雀荘「あやめ」
生活をしていると自然とモノは増えていく。
当然、増えるモノに対して家の広さは有限である。
しかし、すぐ捨てるのも少しためらう。
そんなものを収納しておくのに便利な場所。
物置だ。
そんなようなものが雑多につめ込まれた物置もいい加減一杯になってきたので整理を手伝って欲しい。
そんなあやめのお願いがあり、仁はあやめとともにホコリ舞う物置で格闘していた。
基本的には雑多につめ込まれた物置の中身を一度外に出し、あやめが要不要を判断して
不要なものは分別してゴミ袋に詰めていく。
その中で取っ手のついた、少し重みのある箱があった。
「麻雀牌?」
箱の中に入っていたのは136枚の麻雀牌であった。
点棒なども一緒に収められており、牌の背は青く染められていた。
キチンとしたケースにしまわれていたおかげもあってか、牌や点棒には
目立った傷もなく、綺麗なものだった。
一つ取り出して日の光の下で見てみると、牌はうっすらとした
光沢を放っていた。
麻雀牌の良し悪しはよく分からない仁だが、その光沢は素人目にも
安物ではないように感じられた。
「あら、そんなのでてきました?ちょっと懐かしいですね」
いつのまにかあやめは仁のそばに来ていた。
別の作業をしていたはずだが、そちらは片付いたようだ。
「麻雀、やるんですか?」
「昔は結構ハマってたんですよ」
あやめもケースから牌を一つ取り出し、懐かしそうに手のひらの上で牌を転がす。
その様子を見て、いつも笑顔のあやめは勝負事にも強いのだろうなと仁は考えていた。
「そうだ、せっかくだから麻雀、しましょ?」
「え、まだ片付け途中ですけど」
「別に今日じゃなくてもいいんです。そうと決まればさっそく準備しなくちゃ」
遊びのこそいつでもできるんじゃないか、と言おうとしたが
すでにあやめの触手は仁の腰にがっしり巻きついていた。
こうなってしまっては抵抗は無意味なので、大人しく連行される仁であった。
◇
場所はあやめの家のリビング。テーブルの上には麻雀マットがひかれ、それを囲むは4人。
仁、あやめ、侑、稲荷という面子であった。
稲荷はたまたまマンションの前を通りかかったところを誘われ、侑はあやめの電話に呼びだされた。
「全く、せっかくの休日に呼び出されたと思ったら麻雀か……」
「どうせ侑は休みっていってもゴロゴロしてるだけだからいいじゃないの~」
「ふふ、私も麻雀は久しぶりですね。ちょっとワクワクします」
年上の女性3人に囲まれて仁は少し居心地の悪さを感じていた。
3人とも美人であることは確かなのだが、仁からすればいろいろと逆らえない立場である。
平穏無事に終わってほしいとだけ願っていた。
「普通に麻雀するだけですよね?」
「まさか~……それだけじゃつまらないじゃないですか」
ぞくりとするような笑みを浮かべ、仁の願いが込められた言葉をあっさりとあやめは否定する。
「じゃあ、負けた人はなにか罰ゲームか?」
「麻雀といえば脱衣ですかね~」
「ダメですよ、男の子もいるんですから」
あやめがしれっと危険な提案をするが、あっさりと稲荷に却下される。
もし脱衣になったとしたら買っても負けても大変な事になりそうだったので、仁は胸をなでおろした。
「じゃあ……着衣麻雀とか」
「それはどんなだ?」
「アガった人が振り込んだ人に好きな服を着せれるってのはどう?」
「それならまぁ、健全でしょうしいいですけど……服はどうするんですか?」
「私の服でいいですよ~、3人とも背格好は大体一緒ですし」
要は勝った人が負けた人を着せ替え人形にできるという事だ。
それなら負けてもそうヒドイことにはならないということで決まった。
仁はこの時すでに嫌な予感を感じていた。
かくして、戦いの火蓋は切って落とされたのであった。
◇
最初のうちは、いたって平和だった。
最初に侑が稲荷から上った時、稲荷が着せられたのはボーダーのセーターとスカートだった。
普段着が和服の稲荷の洋服を見るのは以外にもはじめてだったが、金髪のロングヘアとマッチした
洋服姿もいつもと違った魅力が存分に引き出されており、新鮮味があった。
