25.体育祭
「じゃあ、花梨とゆうで纏めておいてね。」
にこっと由紀が笑って俺たちに頼んできた。学校が始まると、すぐに体育祭の準備だ。由紀も色々とすることがある。こまごまとしたことを処理して担任の仕事を減らすのも俺たちクラス委員の役目だ。
二学期になってから、由紀は俺のことを『ゆう』と呼ぶようになった。ちょっとした変化だが、くん、を外している。由紀のなかで、くん、付けが二人で歩む人生に相応しくないと思えたらしい。対等な立場というか、年下ということを意識したくないということだった。
花梨も花梨と由紀に呼ばれている。二人だけの時だけじゃなくて、クラスのなかでも花梨と呼び捨てにされている。他の女子は、ちゃん、付けで呼ばれている。呼び捨てなのは花梨だけだ。だが花梨は当然のように受け入れている。
花梨って呼ばれると、期待されているっていうか信用されているっていうか。自分が少し偉くなったような気がするんだよね。成長したっていうのかな。ちゃん、だと子供って感じだね。だからママに花梨って呼んで貰えると嬉しい。花梨のなかで変化があるようだ。
さすがにクラスのなかで、あからさまに花梨が由紀をママと呼ぶことは少ない。だが、ちょくちょく花梨は由紀をママと呼んでいる。呼ばれる由紀も嬉しそうな顔をしている。そのうち普通になるんじゃないだろうか。
可愛い娘にママって呼ばれると、くすぐったいような気持ちになるのよね。由紀と花梨の関係は親娘で固定してきている。由紀のなかで母性が目覚めている。由紀のなかでも変化がある。
そして花梨は俺のことをパパと呼んでいる。俺はさすがに学校で花梨にパパと呼ばれると狼狽える。それを覚悟不徹底と由紀には言われている。慣れないとダメだな。軽くパパと呼ばれているので渾名のような感じでクラスには受け止められている。
俺は花梨のことは花梨と呼んでいる。修学旅行のあとからずっとなので、今では当たり前のようになっている。直後は、夫婦もん、とからかわれることもあったが、俺も花梨も普通に接していたら何も言われなくなった。その延長からも、花梨が俺をパパと呼ぶことが問題とならなくなっている。
俺は由紀のことも由紀と普通に呼んでいる。クラスのみんなは最初少し変な顔をしていた。だが俺が堂々と呼んでいるので、最近は特に何の反応もない。由紀が普通に対応しているのも大きいと思う。
体育祭では学年演技と個別種目がある。6年男子は騎馬戦、6年女子はダンス、6年全体で組体操が学年演技だ。
個別種目としてはリレーに、パン食い競争、借り物競走、などだ。ほとんどが個人競技でクラス対抗の成績には関係ない。
クラス委員委員会は道具の出し入れにライン引き、プログラムのタイムキーパーも務めている。
花梨はダンスリーダーもやっている。
クラス委員委員会が開かれる。
「それじゃ、体育祭の役割分担な。」
委員長が議事を仕切る。
「移動玉入れのカゴ役、希望者は挙手。」
「あれ去年やったけど、大変だったよ。」
6年の男子が言っている。
「必死で逃げ回っていたら玉が入れられないって文句言われた。」
同じく6年の女子が言う。
「わたしなんか、顔に玉をぶつけられたんだよ。ぶつけられても少し痛いだけだから問題はなかったんだけどね。ぶつけたのが女の子でね。大丈夫だよって言ったけど、ごめんなさいって泣き出してね。玉入れが中断する羽目になったのよね。」
競技中断に対するブーイングは、クラス委員委員会の不手際として責められた。実際には不可抗力だよ。
低学年がする移動玉入れは、おもしろい競技として人気がある。逃げ回る籠に玉を入れる競技だ。しかし籠を背負って逃げるクラス委員は大変だ。速過ぎても、顔にぶつけられてもダメだ。
「足が遅くてどんくさそうだから、入れやすいって言われて、大量の生徒に囲まれたときは恐怖だったわよ。」
いろんなパターンがあるんだ。
「宝探しゲームのメダルの隠し場所、挙げてくれ。」
「平均台の裏」
「つぼの中」
「地面の中」
「最後、それは見つけられないだろう。」
