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ここにいる理由

 

 ここにきてから10日目の午後。朝から僕はアルミナと出掛けていた。初めてハイナさんに給金をもらったので、服を新調しようと繁華街に出ていた。アルミナと一緒に買い物をするのも何度目だろうか。相変わらず彼女といるのは楽しくて、幸せに思える。



 彼女と相談しながら買った服を持ち、お昼を途中の屋台で買った。最初に食べた串焼きと同じものがあったから、二人で食べながらハイナアルに帰る。もちろんハイナさんの分も買って。



 明日はお店が休みなのでアルミナと予定をどうしようかと話しながら歩いていると、お店が近づくとなんだか違和感を覚える。街の人が僕らを見ているのだ。正確に言うと「僕」を。



 何事もなくお店に帰り着き、お客さんにいらっしゃいませと声をかけながら扉を閉めたところで奥のカウンターでハイナさんが立ち上がる。



「ハイナさん、ただいま。」「ただいま。お母さん。」



 挨拶をしたところでハイナさんの表情に気づく。しかめっ面なのだ。何か怒らせることをしたのだろうか、と考えようとしたところでそれは中断される。



 後ろの扉が勢いよく開いたと思ったら、体を鎧で固めた男が二人、押し入ってきたのだ。

 こちらが何か言うよりも早く、そいつらは僕を床に押し倒す。



「ぐぁ!・・・なんだ・・・おまえら・・・!」

「レン君!!」



 アルミナがナイフを抜き放ち、男たちに向ける。



「待て、ミーナ!!」



「え・・・?」



 ハイナさんがアルミナに制止をかける。同時に客の男がアルミナの前に出て、僕から彼女をかばうように片腕を横に広げる。



「その紋章・・・王国軍・・・!?なんで王都の軍人がレン君を・・・!?」

 男が広げた腕には、紋章の入った籠手がつけられていた。



「俺が説明する・・・。」



 奥から二人の男が出てきて、ハイナさんの前に出る。一人は知り合いだ。



「クアットさん・・・」僕は押さえつけられて苦しい肺から、何とか空気を出して喉を震わせる。



「クアットおじさん・・・一体なんなの!?なんでレン君が!?ひどいよ!!」



 クアットさんはアルミナの悲痛な叫びから顔を背けて僕の方を見る。



「いいか、レン・・・。お前には、大量殺人、及ぶ不法侵入、そして、国家反逆罪、その他もろもろの容疑がかけられている。」



「そんなっ!レン君はそんなことしないよ!!」



「いや、正確に言うと、ギルドの指名手配している、国家反逆者・凶悪犯罪者・高額賞金首の「クロエ」である、と疑われているんだ。」



「なにそれ!?レン君はレン君じゃない!!違う人よ!!」



 そこで黙っていたもう一人が声を発する。



「そうは言ってもね・・・この手配書の似顔絵。これがそこのレン君とやらじゃない、と言い切れるかい?」



 そう言うのはいかにも騎士であるといった整った風貌に細見でありながら屈強さを感じさせる青年だ。



「こちらの方はミザース王国軍・ミルザ王女親衛隊隊長のロスアレス様だ。」



 クアットさんが言うと、ロスアレスという男は続ける。



「一週間前、このペールの街のギルドから、連絡が入った。手配書の似顔絵の男と思しきものがギルドに登録した、と。そこで私は王女の命を受け、部隊を編成し、この街に入った。このクアット、それから街の人たち、最後に後ろにいるハイナさんのお話を聞いたところ、君がクロエでないことを証明できる人はいなかった。つまり、君が犯罪者であるかもしれない以上、我々は君を拘束、のちに王都へ連行、その後、処罰を行うしかない。そこで、ここを訪ねて来た、というわけだ。今、この店は王国軍精鋭三十余名に包囲されている。」



 ロスアレスの持つ似顔絵は、確かに僕だと言わざるを得ないものだった。



「そんなっ!!でもっ・・・レン君は・・・!!」

「アルミナ!!落ち着いて!!」



 今にもロスアレスに掴みかからんばかりの彼女に僕は笑顔を向ける。



「大丈夫・・・だよ・・・。疑いが晴れれば、帰ってこれるっ・・・そうだろ?」



 最後はロスアレスの方を向いて言う。



「そういうことになるね。」



「なら・・・大丈夫だよ。アルミナ。僕を信じて。」



 アルミナは泣きそうな顔をして、崩れ落ちる。とっさに駆け寄りたくなるが、屈強な男たちにのしかかられ、ピクリとも動けない。

 ハイナさんがアルミナに駆け寄り、その肩を抱き抱え、僕の方を力強い瞳で見つめてくる。



「信じてるからね。」


 ハイナさんのその言葉。アルミナの激情。二人の信頼に涙が出そうになる。たった10日の付き合いだというのに、よくもそれだけ信じてくれるものだ。けど、逆の立場でも、僕も彼女たちを信じることができる。それだけ確かな繋がりを持てたことは、只々、嬉しい。



「連れて行けよ」



 無性に心がささくれ立ち、前に立つ精悍な騎士をにらみつけながら言う。



「俺も信じてるぜ、レン。ひょろいお前がそんなことをできるわけがねぇだろ?」



 横から身を乗り出すクアットさんの言葉に少し笑う。



「それもそうですよね。」



「連れて行くぞ。」



 ロスアレスの号令で、クアットさんを含む五人の男が動き出す。僕の腕を縄でくくり、足も半歩しか開かないようにつながれる。



 最後に振り返り、アルミナの方を見る。彼女も顔を上げてくれた。数秒、見つめ合う。



「それでは。」



 ロスアレスがアルミナとハイナさんに向かって敬礼をする。それに遮られるようにして、僕と彼女は離れ離れになった。









 ―――――――――――――――――――



「ミーナ、立てる?」

 ハイナが心配そうな顔で我が子を見ている。

「大丈夫よ。あの子、見かけによらずしっかりしてるもの。」



「・・・レン君、自分のこと、「僕」って言ってた。」

 その一人称を訊いたのは、出会った日の夜、一度だけ。


「やっぱり不安なんだと思う・・・」


「あー・・・まだまだだね、あの子も。」


「ほっとけない・・・ほっとけないよ!!」


 そうして彼女は、小さな胸に一つの決意を宿す。自分の前で弱さを見せ、優しさを見せ、どうしようもなく惹かれていった、彼のために。












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