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推して参る!!  作者: 小池
旅程編
35/37

謀は蜜なるを貴ぶ

 ――――『赤の君』。

 俺をそう呼んだ男は、血のように赤い唇をにいと吊り上げて嗤った。まだ若い男の鮮やかな金髪は、肩を超えるくらいまで伸ばされ、緩く一つにまとめている。端麗な容貌に浮かべる微笑みは、さながら気品ある貴公子のようであった。

 だが、男の纏う空気はひどく粘着質で、真綿に首を絞められているかのような錯覚を起こした。からめ捕られそうな、じわりじわりと浸食する毒のような男の笑みに、俺は一層警戒心を強くする。強張った身体で、ラピアを男の視線から隠した。


「そんなに警戒しないでください。私は貴方をお迎えに上がっただけです。貴方を害する気は毛頭ございません」


「はっ……どうだか。いきなり宿を襲撃するような奴の言葉を、どう信用しろってんだ?」


「非礼についてはお詫びせねばなりますまい。私はそこの失敗作を処分しようとしたまでです。貴方が側にいたのは、不幸な偶然でした」


「偶然? お前らはこの子を殺そうとして、俺はこの子を助けた。この意味、分かるよな? それに、俺がこの子を宿に連れて行くとこ、見てたんじゃねえのか?」


「否定はいたしません。貴方がその失敗作に温情をかけたのは予想外でしたが、事情を知らず、失敗作に騙されていたならいたしかたありません。ご慈悲深い方で、私たちとしては嬉しいかぎりですよ」


「さっきから失敗作、失敗作ってうるさいんだよ! ラピアは手前らの勝手に巻き込まれた、ただの女の子だ! 俺は彼女を助けると決めた。ラピアに何かするってんなら、俺が相手になるぞ」


 俺は怒気も露わに、全身に気を漲らせた。張りつめた空気に、石の壁がピシリと鳴った。気味の悪い男にむけて、俺は容赦なく殺気を叩きつける。

 後ろに立っていたもう一人の男は、血の気の引いた顔でかすかに震えていた。立っているのもやっとな仲間に一瞥もくれることなく、金髪の男は苦笑している。顔色一つ変えず、涼しい顔で俺と目を合わせる男は、危険な色香を放っていた。


「どうかお怒りを治めていただけませんか。貴方がそこの失敗作を気に入ったというなら、世話係として使いましょう。もう命は狙わないと約束しますゆえ」


「そういう話じゃねえって言ってんだよ。お前らの正体とか、何やろうとしてたとか、その辺の話はラピアから聞いている。そのうえでお前に言うぜ。……俺たちに関わるな!!」


「ふむ。貴方が失敗作から聞いた話というのは、クロイツド・キルヒェの復活を願い人体実験に手を染めた、セミュール・インフェルノのことでしょうか?」


「そうだよ。お前ら、セミュールの仲間なんだろ?」


 俺の言葉に、男は一瞬虚を突かれたような顔をした。俺が言ったことを理解するやいなや、男は狂ったように笑い出した。


「あははははは! ひひひ! そうか! 貴方はそう説明されたわけだ! くくく……私たちをセミュールの仲間だと思っていた訳ですね。だから貴方は頑なになっていたのか!」


「何が可笑しい!」


「ふふふ。リューマ・イレイディター様、貴方は一つ大きな勘違いをしています」


「勘違い……?」


「そう。私は確かにセミュールに協力する立場にはありましたが、仲間ではありません。完全なビジネスライク、取引相手にしか過ぎないのですよ」


「ハッ! 何を言うかと思えば……。手を貸してたのには変わりねえだろ」


「まあ、私も一応逃亡中の身ではありましてね。裏の商売に手を染めねばなりませんでした。彼がかつての同胞であったことには驚きましたが、今の私の仲間は他にいます」


「かつての……ってことは、お前もクロイツド・キルヒェの生き残りか?」


「ええ。ですが、セミュールとは当時から思想的に対立していましてね。私は今もクロイツド・キルヒェの復活を望む意志はありません。セミュールと取引をしたのは、いわゆる昔のよしみにすぎませんよ。……『純色』を意図的に創りあげようなどとは、恐れ多いことです」


「どいつもこいつも純色、純色ってうるせえな。俺は俺だ。お前らの都合に俺を巻き込むな。自分たちで勝手にやってろよ」


 誰もが羨む才能。天賦の才能。神の使徒と呼ばれることもある、至高の存在。

 理解してはいた。納得はできないけど、俺を利用しようとするやつがいることも、俺の命を狙うやつがいることも、受け入れていた。そのはずだ。

 でも、俺は思ってしまう。放っておいてくれよ。関係ないだろ? 俺はまだちっぽけなガキで、できることも高が知れている。抗える力を付けるまで、守れる力を付けるまで待ってくれよ。捨て置いてくれ。

 ――――俺が成すべきこと、その答えを見つけるまでは。


「おやおや。貴方は周囲の思惑に巻き込まれたことがおありのようだ。ですが……これは運命なのですよ。その混じりけのない赤を得たことも、道を定められていることも……すべてに意味がある」


