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16.外出

海水浴場での出来事で俺の株は上がった。母親には改めて由紀との関係を正式に認められ、美紀が俺のことを「お兄ちゃん♥」と呼ぶようになっている。それに由紀と俺の食器が、新しい夫婦揃いに全て変わったのはちょっとした驚きだった。母親は何も言わなかったが、いたずらっぽく笑う美紀の仕業らしかった。由紀は嬉しそうにいそいそと夫婦箸を使っていた。


ちなみに母親は俺が勇人だとは知らない。話をするかどうかは迷ったものの自然に任せることにした。いずれ話すことがあるかもしれないし、知られることがあるかも知れないが。

「いやあ、こんな可愛いお兄ちゃんが出来るなんて嬉しいなあ。」

美紀がニコニコと友貴で遊んでいる。

「いや、勘弁してくれる、美紀ちゃん。」

傍らでは由紀がむっとしていて、俺を美紀から奪い返していた。

「勇人は由紀のものなんだからね。」

むかしの由紀を思い出して懐かしくなった。ぜんぜん変わってないな、由紀。


今日は、一人で外出予定だ。昔の仲間に会いにいくつもりだ。仲間と言っても趣味の仲間だ。勇人であったときに、俺はちょっとした推理研究会に参加していた。


知り合いだった近所のおじさんが、たまたまこの会の会長を務めることになった。俺は戯れに誘われ謎解きが面白くて参加するようになっていた。参加しているのは、大学生以上の人達がほとんどで小学生は俺一人だった。


でも年齢で分け隔てされることはなく、謎が解けるかどうかが会の中での立ち位置を決めていた。俺はそこそこ謎解きが優れており、それなりの地位を占めていた。


だが、あの交通事故の日を境に当然のこと、死んだ俺は参加は出来なくなっていた。今も活動しているかどうかは分からないけど、定例会は月毎にきまっていた。


1月なら第一月曜日、4月なら第四木曜日、今月は7月だから第7日曜日になる。定例会がいつ開かれるかの時点ですでに謎を解く必要が出てくる。単純に7回目の日曜日なので今年は第3日曜日が該当するんだが。


今日の俺は変に大人びた格好ではなく、小学生らしい服装をしている。昔の勇人も服装は小学生の服装だった。大人の格好をして会を訪れても構わないだろうけど、年齢相応というほうが話はしやすい。暑さ対策に帽子を被った俺は「行ってきます。」と歩いて家を出た。


由紀が一人で行けるかどうか心配していたが、新しい建物が出来ても地形まで変わっているわけじゃない。場所はネットでも確認している。定例会が開かれていたビルは古い市街にあって今もちゃんと残っている。そもそも12年も暮らしていた街だし迷うことはない。それでも由紀は何かと言っていた。少し過保護じゃね。


家から15分ほど歩いて辿り着いた古いビルは、見た目の雰囲気は昔と変わってなかった。一階に入っているパン屋も変わりない。あんこ入りのドイツパンが俺は好きでよく買っていた。ついでなんで今日も三つばかり買い求めてしまった。


2階には美容室が入っていたんだが、現在は清掃業者が入っているようだ。3階は何が入っていたのか忘れてしまったが、いまは空いているようだ。4階と5階はレストランだったんだが、学習教室に変貌していた。


求める場所は6階だ。むかしは歯医者が営業していたらしいが、引退で廃業した場所を安く借りれたんだった。


エレベーターを使わず、階段をゆっくりと上っていく。6階に到達して、いかにもという謎めいた扉の前に立つ。表記はなく扉の中心にはループになったマダラの紐が描かれている。そして紐の結び目の位置に呼び鈴のボタンが、さり気なく設置されている。


初めて来た人は呼び鈴を見つけるのに、まず苦労する仕組みだ。ちなみに扉前に立つとカメラが起動して、室内のモニターに写るようになっている。不審者対策だ。


呼び鈴を押すと、2-3秒で反応があった。

「あまがした」

イヤホンから聞こえたのは会長の声だ。生きていたか。懐かしい。それに会も存続しているようだ。まあ会長は年齢的には死ぬ年ではなかったが、何があるか分からないのが人生だしね。俺の例もある。


「めいちこうしゅう」

俺は明瞭に答える。扉を開けてもらうには、問いかけに対して合い言葉を答える必要がある。この合い言葉はメンバーひとりひとり違う。


問いかけは、「あまがした」しかないが、それに付ける答えは自分たちで考えてつける。滅多にないがメンバー同士で合い言葉が被った場合には、変更しなければならない。個別認識に利用されていたからだ。