普段パンツスーツの侑のミニスカート姿も本人は恥ずかしがっていたが、よく似合っていた。
少しコスプレっぽい、あやめのチャイナドレスはいろいろと反則だった。
ただでさえ大きい胸が体のラインがモロに出るチャイナドレスで強調され、目のやり場に困る状態であった。
仁も、普段は着ないダメージジーンズや、ジャケットなどを着せられたが(何故あやめが男物の衣装を持っているのかは怖くて聞けなかった)
仁が普段着ないだけで、デザインはいたって普通のものだった。
こういうのは余り似合わないかもねと3人に言われたりもしたが、罰ゲームとしては和気藹々とした雰囲気であった。
しかしゲームも中盤、状況は一気に加速する。
「はい、それロンね~」
不用意な稲荷の捨て牌をあやめが捉え、上がりを決める。
「あら、通りませんか……私は次は何を着ればいいんでしょう?」
「じゃあ選ぶので隣の部屋に行きましょうね~」
あやめと稲荷は衣装部屋へと連れ立って入っていった。
仁はそれを見送りつつ、次はどんな衣装がみれるのかなーなどとすっかり
3人のファッションショーを鑑賞する気分でのほほんとしていた。
「え、ちょっと、これはないでしょう杉浦さん」
「ルールはルールですよ~稲荷さん~?」
「それにしたってこれは!」
なにやら少し揉め事があるようだ。
稲荷がごねているが、あやめは聞き入れる様子が無い。
「あやめさん、何着せようとしてるんでしょうか…」
「今までは結構普通だったが……」
あやめとの付き合いの長い侑に聞いてみるもわからない、というように首を振るばかり。
ゲームが始まる前に感じていた嫌な予感が今になってまたびしびしと感じられていた。
「ちゃんと稲荷さんもルールに納得したじゃないですか~」
「……くっ、仕方ないですね…!」
結局稲荷が折れたらしい。
衣装を選び終わったのか、あやめは先にもどってきたが、満面の笑顔だった。
「あやめさん、何選んだんですか」
「うふふ~見てのお楽しみですよ」
とても楽しそうに笑顔を浮かべるあやめに対し、嫌な予感はますます強くなるばかりであった。
隣をちらりと見ると、侑も同様に感じているのか、難しい顔をしていた。
「……おまたせしました」
着替え終わったのか、がらり、と衣装部屋の扉を開けて出てきた稲荷の姿を見て仁は硬直した。
稲荷は体操服姿であった。しかも下半身は古式ゆかしい紺ブルマ。
その上、サイズがあっていないのか胸もブルマもぱっつんぱっつんに張り詰められており
はちきれんばかりに胸とおしりが強調されていた。
丈も合っていないため、白いお腹をへそがチラリと顔をのぞかせていた。
ご丁寧に体操服の中央には「5-3 いなり」と名前が平仮名で書いてある手の込みようである。
「じゃ、続きをやりましょうか~」
楽しそうに宣言し、牌を混ぜ始めるあやめ。
稲荷も表面上にこやかにしているが、あれは怒りをたたえた笑みだ。
ここから先は絶対に負けられないなと思う侑と仁であった。
◇
タン、タン、と牌を切る音が小気味良く響く。
先ほどまで和気藹々とした雰囲気はとうに吹き飛び、あやめ除く3人の表情は真剣そのものである。
「(これはあやめの現物だし、問題無いわね)」
トン、と侑が切った牌を稲荷が止める。
「ロンです。タンヤオドラ2」
侑はあやめを警戒しすぎるが余り、ノーマークだった稲荷に振り込んでしまった。
しかしあやめにさえ振り込まなければいいと侑は思っていた。
稲荷は常識人だ。まさかあやめのようなことはしまいとタカをくくっていた。
しかし、次のセリフで侑は自らの考えが甘かったことを思い知る。
「南雲さん、死なばもろともという言葉ご存知ですか?」
その後、衣装部屋から出てきた侑はメイドになっていた。
中世のイギリスに出てくるようなクラシカルなメイド服なら良かっただろう。
侑であれば、『デキるメイド長』とした雰囲気を出せたかもしれない。
しかし侑が着せられたのは、ピンクを基調としたメイド服にこれでもかとふんだんに
レースとフリルが付けられたいわゆるゴスロリメイド服であった。
胸元は大きく開けられたデザインをしているが、侑はスレンダーな体型であるため
