百 - 5
モニタの左右に鎮座している正方形の黒いスピーカーから、若い女性の声が聞えた。
「ノエルがしゃべったわ!」
「いや、さすがにノエルじゃなくて録音だろう」
「違う違う! 私は今ノエルの中から語りかけているのさ。ノーマッド君」
「なんだと? そんなことあり得るのか?」
「君と同じだよ。ただ記憶と精神の保存先が人の形か猫の形かってだけの違い。……もっとも私の場合は感情処理プロセッサをオフにしてあるけどね」
改めて自分が機械なのだと言われ微かに胸の痛みを感じたノーマッドだったが、今は話を進めることが先だと思い質問を重ねることにした。
「なぜノエルの中にいた? お前は何者なんだ?」
「記憶を移せる媒体がこの子しかいなかったのさ。ああ、そうそう、君が焼却炉で戦った透明になるミュータントがいたじゃない?」
「ああ。いたな」
「あれもともと私だったんだよねー。寄生生物に感染しちゃってもう死ぬなーと思ったから、焼却炉に閉じこもったんだけど、まさか百年立っても生きてるなんて驚きだよね。しかも、超天才でスポーツ万能な私が素体だったから変異型だったし」
軽薄さすら感じる女性の声に眩暈がする。あの時のミュータントに味合わされた苦労を思い出すと、今すぐモニタを叩き割りたい感情が湧き上がってきたがノーマッドは静かに堪える。
「そうか……。まあそれはいい。いややっぱり良くない。とりあえず今すぐミアに謝れ」
モニタを叩き割るのは我慢したものの、あの時一番苦しんだのはミアだと思い、少なくとも謝罪させなければ気が済まなかった。
「ごめんねミアちゃん」
「私は死なないから気にしなくていいよ。ところであなたは誰なの? ノエルなの?」
あっさりと謎の女性を許してしまったミアに、ノーマッドは深いため息をついた。
「私の名前は、日ノ本衣舞。東京医療大学付属病院の脳神経外科医兼MSTUの兵器開発部門の研究員だよ。でも精神まで移植されたノーマッド君と違って、私は記憶だけを受け継いだただのプログラムだから、呼び名はノエルのままでいいよ」
日ノ本衣舞。ノーマッドはその名前を知っていた。今度は知識ではない。記憶としてだ。
彼の記憶に残る最後の戦場であるベトナム。そこで変異型ミュータントに占拠されたベンタイン市場から共に脱出した女性の名前だった。
「衣舞!? お前、あの衣舞なのか!? 巨乳の!」
「巨乳……?」
巨乳、と言った瞬間、ミアが憎々し気に睨んでくる。とはいえ今は相手をしている場合ではない。
「あれ? 私のことを知ってるの?」
「知ってるも何も、一緒にベトナムで戦ったじゃないか!」
「ああー。なるほどね。その後の事は覚えてる?」
ノーマッドは首を左右に振った。彼の記憶では、ベトナムでの出来事が最後の記憶だ。それ以降のことは何も覚えていない。
「いや……。俺の記憶はそこで終わっている。だけど、知識として、というか。俺自身が十八歳だということと、この世界が2033年に滅んだことは知っている」
「ええー!? ノーマッドって十八歳なの!? 嘘でしょ!?」
「どういう意味だ? おい?」
ノーマッドは両頬を押さえてわざとらしく驚いているミアの頭を掴み、ぐりぐりと回した。きゃあきゃあ、と嬉しそうに叫ぶミアを無視して、再びノエルが話し始めた。
「そっか、伊佐武君の記憶はそこまで入れたのか。さすがに百年も経つと忘れちゃうね」
「誰だそれは? どこかで聞いたような気がするが……」
「神崎伊佐武君は、あなたの記憶や精神の本来の持ち主だよ。そうだ、時間はたっぷりあるし、あなたとミアちゃん。そして世界が終わるまでのお話をしようか」
自分の記憶の本来の持ち主と聞かされ、ノーマッドの顔つきが険しくなる。いまだ心の準備ができていない彼に構わず、ノエルはベトナム戦後の神崎伊佐武。そして当時の世界について語り始めた。




