師資相承
『純色』とは何か。
この世界に生まれた子どもは、両親から髪の色を受け継ぐ。かくいう俺も、洗礼を受けるまでは父似の黒髪だった。それが、洗礼を受けると染まるのだ。
魔術師や戦士になる適性がなければ、ほとんど髪の色は変わらない。だが、適性を持っていれば魔術師の才を持った子は「青」が、戦士の才を持った子は「赤」が混じる。青は大気の色だとか、赤は血潮の色だとか諸説あるが、畢竟、混じった色の濃さは適性の高さを如実に表している。
鮮やかに色が出ている者ほど、適性が高い。
この理屈でいくと、父は魔術師の適性こそ持っていたけど、あんまり能力は高くなかったのかも。だって、言われなければ気付かないほど混じった青色は薄かったし。父が強かったのは、努力と工夫の賜物だったと言う訳だ。
そろそろ純色の話に戻ろうか。
純色とはその名の通り、洗礼において混じりけのない色に染まった子どものことだ。魔術師の青、戦士の赤。余計な色の混じらない色の髪。
さきほど俺は、「鮮やかに色が出ている者ほど、適性が高い」と言った。ならば、真っ青に、あるいは真っ赤な色の場合はどうなるだろう? もちろん、最高の適性を持つという証左に他ならない。逆に言えば、あらゆる可能性を捨て、その道を選ばざるを得ない人間でもあった。
母さんや父は、このあたりのことを知らなかったらしい。何せ、俺をのぞけば歴史上に二人しか確認されていない性質だ。知らなくて当たり前でもある。
神の祝福。神の呪い。さて、どちらが正解だろうか?
俺が試練の泉で得た天命は、真の意味で「天命」であった。俺にはそれ以外の道はなかった。
地球在住の方々は何を大げさなと思うかも知れないが、この世界の適性というのは、それほど絶対的な存在だ。本来、努力と闘争の中で痛感するはずの才能の差を、この世界は目に見える形で人々の前に示す。
まあ、できることがはっきりと解かっていて、できないことも解かっている。努力で伸ばせる限界とか、自分の器とか、そういうものを明確に示されたら、できないことに挑戦しようという気概が薄れるのも頷けるかな。
神の決定に逆らう者がいなかった訳ではない。一段上へ、さらなる高みへと登ろうとした者はいた。しかし、悲惨な末路を辿った。
「……ふう」
俺は今、試練の泉に立っている。
王都に行くことになって、改めて自分を見つめ直してみようとか、そんなことを考えちゃったんだよ。ちょっとセンチメンタルなんだよ。
「試練の泉」は魔力濃度が高い湖の総称で、魔族が済む森にはわりとよくある。ただ、あんまり魔力が高いもんだから、普通の人間は近づくと魔力酔いするんだ。水の魔力って、一番干渉力が強いからね。
ホントは気を使って立っているのも大変なのだ。少しでも気が乱れると、気と魔力が反発しちゃってポポーンとふっ飛ばされるから。
「ほっほっほ。ちと落ち込んでおるかの? リュー坊や」
「落ち込んでないやい」
前触れもなく現れたヴェル爺は、飄々としてつかみどころがない。性格もそうなんだけど、存在感もゆらゆらしている。
「王都に行くんじゃったな?」
「うん。明後日出発の予定」
「そうか。……ならば、旅立つ弟子に何か餞別をやらんとな」
「餞別?」
ヴェル爺はおもむろに背負っていた荷物を下ろした。ずしんと音が聞こえるほどの重さだ。布にくるまれていたけれど、形から中身が想像できる。大剣だ。
「リュー坊から預かっておったこれを、そろそろ返さんといかんの」
「ヴェル爺、それって」
「お主の魔喰剣じゃ。ちっと、伝手を辿って鍛
え直してもろうたよ。お代が餞別、ということにしてくれい」
全長は大人の身の丈以上、約二メートルはある。作りとしてはクレイモアに近く、剣身は薄く切り裂くことに向いているようだ。
「なんか、色が変?」
美しい白銀なのだが、光の加減によっては虹色の輝きを放っていた。こんな感じの不思議アイテムを、前にも見ているような気がする……。
「龍の魔法子核があったじゃろ。知り合いの鍛冶師が、剣に組み込めば面白いことになると言っての。一緒に渡してみた」
「ヴェル爺、ソレは気軽に渡しちゃいけないものだと思う!」
俺はからからと笑うヴェル爺を非難の目で見る。俺じゃ封印しきれないからヴェル爺に預けたのに、更にパワーアップさせてどうすんだよ。
「ほっほっほ。……リュー坊や、今日が最後の修行になるじゃろ。師匠からの免許皆伝の試験じゃ、その剣を従えてみろ」
「従える……?」
地面に刺さっている魔喰剣を握ってみた。
圧倒。そして鼓動。
突風が吹き荒れるほどの魔力、自我を飲み込まれそうなほどの意思が俺に流れ込んできた。持っていかれそうになる意識を留め、気を最大活性させて魔力を抑え込む。
「くううう! ……このヤロッ!」
白銀の魔喰剣を引き抜いた。持っているのがやっと、相当な暴れん坊だ。
ヴェル爺に預ける前は普通に持てていたし、剣から意思を感じることもなかった。あくまでも、強力な魔剣でしかなかったというのに!