俺は誘われたと言ったが実は設立メンバーの一人だった。会長が、美人女子大生と意気投合するという七不思議の一つをかまして、推理研究会を設立するのに手頃な人員として引きずり込まれたというのが真相だったりするが。


あとで知ったことながら、会長と女子大生は呑み助でザルで輪っかだった。定例会の最後は、いつも飲み屋へ出撃で終わっていた。翌日に青い顔をして生気を失った他のメンバーとばったり会ったりしたので、俺は未成年でよかったと心底思っていたのは秘密だ。


「あまがした」は天下を意味しており、有名な謀反が題材だ。最初は「歴史推理研究会」になる予定だったが、歴史にこだわる必要もないだろうということで単なる推理研究会になった経緯もある。


会長は「ニッポニアニッポン」を合い言葉にしており「土岐」と「トキ」を掛けていた。


俺は当然、その人そのものを合い言葉にしていた。「めいちこうしゅう」晴れやかなこれ以上ない文字がつかわれた名前だ。


ちなみに設立メンバーの最後の一人は「グラツィア」を用いていた。壮絶な最期を遂げたと言われる「ガラシャ」の教会式の発音だ。教えられても良くわからない言葉だった。女王グラツィアで調べたら分かるだろう。


メンバーになるには、既にいるメンバーの紹介が必要だった。やり方は自分の合い言葉を教えることで、それが紹介になる。つまりその合い言葉が扉を抜ける鍵になり誰からの紹介かも分かるわけだ。


正式に入会したら、改めて自分の合い言葉を考えることになる。だいたいは紹介してくれたメンバーの合い言葉をもじったり付け加えたりが多い。


会長に紹介された人のなかには、「てんねんきねんぶつ」を合い言葉にしていた人もいた。


残念ながら俺は誰かを紹介するようなことはなかったので、「めいちこうしゅう」の流れを受け継ぐメンバーはいない。なので実際のところ「めいちこうしゅう」で扉が開けて貰えるかは疑問だった。俺が死んだことが会に伝われば、合い言葉も死んで欠番となるだろう。


会長は近所のおじさんだったし、俺の死が耳にはいらないはずはない。だが、なんの誰何もなく扉は開き、俺は中に入ることが出来た。明るい部屋のなかには会長だけがソファに座って居た。玄関口で戸惑う俺に向かって、その会長が言った言葉を聞いて俺はびっくりした。

「颯希の紹介か、君は?」


「それはどういう意味でしょうか、会長。」

「そのままだよ。颯希から『めいちこうしゅう』の合い言葉を教えてもらってここに来たんじゃないのか。違うのかい。」

「颯希って、加藤颯希ですか。颯希が『めいちこうしゅう』を使っているんですか。」

「それ以外ないんだけど。」

会長は俺の反応に戸惑っていた。


「合い言葉は変形させるもんじゃなかったですか。」

「よく知っているね。それも颯希に聞いたのかい。」

会長はますます困惑しているようだった。


とりあえず話が混乱したままで進まない。俺は自分の最初が間違っていたことに今更ながら気がついた。俺は会長を知っていても、会長は俺のことを知っているはずはないのだから。いきなりでは会話が成立しない。だから俺はやり直すことにした。


「すみません。まず挨拶をさせていただきます。初めまして、俺は望月友貴と言います。小学6年生です。宜しくお願いいたします。」

「こちらこそ初めまして、よろしく。わしは、この会の会長を務めている伊丹という。名前くらいは聞いているかな。」

まずは挨拶が基本だ。俺は会長と挨拶をすませた。


「それでさっきの話の続きですが、・・・」

「まあ座らんか。お茶でも入れよう。」

俺は性急に過ぎるようだ。玄関口で立ったまま話を続けようとしたのだから。そんな俺を会長は押しとどめた。俺はすこし反省した。会長の勧めに応じて「失礼します。」と言ってソファに座った。


