30.卒業
学校の教室で花梨は椅子に座る俺の膝の上に座っている。俺は花梨がずり落ちないように支えている。花梨は最近よくやるようになっている。あまりにも普通にしているので、教室ではだれも何も言わないが、知らない人が見たらびっくりだろう。
「わたしはまったくなんの問題もなかったわよ。楽勝よ。」
花梨が中学受験のことを、友達に聞かれて胸を張って答えている。それを聞いていた俺は思わず苦笑いが漏れてしまった。花梨はやってくれたのになあ。俺の笑いを見とがめた花梨が言った。
「何か言ったら、一生口をきかないからね、パパ。」
俺が花梨と同じ中学を受験したことは既に周囲に知られている。
「何か知っているの、望月くん。」
花梨が俺に口止めしたので、逆に俺が何か知っていると思った友達が訊いてくる。だが俺も正直答えることが出来ない。
「ごめん。俺は何も知らないし、知っていても言えないよ。悪いけど。」
俺は友達に謝った。
中学受験二日目の日曜日の面接。
初日と同じく瑞希姉さんに学校まで送ってもらった花梨と俺は面接に臨んでいた。由紀が連番で願書を出してくれていたから、面接の順番も連続だ。花梨が先、俺が後。
「ねえ質問されて分からないことがあったら、どうしたらいい。」
「学校で由紀達が練習してくれただろう。覚えているだろう、花梨。」
面接がある学校を受験する生徒たちのために、6年の担任たちは模擬面接を何度かしてくれていた。俺は受験することが秘密だったし、余裕もあったので参加しなかったが。
「だって、なんか不安になってきたし。」
花梨は絶賛プチパニックだ。こういうときに必要なのは安心だ。
「分かった、分かった。大丈夫だよ、花梨なら出来るよ。」
俺は花梨を抱き寄せて腕の中に取り込んだ。俺に包まれて花梨は少し自分を取り戻したようだ。あとは雑談で気持ちをほぐすだけだ。
「そういえばメドレーリレーのタイム覚えているか、花梨。」
「え、夏のプールでの話。」
「そうだ。」
「あともうちょっとで標準記録に手が届くところだった。」
「そうだろ、俺は完敗だった。花梨は泳ぐのが好きで得意だろ。」
「うん、確かにそうだよ。だけどそれと面接と何の関係があるの。」
「いや、この学校って競泳で有名だろ。」
「え、そうなの。全然知らないよ。」
なんで花梨は知らないんだ。
「由紀から聞かなかったか。」
「ママから聞いたのは、宇宙開発のことだけだよ。」
由紀は俺と関係ある部分しか花梨に話してなかったのか。しかも、なんでそれだけ伝えたんだ。
「まあそれもあるけどさ、水泳部は結構強いらしいよ。」
「そうなの。もう一度やってみるのもいいのかな。」
花梨は平常運転に戻ったようだ。やれやれだ。
面接時間が来た。廊下で待っていた俺たちは順番に呼ばれた。先の花梨が面接の行われる教室に入っていった。
面接会場では面接官から声を掛けられる。
「名前をどうそ。」
「松岡花梨です。」
「松岡さんですね。お座りください。」
自己紹介が終わったら椅子に座って質問タイムだ。順調に進む面接で一つの質問がやってきた。
「最近で一番記憶に残っていることと言えば何ですか。」
「好きな男性に告白して振られたことです。」
花梨は逡巡することなく答えた。答えを聞いた面接官の先生は仰け反っている。花梨はデッドボールを投げた。
「そ、そうですか。その男性というのはどういう方ですか。」
「次に面接を受ける人です。」
花梨は俺に置き土産をしてくれた。
次に面接を受けた俺が苦労したことは言うまでもない。
「なんであんな話をしたんだよ、花梨。」
「だってとっさに思い浮んだのがパパのことだったし。」
「だからと言ってだな。」
「それなら修学旅行でパパと一緒にお風呂に入ったことの方が良かったかなあ。」
「いやダメだろ。それだともっと問題があったと思う。」
「でしょ。だからパパに振られた話のほうがマシ。花梨、嘘ついていない。」
「なんで、何とかは嘘つかないみたいなことを言っているんだよ。」
