我、立ち会う
エリーと初めて会った日から、俺は時間が空けば彼女の家に遊びに行った。遊び場は家の庭で、他愛のない話をしているだけだ。
本当は外へ遊びに行きたいのだろう、エリーは時折切なげに庭の外を見る。
「赤い小人さんのことは、前から知っていたの。長いぼうに乗って、いつも変なことしてたでしょ?」
「ええ? あれを見てたの?」
「変だけど、すごいことしてるなって思ってた」
「あんまり変って言うなよ。あれも修行なんだぜ」
あの奇妙な視線の主は彼女だったらしい。隣の家に変な男の子がいると、前々から興味を持っていたと。
「でも、……羨ましい。わたしは外に出られないもの」
「ぼくもエリーと一緒に外で遊びたいし、連れて行きたいところもあるけど。お父さんやお母さんが良いって言わないでしょ?」
「うん。身体が弱いから、外に出たら病気になるよって言うの。でも、わたし風邪もめったにひかないのよ」
「だいぶ良くなってるってこと? ……だったら、エリーのお母さんたちは心配性なんだね」
病弱な体質が改善されてきたなら、別に外出を許可してもいいんじゃないか? ふと疑問に思った。あと一年もすれば、初等科の学校に通い始めるのだ。体力をつけてあげた方がエリーのためになる。
この時ちらっと、内緒で遊びに行こうかな、なんて考えた。リンドーの木がある空き地に行くくらいなら、エリーの具合が悪くなることはないと思う。昼間は一人で留守番してることが多いエリーだ、こっそり抜け出しても気づかれまい。
「春になるとね、チェスリーの花がまんかいになるし、夏はリンドーが咲くんだ。エリーも一緒にみにいこう」
「ほんとう? 連れて行ってくれる?」
「すぐ近くだから、だいじょうぶだよ」
地球式の指切りをした。エリーは首を傾げていたけど、約束のおまじないだといったら小指をからめてくれた。
「だから、赤い小人さんって呼ぶのやめて」
「わかった。リューちゃん」
その「リューちゃん」もやめて。
◆
春が近いといってもまだ寒い。特に夜は冷え込む。
寝相が悪い双子は、二人仲良く風邪をひいた。同じベッドで寝て、毎晩毛布の取り合いをしていた。二人を別々のベッドで寝かせようとすると、泣き出して一向に眠らないから一緒に寝かせていたというのに。
「だいじょうぶか?」
俺はベッドのそばで二人の額に手を当てていた。ごく微量の気を送っているのだ。こうして体内の魔力を刺激してやると、免疫系の機能が高まる。
怪我には直接気を当てて治癒を促す方法をとるが、病気の場合はこっちの方が効く。ただし、大量の気を送り込むと拒絶反応が起きる。適切な量に抑えるために緻密なコントロールが必要だから、素人はやっちゃダメ。
「にい、いたいよ」
「いがいがするー」
つらそうに症状を訴える双子。やろうと思えば、すぐに直してやれなくもない。強めの治癒術もあるにはあった。でも、それは双子のためにならないから、俺は心を鬼にする。
「そばにいてやるから、ねんねしなさい」
二人の頭をよしよしと撫でてやった。ほどよく気の循環が良くなると、体が熱くなって眠くなる。しだいに双子のまぶたが下りてきた。
完全に寝入った頃合いを見計らって、俺は双子の傍を離れた。俺がここまで甲斐甲斐しく世話をするのは、やはり、あの日の記憶が頭にこびりついて離れないからだろうか。
なんてアンニュイな気分に浸っていると、龍の卵がふるふると震えた。心配してくれているのか? 俺は卵を撫でて、大丈夫だと念を込めた気を送った。
「お前も大きくなってきたな」
白い龍から預かったときも大きかったが、あの時よりもさらに大きく成長していた。多分一メートルくらいか。パールホワイトの殻が、光に照らされると七色に輝く。あの偉大な龍の鱗を思い起こさせる色合いだ。こいつも卵から孵ったなら、きっと美しい龍に育つのだろう。
卵を守ると決めてから、いろんな文献を漁って龍のことを調べた。しかし、龍の生態について詳しく書かれた本は見つからなかった。どの本にも、堕ちた龍の伝説が書かれているだけで、龍は存在自体が謎のベールに覆われた神秘の生き物だ。何を食べて生きているのかさえ解かっていないらしい。
魔族の子どもでさえ、数年に一度目撃例があるだけなのに、まして龍の子どもなどレア中のレア。もしかしたら、人類初の人工飼育例かもしれん。
「はやく、でてこいよ。俺がそばにいるから」
――――お前を守れるくらい、俺は強くなってみせるから。
肌触りのいい卵に頬ずりしていると、卵の中からどくんと鼓動が聞こえた。気のせいかと思って、今度は卵にぴたっと耳を当てる。
どくん……どくん……。
「やっぱり聞こえる!」
鼓動は徐々に大きくなっていく。こころなしか、卵の表面も熱を持っている気がした。
「どうした……?」
卵に向かって問いかけた。いつもはふるふると震えて返事をくれるのに、何も反応がない。こういう時はどうするんだ? 父に聞けばわかるだろうか? むしろ龍は鳥類なのか爬虫類なのか……どちらでもないか。なら、他の動物の対処法は当てにならないかも。
俺がだれかに助けを求めるべきかで悩んでいる間も、卵は鼓動を弾ませてゆく。
どくん……どくん……。
ぶるぶると微動をくり返している。細かく揺れたかと思うと治まり、しばらくたつとまた揺れはじめた。双子を出産したときのかあさんを思い出した。
「なんか陣痛みたい」
ぽろっと自分の口から出た言葉に、自分で驚いた。というか、気付いた。
…………もしかして、生まれる? これ、孵化の前兆だったりする?
