黒白を弁ぜず
ミッシェルが連れてきたのは、古風な造りの館だった。アンティークに統一させた家具や、暖炉式の魔灯が、訪れた者に時代をさかのぼるような錯覚をおこさせる。一昔前の貴族の館をイメージしているのだろう。
俺は館について早々ラピアと引き離され、一人別室に案内された。通されたのは客室と思しき部屋で、ソファーのすわり心地は最高級品のものだった。ユーテリアの学長室のソファーなどよりもいい物だ。滑らかな革の肌触りが何とも言えない。
「私は華美な装飾は好みませんので、どうしてもどうも古臭いインテリアになってしまいます。お気に召していただけましたか?」
ゆったりと向かいのソファーに腰掛けるミッシェルは、部屋の雰囲気も相まって、どう見ても本物の貴公子だ。二十代前半と思われる若々しい容貌で、艶やかな髪が肩を流れ落ちる。とても五十歳以上の男には見えないが、戦士や魔術師なら不思議なことではない。そう、戦士や魔術師なら、だ。
やつの髪は鮮やかな金髪、明らかに一般人のそれだった。そんな男が、若さを維持しているのだ、少なくとも五十年間は。
俺には、ミッシェルという男が得体の知れないバケモノに見えて仕方がない。
「ま、趣味は良いんじゃねえの? 俺には家具の良し悪しなんてわかんねえけど」
「そうですか、それは良かった」
「俺さ、あんまり気が長い方じゃないんだ。ここまで付いて来てやったんだから、さっさと本題を話せ」
「私も腹の探り合いは好きではありません。では、率直に言いましょう。私は……神を殺したいのです」
神、神ねえ。なんだ、思ったよりも普通だったな。
俺は肩の力をぬいた。妄想とか狂信と言うものは、大抵は他人が理解できない方向へ思考が向いてしまう。だが、やつは意外なことに至極まともな思考の持ち主だった。
この世界では、神の姿は次第に形を変えていった。
初めは龍の姿で、人にささやかな恩恵を与える者であったが、龍が人々の前から姿を消すと、万物に宿る精霊たちの王となった。精霊界との交流が始まると、神の姿は再び龍へと戻る。聖ベネディオ教は龍たちの「王」という架空の存在を創り出し、神として崇めている。龍の涙は、神の祝福とも呼ばれていた。
ならば、ミッシェルの目的とは、
「神、か。……龍の王を探し出して、殺そうって? 冗談はよしてくれ」
「冗談ではありませんよ。伝説の存在、架空の存在とされる龍の王ですが、これは実在するのです。現実に生きていることが分かるならば、殺すことも不可能ではない」
「……仮に、龍の王が実在したとして、だ。なんで殺さなきゃならないんだよ」
「そうですねえ……人々を呪いから解放するため、でしょうか?」
「呪い……?」
「人々が、恩恵や祝福と呼んでいるものです」
そこからミッシェルは語りはじめた。俺に口をはさむ余地を与えない。
「この世界の人間は、生まれて間もなく『洗礼』を受けます。その人に眠る才を呼び起こす儀式だと、多くの人好意的に受け入れている。ですが、本当にそうでしょうか? 『洗礼』とは、人に祝福を授けるものではなく、人に呪いを与えるもの。そうは思いませんか?」
淡々と語るミッシェルの目には、ほの暗い光が宿っていた。憎しみなのか、絶望なのか、暗い光の根底にあるモノは何だろう。
「人は自分の意思で未来を選ぶことは出来ないのですよ。すべては人の意思の外で定められ、運命を決定づけられてしまう。貴方も身に覚えがあるはずだ。リューマ・イレイディター」
俺を射抜く視線は、否定を許さず、心にわだかまる疑問を掘り起こした。
戦士や魔術師の適性。それ以外の適性。物心つく前から、そうあるべきだと刷り込まれている、この世界の人たち。そして、決められていることに疑問を持たない、この世界の人たち。
「貴方は、最上級の戦士の適性を持って生まれた。戦士を目指すことを当然だと受け入れたはずだ。……それを、おかしいとは思いませんでしたか? 他の道を探したことは?」
