27.恋人
「最近、俺は友貴だよな、と思うことが本当に多くなった。」
俺は由紀に向かって言った。由紀の部屋でのことだ。
「どうしたの、ゆう。何かあった?」
俺が勇人として生きたのは12年、友貴として生きたのも、もうすぐ12年になる。これからは友貴として生きた時間のほうが長くなっていく。勇人として生きた時間はこれ以上長くなることはないから、俺は友貴になるんだと思う。
もちろん勇人であったことは変わらない。勇人という意識もある。だけど、友貴が増えると勇人の割合が下がる。現世の身体能力は勇人にはなかった。友貴だから、望月の家に産まれたから得ることができた。その能力で由紀を救えた。友貴が救ったとも言えるだろう。
「いや、俺の墓参りをしてからさ、友貴として、由紀の恋人として、勇人の両親や爺さん達に認めて貰えただろう。」
「そうだね。」
「姉さんの結婚式でも、勇人じゃなくて、由紀の友貴として振る舞ったわけだしね。」
「うん、恰好良かったよ、ゆう。」
「ありがとう、由紀。で、俺自身、勇人の墓参りをしてから、勇人から友貴に軸足が移った気がするんだよね。」
「う~ん。それは由紀のなかでもあることだね、ゆう。眼の前にいる友貴のことがどんどん好きになっているしね。」
うれしそうに由紀が俺にキスをしてくる。
「この格好変じゃない?」
由紀がパステルカラーの襟付きワンピースを着ている。メイクはいつも通りナチュラルで健康的だ。由紀が姿鏡の前でくるりと一回転した。
「綺麗だよ、由紀。」
「そういうことじゃないの。嬉しいけど。失礼があったら困るでしょ。」
笑顔の由紀が俺にまた軽くキスをする。
由紀を母さん達に紹介する。紹介と言っても母さんも父さんも由紀のことは知っている。ただそれは担任としての由紀だ。俺の恋人としての由紀じゃない。だからきちんと紹介するために、両親に挨拶をしにいく。
俺の誕生時というか胎内での出来事を母さんから聞いて、勇人の話を母さんとしてからしばらく経っている。その間には体育祭や姉さんの結婚式もあった。
姉さんの結婚式に列席することは、母さんは了解してくれていた。父さんは怪訝な顔をしていたが、夏休みに世話になったからということで理解はしてくれていた。加奈はまた居なくなると言って怒っていたが、お土産を買ってくることで手をうって貰った。
だが何時までも引き伸ばしていいことじゃない。けじめを付けて、俺の人生の道筋をきっちりしたい。姉さんに由紀を大事にすると約束もした。このままだと由紀も不安になるだろう。
10月になってから俺はタイミングを図っていた。父さんとサシで話をする機会を狙ってだ。なかなか都合よくはいかなかったが、母さんが協力してくれた。日曜日に加奈を連れて秋冬物の買い物に出掛けてくれた。それで家にいるのは父さんと俺だけになった。
「父さん、今日の昼ごはんは俺が作るよ。」
「ええ、お前が作ってくれるのか、友貴。」
「ああ、俺にもそれくらいは出来るよ。」
「そうか、それなら任すわ。」
簡単に作れるものと言えば、スパゲティーかな。時間をきっちり計って、たっぷりの湯でゆがけば良い。書いてある通りの時間ですれば、はずれのないものが出来上がる。ソースはベシャメルソースを手作りした。我ながら出来はまずまずだろう。
「父さん、出来たよ。食べようか。」
「おう、すまんな。じゃ食べよう。」
「「いただきます。」」
父さんと俺は手を合わせて食べ始めた。考えたら、父さんと二人で昼ごはんを食べるのは初めてじゃないだろうか。たいがいは母さんがいるし、加奈もいることも多かった。逆に父さんが居ないことも多かったと思う。
「なかなか手が込んでいて美味しいじゃないか。」
父さんがソースを褒めてくれる。
「ありがとう。でも作るのはそんなに難しくないんだよ。」
「そうなんか。父さんにも作れるものかな。」
「出来るんじゃない。何回か練習すれば大丈夫だよ。」
他愛のない会話をしながら父子の食事は進む。
スパゲティーを食べ終わって満足した俺達はゆったりしていた。
食後のコーヒーを入れて、二人で寛いでいる時に俺は切り出した。
「父さん、真面目に話したいことがあるんだ。」
「ん、なんだ、改まって、友貴。」
