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推して参る!!  作者: 小池
天命編
9/37

暗転

 赤い。緑の森は今や、血の赤に染まっている。

 森の静寂は破られた。命の喰らい合い。肉を引きちぎり、喉を鳴らし、内臓の残骸に咬みついた。

 ――――『魔の収穫祭マナ・フェスタ』!!

 祭りだ。騒乱と暴虐の祭りだ。人に恩恵をもたらすものではない。魔族の繁栄を祝うものではない。自然の掟に従い、命の循環と維持の法則に従い、彼らは喰らい合う。ただ、それだけの祭りだ。

 ――――これは生命の粛清ではない。生存を賭けた真の闘争である!!


  ◆


 俺は走った。引き留める大人たちは鬱陶しく、わずかな時間が惜しい。誰も追ってこられないように、屋根を飛び越え、木の枝を渡った。

 森に入った直後は、最も大きな魔力を目指した。

 父はおそらくこの先にいる。

 無数に横たわる魔族の死体を横目に、自らの勘を頼りに走った。獣たちに食い破られた後では、死体の状態をつぶさに観察しても、人の手によるものか、魔族の仕業かを判別するのは困難だ。まして森の土には血がしみこみ、草花を押しのけて肉が飛散していた。魔族の群れが通った後であるのは間違いないが、父がここを通ったかは確かめるすべがない、はずだった。

 しかし、踏み荒らされた森にかすかに残る魔術の残滓と、人の痕跡を、この時の俺は異常なほどに感知できていた。

 感覚が鋭く、知覚範囲が広がり、膨大な情報を処理する脳は的確にその結果を示す。身体中に循環させた気が、驚くほど馴染んでいる。今までの気操作が児戯に思えるほど、明らかに俺は進化していた。

 死体の数が一段と多くなり、まだ息があるらしいクール・ディアの傷口をみて、父が近くにいることを知る。

 音を殺し、気配を森の中に溶け込ませた。いつも通りに、いつも以上の技量でもって、狩人になりきった。気配を探り、百二十メートル先まで見通す。今の俺にはそれが可能だ。

 ――いた。

 父の魔力を感じた。風の魔術が吹き荒れる。魔族の群れを寄せ付けつけず、圧倒的な強さを見せつける。でも、限界が近い。

 右も左も魔族に囲まれ、一時も気が抜けず、休む間もなく魔術を行使しているのだ。精神への負担はいかばかりか。父でなければ、とうに魔族の群れに呑みこまれていたことだろう。

 気を練る(・・)

 凝縮の業を昇華させれば、気を意のままの形に練ることができるようになる。ヴェル爺にも見せてもらった。やり方は覚えている。家から持って来た相棒を手に、俺は戦場へと躍り出た。突然の介入者に、魔族も冒険者も一瞬、身体が硬直した。

 俺は剣を振り回し、手前に群がる雑魚を一蹴する。じゅわっと肉が焼ける音がした。ばらばらに飛び散る雑魚どもにかまわず、魔族の群れへ飛び込んだ。


「――――リューマ! なぜここに!」


 父の制止する声を無視して、敵の急所を的確にねらい打ちした。右手に相棒を持ち、左手には気を練った剣を。俺は今、二刀流の剣士となって戦場を踊る。


「ぐおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 全身炎で包まれ、巨躯にまとうのは真紅の体毛。フレイム・ベアだ。この場で俺に対抗しうるのはコイツだけだ。本能が俺に教えてくれる。

 フレイム・ベアは巨体を生かした攻撃で、鋭い爪を振り下ろす。直撃すれば、脆い人の体などぐしゃりと潰れて、ジ・エンド。俺はバックステップで爪から逃れる。速さは警戒するほどではない、よく動きを観察していれば難なく避けれる。それよりも厄介なのは、パワーだ。クレイ・フォックスとは比べものにならないパワーを持っている。