「……ないよ。お前が何を思ってそんなことを言ってんのか、理解できない訳じゃねえ。でもな、お前もまた理解していないんだろうさ。『洗礼』の強烈さってやつを、さ。多分個人差があるから、俺の話しかできないけど……真っ暗だった世界が照らされたなたいな、行き止まりだった所に道ができたみたいな。そんな感じなんだよ、あれは。呪いとは、違うものだと思う」
「ふふっ。……くくくく! だから、それが『呪い』でなくて、一体なんだというのですか!! 貴方は戦うことを宿命づけられた。そこに貴方の意思はなかった。世界が照らされた? 道が示された? そんなもの、錯覚ですよ、錯覚! 実際はその他のすべての可能性を排除され、最後に残った道がそれだったというだけのことだ!」
「考え方の違いだろ。俺は別に可能性を潰されたとか、そんな風に思ったことはない」
我ながら詭弁だなと思う。
俺が洗礼を受けた時、父も母さんも戦士になるだけが道じゃないと言った。実際、戦士や魔術師の適性ランクが低ければ、別の選択肢も存在した。 それこそ、アイラ先輩のように。
しかし、イオニスもそうだったけど、俺のように適性が高すぎると他の道なんて選べなくなる。実力主義、そして適性主義の風潮が当たり前になっている社会とか、力ある者の義務とか、そういうものが俺たちを雁字搦めにしていく。ミッシェルの言う呪いとは、つまり、俺たちを縛る適性至上主義のことだろう。
ミッシェルは眉をひそめ、唇をきつく結んでいた。俺を脅してきたときのポーカーフェイスはどこへやら、今は感情も露わに俺を睨みつけていた。
「はあ……。今の貴方には理解できませんでしたか。仕方がありません。今日の交渉はここまでにしましょう」
「なら俺たちを帰してくれよ」
「申し訳ありませんが、それはできません。どうぞ、我が館でおくつろぎください」
金髪をなびかせ、ミッシェルは俺に背を向けた。そのとき、一房、真っ白な髪が混じっていたような気がした。
「? ……気のせいか?」
客室の扉が閉められ、一人になった俺はふううっと息を吐きだした。思いのほか緊張していたらしい。こわばっていた筋肉から力が抜けて、背もたれに体をあずけた。
「今一、煮え切らねえな。結局、ミッシェルとセミュールの件は別物と考えるべきか……。いや、ミッシェルはセミュールを利用してて、俺が現れたから用無しになったってことか?」
ラピアからはミッシェルなんて名前は出てこなかった。セミュールのバックにいるのは、クロニーノ伯で……って! そうだよ。クロニーノ伯はどこ行ったんだ? ミッシェルとは何か関係があるの。それとも、こっちが本当の黒幕?
「わっかんねえ!」
俺が頭をかきむしっていると、急に部屋の扉があいた。ミッシェルが戻って来たかと思ってばっと振り返ると、そこには誰もいなかった。俺は視線を下げていく。すると、扉を開けた侵入者と視線がぶつかった。
そこにいたのは小さな男の子だ。ウサギのような真っ白なふわふわの髪に、赤い目。年は三歳くらいだろうか、男の子は好奇の目で俺を見上げていた。キラキラと邪気のない目で見つめる彼に、俺は警戒心を解いた。
「あかだ!」
赤とな? ほう、やはりこの髪の色が珍しいか。
俺は椅子から立ち上がって、男の子の前でしゃがみ目線を合わせる。すると、いきなり男の子はぐわしっと俺の髪を鷲づかみにした。
「痛え! ちょ、放して、痛い。痛いって!」
「あかいかみ。ほんとにいた!」
少年を引きはがそうとすると余計に髪を引っ張られるから、俺はしかたなく男の子を抱き上げた。きゃらきゃらと笑っている男の子は、余程俺の髪をお気に召したらしい。
「なあ、ちび。名前は?」
「なまえー?」
「そう。俺はリューマって言うんだ。ちびは?」
「ぼくはねえ、ドランっていうの!」
「そうか。ドランって呼んでもいいか?」
「いいよー! リューマ!」
ドランはなぜミッシェルの屋敷にいるのだろうか? やつの子どもか? ……考えたくはないが、実験用に誘拐された子どもなんてことはないよな?
