まずは生きることから考えます 9
僕は朝の鐘ですっきり目を覚ますことができた。覚えている限りの3日目の朝、お祭りの最終日だ。
昨日も色々なことがあったけど、いい一日だったと思う。ただただ楽しい時間を過ごし、アルミナとのお出かけの最後にはちょっと、いや、かなりドキドキすることがあったけど、きちんと感謝を告げられて良かったと思う。ここに来てから彼女にはお世話になりっぱなしだったから、この調子で恩返しをしていこう。
午後はハイナさんを少し手伝って、といってもお祭り中なのでお得意さんのところを少し周ったくらいだ。
その後は僕の歓迎会ということで少し早い晩御飯を作った。自分たちが作るからと遠慮するアルミナや気兼ねなく頼みごとをしてくれるハイナさんを手伝って料理をしたのはかなり新鮮な出来事だった。
二日目はそこまでハメを外すことはせず、幾分落ち着いて楽しめたと思う。食事中にアルミナの首筋にネックレスが見えて、目があったアルミナと赤い顔を交わした。たぶんハイナさんも気づいてたけど特に何も言ってこなかったのが逆に怖くもある。
そんな風に楽しく過ごしたあと、二人に別れを告げて宿屋に戻った。その日は暗い恐怖の感情に襲われることもなく、そのままゆっくりして寝付くことができた。
そして今日である。三日目ともあり幾分落ち着いた街の雰囲気に同じく、今日もお店の手伝いはそれほどなく、本当に手伝いがいるのかと不安になってしまう。
ならばできることはないかとハイナさんに訊いてみたところ、アルミナに付き合ってもらって再び迷宮に向かうことになった。
「ハイナアルじゃいろんな品物を扱ってるからね。定期的にダンジョンでいい獲物がいないか探しに行くの。」とは道中のアルミナの言葉だ。
「なるほど、じゃあ一昨日あそこにいたのも?」
「まあ似たようなものかな。目当ては食べ物だったけど、珍しいものがあったら持ち帰るつもりだったし。」
「で、すごく変なものを見つけたわけだ・・・?」
「あはっ。そういうことっ。」
彼女は僕の顔を見ながら言う。
そんなこんなで二日ぶりの迷宮につく。建物はギルドの管轄で、一応管理しているらしい。
一応、とつくのはここの迷宮がそこまで危険な物ではなく、女性や子供でも深くまで潜らなければ大丈夫だと判断されているからだ。
つまり、分別がつく人にはほぼ危険はないらしい。
僕のいたのは地下三階で、そこから下は攻撃的なモンスターも出るので、あまり入る人はいない。わざわざそこまで行くのは、珍しいモンスターや植物などが目的の冒険者だけだ。
アルミナも冒険者の資格を持っており、冒険者見習いとしてこの迷宮に入っている。僕も昨日から同じ冒険者見習いだ。
とりあえず迷宮に入り、奥へ進んで行く。とりあえずの目的地は僕が倒れていた階層だ。期待はしていないが、何か僕のことに関して手がかりがあるかもしれないということだ。
「ここだね。」
アルミナが言ったのは、まさしく僕がブルベアと死闘を繰り広げた場所だ。そこに奴の亡骸はすでにない。ほかの獣が食べたのだろう、とアルミナが言う。
残っているのは血痕だけだ。
「そういえば」
彼女の視線は僕の腰、最初に目が覚めた時から持っていて、なんとなくいつも持ち歩いているナイフだ。
「それは君のなの?」
「わからない。気づいた時から持っていて、ブルベアと闘った時に役立ったから、それから持ち歩いているんだ。」
「そっかー。ちょっと見せてもらってもいい?」
アルミナにナイフを手渡す。腰に巻きつける鞘ごとだ。受け取ったアルミナはまじまじとナイフを見ている。と、そこで何か気づいたようで、彼女は言う。
「ここ、何か書いてある。記号みたいな。」
「どれどれ。あ、ほんとだ、「エー」だね。」
鞘の先の方に「A」の刺繍が施されていた。
「エー?聞いたことないなぁ・・・。」
どうやらアルミナも知らない記号を、僕は知っていたようだ。これは一つの手がかりになるかもしれない。迷宮にくる必要はなかったけど。
少し辺りを散策してみるも、見つかるのは良い値段で売れる薬草や、小型の動物くらいでこれといった手がかりも見つからなかった。
途中でアルミナが小型のウサギのような動物を見つけ、ちょうどいいということで魔法を見せてくれた。
魔法と言っても呪文を必要とするようなものではなく、周囲に漂う魔力を集めて矢のように放つ簡単なものらしい。
彼女が「んっ」と気合を入れるとその小さな手の上に青白い光が集まる。次第に球体をなし、手のひらにすっぽりと入るくらいの大きさになったところでウサギ型モンスターが気配を感じたのか、頭を上げて周囲を警戒する。
こちらに気づいた時にはすでに矢が放たれる寸前であり、逃げ切れずに直撃する。
仕留めきることはできなかったみたいで、アルミナが素早く仕留めに行った。彼女の武器は僕の持つものよりやや小型のナイフだ。
僕が必死に走って追いついたころには、すでにとどめを終えていたようだ。
「苦しませるのは嫌だから。」
彼女は手を組んで目をつむる。祈りのようなものだろうか。見よう見まねで僕も手を組み、目をつむる。
そのまま数秒たった後、目を開けると彼女はこちらを向いていた。
「じゃ、そろそろ帰ろっか。」
「そうしようか。」
獲物を袋に詰めたところで、僕がもつよ、と声をかけた。
「全然役に立てなかったからね。」
「そんなこと・・・うぅん・・・。じゃ、よろしくね!」
来た道をそのまま帰る。
帰り道も特に何事もなく、アルミナと他愛ない話をしながら戻った。
それから一週間。僕はアルミナと狩りに行ったり、ハイナさんの手伝いをしたりして順調にこの暮らしに慣れていった。
だんだんと増えてきた知り合いに、やっぱりアルミナとのことをからかわれたりもしながら、この街にも溶け込めてきたように思う。
居心地の良い場所になりつつ、というよりもすでになっているこの場所を、自分なりに大切だと思えるようになっていた。
最初のころに感じた寂しさや不安なんてものはもう微塵も感じない。
このまま一生を過ごすのも幸せなのだろう。そんな安心感や愛着が生まれ始めていた。
そんな折に、僕は「大量殺人犯」の賞金首として、王都であるミザース・トリフォリウムの王国軍に捕らえられた。