宝探しゲームは走っていく途中で、メダルを見つけていく。脚が速くてタイムが良くても、メダルの数が点数に加算されるのでバランスが大事だ。メダル個数とタイムの両方が優れたものの勝ちだ。
「メダルの強奪はありか?」
「ゲームじゃないんだから、ダメだろ。」
「いや、ゲームなんだし、面白くないか。」
現実と仮想がごっちゃになっている。リアルでやったら怪我人が出るではすまないだろう。
「やめてくれ。強奪はなしだ。」
「なら譲渡はありか?」
「譲渡もなしだ。」
ゲーム脳にはルールを細かく決めておかないとバグをつかれてしまう。ありとあらゆる思いつくシチュエーションを洗い出して対応策を作り上げていく。
他には、愛のラケット便という競技がある。ペアが2本のラケットでボールを挟みながらグラウンドを一周してタイムを競う。男子ペアも女子ペアもありだ。完全な個人競技で、クラスどころか学年すら関係なしだ。
「リア充、爆発しろだな。」
カップルは狙われる運命だ。クラス委員委員会のメンバーの胃に穴が空きそうだ。危ない競技は中止にすればいいのだが、民主的というか全学年の投票でプログラムは既に確定している。いまさらどうにもならない。
涙なしには語れないクラス委員委員会のメンバーの苦労。その上に体育祭は成り立つ。ようやく本番。体育祭当日の土曜日。晴天に恵まれて俺たち6年生にとって最後の祭典が切って落とされた。
校長や来賓の挨拶。選手宣誓があって、競技開始だ。
プログラム1番は、いきなりリレーだ。体力があって元気な時に勝負をするのが良いだろうと言うことで決まった。選抜メンバーでのガチンコ勝負。クラスから男女各二名が出場する。花梨はメンバーだが、俺は外れている。
「頑張ってくる。勝ったら御褒美宜しく、パパ。」
花梨が飛び出していく。大声援というか怒号が飛び交う花形演技は盛り上がった。これが最後になる6年の父兄は身を乗り出して手を振り回していた。髪を振り乱して絶叫するオバサンは恐怖だ。孫を撮るためにカメラを構えてコースに侵入する爺さんや婆さんを、排除するのもクラス委員の仕事だ。
アンカー花梨は元気は良かったが、相手の方が少し足は速かったようだ。俺たちのクラスは学年で二位になった。
「競泳なら絶対に勝てたのに・・・。」
花梨が悔しがっている。いや陸上競技だからな。
「みんなで勝ち取った二位じゃないか。頑張ってすごいよ、花梨。」
「やった。じゃ御褒美はお菓子がいいからね。明日一緒に買いに行ってね、パパ。」
明日出掛けることになった。だが、これで花梨が落ち込まずに済むなら安いものだ。
パン喰い競争。ピストルの合図と共に、俺は走りだす。この競技ではパンに問題がある。クラス委員委員会の影の陰謀が詰まっている。
個人競技には全員何かには参加する義務がある。俺は参加したくなかったが、ジャンケンで負けてしまった。パン悔い競争だ。
ただ俺は普通にカレーパンで助かった。激辛だが。辛さで涙が止まらないレベルだった。隣のやつはトンカツパンだった。噛み切るのが大変で呑み込むも大変。なんせ水なしだからなあ。パン喰いなのでゴールするのは食べ終わってからだ。ジャンボサイズのトンカツを手も使わず口だけで食べきるのなんか罰ゲームなのかよ。
定番の借り物競争。由紀が参戦している。グランドに散らばる紙の一枚を拾い上げる。何が書いてあるんだろうだな、と俺は呑気に構えていた。だが、なぜか一直線に俺たちの方へ向かって由紀が駆けてくる。
「いっしょにきて、ゆうと花梨。」
「え?俺たち? 借り物競争だろう。」
「そう、だから、ゆうと花梨。」
分けが分からないまま俺と花梨は由紀に引っ張られてゴールする。
お題は『カップル』だった。どよめきが起きる。花梨がコクリと満足そうに頷いている。
6年男子の騎馬戦。数合わせに体格の良い5年生が数人混じっている。
「総当たりでは、まずは敵を分断して強い騎馬を囲んで潰そう。」
「囲んだら前の騎馬は距離を取って時間を稼いで、そのうちに後ろから交差戦で帽子を取るんだ。」
「包囲に加わらない残りの騎馬は壁を作って、敵を寄せ付けないようにするんだ。」