「ドランはどうしてここにいるんだ? 親はいないのか?」
「おとうさまはお仕事で、おかあさまはいない。にいさまと一緒だよ」
「そうか。じゃあ、ドランの兄様はどこにいる?」
「あっち!」
俺はドランを抱き上げながら、彼が指差す方向に歩いた。結構広い屋敷なのに、使用人は一人もいなかった。後ろ黒い事情があるからか、他人を家に入れてはいないらしかった。しんと静まり返った廊下は、足元の小さな光に照らされて、お化け屋敷のような不気味な雰囲気だ。
ドランの道案内に従い、奥へ奥へと進んでいくと、明かりが漏れている部屋があった。立てつけが悪いのか、ドアがきぃきぃと鳴りながら揺れている。
「あのへやにいるの!」
「え、あそこ?」
ドランが指差したのは、案の定、明かりの漏れている部屋だった。しかし、突き当りにあるその部屋は、貴族の館を思わせる屋敷から完全に浮いていた。他の部屋の扉は繊細な装飾が施されているというのに、その部屋の扉は取ってつけたような粗末な造りだ。所々ペンキが剥げ落ち、その下から木目がのぞいている。
腕の中のドランが、俺の服を引っ張って下ろしてと合図を送ってきた。俺がドランを床に下ろすと、ドランは俺の手を引いて、突き当りの部屋の扉を開けた。
「にいさま! あかいひといたの!」
部屋に入るとそこには、ドランをそのまま成長させたような少年がいた。ドランと同じ、真っ白な髪に真紅の瞳、年は十五歳くらいかな。
室内には小さなテーブルがひとつと、木製の椅子がふたつ。客室のようにソファーやアンティークの家具はない。椅子に敷かれているクッションも、綿がつぶれて用をなしていない。十分に暖房が利いていないのか、室内はほんのりと肌寒かった。
「ドラン。勝手につれて来ちゃったのかい? ミッシェルさんに怒られるだろ」
「でも、リューマがにいさまはどこって聞くからー」
ドランの兄は俺に向き直ると、ぺこっと頭を下げた。申し訳なさそうに眉を派の指示にしている。
「すみません。こんな狭い部屋に連れてきてしまって」
「あ、いえ。お気になさらず。豪華な部屋より、こっちのほうが落ち着きますから。……ええと、あなたがドランのお兄さんですよね?」
「はい。僕はギュンベルと言います。貴方はミッシェルさんのお客様ですよね。こうして赤の君に会えるなんて、光栄です」
「その、赤の君はやめてください。俺のことはリューマと」
「わかりました。リューマ君」
人気のない館に、子どもが二人。俺は彼らがここにいる理由が気になるけど、どうにも聞きづらいんだよなあ。もし、実験体の生き残りとかだったら、どうしよう? ラピアを探し出して、一緒に逃げようか。
ギュンベルは俺の何か聞きたそうな顔に気づいて、くすっと笑った。
「僕たちがここにいることが不思議ですか?」
「え、まあ、その……ミッシェルとかいうヤツのことは……?」
「勿論知ってますよ。裏の商売をしている方だと、父から聞いています」
「なら、どうして?」
ミッシェルを危険人物だと知っていて、どうしてやつのもとに身を寄せているのか。やはり、やつの身内なのか? 俺の心に、不信感が募る。
俺の疑念を受け止め、ギュンベルは悲しそうな、寂しげな表情で答えた。
「他に行くところがないんです。僕たちは、……表の世界に出ることができないから」
まだだ、まだ終わらんよ! ってことで、旅程編はまだまだ続きます。




