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15.海水浴場

近場の浜辺に遊びに来ている。由紀が新しい水着を買い込んできていることを知った美紀が提案したんだ。メンバーは、由紀と美紀、俺と瑞希姉さんだ。12年前なら、仲の良い近所の幼馴染という集団になる。


今は由紀の新しい彼氏(友貴)と親睦を深めようが目的だ。瑞希姉さんは、俺が由紀の彼氏なんだと知って心底驚いていた。なんと言っても小学生で教え子なんだからな。更に母親に認められていることが信じられない様子だった。


由紀との関係を母親に認められた俺は、家族の一員として扱われている。そして由紀の部屋で一緒に寝泊まりしている。部屋は長く使われていなかったが、美紀や母親が時々掃除をしてくれていたらしい。なので不便は何もなかった。ちなみに父親は海外赴任していて日本には居ない。


ターミナル駅から二駅のところにある、この浜辺は遠浅の砂浜が拡がり、夜には花火をすることも出来る。ただ綺麗ではあるが何があるというわけでもなく、有名というほどでもないので混雑程度もそこそこで済むのは助かる。


瑞希姉さんの運転する車でやってきた俺たちは、砂浜にサンシェードテントを立てた。快適にくつろぐことが出来る十分なスペースが確保されているフルクローズドテントだ。設営は特に難しくない。10分もかからなかった。完成したテントの中で瑞希姉さんと美紀が先に着替えることになったので、俺と由紀は飲み物を買いに海の家に向かった。


ファッションショーを繰り広げて買った水着を由紀は全部持ってきていた。俺の顔色を確認しながら由紀が今日着るのに選んだのは、白のビキニのみで露出が多いものだった。


俺としては自分の恋人に着ては欲しいけど、自分以外のやつには見せたくないといったところだ。なので一緒に買っておいた大きめの白いラッシュガードを、上から着るように伝えた。


由紀は若干不満そうだったが、俺以外に由紀の水着と肌を見せたくないと理由を告げると、それはそれで満足そうだった。それでも隠せていない綺麗な生足は魅力的だった。当然だが着替える前に日焼け止めのオイルを由紀の全身にやさしく塗っておいた。


女性陣は、全員細身で凹凸がはっきりしたスタイルで、はっきり言って今の俺の状況はハーレム状態。ただし好い気になっているとスイカよろしく由紀に頭をかち割られる危険性がある。しかも実の姉(今は血がつながっていないとしても)と恋人の妹に手を出すという人として間違った道に突き進むことしか出来ない。


午前中は適当に水浴びをして、浜辺で砂の城を作ったり、俺が生き埋めにされたりして遊んでいた。砂をかけてくる由紀の顔が妙に愉悦を覚えているのは少し怖かった。でも理由を聞いたら、「昔はこんな遊びも出来ないまま死に別れたから。」と言われて俺は黙ってなすがままになるしかなかった。


海の家で昼ごはんを済ませたあと、俺と瑞希姉さんは、しばらくテントで休憩しながら海を眺めていた。由紀と美紀の二人はそれぞれ浮き輪を持って、ぷかぷかとくらげのように海面に浮いて波に身を任せていた。寄せては返る波の力で、少しずつ沖に向かって進んでいっていたが遊泳区画の中でもあり、心配することもなかった。


「お姉ちゃん!」

陽気に誘われて眠りの世界に片足を突っ込みかけていたとき、突如聞こえた美紀の叫び声に、俺は一気に覚醒した。


顔を上げた俺の視線の先には、空気が抜けて浮き輪の役目を果たさなくなった赤いビニールと共に水面下に沈みかけている由紀の姿があった。浮き輪は岩場に当たったのか大穴が開いたようだった。俺は全身に怖気が走り肉体は細胞レベルで賦活化された。


RESCUEと書かれた黄色と赤のボードの紐を無言で手に握りしめ、全力で沖を目指して泳ぎ始めた。ボードには2kgのウエイトが括りつけてある。今の俺が潜るのに必要な重りだ。もし可能なら海底を見てもいいかなと、用意だけはしてきていたものだ。こんな役立ち方をするとは思わなかったが。


