掃討作戦 2
それから数日。僕は鍛錬に明け暮れる。強くならなければいけないのだ。大切な人を守るためには。自分の居場所を失わない為には。
ソフィアにも稽古をつけてもらう。自分で言うだけあって彼女の強さは僕では測り知れない程だった。手合わせをしてもまともに打ち合う事すらできないのだ。
「それではダメよ。躊躇をしないことは当たり前。硬くなっては良い動きが出来ないわ。」
剣の振り方が形になってきたと自分で思い始めていた時だったのでさすがに堪えてしまう。最初は彼女に打ち込む事を躊躇していた僕も次第に本気で打ち込む事となるが、それで頂いた言葉がそれだ。
「でもあなたの剣線は見事だわ。剣を握り始めたばかりとは思えないくらい。」
「けど、それじゃダメなんだ。それじゃあ僕は、クロエに勝てない・・・。」
あの時、アルメリアが言ったのだ。「クロエを殺せ。」と。その言葉の真意はわからない。ただ、彼女はあの時、悲しそうな顔をしていた。いや、実際に彼女の顔にその色が見えた訳ではない。彼女の事情も分からない。だが、それでも「それが正しい」事であるとは思えないのだ。だけど・・・。
他を排斥し、利用し、その上で自分が生きる。それがこの世のルールであることは重々承知している。だが、人も、自分も、誰もが幸せになることは出来ないのだろうか。人を押しのけるばかりでは無く、共に生きていくことは出来ないのだろうか。
無理な理想であることはわかっている。子供じみた思想であるとも感じている。けれど、無理だと諦めていては先に進めない。だから。
「僕は、強くなりたい。誰も彼もを守れるくらいにとは、言わない・・・」現時点で出来ないことを出来ないと割り切ることも必要だ。けど、諦めなければ・・・「せめて自分の周りだけでも。自分の大切な人だけでも。」
守りたい。強くなりたい。
僕は、人に助けられてばかりだった。自分で決めたこと、自分で勝ち取ったものは、何も無い。でも、これから先もそのままであり続けることを、自分で許せる気はしない。許したくない。
「優しいのね、あなたは。」
優しい?・・・違う。そんなの優しさなんかじゃない。
大切な人ともっと一緒に居たい。悲しい出来事を見たくない聞きたくない。だから、守りたいと思うだけなのだ。それは全て自分の為に繋がる。
「それが、優しさってものじゃないの?」
「・・・これが、優しさ?・・・違うよ、きっと・・・。優しいっていうことは、もっと・・・。」
「もっと・・・何?」
わからない。優しさって、なんなんだろう・・・。そもそもそれが、わからない。
彼女との稽古を終えて一息ついた後、僕らはロスアレスさんと共にミルザ王女の自室へと呼ばれた。これからの事の最終確認だ。
明日、ロスアレスさん率いる親衛隊の面々は「ミシアンの遣い」の拠点へと攻め込む。明後日の式典を滞り無く執り行う為だ。
「襲撃後、我々の被害状況にもよりますが警備に回せる人員はそう多くは無いでしょう。そして王国軍の中にも信用できない者はいます。くれぐれも御身にご注意を。ソフィアもついていますので問題は無いかと思われますが・・・。」「あぁハイハイわかってるわよ。注意していればいいのよね。わかってるってば。」「ですが・・・」「別にあなたが居れば問題は無いでしょう?」「っそれは・・・。」
ロスアレスさんは、式典の時にはもう居ないかもしれない。だがそれを伝えると、きっと彼女は彼を止めるだろう。この二人の関係をずっと見てきた訳ではないが、深い信頼で結ばれているのがわかる。だからこそ自分の事を棚に上げても相手の事を考えられるのだ。
「そうですが・・・。」彼の表情に変化は無いが、恐らく胸中ではさぞ心配なことだろう。
「私に任せてくださいっ」そこへソフィアが胸を叩いて言う。「姫様は私が守りますっ。隊長が怪我しててもねっ」
ソフィアの明るい声は、気を利かせて出したものなのか判断に困るところだ。何も考えずに言った通りの宣言というだけかもしれない。
「ソフィア・・・。」そんなソフィアにロスアレスさんも複雑な表情だ。気持ちはわかる。
それでも、彼女の腕を信頼してだろう。隊長として部下に言い付けた。
「頼む。」
短くそう言ってその話は終わりとなるが、話し合いはまだ続く。
「そういえば、彼が到着したみたいよ?そろそろ挨拶に来ると思うわ。あなた達と入れ違いで報告が来てたの。」
「おぉ、そうでしたか。来てくれて良かった。」心強い、とロスアレスさんは言った。