 次々と迫りくる爪の攻撃を避けつづけ、フレイム・ベアがしびれを切らすタイミングを見計らう。敵もさすがは森に君臨する王者の一角、やすやすと斬りつける隙をつくってはくれなかった。


「……だったら」


 大ぶりな攻撃を避けると、空ぶりした熊の手は地面を殴りつけた。爆音とともに地面は陥没し、土ぼこりが舞った。俺は土に埋まったフレイム・ベアの腕を足場に、やつの懐へと入る。

 気を通した一撃を挨拶代わりにくれてやった。


「ぐるうううぅ」


 剣が固いものに弾かれる。純魔力エーテルで体表をコーティングしていたようだ。まるで効いた様子がない。

 びりびりと痺れる右腕を放置して、連撃。

 左手の必死剣モータル・ソードで突きを放つ。フレイム・ベアの心臓を突き刺すべく狙った一撃は、やはり、剣先がめり込むだけだった。刃の勢いが止まったところで、フレイム・ベアの前足が目前に迫っていた。

 必死剣モータル・ソードを引き抜き、二刀でフレイム・ベアの薙ぎ払いを受けた。あえて吹き飛ばされることを選択。そのまま俺の体は空中に放り出される。滞空中に姿勢を整え、屈伸運動で衝撃を逃がした。

 予想よりも硬かった。

 純魔力エーテルのコーティング厄介極まりなく、これを貫くには五割以上の出力で気を放出しなければ。必死剣モータル・ソード純魔力エーテルを貫くには最適だが、維持するにはかなりの気を使用している。

 無駄遣いはできないな。一撃で決めてやる。

 フレイム・ベアに接触する瞬間だけ、一時的に必死剣モータル・ソードの出力を最大まで上げるしかない。

 俺とフレイム・ベアは睨み合い、攻撃のタイミングを計る。

 キュルルルルル!

 魔法子核エーテル・コアが活性化し、純魔力エーテルを創り出す音が響く。耳の奥を揺さぶる高音が、危険を知らせるアラームになった。フレイム・ベアの咽のあたりに純魔力エーテルが集中する。

 ――火撃咆哮バーニング・ロア

 渦を巻いた炎が視界を覆う。右手を振り上げ、そして……。


「リューマ!」


 俺の体は強く押し出された。横に飛ばされた俺は火の渦から逃れ、スライディングしながら地面に激突する。俺を突き飛ばした人が見えた。父だ。魔術で火撃咆哮バーニング・ロアを防いでいた。


「とうさん……?」


 父の左腕は前方に伸ばされている。風属性の防壁を即時展開したのだろう。散らされた火が、父を囲うように地面を焦がしていた。それでも火撃咆哮バーニング・ロアを防ぎきれなかったのか、突きだした左腕の肘から下が炭化していた。……ボロッ。指先が零れ落ちる。

 父が膝をついた。

 フレイム・ベアは術後硬直のために、数秒間は純魔力エーテルを使えない。頭では理解していた、今が絶好のチャンスだと。でも俺は動けなかった。地面を這うように、足をもつれさせながら父に走り寄る。


「とうさん……とうさん!」


 父に抱きついた。どうしよう。俺のせいだ、俺がフレイム・ベアの攻撃を避けなかったから! あいつの強さを見誤っていたから!

 俺はフレイム・ベアが火撃砲撃バーニング・ロアを放った時、思わず「斬れる」と思ってしまった。最大出力の気を込めた斬撃でなら、あの焔の螺旋を蹴散らせると。

 父はすぐに俺の間違いに気が付いたはずだ。長年森に入り続けてきた魔術師としての経験が、俺が死ぬ未来を予測させた。

 俺が弱かったから。

 俺がもっと強かったら。

 俺がアイツを殺せるくらいの力を持っていたなら――――!