沖ではなんとか由紀をつかまえようと美紀が足掻いているが、うまくいっていない。それに俺が知る限り美紀はかなづちだ。下手をすれば共倒れになる。由紀は泳げるはずだが、パニックになったのか、顔が水面に見え隠れしている。


今世の俺は望月の家に産まれた人間だ。望月の家は代々武術を好む人材が輩出することが多かったらしい。実際に爺さんは古武道を極めることをライフワークとしている。還暦を越えているのに、いまだ極めに達せずと肉体改造に余念のない人物だ。


その化け物、みたいな爺さんと仲良い俺は、現代人に不要な技を幼少のころから教えられていた。前世の記憶を持つ俺は、人生の荒波を渡るのには必要と考えたからこそ真剣に教えを乞うていた。


日々の努力で、出来る限り様々な肉体能力を高めてきた。前世の失敗を繰り返さないために。惚れた女を一人残して死ぬような無様を曝さないように。女を悲しませないように。その成果が先日の交通事故だ。まだ完璧ではなかったが。


泳ぎは爺さんの知り合いが教えてくれた。指導してくれたインストラクターは10mまでなら身一つで潜れるように鍛えてくれた。ただフィンもなしに俺が潜れるのは10mが限界だ。その深さにまで由紀が沈む前に手が届かないと終わりだ。もし万一護りきれないのなら一緒に沈むまで、死に別れは断る。


前世の事故のときのようだ。走馬灯が走る。体感時間は長く感じるが、なかなか前にすすめない。由紀の手が水面から消える。ウエイトを身につけた俺は、息を吐いて頭から海底に向けて潜る。


幸いにも海水の見通しは悪くない。物音ひとつしない世界で、あぶくを吐きながら沈むビーナスの姿を俺の眼はしっかり捉えた。ひとかきひとかき由紀に近づき、ほっそりした身体を抱きしめた。


ライフボードの紐をひっぱり海面まで浮上する。由紀の息を確認する。止まっていた。心臓は動いている。手早くボードの上に由紀を引きずって乗せる。胸郭を左右から縮めるように強く圧迫する。一撃で成功した。


口から海水を噴水のように吹いた由紀は咳き込みながら呼吸を再開した。ライフガードの乗ったカッターが寄せてきてくれ、ボードを引っ張って浜まで運んでくれた。


それからはいつもの展開だ。救急車が到着して、担架を持った救急隊員が走ってくる。由紀は意識を取り戻し呼吸も安定している。会話も可能で大きな問題はないようだったが、溺れて呼吸が止まったのは事実。胸に海水も入っているし、肺炎を起こす可能性もある。


今回は由紀がストレッチャーに乗り、俺が同乗して病院へ向かった。救急車の中では由紀が「そばにいて、勇人。」というのでずっと抱きしめた状態だった。救急隊員の苦笑を伴った生暖かい視線が痛かった。


由紀は病院で検査を受けたが特に大きな問題はないという結果になった。しかし様子をみるため念のために一晩入院することになった。俺は由紀が「離れたらやだ、勇人。」というので、病院についてからもずっと付き添っていた。


入院が決まって病室のベットに寝転がったことで少し安心したのか、由紀が「喉が渇いた。飲み物がほしい、勇人。」と言い出した。美紀が水でガマンしなさいと言ったら、嫌だと駄々を捏ね始めた。


「買ってきてやるから大人しくしてろ、由紀。」

「早く買ってきてよ、勇人。」

由紀に軽くキスをして落ち着かせてから、ロビーにある自販機に向かった。俺ひとりに行かせるのは悪いと思ったのか、美紀と瑞希姉さんも一緒についてきた。俺は自販機で由紀が好きなミルクティーを買った。


俺が紅茶を買うのを見ていた美紀がすまなそうに声を掛けてきた。

「友貴くん、迷惑かけてごめんね。それに姉さん、ずっと友貴くんに向かって勇人、勇人って言っててごめんなさいね。混乱しているだけだと思うのよ。」


「別に気にしていないというか、まったく問題ないのでだいじょうぶですよ。」

俺の返答を聞いて美紀は怪訝そうだった。


「なんで、どうして気にならないの、友貴くん。一度も訂正しようとしてなかったし。わたしだったら、あれだけ何回も前の彼女の名前で彼氏が呼んできたら、いくらなんでも無理って思うわよ。」