「意味?」


「ええ。純色は文献にしか残っていない存在ですから、その実態を知る者はおりません。貴方は……一つの大いなる可能性を与えられた代わりに、それ以外のすべての道を閉ざされたのでしょう? 違いますか?」


「何を言って……」


「解かります。純色とはそういうもの(・・・・・・)ですから」


 金髪の男は優雅な仕草で俺に手を差し出した。


「私たちと一緒に来ていただけますね?」


 男の声は、蠱惑的な、食虫植物のような危うさを含んでいた。少しでも気を緩めると、途端に言うがままになってしまいそうになる。ぐらりと視界が揺れた。

 俺は唇を噛んだ。やぶれた皮膚から血がだらだらと流れ落ちる。


「お前がどんな思想を持っていようと、何をしようと、俺の答えは初めから決まっている。…………俺はお前みたいな、人を人とも思わねえ奴に手を貸すことはない。帰れ!」


 男はまぶたを閉じて、やれやれと首を振った。ふううと吐き出す息が、癇に障ってしかたがない。


「リューマ様。私は現在、ミッシェル・ファウカルトと名乗っていまして、実はユーテリアにそれなりに()がございます。あそこには、私のささいな願いを聞きいれてくれる者もおります。……この意味、聡明な貴方なら理解できるはずだ」


「脅してんのか? 随分と陳腐な手を使うもんだな。本当かどうか、怪しいもんだ」


 ミッシェル・ファウカウト。聞き覚えのない名だ。

 ユーテリアの知り合いに、ファウカウトなんて名字のやつはいねえぞ? 


「名前出したからって脅しになんか……」


「リグブランド」


 やつは俺のセリフを遮って、聞き覚えのある名前を出した。クラスメイトだった男の、都落ちの子の名前を。


「……何?」


「私の駒ですよ。こちらはご存じのようだ。前当主の息子は知らないでしょうが、あの家はすでに黒い貴族に成り果てている。……しかし、ファウカルトの名に聞き覚えがないのは、私の努力が足りないからでしょうか? それとも、貴方がこちら側の事情に疎いからでしょうか?」


「こちら側……まさか……」


「ええ。裏社会ではそれなりに名が知られているようですね、ファウカルトという名前は。何分、私も受け継いだのはつい最近のことで、少々もてあましてはいるのですが」


 ミッシェルは懐に手をいれてネックレスを取り出した。オリハルコンで創られた、独特の五色の輝きを放つ意匠。三本の槍が交差していた。

 この世界で、「槍」は特別な意味をもつ。古代の時代から、戦争で最も多く使われた武器は、剣でも弓でもなく槍であった。ゆえに、いつしか槍は戦争の象徴となり、「死の商人」を表す記号になった。

 不吉なシンボル。ミッシェルには濃い死の匂いが纏わりついている。


「私にはこういった伝手がありまして、大変失礼ながら、卑怯な手段を使わせていただきました。初めから賛同してもらえるとは思っていませんでした。ですから、詳しい話は、私の館に招待してからにいたしましょう」


 俺の背中にしがみついていたラピアが、服を握る手に力を込めた。

 彼女をどうするべきか。ここでラピアだけを逃がしたら、やつらに捕まるか殺される可能性が高い。やつらが俺の言葉を無碍にできないなら、むしろ一緒に連れて行った方が、彼女の安全は確保できるかもしれない。でも、それもやつらの胸三寸しだいだ。

 ガクガクと震え、今にも倒れそうなほど怯えているラピアを見ると、判断が鈍る。


「ラピア……」


 俺の迷いが伝わったのか、ラピアは必死に首を横に振った。おいて行かないで。彼女の目はそう訴えていた。

 ミッシェルは微笑みを崩さない。胸中を悟らせないという点においては、無表情よりもよほど性質が悪かった。すべてわかっている。そう言いたげな表情だ。


「わかったよ。話を聞くぐらいはしてやるさ。だが、彼女も一緒に連れて行

く。……俺の機嫌を損ねたくないなら、余計なまねはするなよ」


「結構ですよ。その失敗作が握っている情報を貴方の連れに知られてしまうと、少々こちらも動きづらくなるのですがね。目の届くところにいるというなら、特に処分する理由もありません」


「……つくづく嫌なやつだな、お前。」


 俺の嫌味もどこ吹く風で、ミッシェルは俺たちを連れて地下へと潜った。路地裏の何の変哲もない住宅に、やつらのねぐらに続く扉はある。

 下へ、下へと潜っていく階段の先は、灯りの射し込まない真っ暗な闇だ。宇宙のような、安らぎのある闇ではない。人の世の、世界の闇そのものに思えた。

 たーん、たーんと足音が反響する。俺とラピアは手を握り、互いを見失わないように手のひらの体温を確かめ合った。


「この先に私の城があります。お気に召していただけるといいのですが」


 ミッシェルという男には、あまりにも闇が似合いすぎていた。


今回は短めでした。敵が自らお出迎え。セミュール君は名前だけ独り歩きしてますね、次回本人が登場します。

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