掃討作戦 7
「・・・レン・・・起きて、レン・・・。」
涼やかな声につられて僕の意識は覚醒する。ソフィアの声だ。
「レンってば!起きなさいっ!」
耳元で響く大音声に僕は大慌てで体を起こす。外はまだ暗い。だが、今日は掃討作戦の実行日。暗い内から親衛隊は進軍を始める。今後の最終確認も兼ねてその見送りに行く予定だった。
「お、おはよう、ソフィア・・・。アルミナは・・・?」
ベッドから足を下ろして、何故かベッドに肘を突いている彼女にそう聞く。
「まだ寝てるわ。昨夜は遅くまで話し込んじゃったからね。」
「そうなんだ。その割には君は寝起きが良かったみたいだ。朝、強くなったの?」
「ま、まだ結構しんどいんだけどね。・・・ちゃんと学んでるのよ。」
以前の失態の事を言っているのか、彼女は顔を赤くしてそっぽを向く。
「それに、今日は大変な日でしょ?私たちが闘う訳じゃないとは言ってもね。」
「・・・そうだね。じゃ、すぐに準備をするからちょっと待ってて。」
「わかったわ。」
着替えをしようとした時に昨日と違うシャツを着ていることに気づく。
(アルメリアが着替えさせてくれたのかな?)
ともあれバッサリと切り裂かれた服なんてソフィアに見られたら心配されるだろう。その気遣いはありがたかった。
パパッと用意を済ませて朝食を摂りに食堂へ向かう。と、そこには親衛隊に加えてクアットさんの姿もあった。
「おはようございます、クアットさん」
声を掛けながら隣の席に座る。ソフィアは僕を挟んで逆の席に座った。
「おう、レン。昨日はどうだった?楽しめたかっ?」
「えぇ、そうですね。楽しかったですよ。色々考えさせられましたし。」
アルミナと再会して言葉を交わすことが出来、彼女とまた心が通い合ったと感じる。気恥ずかしくもあるが、ソフィアにもう一度その想いを聞かせてもらって嬉しく思った。最後にはクロエと話す、なんてことまでしたのだ。僕にとって重要な日でない訳が無い。
唖然として言葉を失うクアットさんを見て、僕は笑う。
「クアットさんはどうでした?いい出会いはありましたか・・・?」
「レン・・・レンっ・・・聞いてくれよ~・・・昨日さぁ・・・」
「そんな話をしないで下さい。耳障りです。」
ソフィアが反対側から口を出す?
「あぁん?なんだソフィア、お前は可哀想な俺の話を聴く、てことも出来ねーのか?おぉ?」
可哀想だったのか・・・。
クアットさんの言葉を華麗に無視をして彼女は言う。
「レン。あんな男と関わっちゃダメと言ったでしょう。酒と女が好きなダメ男なんだから。」
「まあまあ、そんなに言う程悪い人じゃないだろ?ちょっとからかうのが好きなだけだって。というかクアットさん嫌われすぎじゃないですか?」
「いやー、なんだ、からかい甲斐のある奴はついついからかっちまうんだよ。このソフィアやアルミナみてーにな。お前はそういう女の子が好きみたいだなっ。」
大口を開けて笑う彼は本当に楽しそうだ。つられて笑ってしまう。
「レンまでっ。もう・・・。」
「そうだ。レン。お前に渡そうと思って持ってきたものがある。」
そう言ってずっしりとした麻袋を持ち上げる。
「なんですか?それ?」
「ハイナからの餞別だ。必要になるかも、と持たされたんだがな。」
そういって開けられた口から出てくるのは、鎧の一部のようなものだった。
「お前に合わせた防具だ。あんまりがっちりした奴はお前には使えないと思ったんだろうな、身軽に動けるような部分のみだ。」
胸当てや手甲、足甲など、要所のみを防御するもので、僕にぴったりと合っていた。
「わざわざお前の為に調整してたぜ。ちゃんと礼をしに行かねーとな。」