「なんでって、言われてもなあ。」

俺は説明に困った。俺が友貴=勇人だからなあ。



「美紀ちゃんと仲良くすると、由紀の機嫌が悪くなることが多かったよね。由紀のことを桂木さんと名前呼びしたときには、大変だったしね。」

俺はしばらく思いにふけっていたが、美紀を見ながら心の赴くままに昔語りを始めた。


「美紀ちゃんは颯希の友達だから、名前呼びしていただけなのにね。」

「え、?」

美紀が目を見開いて驚きの声を上げた。

「どういうこと?」

瑞希姉さんの困惑した声も続く。


「あの昔の事故のときは俺の身を犠牲にして由紀を助けるのが精一杯だった。由紀のことは『必ず助ける』約束だったから。でも約束だから護ったんじゃない。護りたいから護った。この間の事故のときも、今日も。」


俺は死んだあとで理解した。無理やりさせられた約束だったのに、一度も破ることなく護り続けた理由を。俺は由紀が好きだから、由紀に好かれたいから、約束を隠れ蓑にして、いつも一緒に居たんだと。


俺は美紀から瑞希姉さんに視線を移動した。

「瑞希姉さんってさ、中学1年になったばかりの時にさ、検尿検査があったのを忘れていて、締め切り当日の朝に騒いでいたことがあったよな。」


「なんとかしなけりゃって、朝飯を喰っていた俺と颯希を見つけて、俺は男だからだダメだ、でも颯希は女の子だし大丈夫とか言ってさ、無理やり颯希をトイレに連れ込んでたよな。」


「颯希は嫌がって抵抗していたけど、なんとか頼み込んでケーキとシュークリームで手を打たせてたよな。」

「颯希の尿を持って晴れ晴れとした顔をして学校に向かった姉さんの顔は今でも覚えているよ。」


お湯が沸かせるくらい赤くなる顔というのは今の瑞希姉さんのことを言うのだろう。そして両眼をとびださんばかりに見開き、ワナワナと唇を振るわせながら爆発した。


「なんで、そんなことをあんたが知っているのよ。美紀ちゃんの前でなんてことを言うのよ。いや、そんなの嘘だからね。」

必死で体勢を立て直しながら言った最後の台詞は美紀に向けたものだろう。だが、表情と前半分の台詞がすべて真実だと暴露してしまっている。


俺は穏やかに笑いながら、「事実だから動揺するんだよ。」と付け加えた。

「でも、俺が少なくとも勇人の記憶を持っている可能性があると理解してくれるとありがたいけどな。」


すこし声のトーンを落として真面目な声で瑞希姉さんに語りかけると、瑞希姉さんも少し頭が冷えたようで俺に向き直ってくれた。そして瑞希姉さんは、しはらく何も言わずにじーっと俺を見極めるように見ていた。


次に口を開いたときには信じられないけど完全に否定するのも出来ないという口調で話していた。


「あの私の黒歴史を知っているのは、勇人と颯希だけ。颯希は大学生で下宿生活していてここには居ない。あんたには会ってもいなし、颯希が由紀ちゃんにバラしているわけもない。」


「だからなんであんたが知っているかは分からない。でも勇人なら知っていて当然。あんたが勇人だというのなら。」

深い息をしながら瑞希姉さんは言った。


「他の黒歴史も暴露しようか。ごみ捨てを俺に押し付けていた件とか、初めて彼氏が出来たときの件とかさ。」

俺の言葉を聞いた瑞希姉さんは溜息をついた。


「もういいわよ。信じるわよ。というより信じるしかないでしょう。あんたが勇人の生まれ変わりだと。」

ちょっと俺が思っている『俺は勇人であり友貴である』のと違う理解の仕方をしてくれたが、これからの瑞希姉さん達との付き合いを考えると訂正する必要もないだろうと思える程度の差異だった。


