↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/30

24.誕生秘話

夏休みを勇人と由紀の故郷で過ごした俺(友貴)は久しぶりの実家生活に戻っていた。妹の加奈には、夏休み中ほったらかしで酷いとグチグチ言われた。確かにすまんかった、妹よ。謝った結果、埋め合わせに映画に付き合うことを約束させられた。なんでか俺は前世から女の子に約束をさせられることが多いな。俺に問題があるのか。



二学期も始まって間もない頃の土曜日。たまたまだが今日は俺(友貴)と母親しか家にいない。父親は仕事だ。妹の加奈は友達と遊びに出かけた。昼ごはん後のゆったりした時間が流れているときに、俺は母さんに話しかけた。長く気になっていたことについて、時間のある今日なら聞くことが出来そうだと思ったんだ。


「母さん。聞いて欲しい、というか聞きたいことがあるんだ。」

「俺ってさ、ちょっと変わった記憶があるんだよね。」

「実はね、母さんのお腹のなかにいたときの記憶なんだけどね。」

「あら、珍しいわね。でも時々、お腹の中での記憶がある子っているらしいわね。」

そのときの母親の顔色はまだ普通だった。


「時期的にはね、たぶん梅雨の6月頃のことなんだと思う。でも、その記憶のことがはっきりしなくてね。夢なのか本当なんかどうか分からなくて確かめたくてね。」


俺が続けて言った言葉を聞いた母親の顔色が少し変わっていた。

俺は、焼き場で俺(勇人)が煙になったあと意識が急に引っ張られて今の母さんの腹の中に落ち着いた。その直後に経験したことだが記憶は曖昧だ。胎児の時代の記憶だからだろうか。


「なんでか知らないんだけど、母さんに別れを告げられているんだ。お腹の外から優しく撫でられて、語りかけられていたんだ。」

母親の顔色は既に変わっていた。


「聞き取りにくくてさ、何を言っているのかは、はっきり分からなかったんだ。そもそも言葉が理解出来ていたかは微妙。でも惜別の思いだけは伝わってきたんだ。変な話だけど、母さんの言葉を聞きながら、俺はお腹の中で泣いていたんだよ。」


母親の顔は固まっていた。息を潜めて黙り込んでいる。俺の話に衝撃を受けているようだった。だが眼光は鋭く、俺を見つめていた。


息を殺していたのは10秒ほどだろうか。ゆっくり呼吸を再開した母親は口から言葉を出した。


「そうね、話をすることはないと思っていたわ。話す必要もないし、話したところで分かるはずもない。聞いても楽しいわけでもない。むしろ怖い話でしかない。一生黙っているつもりだった。」


「だけどお腹のなかに居たあなたに聞かれているとは思わなかったわ。そのうえ覚えているとは夢にも思わなかったわ。友貴、どうしても知りたい?」

母親は本当は話したくはないようだった。だが俺が始めた話だ。だから俺の表情を読もうとして注視していた。俺の胸のうちを知りたいと。


「聞きたいな。ここまできて聞かないという選択肢はないんじゃないかな。俺は俺の記憶を確認したい。それと疑問も解き明かしたい。」

疑問というのは、腹の中に居た期間が6か月だったことだ。元々この器にいたはずの友貴はどうなったんだ。だが既にこのとき俺は母親から答えが与えられていたような気がしていた。


「心を落ち着けて聞いてね。びっくりしないでね。あのね友貴、あなたは一度死んでいるの。産まれる前に。」

ショックじゃなかったと言えば嘘だが、衝撃は少なかった。そうなんじゃないだろうかと、さっきの母親の反応で薄々察していた。そうでなければ俺がこの器(友貴)に入ることはなかったはずだ。