姫様とロスアレスさんのやり取りはよくわからないが、良い知らせのようだ。ロスアレスさんも認める援軍だろうか、きっとすごい人に違いない。
「失礼致します。」丁度そこで親衛隊の一人が部屋にやって来た。「お連れしました。」ザムドさんだ。そして連れられて入ってきたその顔に、僕は驚愕する。
「クアットさん!?」
「おっ!小僧、こんなところに居やがったかっ。」ガハハと笑うその人物は、ペールの街の門兵であるクアットさんだった。
「クアットさんこそ、なんでここに?」予想だにしなかった人物の登場に困惑する僕に、ロスアレス隊長が説明してくれた。
「彼に式典の間だけ姫様の警護をお願いしてあったのだよ。しかし、騎士団から抜けた彼にその義務はないからね。来てくれてよかった。」
「つ、つまり、クアットさんは元々王国軍に居たってことですか?」
「あぁ、そうだ。しかも結構名の知れた剣の使い手でな。私も一時期指導してもらっていたことがあるのだ。」
「けど、金もそこそこ貯まったし、面倒くせぇから辞めてあの街で暮らしてたんだ。」
「ペールの街に王国軍は存在せず、ギルドの管理の元で街が成り立っていたからな。呼び戻そうとしてもどこに居るかわからなかったのだが、あの時偶然見つけてね。タイミングが良くて助かったよ。」
あの時というのは僕が捕まった時だろう。式典も近い中、信頼できる者は少しでも多い方が良いと考えていたところに彼を見つけたという事だろうか。
「てめぇのせいだぞぉ?レン?変な疑いかけられやがって。おかげでこっちまでとんだトバッチリだ!」
「え、ぇえっ?僕のせいですかっ?」
なら来なければ良かったのにとは思うが、その理由は姫様によって判明させられる。
「どうせ報酬につられてやってきたのでしょう?飲んだくれてばっかりでちゃんと仕事をしていないのはわかっていたのですから。来ると思っていたわ。」
「姫様っ。これはご機嫌麗しゅう。ってそんなことありませんよっ。ちゃんと働いてますー。」
子共じみたクアットさんの発言に、姫様もロスアレスさんも笑顔だ。
「僕が初めて見た時は酔っぱらってましたね。」明るい雰囲気につられて僕も笑顔になる。
「あっレン、てめぇっ裏切ったなこの野郎っ。」
「すいません。今の僕は形だけですが姫様の親衛隊なので。」
「へぇっ、いきなりの大出世じゃねぇか?こりゃアルミナの将来は安泰だな。」
「ちょ、クアットさん!」
しばらく笑い合う。ここ最近こんなに楽しいと思ったことは無かった。自分の無力を嘆いて、力を求めて。それしか考えていなかった僕は、クアットさんと再会したことによってあの時の、僕の居場所だったあの場所の雰囲気を思い出して、とても安らいでいた。
そういえば・・・。
「ソフィアもクアットさんと知り合いだったの?」と聞こうとして振り向けば、彼女は部屋の端っこにいてこちらを嫌そうに眺めていた。正確に言うとクアットさんを、だ。
「知らない。」そう言うが、クアットさんが気付きいて声をかける。
「おぅ、ソフィアじゃねーか?なんだよそんなに離れて、こっちに来いよ。」
ソフィアは尚も知らんぷりを貫く。
「あんな人、知らないし、知りたくない。」
「ツレないねぇ、あんなに世話してやったのに。」
「何が世話してやった、よ?知らないわっ。」
こんなに人に敵対的なソフィアは初めて見た。何があったというのだろうか。
「ソフィア、クアットさんの事嫌いなの?」
そう彼女に訊くと僕の方を向いて矢継ぎ早に言った。
「レン?あんな男になっちゃダメよ?強さだけを求めちゃダメ。優しさを持たないと、あんな風にダメなやつになるのよ。人に気遣い出来ないどころか嬉々として人の嫌な事を平気で言ってくるような奴になっちゃダメ。わかった?」あまりの迫力につい頷いてしまう。
「なんだよぉ、俺が何したって言うんだよぉ。」クアットさんは尚もソフィアに絡む。
「あなたが何をしたか忘れたって言うのっ!?私の揚げ足ばかりとって、隙があればからかってきて!」
「隙があるのが悪いんじゃねーか?」クアットさんは楽しそうにソフィアに笑いかける。
あぁ・・・、クアットさん、人をからかうの大好きだからな・・・。
そして、ソフィアは爆発する。
「それでもっ!私に面と向かって「お前バカだな」って言ったのは後にも先にもあんただけよ!!」
ソフィアの悩みの元が、クアットさんのようだった。