 父の左腕にすがりつき、俺は気を流し続けた。こうして父の内魔力を刺激すれば、治癒力も上がる。今ここでできる処置は、これしかない。


「とうさん。かあさんが、あかちゃんが生まれるって。でも、かあさん真っ青になって、おいしゃさんも、あぶないって……ぼく…………ぼく」


 俺は涙を流しながら、矢継ぎ早に言葉を並べた。父は俺が此処にいる理由を察したらしい。俺を逞しい腕の中に抱きこむと、身体も限界に近いだろうに、すっくと立ち上がった。


「そうか。そりゃあ、急いで帰らにゃならんな。……さて、あのフレイム・ベアをさっさと倒すとするか」


 俺も父の腕から降りて、フレイム・ベアに相対する。父の負傷に動転した俺と違って、父は絶えずフレイム・ベアを警戒していた。

 やつは一歩も動いていない。

 その時、俺はわずかな違和感に眉をひそめた。

 フレイム・ベアは魔族の中でも攻撃的な種族だ。この森では唯一の上位種でもある。つまり、コイツにとって森の中で自分より強いものは存在しない。

 父のような実力者が森に入ることは有れど、フレイム・ベアとは狩る側の種族だ。攻撃的で、縄張り意識もプライドが高いこいつは、一体何に対して怯えている(・・・・・)

 俺は違和感の正体を悟った。怯えているのだ、こいつは。

 フレイム・ベアはふるふると巨体を震わせ、体を小さく縮こまらせている。完全に委縮しているな。

 ここにはやつと俺と父だけ。父は手負いで、俺は体の小さな子供だ。普通なら喜び勇んで襲いかかる獲物だろうに。

 父も様子がおかしいことに気が付いていつようだ。フレイム・ベアの挙動を気にしながら、周囲の様子を窺っている。俺も父に倣い、気を研ぎ澄ませて知覚範囲を広げる。

 ――――――ずしん。

 重い足音がした。

 ――――ずしん…………ずしん。

 足音はこちらに近づいてくる。

 探知に引っかかった足音から推測するに、相当な巨体だと推測できた。次第に足音と共に振動も伝わってきた。足の裏からびりびりと魔力の残滓が感じられる。

 何が来る?

 魔族の群れの主か? いや、群れの規模から考えて主はきっと目の前のフレイム・ベアだ。森に突入したとき、一番大きな魔力を目指してきたのだから間違いないはず。だとすると、残る可能性は……魔王種か?

 魔王種は魔族の群れの主や上位種のみを配下に置く、魔族の最強種だ。エフ・ギルドでも特別指定討伐対象として公示される存在である。フレイム・ベアが雑魚に見える強さだと聞いた。

 でも、この森に魔王種がいたなんて話は聞いたことがないぞ?

 魔王種はその特性上、発見され次第エフ・ギルドの監視下に入るし、また強大な純魔力エーテルを保持するために、生まれればすぐに分かる。

だとすると、この足音の正体は……?

 広げていた知覚に影が射した。

 白い。……うろこ。鋭利な鉤爪、しゅるりと伸びた尾。もう少しで全体が見えそうなほど接近する。

 ふと、目が合った。

 俺は瞬時にコイツの正体を悟った。どうして。魔王種ではないけど、ココにいるはずがない存在だろ。もっと、もっとありえない(・・・・・)


「とうさん……くる」


 父の上着の袖をぎゅっと握りしめた、そうでなければ正気を保てそうになかった。膝が笑う。真っ直ぐ立っていることがひどく億劫で、少しでも気を抜けばへたり込んでしまいそうだ。

 --ずしん。

 大地が揺れる。一歩進むごとに、地震かと錯覚するほど揺れた。

 ずしん。

 バキバキと木が折れる。根元から倒れたものもあった。

 ずしん。

 足音が止まった。俺たちの頭上に影が落ちた。全身が粟立ち、息をするのも忘れた。

 戦慄。そして圧倒的な恐怖。畏れ。

 純白の龍が、俺たちの前に姿を現した。


シリアス展開、続きます。

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