「んとね、なにから話したらいいかな。俺のなかでもごちゃごちゃして、まとまっていないんだけど、とりあえず、この間、母さんと話をした。」
「ふむ、何の話を母さんとしたんだ。」
父さんはコーヒーを味わいながら返事を返してくれる。
いつまで冷静に対応してくれるか俺には分からない。だが母さんは、父さんを信じなさい、と言ってくれていた。だから俺も父さんとの繋がりを信じるべきだろう。友貴として生きてきた人生を賭けて。
「俺が生まれるまえ、というか母さんの腹の中にいたときのこと。」
父さんの眉がピクっと動いた。眼光の鋭さは増したが、顔から平静さが失われつつある。
「父さんは、母さんから何か聞いた?」
「いや、何も聞いてないぞ。」
「そう、それならいいんだ。俺が話すべきことだし。」
俺もコーヒーを一口飲んでから先を続けた。
「母さんから、腹のなかにいた俺の心臓が一度止まったと聞いた。」
父さんは何も言わない。何と言っていいのか分からんのだろう。俺が父さんの立場でも言葉に詰まる。
「だが、運よく再開したとも聞いた。」
父さんの顔がゆがむ。そのときのことを想い浮かべているのか。
そして父さんは何も言わず俺の顔を見守っている。
「俺は、そのときの記憶がある。」
父さんが意表を突かれた表情をしている。
「いや、止まったときの記憶じゃなくて、再開したあとの記憶があるといったほうが正確だよな。」
父さんは口を噤んだままだ。だが耳を澄まして聞いてくれている。俺は誤解を生じないように、明瞭に、ゆっくりと時間を掛けて順序立てて話をした。前世から現世の今日に至るまでの記憶を。俺が話している間、父さんは一言も口を挟まなかった。
沈黙のなか、空になった二つのコーヒーカップに、俺は二杯目を注ぐ。湯気が立ち上るカップに父さんは眼を落とし、しばらく考えを纏めていたようだった。
だが顔を上げるとしっかりとした口調で話を始めた。
「お前は、父さんの息子、友貴だ。それは何があろうと変わらん。そうだろ、友貴。」
「そうだね、俺は父さんの息子、友貴だよ。そのことは紛れもない真実だよ。」
確認の言葉に俺は応えた。俺は友貴だ。友貴として生きているし、生きていく。父さんは俺から確認が取れて落ち着いたようだった。
「あのときのことは忘れられん思い出だ。思い出すと苦しい、だが救われたスーベニアでもある。」
遠い眼をした父さんは何かを堪えているようだった。
「お前の心臓が止まったと病院の先生に言われた。亡くなっていると。それを聞いても父さんは母さんに掛ける言葉が見つからなかった。父さん自身、どうしてよいかわからなかったし、理解が追い付いてなかった。」
「夢を見ているのじゃないかと思っていた。だが現実で、お前との別れが目前だった。それがまたしても夢のようなことが起きた。父さんには何が現実なのか判らなかった。」
「だがお前が無事に生まれて、自分の腕に抱いて抱きしめたとき、お前の泣き声を初めて聞いて、涙が止まらなかった。息子がこの世にいる。産まれてきてくれてありがとうとな。これが現実だと。」
父さんの眼から自然と涙が流れていた。
「確かに母さんが、お前の成長していくときに思ったことは、父さんも思った。だが少し出来の良い息子だと思っていたんだな。父さんの息子だからだとかな。」
泣き顔なのに少し誇らしげにも見えた。
「実は前世の記憶持ちだったとは思わなかったよ。だが、記憶持ちであろうとなかろうと、お前は父さんの息子、友貴だ。」
「ありがとう、父さん。俺を受け入れてくれて。俺は父さんの息子、友貴だよ。」
父さんも俺を受け入れてくれた。物分りが良いというのとは違うだろう。真実、俺を息子と思っていてくれているから出てくる言葉だ。母さんと一緒だ。繋がりは信じることが出来る。正直一番危ういのは俺自身かも知れない。俺自身で自覚しておく必要がある。
「そうか、それで、担任の桂木先生が、お前の過去と結びつく人なんだな。」
「そうだよ、父さん。だから交通事故のときに護った。立場が悪くならないようにも護った。これまでもこれからも護る。でもそれだけが理由じゃないよ。今の俺が今の由紀のことを好きだからだよ。俺の人生だよ。」
抱えていた秘密を話すことが出来る。
「なるほどな。夏休みの間、帰ってこないわけだ。」
父さんが笑顔になっている。
