺麗。だけどなぁ〜〜笑ったらもっと綺麗なのに)
翌朝も同じフォーメーションで門をくぐり、同じく皆から挨拶を受け私の1日は始まった。
教室に入ると、ちょうどメリッサがすぐそこにいた。
「メリッサ様、おはようございます」
私が声をかけたことで、メリッサはもちろんその場にいた全員が驚きに目を見開いて私を見た。スザンヌとフローラまでもがものすごい勢いで振り返った。
私はメリッサに向かって微笑んでみた。もちろん全て計画通りだ。今日は挨拶をしてみようと決心して家を出た。
メリッサは…私を一瞥すると何も言わず通り過ぎた。
(無視されたぁ〜でもメリッサに声かけちゃったぁ)
私の中にはクレアとして『メリッサに警戒しろ』という助言に従う気持ちと、薔薇リストとして一度でいいからメリッサと話をしてみたい、という気持ちがあった。
だって本当にメリッサが悪い人かどうか私にはわからない。
「こうなんだよ」と言われて「わかりました」と確かめもしないまま誰かを怖れたり嫌ったりしたくない。嫌われるなら自分で納得した上で嫌われたい。腹立たしいけれど。
午前中の授業が終わって教室を出ると、廊下にローレンスが立っていた。
「ローレンスでん…様?」
「やぁクレア。スザンヌ、フローラ、クレアを借りていくね」
そう言うといきなリローレンスは私の腕を掴んで歩き出した。
「え?え?は?ローレンス様!?」
ローレンスの横を、腕を掴まれた私が歩いている。周りの生徒達からの視線が突き刺さる。
(なんてこと……)
同時にふっと考えた。
(ローレンスは常にどこにいてもこの好奇な目にさらされているんだわ)
彼に対する人々の関心は尋常でない。たった1人の王位継承者、そしてこの見た目。まさに一挙手一投足が見られている。
なのに彼はいつも微笑み、どの生徒にも分け隔てなく挨拶し、声をかけ、ぶつかりそうになれば謝る。
王族の余裕、そう片付けてしまうのは簡単だ。けれど逆に全てを無視し傍若無人に振る舞うことはもっと簡単だろう。
彼を彼たらしめている言動は、彼自身が選び実践していることだ。
そう考えると、急に彼が頼もしく見えた。と同時になぜか彼を抱きしめたくなった。