「事実だしね。」
花梨は面接という重圧から解放されて何処吹く風と気楽にしている。
俺の面接時間は地獄だった。質問が花梨との関係性に集中していた。入学試験の面接じゃないのかよ。花梨は仲良い友達だと相手を説き伏せるのに莫大な労力が必要だった。
俺と花梨は面接試験が終わったあと、由紀の母親にターミナル駅まで送ってもらって、その日に飛行機で帰ってきた。
「ゆうと花梨は帰る前に職員室にいらっしゃい。」
授業が全て終わって帰る段階になって、由紀が俺たちを呼んでいる。今日は入学試験の合否が分かる日だ。学校に合否の連絡が速達で来る。花梨の顔が緊張したものになる。だが由紀の顔が緩やかなのを見て、大丈夫だと安心したのだろう。ふにゃとした顔になって由紀に抱きついている。そして、そのまま職員室まで行った。
「はい、結果だ。」
学年主任の先生が、俺たちそれぞれに封筒を渡してくれた。中に入っているのは紙切れ1枚だ。その紙に合否の判定が書かれている。花梨の顔は再び緊張したものになった。花梨の視線は封筒と由紀と俺を行ったりきたりしている。
俺は普通に由紀からハサミを借りて封筒を開けた。中から出てきた紙には簡略に書かれていた。
『合格通知書 望月友貴殿 本年度の入学試験に合格したことを通知します。』
「合格していたよ、由紀。」
「おめでとう、ゆう。」
「おめでとう、望月くん。」
学年主任の先生も祝福してくれた。
だが俺が封筒を開けても、花梨は封筒を握りしめて開けようとはしていなかった。
「開けて見ないのか、花梨。」
「もし落ちていたらどうしよう。パパと一緒の中学に行けない。」
花梨の顔が不安で歪んでいる。だが俺は花梨が合格していることが分かっていた。簡単なことだ。俺は自分の封筒を開けるときに気が付いたんだ。封筒には書いてあった。合格通知書在中と。花梨の封筒にも書いてあるのが見える。
俺が笑ったのを見て、花梨がつっかかって来た。
「パパは合格しているから余裕なんだよ。花梨はまだ分かってないんだよ。」
「だいじょうぶだよ、花梨。」
俺は心配している花梨が可愛いかった。しかしあまりに引き伸ばしても意味はない。なので俺は花梨に答えを教えた。
「封筒の表書きを見て見ろ、花梨。」
俺の言葉を聞いた花梨は、封筒の表書きを読んだ。
「合格通知書在中。」
「そうだな。だから中に入っているのは合格通知書だ。ようするに合格しているってことだ。おめでとう、花梨。」
俺に言われて一瞬唖然としていたが、すぐに花梨は再起動すると、由紀からハサミを借りて封筒の封を切った。
「合格してた。」
花梨は涙を浮かべて、その場の誰にということなく報告した。
「おめでとう、花梨。」
花梨は由紀に抱きしめられた。
「ありがとう、合格してたよ、ママ。ママが教えてくれたらから合格できたよ。ありがとう。」
抱きしめられながら花梨は由紀に御礼を言っていた。
「松岡さんも、おめでとう。」
学年主任の先生も祝福してくれた。
「二人とも合格で良かったよ。遠いところへ行くことになるけど、二人が一緒なら助け合うこともできるしね。良かったよ。」
月日は直ぐに経つ。
俺たちは卒業式の日を迎えた。
それまでに準備することは沢山あった。引っ越しすることを友達に告げてお別れ会も開いた。仲が良かった友達は寂しがってくれた。俺が花梨に付いていくことについては、さすが夫婦は違うなと言われた。夫婦と言われて花梨は微妙な顔だったが、何も言わず笑っていた。
もちろん卒業に向けた文集や写真などもあったが、引っ越しと新しい家の準備も必要だった。
俺は由紀と一緒に、由紀の実家住まいになる。由紀の実家は、客間があったが潰して俺の部屋にしてくれた。
実家の由紀の部屋には荷物が残っていたが、由紀が今現在住んでいる部屋にある荷物も持って帰る必要がある。
長い間、実家を出ていたから由紀の荷物もそれなりの量になっている。思い入れもあるから持って帰りたいものは多いが、全部は難しい。クーラーや掃除機はともかく、洗濯機や冷蔵庫などは家に何台も要らんだろう。
