山ガール(強)
学生の本分は勉学である。
学校とは部活に精を出し、青春を謳歌したり
将来にわたるかけがえのない友人とのつながりを得たりと
様々な経験ができる貴重な場所であるが、学校に通う学生たる
本分はやはり、勉強である。
知識ばかり詰め込むのは良くない、もっとゆとりある教育をなどと言う識者もいるが、
大学に進学するにも、就職するにしても社会において、学校の成績というものは
人物に対する一定の評価基準となりうるものである。
詰め込み教育だろうがなんだろうが、学校での成績をある一定以上得られないと
将来における選択肢を大幅に狭めることになりかねないのだ。
その成績を決定付ける学校での一大行事。定期テストである。
佐原学園もちょうど期中にある中間テストを間近に迎えていた。
テストなど普段の授業で学んだことしかでないのだから
普段から真面目に授業を受けていれば特別なことをしなくても良いようにできている。
しかし、そういったことが自然とできるのは極一部。
多数の学生はテスト前に慌てて勉強しだしたり、一夜漬けをしたりしてしまうものである。
幸もまた、そんな多数の学生の一部だった。
「お兄ちゃん聞いて。アタシが成績でテストがヤバイ」
「日本語で話せハピ子」
素っ頓狂なことを言い出した幸の顔は大真面目であった。
今日の授業も全て終わり、帰ろうとしたところで捕まったと思えばこれだ。
「要するにお兄ちゃんに勉強を教えて欲しいのです」
幸の成績はお世辞にも余り良くない。
いや、余りというより、『良くない』。
ハーピーなのだから、飛ぶのは大の得意であるはずなのだが、
テストは大体、いつも赤点ギリギリの低空飛行を繰り返している。
この学校に入学する前から幸はこんな調子であったので、そこそこの進学校である
佐原学園に入学できたと知らされた時、仁はよくやったものだと感心したものであるが。
「まあ、ハピ子はしょうがないとして……舞ちゃんも?」
「はい、私も数学がちょっと苦手なのでできれば教えてほしいなあと思いまして」
幸の隣で、少し申し訳なさそうにするのはカラス天狗の舞だ。
三つ編みをしてメガネをかければ絵に描いたような文学少女になりそうな舞の成績は
見た目に違わず学年でも上位に食い込むほどだが、数学はネックになっているようだ。
可愛い後輩二人に頼られては仁も悪い気はしない。
幸も舞も数学がマズイということだし、自分の得意な科目でもあるので
復習がてら力になってあげようと仁は決めた。
「わかった、舞ちゃんが言うならぜひ」
「ありがとうございます!」
「アタシの可愛いお願いは効果がないと!?」
ぱっと花が咲いたような笑顔を見せる舞に対して、幸は不満顔だ。
しかし勉強を教えてもらうという負い目があるためか、それ以上の不平は言ってこない。
「で、どこでやる?ちょっと俺の家は無理なんだけど……」
葵がだらしない格好で勝手に入り込んでいるかもしれないところに年下の女の子を入れるのは
仁としても回避したい。葵の対面的にもマズイだろう。
「アタシのウチも今日はちょっとダメだし……」
「じゃあ私の家どうですか?ちょっとだけ遠いですけど」
「わ、いいの?舞ちんの家初めてだ」
「じゃあ、決まりね。先輩、ちょっと遠いので空を通って行きますね?幸ちゃん、手伝ってね」
勉強会の場所があれよというまに決まった矢先、仁は体が浮き上がる感覚を得た。
仁はさながら、鷹に狩られた魚のように幸と舞に片腕ずつ、その猛禽類のような
足の爪でがしりと掴まれていた。
そのまま高度100mほどまで上がっていく幸と舞。
「うおお、ちょ、怖い怖い!」
揺れこそないものの、腕のみで吊られた状態で空に連れられるのは非常に心もとない。
万が一おちたら、ぺしゃんこである。
「大丈夫ですよ先輩っ。絶対落としませんから」
「お兄ちゃんもっとどっしり構えてなよー。かっこわるーい」
普段から自前の羽で空を飛び回っている幸と舞にそんな仁の気持ちがわかるはずもなく。
舞の家へと連行されるしかないのであった。
その数分後。
「ひっとしー!お待たせ!帰りましょ」
中庭の掃除から戻ってきた竜子が教室のドアを開けるも
いるはずの仁が居ない。
特段約束はしていないが、いつもならこの時間はいるはずなのに。
「……居ない、これは神隠し?天狗よ、天狗の仕業よ!?」
教室でのんびりしていた恭子は、間違ってはいないなと一人くすりと笑うのであった。
◇
「これは……すごいな……」
「ふえー……舞ちゃんの家、すっごいね……」
「ちょっと古いので、恥ずかしいんですけど」
数十分の空の旅を経て到着した舞の家は、仁にとって見たこと無いものであった。
山の中にある古民家。古き日本の家がそこにはあった。