「お前は、ようは男だってことだよな、友貴。」
嬉しそうな父さんだ。だが少し顔が真面目になった。
「まさか男にはなってないだろうな、友貴。」
「なってないよ、父さん。さすがに。」
これは父親としか出来ない会話だな。だがそんな会話が出来るのも良いことだ。親に隠し事をしなくて良いのも精神的に助かる。
「なら、いいか。というか、いいかどうかは分からないけどな。」
父さんは父さん自身でも分けの分からないことを言っていた。
しばらくすると、母さんが加奈と一緒に帰ってきた。おやつにドーナツを買ってきている。加奈は気に入った秋冬物のアイテムを買って貰えてご機嫌の様子だ。母さんは、俺と父さんの顔と雰囲気を読んで、上手く行ったようだと理解してくれたようだった。
親子4人で、3時のおやつタイムになった。俺と父さんはコーヒー、母さんと加奈は紅茶だ。ドーナツを食べながら家族の会話が流れた。日常生活の一コマだが、幸せな家庭だと思う。
次の日曜日、俺は由紀を迎えに由紀の家に行った。
二人で歩いて俺の家に向かっていく。
由紀は、俺の家が近づくにつれて緊張が強くなって、顔が強張っていく。
「ねえ、変じゃない、ゆう。」
何度も何度も俺に服装のことを確認する。気持ちに余裕がなくなっている。そのうちに、とうとう足が止まってしまった。
「やっぱり無理だよ、ゆう。」
泣きそうになっている由紀。
俺は勇人だったこともあったから、由紀の母親と正対したときも緊張することはなかった。由紀も美紀も居てくれた。過去には由紀の家には何度も行ったことがあった。
だが、由紀にとって、友貴の家は担任として訪れたことはあっても、恋人としてなら未知の世界だろう。それに現実の年差がある。常識が邪魔をする。このままでは失敗する。
「ちょっと、休んでいこうか、由紀。」
俺は由紀を連れて、家の近くにある公園のベンチに座った。普段なら、小さい子が砂場や滑り台で遊んでいる。たまたま今日は誰も遊んでいない。
「でも、遅くなると・・・。」
由紀は時間を気にしている。
「構わない。俺が説明するよ。」
俺は由紀の眼を見ながら笑った。
「緊張するよな、由紀。」
「うん。想像以上だよ。喉がカラカラ。こんなんじゃ、お母さんやお父さんと話が出来るかどうか、わからないよ。」
「彼氏の実家初訪問。両親への挨拶。ハードルが高いよな。」
「そうだよ。由紀はどきどきしてるんだよ、ゆう。」
「緊張して当たり前だよ、由紀。」
「ゆうは落ち着いているよね。」
「そうでもないよ。俺もうまくいくかは心配だよ。でも、心に決めていることがある。由紀のことは何があっても護る。だから迷いはない。父さんや母さんがどういう反応をするかは分からない。だけど俺にとっては由紀が一番だからな。護る。」
真正面から由紀を見据えて、俺の秘めた決心を由紀に語る。
「俺は頼りないか、由紀。」
「そんなことはないよ、ゆう。」
「なら俺を信じて俺を頼ってくれないかな。」
由紀は俺を見つめ返す。
「成長しているよね、ゆう。ほんとうに勇人がそのまま生きていたら、こんな感じになったのかな。」
由紀の顔に笑みが戻る。
「義兄さんも緊張したんだろうな。」
俺は瑞希姉さんの旦那さんが加藤の実家訪問したときのことを持ち出した。
「いきなり姉さんに顔合わせを決められたんだしな。」
「そうだね。お義兄さんも緊張したんだろうね。」
「そう、由紀にとっても義兄さんになる。」
「え、確かにそうよね。勇人の義兄さんなんだし、由紀にとっても義兄さんだよね。」
「で、俺は勇人で友貴だよ。二重に由紀のことが好きだし、二倍護るよ。」
友貴になるとは言ったが、勇人であることを捨てるつもりもない。俺が好きなのは由紀。そして俺は勇人で友貴だ。
落着きを取り戻した由紀を連れて、俺は両親が待つ実家に向かった。
実家のリビングで両親と向かい合って座る。
「ゆうのことは大切にします。」
「いや、俺が由紀を護るよ。」
両親はお互いにお互いを和める俺たちを微笑ましそうに見守っていた。そして俺たちの関係は俺の両親にも認められた。俺と由紀は両親公認の相思相愛の恋人となった。
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