「俺のことは友くんと呼んでくれるといいな。由紀は友貴と勇人とを掛け合わせて俺のことを人前では『ゆうくん』と呼んでいるけど、意味が分かるのは由紀だけだし、由紀だけの呼び名にしたいからな。」


「お姉ちゃんは、当然知っているのよね、友くん。」

それまで黙って聞いていた美紀が確かめるように尋ねてきた。

「もちろん知っているよ。二人きりのときは、由紀は俺のことを勇人と呼んでいるしね。由紀が俺を探すとき求めるときはずっと勇人を追っているからね。俺は勇人であり友貴であるから違和感はないよ。」


「そうなんだ。生まれ変わりなら記憶だけがあるもんだと思ったけど、感情まで引き継いでいるんだね。」

美紀は良いところに気がついてくれた。確かに知識だけでなく感情まで引き継ぐものなんだろうか、生まれ変わりって。やはり俺は生まれ変わりというより、引き続き勇人で外観だけが友貴に変わったってことなんだろうな。


「でも、お姉ちゃんが立ち直れた本当の理由がわかったわ。ありがとう、勇人兄ちゃん。」

昔の呼び名で俺の名前を呼んだ美紀の眼には涙が浮かんでいた。


「由紀ちゃんとあんたは、手を恋人繋ぎしていたし距離感が妙だなあとは思ったのよ。単に仲が良いだけじゃないと。本当に恋人だとは思ってもみなかったけどね。」


「あと駅で私を見つけたのは、あんたが先だったよね。あんたと視線が合ったときに、あんたの眼が私だと確信していたようなのが不思議だった。由紀ちゃんも私もお互いに確信がもてなかったのに。それに名乗ってもいないのに、加藤瑞希と呼んだでしょ。」

瑞希姉さんは色々と疑問に思うことがあったようだ。


「交差点のこともびっくりした。由紀ちゃんは近寄ることも出来なかったのに、乗り越えられたと奇跡だと言ってた。何があったのか本当に疑問だった。」


「家に着いたときも、あんたは由紀ちゃんの家だって分かっていた。普通なら私の家に着いたと思ってもおかしくないのに、誰の家か聞くまでもなく降りていったでしょ。」


「あんたが勇人だというのなら、全てが理解できるわ。おかえり、勇人。」

瑞希姉さんの眼にも涙が溜まっていた。


病室に戻ったとき、由紀はベットの上に座っておかんむりだった。

「遅い、何時間掛かっているのよ、勇人。」

だが由紀の眼はうるうるしていて、怒っているというより寂しかったし心細かったのだと分かった。


俺は座っている由紀の細頚に左腕をまわし、指で顎を軽く持ち上げ瞳を見つめながら口唇をやさしくふさいで、右手で由紀の髪の毛をゆっくりと撫でた。


「美紀ちゃんと瑞希姉さんに、俺が勇人だと話をしていた。」

由紀の眼が驚きに見開く。さっきの美紀の顔と同じだ、さすが姉妹。

「由紀が俺のことを勇人と呼び続けているからな。」


「そうよ、お姉ちゃん。あれじゃいくらなんでも問題ありすぎよ。前の彼氏の名前を呼び続けるなんて異常だしね。それを受け入れている現彼氏も違和感しかなかったわ。」

美紀が補足してくれた。


「ごめんなさい。」

由紀は怒っていたものが、萎れた菜っ葉のようにしぼんでしまった。

「あやまることはないよ、由紀。怒っているわけじゃないしね。美紀ちゃんと瑞希姉さんに事情を話す切っ掛けになったから問題ないよ。」

俺は笑顔で由紀の髪を撫でつづけた。


「これで二人には色々と気を遣わなくて済むんだし、終わり良ければすべて良し。それに俺は由紀のそばに、また立つことが出来たんだしさ。」

明るく言う俺に、由紀は答えた。


「もう何処にも行かないでね。そばに居てね。由紀の幸せは勇人と共にあることだからね。それと今日も護ってくれてありがとう。必ず助けてくれると信じてたよ、勇人。」

こんどは由紀が俺の口脣をふさいだ。


誤字脱字、文脈異常等ありましたら、ご指摘お願いいたします。

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