「しっかりしているね。小学6年生とは思えないよ。」

冷蔵庫から出してきた冷たいお茶をコップに注いでくれた会長は、机の上に置きながら俺に向かって話しかけてきた。


「ありがとうございます。いただきます。」

俺は礼を言ってからコップを手に取り、お茶を飲んだ。炎天下を歩いてきた俺の喉には、ひんやりした流れが心地よかった。


「それは下の店のパンかい。」

俺が手にもっていた紙袋を見た会長が問いかけてきた。


「そうです。あんこ入りのドイツパンが美味しそうだったので買ってしまいました。召し上がられますか。」

俺は会長にさっき買ったパンを勧めてみた。


「ひとつ貰うことにしようかな。颯希の紹介の君が、そのパンを買ってきてくれたのも何かの縁かも知れないしね。」

会長は、勇人があんこ入りのドイツパンが好きだったことを覚えているんだろう。しばらく二人の咀嚼の音と飲み込む音が部屋にしずかに聞こえていた。


「それでは、話を続けようか。」

パンを食べ終わった俺たちは会話を再開した。


「まず、君は颯希にこの会のことを聞いてきたんでいいんだよね。」

「違います。それと俺は誰にも聞いていません。」

「違う。それなのに、誰にも聞かずにここにきて、『めいちこうしゅう』の合い言葉を告げたのかい?」

「そうです。」


会長は混迷の塔の中で迷っているようだった。正直であることが物事の解決に役立つは限らないことは前世で習わなかっただろうか。このままではどうにもならないことだけは俺にもわかっていた。


「とりあえず、俺のことは少し脇に置いて頂けますでしょうか。」

「わかった。あとの宿題にしよう。では、何の話からする。」

「颯希についてです。」

「ふむ、颯希のことか。」

「ええ、颯希はこの会のメンバーなんですね。」

「そうだよ。」

「いつからですか?」

「うーん、君は本当に颯希の紹介じゃないのかい?」

「ええ、違います。」

「よく分からないが、紹介じゃないとしても君は颯希を知っているんだよね。さっき加藤颯希と言っていたし。」

「ええ、知っています。ただ今の俺が知っているのは名前だけで、現実に知っているのは加藤瑞希のほうですが。」

「なるほどね。お姉さんのほうを知っているのか。ん、それなら合い言葉なんかは、お姉さんから聞いてきたのかい。」

「それも違います。」

このままでは堂々巡りの会話だな。やはり俺の存在はイレギュラーだよな。会長の混乱には拍車がかかっているようだった。


「颯希はいつからこの会のメンバーなんですか?」

俺は強引に話を戻して進めようとした。会長は小さく溜息をついて答えた。

「君は何をどこまで知っているんだい。颯希の兄さんのことは聞いているかい。」

「知っています。勇人のことですよね。」

「そうだ。聞いているのなら話は早い。彼が交通事故で死んだのは12年前だ。彼女の由紀を庇って護って死んだ。残念だった。将来のある若い人が死んでしまったんだからな。」

話している会長の顔は暗かった。だが俺が由紀を庇って護って死んだというのは皆に理解されていたんだな。まわりの視線で由紀は辛かったろう。


「わしも葬式に参列した。近所だったし、知らない仲じゃなかったからな。」

それは知らんかった。俺は由紀と家族しか見てなかったからな。


「勇人の家族や彼女の由紀が泣き崩れていた。わしも涙が止まらんかった。だが勇人らしいといえば勇人らしい。惚れた女を護ったんだからな。そこだけは褒められたことだろう。ただ死んでしまったんでは悔いが残ったんじゃないかと思ったが。」

「それと、あいつは自覚してなかったかも知れないけど、傍から見ていたら勇人が由紀のことを好きなのは明らかだったな。」

しめっぽい話が続く。だが前世の俺の態度は由紀が好きなのが見え見えだったようだ。分かっていなかったのは俺だけか。


「49日が過ぎて納骨も終わったあとだ。夏休みになったばかりだったな。颯希がここにきた。今日と同じく7月の定例会だ。そのときに使った合い言葉が『めいちこうしゅう』だった。」

やっと理解できた。颯希はここに来たんだ。そういや俺は颯希に話したことがあったな。スーパーで理映さんに会って挨拶していたら、誰かって聞かれて、研究会のことを含めて説明したんだ。合い言葉も意味も理由も場所もその時に教えたんだった。


「颯希は勇人から会のことは聞いたと言った。颯希のことは、わしは知っていた。近所だったしな。勇人の妹だと知っていた。」

「勇人は、この会の設立メンバーの一人だった。設立メンバーは3人。わしと勇人と、理映という女性だ。勇人は妹の颯希に合い言葉『めいちこうしゅう』を教えていた。颯希は入会希望だったので、変則的な形だが、勇人の紹介ということで認めた。颯希は兄さんが属していたこの会のことを知りたがっていた。というか勇人のことを知りたがっていたんだろうな。」