「おまえ、生まれるのか?」
卵は一際大きく脈打った。おそらく、肯定しているのだろう。
俺は即座に動き出した。龍の存在はできる限り隠す必要がある。龍の誕生なんて何が起きるか全く予測不可能だ。
もし、……万が一、自然魔力の流れが乱れるほどの莫大な魔力放出があった場合、エフ・ギルドに龍の存在を察知されるからだ。魔の収穫祭や魔族の群など、未開地の異変に目を光らせているエフ・ギルドには、大きな魔力変動を察知するシステムがあると聞いた。
父はエフ・ギルドに白い龍がいたことしか報告していないから、卵のことは外に漏れていない。俺の家族しか知らないことだ。
卵が孵るなら、万全を期して隠ぺい工作をしなければ!
気を込めておいた短刀八本を、慎重に部屋の四隅に刺していく。これで結界の範囲を固定した。次は術式。これまた気を練りながら編んだ糸で、床と天井と壁に術式を描いていく。
「……できた」
これで俺の部屋は一時的に外界から切り離された。術式を破壊しない限り、外にも出られないし中にも入ってこれない。プチ異界の出来上がりだ。
あとは卵が孵るのを待つばかり。俺はクッションの上に置かれた卵の前に座った。震える間隔がだんだん短くなっているし、卵の動きも大きくなっていった。耳を近づけなくても卵の鼓動が聞こえるくらいだった。
――ピシッ!
つるりとしていた卵の表面に小さなヒビが入った。
――ピシピシッ!
微かなほころびをこじ開けるように、卵のヒビは広がっていく。中の龍が外界へと出ようとする格闘は、長く続いた。ほんの少しずつ、穴をこじ開け、自分を守る殻を破壊する。傍で見ている俺がじれったくなるほど、中の龍の赤ちゃんは弱々しく感じた。
でも、ここで手を貸したらいけないんだ。自分で生まれようとしている力を、生きようとしている力を信じるんだ。
「ひとりじゃないよ。俺が居る。だから……安心して、生まれてこい」
声をかける。外の世界に怯える龍に、優しく呼びかける。
「お前の親の代わりになれないかもしれないけど、兄弟には、仲間にはなれるから」
卵は震える。殻が割れる。庇護される暖かな世界から、自らの力で生きていく広大な世界へと飛び立つために。
「出ておいで」
――ビシビシッ!!
卵が割れ、中の龍が姿を現す。
部屋は光に包まれ、莫大な純魔力の奔流が俺を襲った。こんなに濃い魔力はあの試練の泉に落ちたとき以来だ。魂を引っ張られる感覚に、俺は意識を失いそうになった。
俺の気を総動員して体を覆い、精神力だけでかろうじて魂を繋ぎ止めた。結界にも相当負荷が掛かっている。術式が乱れているのが、目視で確認できた。こちらもギリギリ持ちこたえている状態だ。
暴れ狂っていた光が、次第に一点に集束しはじめる。龍だ。俺はその時、龍の卵が純魔力の結晶でつくられていたことを知った。そして、その理由も。
集束し、圧縮された純魔力を、龍の赤ちゃんは一飲みにしてしまった。
目が眩む閃光は消え、部屋は元通りになっていた。夢かと思うような出来事だったが、確かに現実に起こったとわかる。部屋の四隅には今にも抜けそうな短刀、床や壁にはかろうじて結界を維持している術式。そして目の前には、
「きゅ?」
まさに今、生まれたばかりの龍の幼体がいた。
◆
――世界の片隅にて。
人間はおろか、生き物も近寄らない荒地の果て。あるいは世界で最も天に近い場所に横たわる、巨大な影。
『…………生まれたか』
目は閉じられたまま、声だけが響いた。
茶色を通りこし、もはや暗赤色の大地には、草一本生えていない。生命を拒絶した地に彼は眠っている。身体はすでに老いた。かつてのように空を飛ぶことも、その勇を誇ることもない。
『お前は選んだ。……縁はすでに結ばれた』
声なき声は、魔力の波動となって大気を震わす。彼は忘れられた者である。
あと一話で天命編が終わる予定。あくまで予定。
天命編の次は学校エピ中心の「学徒編」が始まります。