ただ再び実家を出ることがあったら、新しく買い直すのも面倒。だけど何時出ることになるかも分からない。それまで物置に置いておいたら、動かなくなる可能性もある。結局、粗大ゴミになるかもしれない。下手をするとゴミ屋敷になる。
卒業式には学校に着飾った父兄や生徒が大集合する。
男子生徒はスーツもどきを着ているのもいる。女子生徒はドレスが多いが、和装もちらほらいる。だが、その中で花梨は一際目立つ。
花梨が着ているのは由紀から貰った振袖。花柄が中心で寿に相応しい文様が所々に混じっているピンクのペールカラーで袖丈100cmの中振袖。今日は主役だから髪飾りも豪華だ。和装の同級生のなかでも、突出して人目を集めている。
「それどうしたの、花梨。」
「いいなあ、綺麗。」
「うらやましい。」
花梨は同級生の女の子達からの憧れを一身に集めている。
「松岡って凄いよな。」
「なんか美少女って感じでドキドキする。」
同級生の男達からも絶賛されているようだ。
「あんな嫁がいるなんて、望月は腹が立つな。」
流れ弾が俺に飛んでくる。
言われなき非難をされた俺も羽織袴で正装している。瑞希姉さんの結婚式の時に誂えた一式だ。
紋は望月の三つ紋だが、紫ぼかしの色紋付き。羽織は風神雷神が裏にいる。正装した俺がまじめな顔をしていると、同級生のなかでは異質な存在となっている。そのまま父兄席に並んでも異和感がない。
「今日も綺麗だな、花梨。」
俺が声を掛けると、花梨が嬉しそうに答える。
「パパも格好いいよ。」
傍目からは父娘の会話として遜色ないだろう。姿も羽織袴の父親に振袖の娘だ。あと欠けているのは、母親の存在だろう。その俺の妻は、明るい紫をベースとした振袖を着ている。すこし緊張した澄まし顔だ。俺の右に並ぶ。
「ママも綺麗だよ。」
「ありがとう、花梨。花梨も綺麗よ。」
「ありがとう、ママ。」
3人で揃って写真を撮る。俺の右に由紀、俺と由紀の前に花梨だ。身長差があるので、綺麗な三角形になる。俺の身長も夏に比べて伸びているので、由紀とほとんど変わらない。花梨はあまり伸びていないので俺たちより低い。
卒業式では、卒業証書を壇上で受け取り、合唱する。
卒業式で司会を務める教頭先生の話が続く。
「桂木先生も、皆さんの卒業と共に、我が校を離れて、御実家に帰られます。」
知らなかった生徒達から声が上がる。由紀は学年を越えて人気があったからな。
全てが終わり卒業生は退場する。
次は教室で最後の挨拶だ。由紀が俺たちに向かって話しをする。
「卒業おめでとう。担任を引き受けたときは、うまく出来るかドキドキしていたけど、みんなの協力もあって、今日を迎えることが出来ました。由紀はみんなとの一年間が楽しかったです。良い思い出です。これから進路が別れるので、一緒の人も違う人もいるだろうけど、みんな元気で頑張ってね。」
笑顔で締めくくった。
後輩達が作る花道を卒業生達が歩く。晴天に恵まれて、別離の宴はいつ果てることもなく続いた。
友貴は小学校を卒業した。勇人が出来なかったことだ。でも、これで勇人も卒業出来たことになるんだろうか。同じ俺なのに、そのことが不思議に思えて分けも分からず涙が出てきた。
ひとり泣いている俺に向かって由紀が声を掛けてきた。
「卒業おめでとう、ゆう。そして勇人。」
由紀は勇人にも言いたかったのだろう。穏やかな笑顔の由紀が俺たちを祝福してくれた。俺の中の勇人が由紀の言葉に歓喜の声を上げている。俺は友貴だが、勇人でもある。これで勇人も卒業出来たんだ。これから友貴が歩く道のりは勇人も経験したことのない世界だ。勇人は友貴を通じて未経験の人生を知ることが出来るのだろう。どんな人生かは分からないが。だが一つ言えることがある。隣には由紀が居てくれる。由紀と共に歩める人生だ。幸せだ。
誤字脱字、文脈不整合がありましたら御指摘願います。
これで一区切りです。
次は中学時代になります。




