決着を付けに
猛スピードで進んでいる。馬を手繰るソフィアと、その細腰を必死で抱きしめて掴まる僕。急ぐ。急ぐ。
ソフィアから告げられたのは、アルミナの不在。そして、争ったらしき跡と、開け放たれた窓。状況はアルミナの誘拐を示していた事も、同時に告げられる。
僕とソフィアは急いで馬を調達し、乗馬経験の無い僕は、ソフィアの後ろに乗せてもらう。
「けど、クロエの所に居るってのかっ?」
クアットさんの疑問ももっともだ。だが、
「それはわかりません、けど、関係ないとは言い切れない筈です。」
「そうね。・・・親衛隊から無事な者を選んで後を追わせるわ。・・・行先は迷宮ね?」
姫様の助けが有難い。僕は「恐らく」と頷きを返す。クロエの気配は、その方向を指している。
「レン。気を付けろよ。私も、後を追って行く。」
ロスアレスさんが傷だらけの体を憚らずに言う。そして、折れた僕の剣の代わりにと、彼の愛剣を貸してくれた。
「その体じゃ、危険ですよっ。」
「レン。私は、「優しい」のだろう?なら、友の大切な人の危地に、遅ればせながらでも駆けつけたいのだ。」
「ロスアレスさん・・・。」
彼は、僕の事を「友」と呼んでくれた。
「レン。・・・行きましょうっ。」
ソフィアの声に応じ、城から発つ。
そして今に至った。
城から随分と離れ、馬の体力にも限界が見えてきた頃に、到着する。
ミザース・アルメリアの迷宮。
ペールの街に在った迷宮と、同じ女神の名を冠する迷宮。ここに、クロエが居る。恐らくはアルミナも。
周りを見渡すと、無人の馬車が残されている。他には何も無い。
さっと調べると、中に、それが落ちていた。
小さな、真珠の付いたネックレス。僕が彼女に上げたものだ。
(ずっと、着けててくれたんだ・・・。)
これで、確信した。彼女はここに居る、と。
「ソフィア。僕が先行する。」
逸る気持ちを抑えきれなくなって言う。
ロスアレスさんから隠れ家への道も教えて貰っていた。だが、そこへ着くまでにモンスターに襲われるだろうということも聞いている。
だが、悠長な事を言っている暇はない。
「わかったわ。一気に突っ切りましょう。」
言って、二人で迷宮へと飛び込む。ペールの物とは違い、入口はただ無骨な大扉があるのみだ。入ってすぐに螺旋階段を降りる。
石造りのそれを抜け、迷宮を進む。
少し進めばモンスターが出てきた。それも、一匹や二匹ではない。襲い来るそれらを、いなし、無力化し、そして、命を奪う。
それでも絶えず出てくるそれの中に、見覚えのあるモンスターも居た。
ブルベアだ。いや、違う。黒い体表のそれは、いつか闘ったイノシシよりも一回り大きく、その獰猛さもそれに比例しているようだ。
僕の姿を認めると共に、真っ直ぐに直進してくる。
だが、ギリギリまで引き付けてから、数瞬遅ければその二本の角に貫かれる、という所で、躱す。
すれ違い様に魔力を剣に纏わせて、斬る。土壇場だが、上手く行った。ロスアレスさんにやられた甲斐はあったのだ。
途中の腹から二枚に裂かれたブルベアには目もくれず、僕らは走り続ける。
奥へ。奥へ。クロエの気配のする方へ・・・。
やがて、よくよく見ないと分からないように隠れている分かれ道があった。此処こそが、「ミシアンの遣い」の隠れ家、その入り口だ。
見張りも誰も居ない。親衛隊の面々によって奴らの遺体は既に火葬されているのだ。今、ここには他の誰も居ないだろう。
警戒しながら進んで行くと、そこには吹き抜けとなっている広場があった。
そして、そこには。
「よぉ、さっきぶりだなぁ、早かったじゃねぇか。」
クロエが居た。
「クロエ・・・。」
そして、アルミナも。手足を繋がれているが、無傷の様で安心した。本当に。
「レン君っ!」
彼女が僕を呼ぶ。すぐにでも駆けつけたい気持ちを抑える。
「アルミナっ!無事で、良かったっ・・・!」
クロエを睨む。
「彼女を・・・、放せっ」
思った以上の大音声が出る。自分で思った以上に焦っていている様だ。
「へっ・・・返して欲しけりゃ、力づくで奪い取るんだな。」
そう言ってクロエは前に出る。僕も合わせて前へ。
前のめりになっているソフィアを、手で制して言う。
「始まったら、アルミナを・・・。」
「えぇ、分かってるわ。任せて。」
互いに近づく。両者が共に一歩ずつ踏み出せば剣が届く距離で、向かい合う。
「いつか、こうなると、思っていたんだ。」
「・・・そうかい、俺は、思ってなかったね。」
「君を、倒さないといけない、と。」
「俺は、お前なんかどうでも良い」
「そして、アルメリアの願いでもあったんだ。」
「あいつはしぶといな。さっきもひょっこり出て来たぜ。」
その言葉に僕は驚いてしまう。
「だってよ、ここは、「アルメリアの迷宮」だ。言わば、あいつの家みたいなもんだろ。居たっておかしくねぇ。」
「アルメリアは、本当に・・・。」
「知らねぇよ。あいつの事なんて、どうでもいい。」
「・・・彼女は、無事だったのか?」
「ちっ、もういいだろ、・・・うだうだ言ってんなよ・・・。お前は、何しにここへ来たんだぁ?俺とお喋りか?」
「・・・そうだね。・・・君と、もっと話してみたいと思うよ。」
「俺は嫌だね。自分自身に説教される事ほど、滑稽なモンはねぇだろ。」
そう言って、彼は剣を抜き、切っ先をこちらへ向ける。
「消えろよ。偽物。」
「僕は、偽物なんかじゃ、無い。」
応じてロスアレスさんから借りた剣を抜く。正眼に構える。
開始の合図なんてものは無く、それでも同時に踏み込み、
僕の最後の戦いが、始まる。