胸のサイズも相応であった。要するとても慎ましやかな胸のサイズである。
そのため、本来は谷間ができるであろう箇所にはその面影はどこにもなかった。
ダメ押しとばかりに頭にはネコミミカチューシャ、手には肉球っぽい手袋である。
侑の顔は恥ずかしさと怒りで真っ赤である。
恨み骨髄に徹した様子で稲荷を睨みつける。その目つきの悪さがなおさらゴスロリメイド服と似合ってなかった。
「恨みますよ稲荷さん……!」
「あなたは悪くありませんけど、あなたの友人がいけないのですよ、ふふふふ……」
そんな侑と稲荷のやり取りを楽しそうに眺めるあやめ。
仁はもう一刻も早く帰りたかった。
◇
今度はあやめが侑に振り込んだ。
「よし!うかつだったわねあやめ……!」
自分がゴスロリメイドを着るハメにはった諸悪の根源に復讐できるとあって
侑は思わずガッツポーズ。その拍子にネコミミがぴょこんと揺れた。シュールだ。
「あっはっはっは!あはははは!」
あやめと侑が入っていった衣装部屋から、侑の笑い声が聞こえてきた。
それからすぐ、開かれたドアから出てきたあやめを見た瞬間、おもわず仁は
目をそらしてしまった。
セーラー服だ。
セーラー服自体は別にいたって普通のセーラー服なのだが、着ているのはあやめである。
セーラー服は言わずもがな、学生服である。
10代の学生、すなわち子供が着るものとして意識に刷り込まれているものを
大人の色気たっぷりの―――言うなれば女性として成熟しきったあやめが着ていると
ものすごいミスマッチさを醸し出していた。
間違っても学生には見えない。どこのコスプレ風俗店か、という状態である。
とても見てはいけないものを見てしまった気分だ。
正直、いたたまれない。
そのいたたまれなさがツボなのか侑は今も爆笑している。
稲荷を見ればこちらも肩を震わせて必死に笑いをこらえている様子だ。
「仁くん、どうして顔をそむけるんですか……?」
あやめに問い詰められるが、とてもじゃないが直視できない。
「ほらほらあやめ、続きをやろうじゃないか」
◇
だれも上がれないまま、流局に流局を重ねてやっとオーラス(最終戦)。
ここまで実質一時間ほどであったが、仁は焦燥しきっていた。
左にネコミミゴスロリメイドのアラクネ。(推定アラサー)
正面にピチパツ体操服ブルマの九尾狐。(年齢不詳)
右になんちゃって女学生セーラー服のスキュラ。(推定アラサー)
この3人に囲まれての麻雀である。
普通の学生の仁にとってはこの状況こそがすでに罰ゲームであった。
「もう最後ですからね……もう触手で牌すり替えたりは無しですよ」
「侑も白糸で牌を白に偽装したりしちゃだめよ~?」
「稲荷さんも尻尾に牌隠したりしないでくださいね」
すでに3人ともルール無用のイカサマを使用しだしていたが
お互いがお互いをバッチリ監視しているため、大きなことはできず決め手にかけている状態であった。
もう仁は一刻も早くこの勝負を終わらせることだけを考えていた。
自分が振り込んでもいい。
自分が恥ずかしいカッコくらいならしてやろうという投げやりな思考だった。
自分に配られた牌を並べ替えて、第一牌をツモる。
そこで、ふとあることに気づいた。これは……
「あの、すいません……」
「何、橘君。早く切って」
侑に急かされるが、牌を切るわけには行かない。
なぜならば
「なんというか、申し訳ないんですけど、ツモです」
「「「はぁ!?」」」
仁は最初に牌が配られた時点で上がれる状態になっていた。
地和という役満である。
確率にして33万分の1というレア役である。
「あらあらあら、本当にあがってる……」
「すごいな、初めて見た……」
「まさか実際に見れるとは思いませんでした~」
3者とも先程までの剣呑な雰囲気はどこへやら。
麻雀をやり続けても一度お目にかかれるかかかれないかの場面にすっかり取り込まれていた。
かくして。
気軽なあやめの一言から始まった混沌を極めた麻雀は無事に終了した。
しかしこのあと、最後の奇跡の反動か、小銭を落としたり
細かいものをなくしたりと小さな不幸にしばらく見舞われた仁は
勝負事にはしばらくかかわらないと心に誓ったのであった。