「リュー坊。そやつを見事手なずけてみせい。でなければ……死んでしまうかも知れんぞ?」
「――――なに!」
ヴェル爺が蹴りを放った。いつもの手合せのように、無造作に。
まずい! 俺は瞬時に危険を悟った。とっさの判断で蹴りを躱す。今の攻撃は、受けていたら確実に終わってた。手加減なしの、本気モードだ。
「殺す気か、ヴェル爺!!」
「何を言うか。死なんように立ち回ればいい話じゃて」
体術を基本とした連撃。ヴェル爺は本来剣士だから、武器を持たないのはハンデのつもりなんだろう。それにしても、ふざけてるよ。
一撃一撃が殺しに来てる!
ただの蹴り、ただの拳。そのひとつでもクリーンヒットすれば、即終了の威力がある。何が終わるって? 俺の命が!
しかも、俺は超お転婆な剣を振り回してる。こいつの制御に手一杯で、基礎身体強化しか発動させられない。完全にお荷物だ、この剣。
嵐のようなヴェル爺の連続攻撃を、時にさばき、時に避ける。受けてはいけないし、足を止めてもいけない。コンマ一秒の判断ミスが死に繋がる。フレイム・ベアと戦ったときよりもきつかった。
よく見ろ。手の動き、足の動き。ヴェル爺の視線、気の流れを!
このまま攻撃をいなし続けてもジリ貧だ。ヴェル爺に勝つには、なんとか拳と蹴撃の弾幕をくぐり抜けて一撃を入れるしかない。重要なのはタイミング。そして、ヴェル爺が避けられない鋭い一撃。
活路は必ずある。
「……この!」
魔喰剣! 頼むから大人しくしてて!
ぶつかり合う気に当てられてか、剣の鼓動は激しくなっている。漏れ出る魔力量も、しだいに増大していく。
余裕なんてない。今使っている身体強化だって、勁術にすらなっていなくて、力任せに発動させているだけだ。ヴェル爺の動きを追うのがやっと。でも……それでも、見えてきた。ヴェル爺の呼吸のリズム、攻撃の規則性。視線の先。
大ぶりな攻撃はない。そもそも勁術の完成度が高いから、大ぶりな砲撃は必要ないんだ。むしろ隙になってしまう。それに、元が剣士だからか、蹴りの割合は少ないな。拳や手刀を好んでいるようだ。
突きからの、蹴撃。この連続技の後には、必ず一歩後ろへ身を引く!
チャンスは一回。失敗すればヴェル爺の反撃で沈められることだろう。魔喰剣を盾にしながら、絶好のチャンスを見計らう。呼吸を殺し、殺気を読まれないように、思考をクリアにする。
手刀の突き!
突きを避けると、ヴェル爺が足を振り上げた。これは剣で受け流す。
――――今!!
「だあああああああああああ!」
ヴェル爺が一歩下がるのと同時に、俺は一歩踏み込んだ。勁術で膂力を強化する。ぶんっと空気を切り裂く音がした。一気に振りぬいた剣がヴェル爺に迫る。
「うむ。良い手じゃ」
ぱあああんと弾ける音が鼓膜に響く。ヴェル爺が俺の渾身の一撃を受け止めていた。剣は右手だけで掴まれている。
「……ハッ!?」
動きが止まった。止めてしまった。目前に迫る拳。危険、危険だ。本能が全開で警鐘を鳴らしている。
ガードを!
腹部に気の集中。勁術の二、鋼で防御力を上げた。
食い込む拳、そして貫通する気。これは深深放爆? マズイ、体内の臓器を強化して――!
思考できていたのはここまでだ。ヴェル爺の打撃がクリーンヒットしたときの記憶は、ほとんど飛んでいた。痛みと水飛沫の音、口からこぼれた赤い血。これだけは、おぼろげな記憶がある。
ヴェル爺に一撃を入れそこなって、俺は、泉に落とされた。
――――――暗転。
◆
ここはどこだ?