母親は視線をぶらすことなく俺の眼を見つめながら話をしてくれた。


「あなたが私のお腹に宿ってくれたときは本当にうれしかった。心臓の鼓動が感じられて、あなたが生きているという証が実感できた。」


私にとって初めての子供

産まれてくるのが楽しみだった

男の子か女の子かは、まだ分からなかったけど

男の子なら友貴

女の子なら加奈

名前はお父さんと決めていたの


だから私はお腹に向かって

二つの名前を交互につかって呼びかけていたわ

でも、それが悪かったんじゃないかと後悔もしたわ

二つの名前で呼んだことで

子供に嫌われて子供に出て行かれてしまったんじゃないかとね


どういうことかって言うとね

ちょうど妊娠3ヶ月頃、6月の梅雨の時期よね

それまで毎日しっかり感じられた拍動が

感じられなくなって

急いで病院に行って調べてもらったの


何回も何回も検査をしてもらったけど結果は同じ

赤ちゃんの心臓は動いてなかった

病院の先生からは言われたわ

お腹の中のお子さんは亡くなられていますと


私は言われていることが分からなくて

何遍も何遍も尋ねたわ

でも返ってきた答えは

残念ですが・・・だったわ

世界が真っ暗になったようだったわ


子供が生まれてくる

おなかの中にいる子供が

なのに、それがおなかの中にいるのに

おなかのなかで死んじゃった

私が悪いんだって何度も何度も思った



母親は涙を流しながら言葉を紡ぎ続けていた。

俺は何も言えず黙って聞き続けるしかなかった。

ここにも悲しみがあった。

人生には悲しみが付きものだ。

だからこそ楽しみも喜びもあるんだろう。



みんなはそんなことはないって

言ってくれたけど

私には私が悪いとしか思えなかった

明日は手術であなたとお別れという夜に

あなたに話かけたの


ごめんね

ちゃんと産んであげられなくて

抱いて可愛がってあげたかった

ごめんねって

泣きながら寝たわ


次の日の朝が来て

もうどうにもならないし

涙も枯れ果てて

手術に呼ばれるのを待っていただけだったわ

お父さんも来てくれてたけど

私に掛ける言葉もなくて黙っていたわ


私とお父さんが二人だけいる部屋に

看護師さんが来て

何も言わずに準備をして

私だけを案内しようとしたの


でも、その瞬間に看護師さんの顔色が変わったの


何があったのか私には分からなかった

でも、その看護師さんは

私の顔を確かめて

腕のネームプレートを見て

私の名前を声に出して確認したの


それから、座っていてくださいと

看護師さんは慌てて走っていったわ


私は何がなんだか分からなかったけど

あなたとの別れが少し延びたのが嬉しかった


で、気が付いたの

拍動があるんじゃないかって

昨日は感じられなかった


でも確かに私のお腹で心臓の鼓動が感じられたの

信じられなかった

でも本当に・・・まさかと思ったの


走って出て行った看護師さんが

息せき切って他の看護師さんを連れて戻ってきたわ

二人して私のお腹に聴診器を当てて叫んだわ、聞こえる、って


直ぐに先生が呼ばれて検査を受けたわ

「奇跡です。赤ちゃんの心臓が動いています。元気です。」

「何回も確認しました。本当に止まっていた。なのに、なぜ・・・。」

「手術は中止です。ゆっくり休んでください。また後で検査をしましょう。」


しばらく茫然としていたわ

私には眼の前で起きたこと

言われたことが

理解出来てなかった


でも確かなことがある

お腹のなかで規則正しく脈打つ鼓動が感じられる

私の赤ちゃん

もう居なくなるはずだった赤ちゃん

私の元にいるわ


あなたは生き返ったの

元々死んでなかったのかもしれない

たまたま心臓を止めて休んでいただけなのかしら

私にはよく分からない


でも、心臓の鼓動が感じられるの

確かにあなたが生きている証が実感できる

あなたが私の元に居てくれている




俺には理解出来た

鼓動が止まった理由は分からない

でも、鼓動が止まった器では生きていけないと

元々の友貴は思ったんだろう


元々の友貴は何処かへ逝ったんだ

そして、この世界の何処かで産まれているかも知れないけど

友貴としてではなく別の名前で産まれているんだろう

友貴としての記憶があるかどうかもわからない

記憶があったとしてもどんな記憶があるんだろうか


空き家になった友貴の器

そこに俺は呼ばれて入ったんだ

だれが呼んだのか、本当に呼ばれたのだろうか

神の采配なのか、自然の摂理なのか

でも、もし呼んだ人がいるとしたら

それは母さんだろう


なんで止まっていた拍動が再開したのか

俺が入ったからか

でも俺が入ったからというより

状況が再開可能にあったと考えるのが

正しいんじゃないだろうか


たぶんお母さんが

俺の器となっている身体を護っていてくれたんだろう

そこに俺が入って再開のスイッチを押しただけ

だから俺は現世に存在し続けることが出来た


転生することなくだ

だから記憶と感情が引き継げた

今の俺がいる

勇人であり友貴である俺が


おかげで由紀と再会出来た

悔いも晴らせる

瑞希姉さんや颯希とも話が出来た

懐かしい人達とも会えた


心から今世の母親に感謝した

たまたま偶然

俺が入ることが出来たのかも知れない

友貴の器に


でも偶然も必然がなければ

成り立たない

母さんが俺を護っていてくれたという必然が




自然に俺の頬を涙が流れ、止めることが出来なかった。

「母さん、ありがとう。俺を産んでくれて、ありがとう。」

俺は声を出して男泣きに泣いた。

