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掃討作戦 8

 



 見送りが済んだ後、僕らは姫様の自室へと呼ばれた。


「クアット。レン。ソフィア。今日はよろしくお願いするわ。」

 改めて護衛を任ぜられ、身の引き締まる思いと共に僕たちは景気良く返事を返す。


「とりあえず、今日の予定を聞きましょうか。」

 珍しくクアットさんが仕事の話をし出したので、ついつい彼の顔をまじまじと眺めてしまう。

(そんなにいい報酬もらうのかな?)


「レン?失礼な事を考えているのがバレバレよ?」とは姫様の言葉だ。「ま、自業自得だけどね。」


「姫様も十分で失礼ですがねぇ。」

「あら?王女たる私に礼を求められるほどあなたは品をお持ちかしら?」

 姫様は冗談めかして言葉遣いを上品なものにして言う。普段はかなり付き合いやすい性格でわからないけれども、確かに人の上に立つ風格を持っていた。

「へへっ、小さい頃から見ている自分としては、そんな姫様の振る舞いも、微笑ましく感じるだけですね。」

 クアットさんもへらへらした態度は崩さない。本当に騎士だったのかと疑ってしまう程のお気楽さだ。


「・・・このクアットはね・・・実は、ロスアレスの恩師でもあるのよ。」


「へっ?ロスアレスさんの?」

 見ればソフィアも唖然としている。

「ソフィアは知ってる筈なんですけどね。最近しっかりしたと思っても、昔の事まではどうしようもないわね。」


「き、恐縮ですっ。姫様・・・。」


「クアットさんは一体、軍で何をしていたんですか?」


「剣術の指南よ。風来坊だった彼を私の祖父が拾ったのだと聞いているわ。」


「本人の前でその過去を語られるのは、恥ずかしいもんがありますね。」

 と、恥ずかしそうにはにかむクアットさんは珍しい。

「そして、ロスアレスは貴族の次男坊でね。」


 よくある話だと、彼女は言った。兄と弟で比較されていたのだ、と。

 優秀な兄は将来王国の役職に就くことが有望視される程に文武両道で優秀な人物だったそうで、その弟であるロスアレスさんは勉強が出来て力もあるが、人を動かす、という考えに欠けていた。

 自身が力を持っており、それを人にまで求めてしまっていたのだ。軍学校の成績を見ても、個人技での成績に遜色は無くとも、団体行動の出来には遠大な差があったという。

 人を思いやる心を持っていた兄は弟に「もっと人の事を考えろ」と何度も言ったそうだ。そのままでは人からの信頼は得られず、孤立するだけだ、と。

 しかし、ロスアレスさんは頑として聞かない。きっと彼に当時の事を訊けば「未熟だった」というだけだろう。拭えない反骨心はやがて自身を蝕むおごりを生んだ。

「自分は強い。それについてこられない周りが悪い。」そう考えていたそうだ。

 そこへクアットさんの登場である。

 なんと当時、軍全てを含めても最高峰と呼ばれていたクアットさんの剣戟を、全く寄せ付けずに叩きのめしたそうだ。

 しかも、軍学校の授業中、周りの人々が注目している場で、だ。


「ま、今ならいざ知らず、あんなひよっこなんざ俺にかかりゃあ一捻りさ。」

 自分で言うところはクアットさんらしいが、実際すごかったそうだ。


「信じられない。」

 ソフィアは言う。彼に稽古をつけてもらったことはあるだろうに、そこまでだとは思っていなかったようだ。

「ま、ソフィアの嬢ちゃんは剣で突くよりも言葉で小突く方がやり甲斐があったからな。」と彼は笑い、ソフィアはむくれる。


「そこからは簡単さ。たかーく伸びた鼻をぽっきり折られたロスアレス様は、姫様に軽く口説き落とされて、コロっといっちまったって訳だ。」クアットさんは冗談めかして言う。

「まあ。人聞きの悪い。ただ、以前から彼の危うさを心配はしていましたし、その力も欲しいとは思っていたのであながち間違いでもないわね。」

 ともあれ、姫様との邂逅によってロスアレスさんは今一度自分で立ち上がる事を選んだ、と。


 そこまで話した後、姫様は急に神妙な面持ちになる。


「私は、ロスアレスの良心です。彼がそう信じてくれているし、自身もそう在りたいと望んでいます。」

 ロスアレスさんは何度も姫様の優しさを褒め称えていた。いっそ盲信とも言うべきそれは、別の危うさを含んでしまっていたそうだ。


「彼は・・・ロスアレスは、弱い。」

 あの親衛隊隊長として部下からの信頼も篤いロスアレスさんを。

「身体的な意味ではなく、その支えを自身の外に見出してしまう心が。」

 今までその武で功績を挙げ、その力は、英雄と同一視される漂流者と互角以上に渡り合える彼を。

「一度決めたらこう、と、信念を貫くことで自分の判断を翻す勇気のない心が。」

 弱い。と。そう姫様は言った。


「姫様・・・。」

 ソフィアは初めて聞いたのだろう。ロスアレスさんが否定的な評価を受けるところを。

「私も・・・そう思います。」

 だが、ソフィアはそれを受け入れた。直情的な彼女は今では様々に考えを巡らせることが出来る。

「隊長は、怖いんだと思います。一人ぼっちが。だけどっ・・・。」


「えぇ、わかっているわ、ソフィア。」

 ソフィアの言葉を遮って彼女は尚も続ける。

「彼は、強くなれる。いずれは一人で立ち続け、私の支えになってくれる事でしょう。」

それでも姫様も、ロスアレスさんを信じている。


「選択を間違えなければ、ですが。」

 信じているからこそ、自分が出来ることをする為に、その言葉は僕たちに向けられて放たれた。


「ははっ、姫様っ少し見ない間にこうも成長なさるとはっ。」

「ま、まさか、あのことばれてるんじゃ・・・っ」

「・・・お前は変わらねーじゃねーか・・・。」

「ソフィア・・・。」


 盛大な鎌をかけられた、そう気づいたのはたった今。ソフィアが口を滑らせたその瞬間だ。僕も彼女を強く責めることは出来ない。ソフィアは良くわからないらしく、おろおろしている。彼女のそんな姿は久しぶりに見た。


 いくら姫様でも人の考えを全て読み切ることなんて出来ない。だが、人の様子を窺う事は大の得意と言ったところだろうか。ロスアレスさんも全く素振りを見せずに姫様に隠し事をすることは出来なかった、というのもあるだろう。

 ともあれ、「隠し事をしているのがバレた。」という訳だ。


「さ、話してもらうわよ?」


 宰相を強硬手段で排斥する、というロスアレスさんの作戦を。







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