ここにいる理由 3
何かが近づいてくる気配がして、僕の意識は覚醒する。
小窓から外の様子を探るも、変わった様子はない。ただ、言い知れぬ不安が胸を押しつぶそうになって、外にいる兵士に声をかける。
「あの・・・」
「どうした?厠か?」先ほどの僕とロスアレスさんの話を聞いていたのだろう。話しかける声音に警戒の色はない。
「いえ、そういうわけではなく・・・なんだか嫌な予感がして、というか何かが近づいている気配がしませんか?」
「君は漂流者だったな、不思議な力があってもおかしくはないか。おい!巡回の者に気をつけろと言っておけ!」
少し離れたところで警戒する別の兵士に言う。
「すいません。勘違いならいいのですが・・・。」
「気にするな、そのうち我々の仲間になるかもしれんのだからな。」
そう言って大柄な兵士は笑う。全部聞いていたみたいだ。
「それは・・・考えておきます。」
「うちの部隊の配属されればいいな。なんてったって王女の直属だ。麗しい姫様を間近で見られるのだぞ?」
「へぇ、お姫様の・・・。一度お目にかかりたいですね。」お姫様という響きになんだか心が奪われる。
「ははっ、あの店に残していった少女はどうするつもりだ?浮気者め。」
どうやらあの場にいた兵士のようだった。
「彼女とはそんなんじゃ・・・。」
「ないのか?あちらは満更でもなさそうな心配具合だったじゃないか?」
「大事だとは思っていますね。」
「意気地のない奴だな、そんなことでは親衛隊に入れないぞ。」
「ですから、まだ決めてませんてば・・・。」
はっはと豪快に笑う。どうやら気の良い人のようだ。顔を覚えておこう。
いきなり、遠くから剣戟の音が聞こえる。
「敵襲ーーー!」
「勘が当たっていたみたいだな。これを返しておこう。」
そう言って渡されたのは僕のナイフだ。
「自分の身は自分で守れるな?」
「が、頑張りますっ。」不安だ。僕に闘う力なんてない。
やにわに騒がしくなる野営地。そこかしこから剣を交える音や、怒号が聞こえ始める。気配はどんどん近づいてくる。
野営のためのテントには火が放たれ、森に飛び火する。
先ほどの兵士も何者かと斬り結んでいるのが窓から見えた。劣勢のようで、思わず声を上げそうになるが、名前を訊いていないことに気づいた。
名も知らぬ兵士が敵に斬られ、突き飛ばされる。死んではいないようだが、かなりの深手だ。
「ははっ、やっぱツエーなこいつら。クソがっ。」
兵士を斬った者が悪態をつく。その声になぜか心が騒ぎ出す。聞き覚えはないはずだが、知っているような気がするのだ。
そのままこちらに近づき、扉を無理やりに破壊して、中をのぞいてくる。
覚悟を決めてナイフを抜き放ち、構える。
「さて、中を拝見するか。」
奴が光の魔法で、中を照らしてきた。
(僕が目的なのか?)襲われる覚えなどないはずだが、その顔が浮かび上がったところで、両者とも声をなくす。
僕と同じ顔が、そこにはあった。
命の危険とわけのわからない状況で頭が回らない。先に声を発したのは奴だ。
「てめぇ、何者だ。」
僕はやっと我に返り、同時に答えに行き当たる。
「さあな。そういうお前はクロエだろ。お前のせいでいい迷惑だ。」
負けじと声を返すが、声は震えていないだろうか。
「はっ!わけわかんねぇ。ま、とりあえず気持ち悪いから、死んどけよ。」
クロエが僕目がけて剣を突き入れる。狭い車内に片足を上げる恰好では上手く行かないのだろう、それでもすれすれで避けることができた。お返しとばかりに腕に斬りつけるが、ひょいと躱されてしまった。
「ちっ。うぜぇ。」
奴は一旦馬車から離れ、なにやら呪文を唱え出す。クロエの掌には光が集いだしていた。アルミナから聞いたことがある、呪文を唱える魔法は強力なものになると。
僕はあわてて馬車から出ようとする。が、間に合わない。クロエが僕の方に手を向けて、魔法を放つ。
「おせぇっ!!」「させん!!」
間一髪、ロスアレスさんがクロエの腕を斬り飛ばした。集まっていた光は霧散する。
「ぐっ!てめぇ・・・ロスアレスウゥゥゥーー!!」残っている腕で剣を振り、ロスアレスさんに斬りかかるが、片腕では上手くいかないのか、騎士はなんなく受け流す。そのまま騎士はもう一度剣を返すが、それは避けられた。
「久しいな、今日も元気に破壊活動か、クロエ。」
「くっそ野郎がぁ!フライトおぉぉ!退却だあぁぁ!」怨嗟の声と共にクロエは仲間にだろうか、退却を告げる。同時にクロエの後ろから何やら投げ込まれ、それが爆発して煙が立ち上り、互いの姿が見えなくなる。
「お前ら、絶対に殺すっ!!」
そう言い捨てて、次第に気配は遠のいていく。先程から感じていた気配は、クロエのものだったようだ。
「逃げられたか・・・。」
同じく周囲の族も退却を始めたようだ。斬り飛ばしたクロエの腕も煙が晴れた時には無く、そこには死屍累々とした惨状が広がっているだけだった。