相手が分散攻撃してくるのを分断包囲して各個撃破していく。どっちが機先を制することが出来るかが勝負だ。俺たちの陣営は集団戦で、個人の能力に頼った戦いを選んだ相手を打ち破って勝利した。魔神のように暴れる敵陣営の大将は4騎で挟んで身動き出来なくしてから、5騎目で打ち取った。総当たりだけで勝負を決めたので、個別戦はなくなった。
6年女子によるダンスは、今年流行った曲と振り付けの再現だ。
花梨たちダンスリーダーが熱心に手取足取り全員に教えて回ったかいがあって、見事な完成度を見せていた。観客席からも拍手が惜しみなく注がれていた。やりきったという感じの花梨は大満足の様子だった。明日は、好きなものを奢らないとな。
個人競技の愛のラケット便。校長と教頭のペアが割に息があっていて好タイムだった。意外性に歓声が上がっていた。
由紀と花梨のペアは真剣だった。優勝ペアは表彰台で表彰される。
「行くわよ、花梨。」
「ええ任せて、ママ。」
見事、校長と教頭ペアの記録をぶち破っていた。元気で活動的な二人組は盛大に褒め称えられていた。勝利の原動力は景品のキャラクター巾着狙いだったそうだ。
最終演技は、組み体操だ。6年間の集大成として、全員が参加してのピラミッドタワーが組み上げられる。太鼓の合図と共に一つずつ進んでいく。頂点で立つのは一人。運動神経の良い体操部の小柄な女子が選ばれている。
タワーが完成して、しばらく観客席から拍手が送られる。その後に掛け声と共に一瞬でピラミッドを崩し、頂点の女子は前転回転をしながら見事に地上に降り立つ。再び大々的な拍手が送られた。
集団で息を合わせて一体となって何かをなすというのも清々しいものだ。6年全員の思い出として記念に残れば良いと思う。
けが人も出ず、PTA会長の挨拶で一日が終わり体育祭は無事終了した。クラス委員員会は委員長以下、胸を撫で下した。しかし疲れた身体に鞭をうって、後片付けを夜遅くまで掛かってしたことは言うまでもない。
体育祭の翌日、日曜日で当然休みだ。ちなみに明日の月曜日も代休で休みだ。その日曜日に約束通り花梨と買い物に出かけた。由紀も入れた三人でだ。右に由紀、左に花梨、両方から腕を取られてブランドショップに突撃した。なあ、御菓子って言ってなかったか。それは後で。そうですか。
由紀と花梨は楽しそうに、アイテムを選んでは、身につけてを繰り返している。この場に置ける俺の役割は、褒め役だ。俺に見せつける由紀と花梨に向かって言葉を掛ける。
「うん、似合っている。」
「綺麗だよ。」
「それ可愛いね。」
そして黙って財布を取り出して清算をした。さあ、次の店に行こう。服から靴、アクセサリー、お菓子まで。午前中の買い物を存分に楽しんで、少し疲れたところで昼ごはんだ。
昼ごはんは、イタリアンパスタ屋だ。俺と由紀が一度来たことを聞いていた花梨の強い希望だ。俺はオーソドックスにカルボナーラスパゲッティを、由紀はズワイ蟹のトマトクリームソースの生リングイネ、 花梨は黒毛和牛のデミグラスソースの生タリオリーニを頼んだ。いつかの再現だ。俺は、口を開けて待つ二人にパスタを運ぶ機械と化していた。二人は実に満足そうだった。
午後は、映画だ。最近人気のラブロマンスを観る。由紀と花梨の選択だ。俺に拒否権はない。だが、なかなか考えさせられるストーリーだった。過去にだけ飛ぶことが出来るタイムトラベル能力を持つ主人公。選択次第で未来は変えられるが、現在も変わってしまう。
俺が過去に戻ることが出来るのなら、何処に戻って何をするべきなのか。友貴の人生だけなら変える必要もないだろう。だが戻れるのかどうかは分からないが、勇人にまで戻れるとしたらどうか。もし交通事故で勇人が死ぬことがなければ、今はない。花梨とも出会わない。友貴もこの世に産まれなかったのではないだろうか。
結論からすれば、俺は今を生きていくので十分だ。俺は満足の行く人生を送れているだろう。右の由紀と左の花梨、二人が居る。自然と俺は二人を抱き寄せていた。二人とも自然に俺にもたれてエンドロールで涙を流していた。
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