「なるほど、理解できました。でも合い言葉を変形させていないのはどうしてなんですか。」

「オリジナルを使うものがいなくなったから、被ることがない。それに颯希は勇人が使った合い言葉をそのまま使いたがったからな。他のメンバーも異論はなかったので特例として認めたんだよ。」

颯希が研究会のメンバーになった理由が、俺のことを知りたかったからというのは初耳だ。というか、颯希は俺とそこまで仲良かったかな。仲が悪かったとは思わないが、格別よかったとも思わないんだが。瑞希姉さんよりは近かったかも知れんが。なんで、俺のことを知りたいと思ったんかな。


「さてと、君の質問には答えたと思うんだが、次はわしの質問というか疑問を解いてくれんか。」

「どんな疑問でしょうか。」

「君は誰だい。」

「望月友貴です。」

「いや、名前は聞いたんで、もういいんだが。そうじゃなくて、しかし、よくわからないね。君はここのルールとかを良く知っているようだけど、誰に聞いたんだい。」

「誰にも聞いていませんよ。」

「なら、なぜ知っているんだい。合い言葉のことも含めて。」

「今日のお題にしませんか。」

定例会では、何かをお題にして、謎解きをするというのが定番だった。お題は、誰かが出す場合もあったし、世間的にあるいは歴史的に謎とされていることがお題になることもあった。当然だが、答えがないお題もあった。そういうときは次回に続くといいつつ、呑み会になだれ込むのが通例だった。


そのとき、ピンポーン、と呼び鈴がなった。それで俺たちの会話は中断された。モニターに映ったのは、12年ぶりに見る理映さんだった。一目で分かったが、本当に12年ぶりなのかと思うくらい若い。だから分かったのかもしれない。確か今年で32歳のはず。俺が死んだときは20歳だったのだから。でもモニターには20歳でも十分通用する姿が映っていた。妖怪なのかも知れない。言えば殺されるが。


「あまがした」

会長が尋ねる。

「グラツィア」

理映さんが応える。知り合いであればモニターを見ただけで分かることではあるが、初対面のメンバーだった場合には、確認の意味が含まれている。扉が開き理映さんが入ってきた。

「あら、新しいメンバーかしら。かわいい男の子ね。会長の紹介なの。」

目ざとく俺を見つけた理映さんが聞いてきた。


「はじめまして、望月友貴と言います。女王様。」

俺の挨拶を聞いた理映さんは、キッと会長を睨んだ。

「どういうことかしら。初対面なのに女王様と呼ばれるなんて、なぜかしら。」

女王様の口調がきつい。会長がたじろいている。女王の呼び名は、女王グラツィアから来ている。だが、女王様の「様」の理由は、呑み会でバッカス神と称えられていることだ。武勇伝は数々あり出入り禁止になった店も多数だ。それゆえに女王様とも奉られている。そして当然のことながら理映さんは女王様と呼ばれることを嫌がっていた。


「わしは無実だ。」

「そんな言い訳が通るとでも。」

「待ってくれ。本当に無実だ。と、その前に、彼の話を聞いてくれ。」

会長はあわてて弁明をして、話を俺に振ってきた。会長の言い訳を受け入れたわけじゃないだろうが、理映さんは女王様と言った俺に顔を向けて般若の笑顔で尋ねてきた。

「誰に女王様って呼び名を教えてもらったのかしら。」


「誰にも聞いていませんよ。」

俺の答えはさっきから同じだった。俺の答えを聞いた理映さんは微妙な顔をしていた。誰にも聞いていないのに女王様と呼ぶ。仮にグラツィアが女王だとしっていたとしても、女王様と呼ぶことはないだろう、普通は。

「彼は今日初めてここに来た。『めいちこうしゅう』の合い言葉でな。」

「あら、それなら颯希の紹介ってことかしら。」

「それが違うと言っている。」

「じゃあ、合い言葉を誰から聞いたのかしら。」


「誰にも聞いていませんよ。」

俺は再び同じセリフを口にした。さすがに女王様も理解ができない事態に混乱してきたようだった。

「とりあえずじゃありませんが、このあんこ入りドイツパン食べませんか。」

俺は最後に残っていたパンを唐突に女王様に勧めた。むかしは女王様も、このパンが好きだった。時が過ぎて好きじゃなくなっているかも知れないが、嫌いにはなってないと思いたい。