ハイナさん・・・。彼女にも、きちんとお礼をしたい。僕を受け入れてくれた彼女は、本当の母親のように暖かかった。
(まあその分からかわれてもいたけれど・・・。)
その場で軽く着けてみると、少し重くはなるがその分心強く感じる。流石に今日明日は何か防具を親衛隊で借りようと思っていたので丁度良い。
(いくら治ると言っても痛いのは嫌だからね・・・。ハイナさん、ありがとう。)
心の中でお礼を言って、顔を上げる。
「よし、じゃあ行こうか。ロスアレスさんはもう練兵所にいるかな?」ソフィアに向けて言う。
「多分居ると思うわ。とりあえず行ってみましょう。」
クアットさんと共に僕らは練兵所に向かう。ロスアレスさんには伝えておかなければならない事があったのだ。
予想通り彼は会議室で親衛隊幹部と話をしていた。
「おはよう、みんな。」
挨拶もそこそこに、僕はロスアレスさんと少し離れた場所で話をする。
「どうした?レン。」
「一つ、お伝えしなければと思いまして・・・。クロエの事で。」
「何かわかったのか?」
「彼は、おそらく潜伏場所には居ないと思います。」
「・・・気配を感じるか?」
「はい。実は昨日の夕方頃から近づいてきていて、夜に彼と会いました。」
「それで・・・どうなった?」
「結局バッサリ切られておしまいでした・・・。」
「・・・大丈夫なのか?」
「えぇ、問題ありません。そして、それからクロエの気配がそこまで遠くなっていないんです。恐らくこの王都に潜伏していると思います。」
「そうか・・・。少し、いや、かなり不安の種となるな・・・。「ミシアンの遣い」の連中はまだ潜伏場所に居ると、先遣隊から報告を受けているからな。単独行動をしていたのだろう。」
「はい・・・、そうだと思います。」
昨日、クロエの他には誰もいなかったと思う。少なくとも僕にはわからなかった。
「・・・多少の予定が狂う事くらいは仕方が無い。それに、そんな時の為にクアットを呼んだのだからな。予定は変えない。ここで後顧の憂いを断つ。」
宰相を殺す。
そう言外に匂わせる彼は、覚悟を決めている眼をしている。
「ロスアレスさん・・・やはり、あなたは、強いですね・・・。」
「そうあるべきだ、と努力を積み重ねてきた、私にはそれしかないからな。」
「・・・僕は・・・そうは思いません。あなたは、優しさも持っている。」
「君はそう感じたのかもしれなくても、それはただの借り物さ。姫様のな。・・・だから私はこの身に代えても、姫様を守る、と決めたんだ。」
「僕は・・・あなたのように強くなりたいです。そして、あなたの考えを変えさせる優しさも持っていれば良かった・・・。」
「なんだ、レンは私の事を心配してくれるのか?」
「そんなの当たり前じゃないですかっ。」
「私は・・・君に何もしてあげられていないと思うが・・・。」
「何かをした、しないじゃ無いですよっ・・・。あなたが居なくなるのは、きっといろんな人にとって、寂しいことだから・・・っ。」
僕もそう思うだろう。きっと、もっと色々な事を彼から学べたはずだ、もっと学びたかった。
「そう言ってくれるのは、有難い。この身も、少しは優しい行動を模倣出来た、ということだからな。」
「・・・っ。」
結局、彼の意志を変えるなんて、僕には、出来なかった。
「レン。お前は優しいよ。もしかしたら、姫様と同じくらいに、な。」
そう言って彼は、笑った。
とても、とても、優しい顔で。
そして、親衛隊は太陽が昇り始める前に進軍を開始する。恐らくは帰らない者も多いだろう。全てはこの国の未来の為に、彼らは闘うのだ。
(なら、僕は・・・?)
きっと、彼は今日明日中に何らかの動きを見せるだろう。
僕は・・・クロエとの決着をつけなければ、ならない。




