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掃討作戦 10

 


 結局、僕らはロスアレスさんの計画を姫様に伝えてしまった。ロスアレスさん個人が納得するような証拠が有り次第宰相の抹殺を敢行するつもりだ、と。むしろ証拠が無くとも彼はやるだろうとも伝えた。


「そう・・・。私は、信用されてなかったのかしら。」

 彼女を助ける為に自らの手を汚すということは、彼女が宰相に負けを喫すると予想したからだ。それを信頼していないと捕らえる姫様も、大概の負けず嫌いのようだ。

「それは・・・。」

 ソフィアが痛ましそうな顔で姫様の顔を見る。掛ける言葉が見つからないようだ。

 それは僕も同じことだ。ロスアレスさんは姫様を助ける為にやる?姫様を一番に考えているからこそ?・・・そんな言葉が持つ意味は、ロスアレスさんが姫様の前から消える未来と比べると、どうしても陳腐な物になってしまう。ロスアレスさんは機を急いだのだ。それがこの国の将来を思って、という事に関係なく、姫様を傷つけてしまう結果になるという事に目を瞑っている。ただ、彼女を害する者を排除する、という大義名分にかこつけて、自分が出来る事をやらなければ、と焦ってしまったのだ。

 事実、宰相は姫様にとって障害であり、自分の事ばかり考えるその性根が王国にとっても不利益を引き込むこととなるに疑いは無い。そもそも僕はあの眼鏡の男は嫌いだ。

 だから、ロスアレスさんを責める事は出来ないのだ。それが間違っている、とはっきり言える者は、この場には居ない。


 ただし、姫様を除いて。


「まさかこんな事を隠されるとは思わなかったわ。いつもはソフィアが隠し事を出来なかったから・・・。」

 そう言ってソフィアを見る目は、子を見る母の様に慈愛に満ちていた。

「あなたも成長してるのね。今回に限っては恨めしい事だったけれど。」


「申し訳、ありません・・・。」


「まあ、だけれどあなたを責めはしないわ。悪いのはロスアレスだしね。」


「あいつもまだまだ餓鬼だった、て事ですかねぇ。」


 達観した風なクアットさんに、もしやと思い訊いてみる。


「クアットさん、もしかして最初から姫様に伝えるつもりだったんですか・・・?」


「あぁ?当たり前だろうが。どんな結果になったとしても、女を泣かせた時点でそれは間違いだ。覚えておくんだな、坊主。」


 すごい極論を言うけれど、あながち間違いでも無いのかもしれない。それしか手段は無いのだとしても、為を思った相手が悲しんでいたら意味がない、と、そういう事だろうか。


「ともかく、親衛隊が帰ってきたらロスアレス様の動向を追うしかねーな。言って聞くかはわからねーから、力尽くだ。」


「ロスアレスさんを止められるんですか?」

 話を聞く限り、クアットさんならば彼を止めることも可能だろう。

「は?お前がやるんだぜ?レン?」


「へっ?僕ですか?」


「おう。俺は姫様の警護だからな。お前は多少斬られても大丈夫なんだろ?捨て身で引き留める役には最適じゃねーか。」


「斬られる事前提ですか・・・。」


「だが、お前がやるべきだと思うぜ?」


「・・・どうしてですか?」


「お前が、ロスアレスと同じく、自分が弱い事を認めていて、尚強くなりたいと望んでいるからだ。だろ?」


「はい・・・。」


「なら、お前がやれ。弱いお前がお前より強いあいつに勝つこと。これはお前のやるべき事だ。」


 弱い僕が強いロスアレスさんに勝つ。これが何を示すのか、今の僕にはわからない。けれど、真剣に語るクアットさんの目には力強い光が見え、その言葉には言い知れぬ力を感じた。


「はい・・・、はいっ。」


 気合を入れて返事をする。僕にしか出来ない、という訳ではない。だが、僕がやらなくちゃいけない。

 強さとは何なのか。優しさを持たないと言うロスアレスさんの言葉に、僕は納得がいかなかった。そこに何かがある。そう感じて、僕は彼に挑む事を選んだ。







「ふーん。で、そんな危険な役回りを選んだんだ。」


 所変わって僕の自室。姫様にアルミナの事を話したら、「一人でほっぽってるの?」と怒られてしまったのだ。姫様の所へ連れてくる事は出来ないにしても、ロスアレスさんが帰ってくるまでにはまだ時間がある為、一度戻って来ていた。

 王国騎士最強とも言われるロスアレスさんを止める事は確かに危険を伴うものになるだろう。それを心配しての言葉だ。

「だ、大丈夫だよ。僕は結構丈夫みたいだし、それに、最近は僕も強くなってきてるからさ・・・。」


「そんなこと言っても、前に私が見た時からそんなに経ってないじゃない・・・。ホントに大丈夫なの?」


 そう心配してくれているアルミナに、「処刑された時も大丈夫だったし」なんて説明は出来ない。とにかく心配ない、と言う他ないのが心苦しい。


「大丈夫。ソフィアやクアットさんもいるしね。それに・・・やらなくちゃいけないんだ。・・・いや、僕がやりたいって、思ったことだから。」


 尚も不安そうな顔でこちらをみる彼女。僕はふと、彼女を抱きしめたくなる。

 代わりにその小さな猫耳の付いた頭を撫でる。

「僕を信じて。アルミナ。」


 僕は、彼女を、大切な人達を守る為に強くなりたい。その為に出来る事はしている。そして、その為に出来ない事でもやってのけられるようにならなくちゃいけない。


「・・・わかった。・・・でも、本当に、ちゃんと帰ってくるよね?」


「絶対に。君の所へ帰るよ。アルミナ。」


 我慢ならなくなり、アルミナの事を抱きしめる。彼女も応えて手を背中に回してくれた。

 互いに言葉では伝えきれない思いがある。けれど、そのどれもが互いの事を思っての事ならば、言葉はいらなかった。


「うん。・・・レン君。待ってるから。」


 彼女と心が通じ合った感覚。それを噛みしめる。

 きっと、これから始まるのは、ロスアレスさんの事だけじゃない。未だに感じていて、尚も強くなるクロエの気配。アルメリアの迷い。


 なんとなく、感じていた。

 全てに決着をつける時は、近い、と。





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