意識が浮上して、ぼやけていた視界が次第にはっきりとしてくる。深緑色のカーテン。シミの付いた天井に、クイーンサイズのベッド。クローゼットの扉が少しだけ開いて、中の服がはみ出している。床には脱ぎ捨てた服が散乱していた。
ここは自分の部屋だ。俺と彼女が暮らす家。
寝ぼけた頭のまま、もぞもぞとベッドから這い出した。彼女は先に起きていたらしい。リビングのドアを開けると、彼女がキッチンで朝食の支度をしていた。
「おはよう……**」
彼女が振り返る。
「おはよう。今日はゆっくりだったね」
「ああ、昨日は寝るの遅かったし。**は平気そうだけど」
「朝は強いもの。だれかさんと違って」
テーブルに朝食が並べられる。家は断然和食派だった。彼女も朝はご飯がいいと言って、気が合うね、なんて笑い合ったものだ。味噌汁をすする。うん、美味い。
「来週、竜ちゃんの実家に行くでしょ? わたし**って初めてかも」
「ただの田舎だよ」
「東京と比べれば、どこも田舎じゃないのー?」
彼女はからからと笑った。俺の好きなロングのストレートヘアが、一房肩からこぼれた。片付けをする彼女の手際はいい。
俺もそろそろ目が覚めてきた。窓辺に立って外の景色を眺める。灰色の世界だ。人工物が大地を埋め尽くして、ちらほらと申し訳程度に緑色が見えた。空も心なしか色あせていた。
故郷とは大違いだ。あそこは人が立ち入れない場所がたくさんあったから。
後ろで彼女が地図を広げている。気の早い彼女は、もう半ば旅行気分だ。……まあ、いいけどさ、実家に行く目的を忘れなければ。
「あ、お土産も何持っていこうか」
「東京バナナとかで良いよ。家の親はそれで喜ぶ」
「ええー? ホントに?」
「じゃあ、ひよこ」
何だろう。だんだん気が重くなってきた。実家に行きたくない? いや、俺は親と仲が悪いわけじゃないし。彼女連れでからかわれそう? それはあるかな。特に母親。
彼女から地図を取り上げたい衝動に駆られた。実家に行くのは延期しよう。そんな言葉が喉まで出かかった。なぜ?
突然、視界が歪んだ。
「**? ……**!」
彼女の名前を呼ぶ。声を出しているはずなのに、俺の耳には届かない。彼女も振り返らない。意識がもうろうとして、立っているのがやっとになった。病気?
すとんと、体が崩れ落ちた。倒れた? すると視界は二重になって、二つの世界はどんどん離れていく。倒れている俺と、立っている俺。
俺は立っている俺を見上げた。
「……くな。……行くな」
かすれた声で呼びかけた。俺にも、彼女にも声は届かない。
急に場面が変わる。
俺たちは車に乗っていた。運転しているのは俺だ。俺を見ているのは誰だろう? 自我はある、俺だってわかる。でも、俺はあそこにいる。よく分からなくなって、首をひねった。そもそも俺は、何を見ているんだ?
田舎町を走る車、他に人影も対向車もない。世界には二人しかいない。視界は二人を追いかける。そして、見えた。
黒い靄。
浸食するように這い寄り、空を覆い尽くす。靄。とても嫌なカンジがする。ここにあっちゃいけないものだ。俺は手足を振り乱して靄を払おうとした。
抵抗空しく、靄は視界を食いつくした。もう二人は見えない。もう一人の俺はどうなったのか。絡みつく靄が、俺を引きずり落とそうとする。
もはや一面の黒。
宇宙に一人、放り出されたような孤独感だ。俺は迷子の子どものように彷徨い、光を求めた。俺はここにいる。だれか、助けて。
そのとき、一筋の光が流れた。箒星? 俺は力の限り手を伸ばした。まるで蜘蛛の糸を求める罪人だ。それでもいいから、俺をここから出して。
掴んだのは細い光の筋。今にも消えそうな、細い糸。それで十分だった。光の糸は俺を引っ張り上げて、明るい世界へと誘う。そうだ。そこが、俺のいるべき場所だ。
星が見えた。闇の中にぽっかりと浮かぶ、青の星。でも、真ん中は真っ黒だった。
「我の声が聞こえるか。……赤の魂を持つ者よ」
聞こえる。でも、どこから? 俺は声の主を探した。星の方からは聞こえない。じゃあ、闇の方からだろうか。
「だれだ?」
虚空に問いかける。すると、闇の一点が淡く光っていた。
「資格を持つなら示せ。持たぬなら闇に堕ちるが良い」
闇の中から声の主が現れた。白い。髪も、肌も何もかもが白い。頭から生えた龍の角が、彼の正体を示していた。
「お前は剣の意思?」
「龍の魂を喰らい、龍の魔力を取り込んだ。私は眠りから目覚め、龍の力を得た」
「……あの龍じゃないのか」
「私の存在意義、私の魂。すべては斬ることにある。……私を使うというなら、従えよ。屈服させよ。そして資格を示せ」
いつの間にか俺の手には剣が握られている。剣の意思にも。
戦えということか。
俺は剣を握る手に力を込めた。
「わかったよ。……受けてやるさ。男は勝負から逃げないもんだ」
今回はちょっと長め。次もバトル回です。早く王都編に進みたい……。




