我、女子を発見す
俺が大活躍する雪の季節がやって来た。地球じゃこの季節にクリスマスとか、正月とかのイベントで盛り上がったもんだ。こっちでは冬になると、雪遊びする子どもくらいしか騒がない。街は除雪作業で大忙しだった。勿論俺もだけど。
最近の大きなニュースと言えば、お隣に一家が越してきたことだ。お隣の家は離れていたから、今の今まで空き家だったことに気づかなかった。せめて冬が開けた頃に越してくればいいものを、この時期に田舎町にやってきたんだ、多分訳アリだろうな。若夫婦に子どもが一人いるらしい。
お隣夫婦には面識がある。家に引っ越しの挨拶しに来たし、慣れない土地で大変だろうと思って、特別に雪かきのコツを教えてあげた。俺が除雪マイスターであることは街の皆が知っていたから、屋根の上に登って驚かれるのは新鮮な反応だった。
良く考えれば、幼児が屋根によじ登ってるなんて、危なくて悲鳴上げるよな、そりゃ。家の両親は笑ってたけど。
お隣夫婦には、俺と同い年の娘がいるそうだ。健康優良児なのが取り柄の俺とは違って、その子は病弱らしい。家から出られないんだと。せっかく近所に同年代の子が越してきたんだから、是非とも会ってみたい。できればお友達になりたい。
そんなことをつらつらと考えながら、俺は龍の卵を撫でていた。近頃はよく動くようになって、話しかけると返事らしき反応も示す。もうすぐ生まれるのかなーと楽しみにしている。
「リューマ。ご飯よ」
「いまいくー!」
母の呼びかけに応え、自室を出た。リビングに行くとすでに父がいる。魔族の群事件以来、父は森に入る回数を減らした。もともと父の仕事は魔族を狩ることではなくて、魔族の繁殖具合や魔力の流れを監視する調査員だったらしい。だけど、森に入るからには常に危険が付きまとう。あの事件以来、父は新人の指導役に回ることが多くなっていた。
負い目があるからか、夕食の時間に父がいるのに俺はまだ慣れていなかった。お行儀よく席についてご飯を食べる。双子たちは最近、離乳食を食べるようになり、ボロボロとこぼしながら飯をかきこんでいる。母さんは息つく暇もない。
「あー、ディーがこぼした」
でろでろになった弟の口元を拭いてやる。俺もこんな時期があったのかなあと思うと、なんだか感慨深いものがある。『俺』の意識が覚醒する前の記憶はかなりあいまいだ。言葉も話せない乳児の頃なら特に。どうせ覚えていても黒歴史になるだけだろうがな。
夕食後、しばらく双子と遊んでいるから、日課の訓練を始める。ヴェル爺に『術』を教えてもらうようになってからの日課で、夕方じゃないとできないことだ。
「かあさん、いつものいい?」
「どうぞ。……本当にリューマは頑張り屋さんねえ。ふふ」
くすくすと母さんは笑う。俺はリビングの大窓から庭に出る。庭には母さんの趣味で様々な植物が植えられている。子どもがいるから毒性のあるモノは植えていないけど、毒々しい危険色な花とか咲いていたりするんだ。アレは怖かった。
庭の真ん中に設置されている物干し台から、竿を取り外す。家には熊並みに体が大きい父がいるからな、物干し竿もそれなりに長い。
物干し竿を立てる。先端が円いから、支えがなければすぐに倒れる。だから俺はぱっと立てて、ひゅっと乗る。やってることは雑技団みたいだ。
竿の上に立つと、ちょうど目線は二階の窓くらいか。一本足でバランスを取る。すごいだろ、今は気の補助なしで立ってんだぜ!