和室を中心とした部屋は襖で区切られており、外に面した縁側。
そして土間まである。
舞の話では囲炉裏まであるらしい。田舎にすむならこんな家!をまさに絵にしたような作りであった。
家の周りには畑が見える。
この畑も舞の家の敷地内で、いろいろ野菜を栽培しているらしい。
大体のものは自給自足されており、ほとんどスーパーなどで買い物をすることがない生活をしているとのこと。
そんな家に感心していると、玄関からぬっと誰かが出てくるのが見えた。
「おお、舞。帰ってたか」
「ただいま、おじいちゃん。学校のお友達と、先輩だよ」
舞が「おじいちゃん」と呼んだ人物は、身長190cmはあろうかという偉丈夫であった。
髪の毛こそ白髪が混じっているものの、その体躯は筋骨隆々、髭を蓄えた顔の堀は深く
まさに山の男といった風情であった。
上半身はなぜか裸で、本当にその筋肉の重さで飛べるのかというほどの体を
惜しげも無く晒していた。
線の細い舞とはまったく似ても似つかない。本当に血縁関係なのだろうかと
疑うくらい似ていない。
「今日は勉強会をウチですることになって」
「おおそうか!ゆっくりしていきなさい!」
からからと人のよさそうな笑顔を浮かべ、ご機嫌そうに仁の背中を叩く。
その太い腕から繰り出される力に仁は思わずたたらを踏んでしまった。
叩かれた背中が痛い。
「お世話になります……」
いろいろな意味で驚かせられっぱなしの仁は、そう返すだけであった。
◇
「うはー、終わったー!」
「これくらいやれば大丈夫ですね。本当に助かりました」
数時間後、勉強会も滞り無く終了した。
終わったとたんに筆記具を投げ出し、ばたーんと仰向けに転がる幸。
「ハピ子、おまえ人の家でそれは……」
「人の家だけど、友だちの家だもんねー」
「ふふ、ねー」
舞も咎める様子がないので、それ以上は追求しないことにした。
制服のまま転がるものだから、はだけた制服から幸の白いお腹がちらりと見える。
なんだか気恥ずかしい気がしたので、視線を外し、ちょうどその先にあった壁掛け時計を見る。
「もうこんな時間か。そろそろお暇しないとな」
「えー、まだいいじゃんお兄ちゃん」
もうそろそろ夕食の時間だ。あまり長居してもダメだろう。
帰りの時間も考えると早めに出ておきたいところもある。
「家でお夕飯食べて行きませんか?今日のお礼ということで」
「いや、そこまでは流石に」
「食べるっ!」
断ろうかとおもった矢先、幸が間をおかずに即答した。
食い意地のはった幸のことだ、こうなれば夕食をいただくまでテコでも動くまい。
「わー楽しみだなー、囲炉裏で食べれる?」
「せっかくだからお鍋にして囲炉裏に吊るしましょうか」
申し訳ないなとも思ったが、囲炉裏で鍋というのは少しそそられるものがあった。
そのシチューエションだけですでに美味しそうだ。
「裏山で採った山菜もありますしそれもいれましょう」
「メインは?お肉は?」
「ふふ、ちょうど昨日締めたばかりに鶏があるから、それにしましょう?締めたてだから美味しいですよ」
「うはー楽しみ!」
新鮮な山菜と鶏の鍋か。美味しそうだ。
しかしなんだか聞きなれない言葉が聞こえた気がする。舞は鶏を締めたと言っただろうか。
そういえば家の隣に鶏小屋があったような記憶があるが。
「……締めたって、隣の小屋の鶏?」
「はい、昨日ちょうど。そのために飼ってるのもありますよ」
「お爺ちゃんが締めたの?」
「あ、私ですよ。しっかり血抜きもしてありますし、子供の頃からやってるから大丈夫ですよ」
だから心配ない、というように笑顔を見せる舞。
鶏を締めるということは、生きた状態の鶏からさばいて精肉するということである。
具体的には鶏を吊るして頸動脈を切って、血を抜いたあと羽をむしって解体する作業である。
まさか肉まで自給自足しているとは思わなかった。
「舞ちゃんスゴイね……」
「そんなの誰でもできますよぅ」
照れたように顔を赤らめ、謙遜をする舞。
普通の人は鶏を締めるなどということはできない。
人畜無害そうなおしとやかな見た目をして、その実、鶏まで締められるというたくましい少女であった。
人は見かけによらないものだということを改めて実感する仁であった。
その後、鍋を美味しく頂いたあと、帰宅することになったのだが、すでに日はとっぷりと暮れていた。
山の中にある幸の家から暗い道が続く。
山道をそのまま歩いて帰るのは危ないし、こんな遅い時間に舞に送ってもらうわけにも行かない。
ということで、舞の祖父が送ってくれることになった。
仁は舞の祖父にまた吊られることになるのだが
「こんな時間だし、ご家族が心配されてもいかん。ちょっと飛ばすぞ」
その一言により、来た時の倍以上の速度で空の旅を満喫するハメになったのであった。




