幕間
薄暗い洞窟の中、肉のえぐれる音がする。
いや、えぐれているのは俺の肉だ。さっきからこの黒いイノシシに何度突進を受けたかわからない。
その度に「死んだな」と思うのだが、不思議なことに意識はなんとかつながり、ふらつきながらも立ち上がることができる。
さっき穴があいたはずの脇腹は、幻覚だったかのように傷一つない。だが服が破れているのだから幻覚ではないのだろう。あの忌々しい二本の角に貫かれる度に意識が飛ぶほどの痛みがあるのだから、幻覚かどうかなんて関係ないのかもしれない。
わからないことだらけだ、けど、この黒いイノシシを倒すことでしか、この無間地獄から逃れる術はないようだ。
幸いにも武器はある。いつの間にか腰に巻かれていたナイフだ。刃渡り15センチほどのその刀身は、うまく急所に入れば奴も倒せそうだ。もう20~30分はいたぶられているのだから、ちょっとくらい試してみるのも悪くないだろう。
目でやっと追うことができるくらいの速さで黒い悪魔が飛んでくる。そのまま体に二か所穴があいたが、奴の頭が俺の目の前にある、チャンスだ。
脳天目がけて刃を突き立てる。が、硬い頭蓋骨に守られてそのまま突き刺すことができない。いや、皮膚にすら通ったかどうか怪しい。
相手からすればいくら突き刺しても死なない獲物にしびれを切らしたのだろうか、黒いイノシシは俺の体を突き刺したまま頭を大きく振る。
二度、三度と左右に振る度に、俺の体が裂けていくのを感じる。
「真っ二つになるのは、さすがにごめんだ。」
俺は歯を割らんとばかりに食いしばり、今度は奴の目を目がけてナイフを振る。今度はしっかりダメージを与えることができたようだ。
耳をつんざくような雄たけびと共に奴はもう一度頭を振り始める。こちらも負けじともう一度目を狙う。今度は突き刺すように、何度も失敗しながら、何度も何度も何度も。
やつの左目がどす黒いだけの物体に変わったところでようやくイノシシの動きが止まる。
奴が大口を開けて呼吸しているうちに、体から角を抜くことができて、久しぶりに地に降り立った。すぐ前に憎しみに染まった眼が見える。同じ目を、俺もしていただろう。お相子さまだ。いや・・・
「まだ、足りないよな・・・」
今度はこちらの番だ。奴の口目がけてナイフを突き刺す。喉の奥に刺さった感触があるが、もっと奥へ突き刺そうとする。
そうすると今度は奴が口を閉じて俺の腕に歯を突き立てる。それでも俺は無理やりにナイフをねじ込んでいく。
俺の腕が肘まで埋まったところで、ぷちゅんと柔らかいところまで刃が達したように感じた。その瞬間、糸が切れたように奴の体から力が抜ける。
抜き出した腕からは血が流れているが、ふき取った時にはすでに傷が消えていた。
「なんだ、これ・・・。」
よくわからないことばかりでうんざりだ。
そこで、背後に気配がして振り返る。振り返ったことを後悔するような光景が広がっていた。
先ほどの黒いイノシシ。それが、見えているだけで五頭。その奥にもまだまだ気配がある。
「くふっ・・・ふふ・・・ふはっ・・・」思わず笑い声がもれる。次第にその声は大きくなり、狂ったように笑い出す男に、イノシシ達が襲いかかる。同時に、イノシシよりも獰猛に口を歪めた男も動き出す。
男が振るう刃の根元には「A」と刻まれていた。