「俺は母さんの子供として産まれてきて、これほど嬉しいことはないよ。俺は母さんの子供だよ。母さんは俺の母さんだよ。」


泣き続ける俺を母さんはしっかり抱きしめてくれた。

「私もあなたが産まれてきてくれて、ありがとう。感謝しているわ。あなたは私の子供よ。私はあなたのお母さんだからね。」

二人して泣き続けた。



しばらくして母さんは話しを続けた。



あなたは本当に手が掛からない子だったわね

夜泣きもしない

おしっこもうんちも教えてくれる

お腹が空いたら遠慮がちに求めてきた


私たちの言葉が生まれたときから分かっているようだった

我慢もよくしてくれた

加奈が産まれるときも


下の子が出来るときは、

上の子が赤ちゃん返りするよって言われたけど、

あなたはそんなことは一切なかった

それどころか、産まれた瞬間に加奈って呼んで受け入れてくれた


大きくなって行くときも

教えなくても何でもできたわよね

不思議なくらいだった

覚えるというより、覚えていたっていう感じ


それと、いつも加奈を可愛がって守ってくれた

加奈もお兄ちゃん、お兄ちゃんって付いていったわよね

それは今も変わらないかしらね



俺にとっては自然なことだった

かつて颯希にしたことを

加奈にしていただけだった


でも言われてみて分かる

颯希が俺を慕ってくれた理由が

加奈が俺を慕ってくれる理由を

勇人であり友貴だから出来た



俺を護ってくれた母さんに伝えるべきだろう。俺の秘密(勇人)を。

全ての謎が解ければ、闇に光が差し込み、新たな世界が見えてくる。

俺が由紀を愛し、愛そうとする理由は、謎が解けなければ理解はしてもらえない。出来ない。



涙の流れが留まり、感情の波が収まってくる。

俺は母さんの顔を正面から見る。

「母さん、俺にも話したいことがある。」

「なに友貴。」

「さっき、記憶を確かめたい、疑問を解き明かしたい、と言っただろう。」

母さんが頷く。瞳の色は穏やかだ。何があっても受け入れてくれることが出来る母の落ち着きがある。俺は俺と母さんの繋がりを信じた。


「記憶は、体内で聞いた母さんからの言葉。それが本当だったのは、いま分かった。そして疑問は、俺が体内に居た時間が6ヶ月。梅雨の時期から、産まれた12月までだったこと。正確に言えば、俺の意識があって記憶に残っているのが6ヶ月だってこと。」

そして話した。前世の勇人から現世の友貴に続く叙情的な俺の歴史を。


聞き終わった母さんは、黙っていた。だが俺の話を否定した様子は一切なかった。

「そうなのね。何か全てが理解出来たような気がしてきたわ。」

波一つない水面のような表情をした母さんは微笑みながら続けて言った。


「あなたは私の子供よ。私のお腹のなかで育てて私が産んだ。私の大切な子供。でも前世で良いのかしら。前世の記憶を持っているとは考えたこともなかったけど。」

母さんはクスッと笑った。


「手のかからなかった理由はそれなのね。でも、なんだが嬉しいわ。あなたが話してくれたことが、私をお母さんと思ってくれたからなんだってね。」


「ごめん。そんなつもりはなかった。俺にとって母さんは母さんだよ。ただ俺には迷いがあったんだ。俺がここにいる理由が分からなくて。それと気味悪がられるかもと思ってた。俺が先の友貴を追い出したのかも知れないし。」


「そんなことは思わないわよ。私の子供よ。あなたは。宿したのも育てたのも産んだのも、あなた一人。だからあなた一人しか友貴はいない。あなたが私の友貴なの。」


「ここが現実に由紀が居る世界なのかも、俺の知っている由紀が居る世界なのかも分からなかった。母さんのなかに引き込まれたときに、何か夢を見ているだけの可能性もあると思っていた。」


「だから違ってたら困るから黙っていようと思ってた。でも由紀に出会った。由紀は俺の知っている由紀だった。俺のなかで前世と今世が繋がった。それが例の交通事故での出来事。」


「俺自身、混乱することもあった。秘密を明かしていいのか。明かしてどうなるんだとかさ。でもね、現世の俺は由紀が好きになったんだよ。由紀も現世の俺を好きになってくれた。」

俺は笑みが浮かぶ。俺の心のうちでの変化がある。


「あなたは何歳(いくつ)なのかしら。とても小学生とは思えないわよね。前世からしたら成人しているのかしら。それでも私の子供よ。」

母さんは俺を愛おしそうに抱き寄せた。俺は素直に母さんに抱きしめられることが出来た。俺は母さんの息子だ。


「小さい頃から、あなたは私に甘えてくることがなかった。加奈とは大違い。男の子ってそんなものなのかって思ってた。でも、よその男の子はそうでもなかったから。ひとそれぞれよねって納得してた。すこし寂しかったけど。」


「なんか無邪気に甘えるのは自分のなかでブレーキが掛かってた。やっぱり冷めた部分があったと思う。純粋な子供じゃなかってことだね。」


「でも俺は友貴だよ。勇人の人生は終わった。俺は勇人として生きているんじゃなくて、友貴として生きているんだから。最近そう強く思えるようになったのも、たぶん勇人が死んだ年齢を超える時が来たからだと思う。」


ようやく真の親子になれたのだろうか。俺は母さんの前で息子として振る舞えるようになった気がする。これまでは抜かりなく子供を演じてきた。二度目の人生だったんだから。失敗もしない、控えめな人生だった。考えてみれば花梨との人間関係もこれが遠因だろう。これからは失敗もする、山あり谷ありの心躍る人生が待っているのかも知れない。


誤字脱字、文脈不整合がありましたら御指摘下さい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。