「あら、それって下の店のパンよね。わたしが好きなのを良くしっているわね。」

「ええ、手土産に買ってきたんですよ。」

「まあ気が利くこと。誰に聞いたのかしら。」

俺が黙って微笑を浮かべていると、会長と女王様が、はもって同じセリフを口にした。

「「答えは、『誰にも聞いてません。』なんだろうけど。」」

二人とも分かってきたらしい。


御茶と共にドイツパンを食べながら女王様は、俺がここに来てからのことを会長から聞いていた。

「今日のお題って、ミステリーを解くみたいね。でも、可能性はいくつかあるわね。」

「たとえばどんなのですか。」

「それを言ったら答えじゃないの。ルールは知っているのよね。」

ここで言うルールとは簡単なことだ。お題の答えは紙に書く。書いた答えを一斉に全員で公表しあい、答え合わせをするというものだ。

「知っています。会長、紙をください。」

「どこまで知っているんだい。瑞希や颯希に聞いただけじゃ分からないこともあるだろうし、勇人がそこまで詳しく話していたのかな。」

会長は答えが皆目見当もつかないようだった。当たり前だ。ここで俺が勇人の生まれ変わりだと推理するのなら、ここはオカルト研究会になるだろう。


俺が答えを書くのは正解を示すことになる。会長は悩んでおり紙は白紙のままだったが、女王様はすらすらと答えを書き記していた。

「もう、わしは分けがわからん。」

会長は泣き言を言っていた。答えを書く時間は3分と決められていた。長く悩んだところで思いつかなければ時間の無駄にしかならないからだ。ひっくり返された砂時計が落ち切ったところでタイムアップとなった。会長は白紙を提出した。今日は会長のおごりだろう。敗者が会計を持つのは暗黙の了解だった。

「じゃあ、わたしの回答だけだね。はい。」

女王様が提出した紙には答えが記載されていた。


「まずは、友貴くんは、瑞希と現実の知り合い。颯希は名前だけ知っていて、勇人のことも知っている。『めいちこうしゅう』の合い言葉は知っているけど、誰からも聞いていない。颯希がこの会のメンバーだということは知らなかった。そして腹が立つけど、わたしのことを女王様と呼んだ。これから導かれる答えの鍵は、勇人つながりしかない。わたしが考え付いたのは、勇人がこの会のことについて書いた日記かなにかがあって、それを瑞希から借りて読んだってところじゃないかしら。」

「なるほど、それなら色々しっていても『誰からも聞いていない』が成り立つわけだな。」

会長は感心したようだった。俺も感心した。それなら矛盾なく説明がつく。だが問題は現実には日記なんか存在しないことだ。


「ただこの推理の難点は、友貴くんと瑞希の関係性よね。どんな知り合いなのか。さらに、なぜ勇人の日記を友貴くんが読むことになったのかってところね。あと、そんな日記を瑞希が持っていたなら、颯希が何かを言っててもおかしくないけど、これまで何も言ってなかったしね。颯希は直接勇人に話を聞いたんだしね。このあたりが弱いところね。どうかしら、友貴くん。」

女王様の知性に溢れる顔が俺のほうに向けられた。


「なんこうぼうてんかい」

「「え?」」

「あたらしい合い言葉を考えてみたのですが、如何でしょうか。めいちこうしゅう、と同一人物という仮説も一応ありますし。」

突如、俺がわけの分からない話をし始めたので、二人は途方にくれたような感じだった。

「俺の入会を認めて頂けませんでしょうか。答え合わせするにしてもメンバーにならないとダメじゃないでしょうか。変則的に過ぎますが、一応『めいちこうしゅう』の流れで紹介されたとして。」

何となく話が理解できたようだった会長は女王様が頷くのを見て即断で入会許可を出してくれた。


「それじゃあ。」と言って俺は白紙(・・)の紙を二人の前に置いた。不思議そうな顔をする二人に対して俺は紙には書ききれないのでと言って、語り始めた。

「越路さん、俺の記憶(・・)に間違いがなければ、今年で32歳のはずですよね。でも見た感じ20歳くらいにしか見えませんよ。最期の記憶のままで、本当に驚きました。でも逆におかげで女王様だと直ぐに分かったんですが。」

「メンバーを呼ぶときは、合い言葉をもじって呼ぶようにしていて、本名を使うことは無かったですよね。だから越路理映というフルネームを知っている人は少なかったはず。会長の伊丹和正と同じく。」