「……いち……にい……」
バランスを取りながら、そのまま素振りをはじめた。はじめた頃はぐらぐら揺れまくってたけど、一週間もすれば安定してきた。突風を受けても微動だにしなくなったら合格、らしい。ヴェル爺の基準では。今は冬で強い横風が吹く季節だから、この特訓にはうってつけだそうだ。
俺は無心になって剣を振った。
「……ひゃくはち…………ん?」
なんだろう……? 視線を感じる。父や母さんは家の中だし、双子はうとうとしていたからもう寝ているだろう。だとすると、この視線は……。
さりげなく目を凝らして辺りを窺ったが、人影は見当たらない。視線と言っても敵意を感じるものではないから、放っておいても問題ないけど。……気になる。
視線というのは不思議なもので、敵意や殺意がこもっているとすぐに分かる。しかし、純粋な興味とか好意によるものだと、とたんに分からなくなってしまう。それは、普段から俺が興味とか好奇の目に晒されているからでもあった。
街の中にいると特にたくさんの人に見られるから、危険性がないと気に留めなくなった。まあ、セーリアさんに膝抱っこされている時に感じる、男どもの嫉妬がこもった視線攻撃も危険ではないしな。
「だれだ?」
自分でも目立つことをしてる自覚はある。そりゃ、庭先で一人雑技団している幼児を見たら、誰だって気になるだろ。俺だって他人がしてたら二度見するわ。でもなあ……視線は感じるのに人はいないって、変なカンジ。
この日から、俺は毎日正体不明の視線に感じることになる。
◆
だんだんとにも長くなり、そろそろ春が近づいてきた。
俺は相変わらず修行の日々だ。双子もとうとう歩けるようになって、家の中を元気に走り回っている。ハイハイの時でも大変だったのに、二足歩行ができるようになったらますます手に負えなくなってきた。
「こら、ディー! 遊ぶならこっち、その部屋は言っちゃダメ!」
「やー!」
「やー、じゃない」
双子は自由に動き回れるようになると、やたら俺の部屋に侵入しようとする。俺の部屋は危ない物も置いてあるから、双子を入れるわけにはいかない。間違って魔喰剣に触れようものなら大事だ。
双子が掴まり立ちできるようになった頃から、俺の部屋は厳重にロックをかけている。取りつけた鍵と、俺特性の侵入防止結界だ。ヴェル爺に頼んで基本術式を教えてもらい、俺が対双子用に手を加えたものだ。
それほど厳重にロックしているのに、双子が侵入を諦めた気配はなかった。一体、俺の部屋の何が彼らを惹きつけるのだろうか。
「あ、リー! ドアノブがちゃがちゃしないで。壊れるでしょ!」
「ぶぶー」
「ぶぶー、でもない!」
こうなったら強硬手段だ。俺は双子を抱えてリビングへと運ぶ。リビングにはちゃんと双子用の遊び場もあるし、母さんの目もある。俺はクッションに双子を放り投げた。
「にぃ、やみー!」
ディールがお気に入りの絵本を抱えてきた。『炎の勇者と闇の迷宮』をよく読み聞かせしていたから、ディールはすっかり絵本=やみーだと思っている。
「一回だけだからな」
そろそろ出かける時間なので、一回だけ読んでやることにする。
双子は何度もねだるが、心を鬼にして家を出た。二人してぐずっていたけど、いつものことなので気にしない。家に帰る頃にはすっかり忘れているしな。
いつもの空き地まで、できるだけ障害物の多いルートを選んで走る。気の放出の練習にはもってこいで、高低差が大きくなるとそれだけ瞬間的な操作が必要になる。加速と減速を十分にできないと、屋根から落ちてグシャア! とか勢い余って壁にドコオ! だ。
空き地が見えてくると、一旦物陰に隠れた。ヴェル爺が先に来ていれば奇襲を仕掛け、来ていなければ罠の準備だ。戦いはもう始まっているのである。
ヴェル爺はまだ来ていないな。……ふふん。四日前は連鎖式十五段トラップをしのがれたけど、今日の俺は一味ちがうぜ! 時限式十八連鎖トラップだ!
俺はせっせとトラップの設置に勤しむのであった。
「ほっほっほ。まだまだじゃの」
……ヴェル爺に笑いながら避けられたのは言うまでもない。
その日の修行は、いつもより終わるのが遅かった。新しい術を教えてもらい、何とか形になるまで時間が掛かったからだ。ヴェル爺が教えてくれる術は、総じて難易度が高い。俺はあんまり気の量を心配する必要がないので、専らコントロールに重点をおいて訓練してきた。それでも『術』は気のコントロールが一段と難しい。
コツを掴むまでは何度も暴発させるし、何とか成功させても実戦じゃ使い物にならないレベルだ。一度コツを掴めば、あとはひたすら反復練習に限る。
訓練に集中している内に、すっかり日が暮れてしまっていた。ヴェル爺と別れ、俺は精根尽きて、気も枯渇寸前の状態で家路を急いだ。素の運動能力だけで走っているから、いつもよりスピードはでない。
「母さんが心配しているかもしれないし、ちかみち行くか」
近道と言っても、平地を突っ切っていくだけだ。
すると、お隣さんの庭の前にさしかかったときに小さな人影が見えた。子どもなんていたっけ? と疑問に思ったけど、すぐに思い出した。お隣の若夫婦には病弱な娘さんがいると言っていた。きっとその子だろう。
ちょっとした好奇心から、庭をのぞいてみることにした。
月明かりに照らされた庭にたたずむのは、儚げな少女だった。大きな眼にぷっくりとした唇に、小さな鼻。長じればセーリアさん以上の美女になりそうな、将来有望な美少女だった。
「……かわいい」
思わず呟いてしまうくらいには、俺は彼女に目を奪われた。
少女はハッと気づいたようにこちらを見た。俺の声が聞こえてしまったようだ。少女は怯えるように、一歩、後退りした。
怖がらせてしまったようだ。俺は手を振りながら、慌てて少女に話しかけた。
「ぼくは、となりの家にすんでる。リューマっていうんだ。君はヴェレーさんちの子?」
となりの家という言葉に納得したのか、少しだけ警戒心を解く。彼女は俺の顔をまじまじと見た後、ゆっくりと頷いた。
彼女はじっと俺の動向を観察している。胸の前では固く手を握っていた。俺は何もせずに、黙って彼女の警戒心が緩むのを待った。
俺が同い年くらいの子どもだと解かると、彼女はほっと胸をなでおろした。大人が怖かったのだろうか? しばらく待つと、彼女の方から近づいてきた。
暗くてよく見えていなかった髪が、風に吹かれてふわっと舞いあがる。深い青、黒に近い藍色の髪だ。瞳は青みがかった灰色。俺とは真反対の色だ。
「ねえ、名前、訊いてもいい?」
まるでナンパしているような気分になる。やましいことなんか何もないのに、後ろめたい気分だ。どくどくとうるさい心臓の音が聞こえやしないかと心配になった。
「エルフリュース……お父さんやお母さんはエリーって呼ぶわ」
「そっか。……エリーか。エリーはよく庭にいる?」
「ええ。外に出れないから、庭は私のお気に入り」
若夫婦は彼女が病弱だと言った。彼女はあまり外で遊べないのか。一日中家にいるんじゃ、寂しいよな。
ほんの少しの同情心と、お近づきになりたい下心を込めて尋ねた。きっと、彼女も友達がいなくて寂しかろうという打算もある。
「また、遊びに来てもいい?」
俺は同い年の友達ができそうなことに浮かれていたと思う。でも、何より彼女ともっと話がしてみたかった。これは本当だ。
「いいよ。……赤い小人さん」
エリーは俺を「赤い小人さん」と呼んだ。俺は髪も瞳の色も、深い赤だった。バラのような、あるいは血のような赤で、自分ではあまり好きではなかったけど。
俺の赤い髪をエリーが覚えてくれるなら、それでもいいかな、なんて思ったりした。恥ずかしいし、むず痒い。
「またね。エリー」
「……またね」
俺が自分の家に走るのを、エリーは小さく手を振って見送ってくれた。外に出られないほど体が悪そうには見えなかったな、という疑念はすぐに忘れてしまった。
エリーはヒロインになってくれるでしょうか? もう少し日常編が続きます。