会長は日本と呼ばれ、理映は女王(様つけは、禁止だが陰では呼ばれていた)と。

「俺は三日天下と呼ばれていました。」


「理映さん、指輪をされているから結婚されたんですよね。お相手はスキーが上手だと自慢していた彼氏さんでしょうか。幸せそうで良かったです。会長は葬式にきてくれていたんですね。すみません、気が付いていませんでした。あのとき俺は由紀と家族だけを見ていたので。」

「この会のルールは設立メンバーの3人でだいたいのところは決めましたよね。実際は大学生になったばかりだった理映さんが、仕切ってましたけどね。あと下のパン屋のパンは一通り試しましたよね。惣菜パンは当たり外れが多くて、でも買った以上は最後まで食べると言うルールで、理映さんが泣きながら食べていたのを今も覚えています。」

俺の脳裏に際物を買ってしまい、始末に困って俺たちに押し付けようとしていた理映さんの姿が浮かび上がり、笑みがこぼれる。


「そのイルカのペンダント、まだ持っていてくれたんですね。水族館へ連れて行ってくれたときに、御礼に俺が買ってプレゼントしたやつですよね。理映さんにだけ買ったから、由紀が拗ねてしまって。同じやつで色違いを買って由紀の御機嫌を取ったのも懐かしい思い出です。」

理映さんは青いイルカのチャームのついたネックレスをしている。イルカは左右に開くことが出来て、中に写真を入れることが出来るようになっていた。俺と由紀と理映さん、3人の写真を入れていたはずだ。


「春に桜の花見に行ったの覚えていますか。俺が死んだ年です。水族館の時と同じで、由紀も一緒に連れていってくれましたよね。俺は密かに嬉しかったです。ありがとうございました。でも酔いつぶれた二人を家まで運ぶのに苦労したのも覚えていますよ。で、5月の定例会は都合で来れなかったから、あれが俺にとってこのメンバーでの最期の思い出になりましたが。」

流れ出てくる俺の述懐を二人は驚きをもって黙って聞いていてくれた。


「これが真相です。事実は小説より奇なりといいますが、信じる信じないは自由です。」

俺は一息ついてから言葉の糸を続けて繰り出した。

「俺は友貴として、ここからかなり離れた場所で産まれ育ちました。その土地に教師となった由紀がたまたまやってきて再会したんです。最初は教え子と教師と言う立場でした。そのままの関係で行くのもありかと思っていたんですが、ある日二人で買い物に出かけたときに、また交通事故に逢ったんです。ただ前回とは違って俺は右脚を骨折はしたものの自分の命を落とすことはなく、由紀の命も護ることが出来ました。それを切っ掛けとして、俺はその日以来、由紀の恋人として生きてきています。今回は故郷を見るために昔の知り合いに会うために戻ってきたんです。由紀にとっては帰郷ですが。」

俺が話終わったあと、部屋からは物音が消えていた。光が地球から太陽まで到達するのに必要な時間が過ぎたときに女王様の口が開いた。


「ペンダントの中に何が入っているかは知っているの。」

「俺と由紀と理映さん、3人で撮った写真を入れましたよね。」

俺の答えを聞いた理映さんは、一瞬眼を瞑り、開いて言った。

「勇人、あなたは勇人そのものなの。」

「勇人の意識のまま友貴の身体に入っています。ですが、勇人の記憶を持って友貴として生まれ変わったと考えて頂くのが一番問題なく理解しやすいです。」

「思いもよらなかったわ。霊魂の不滅を信じるかどうか、自分の存在そのものをどう捉えるかの問題も混じってくるわね。これは推理云々というより、発想の転換が出来るかどうかに掛かっているわね。」

溜息をつきながら女王様は首を振っていた。

「なにはともあれ、お帰り、勇人。」

「そうだな、なにはともあれ、再会できてうれしいぞ、勇人。」

二人は細かいことを抜きにして、俺の存在を勇人として受け入れてくれた。その後は、俺が死んだあとの話を沢山聞かしてもらった、そして颯希についても深く広く。


古い知りあい達と旧交を温め、俺は高揚した気分で由紀の家に帰ってきた。帰ったときに、玄関には由紀の母親が迎えに立っていてくれた。

「ただいま帰りました。」

「お帰りなさい、勇人。」

母親の口から放たれた名前に俺は自分の耳を疑った。なんでそういうことになるんだ。自分が推理研究会で身バレをしてきたことを棚に上げて思ってしまった。母親の後ろに立つ美紀と由紀は、笑みとバツが悪そうな顔が混じった複雑な表情をしていた。

誤字脱字、文脈異常がありましら、ご指摘ください。

また短編を投稿しております。読んで頂ければ幸いです。

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