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「そうと決まれば、さっそく公爵邸への訪問の約束を取り付けてくるわ」
ノラは気持ちを切り替えると立ち上がり、エレンにニカっと笑って見せた。
「今日は公爵とのデートなの。相変わらず、あの男……愛するユリアナの言うことはなんでも聞くから扱いやすいわ」
そう言ってノラは、外出の準備をするためさっさと部屋を後にする。エレンは彼女の後ろ姿を見送りながら、やはり複雑そうな浮かない表情をしていた。
イヴァンと共に観劇を終えたノラは、彼を食事に誘い早速本題を切り出した。
「私達、お付き合いを始めてひと月が経ちましたよね」
「あぁ、そうだな」
恋人関係になったことで、ノラに対するイヴァンの口調はくだけたものとなっていた。
しかし、紳士としての礼儀は忘れておらず、恋人であるユリアナをとても大事にし尊重してくれる。
ノラは一度でもイヴァンがユリアナに苛ついた姿を見たことがない。願いはなんでも聞き入れて、こちらに触れるのもせいぜい髪に触れたりハグしたりするだけで、ノラが嫌がることはしてこない。
やはりイヴァン・アルノルフォは恋に溺れた愚かな男……ノラの評価は変わらなかった。
「イヴァン様、どうかご家族に貴方の恋人である私を紹介していただけませんか?」
ノラはユリアナらしい恥じらいのある可愛らしい笑顔を浮かべておねだりしてみた。
イヴァンは驚いた表情で少しの間固まると、ゆっくりと彼女のおねだりに対して返事をした。
「家族に紹介……あいにく、両親は既に亡くなり、公爵家には俺一人だが……もしかして、ユリアナは我が公爵家に入りたいのか?」
家族が全員鬼籍に入っていると聞かされた時は、公爵邸に入り込む理由をどうしようかと焦ったが……どうやらイヴァンから助けのパスが飛んできたので、ノラは有難く話の流れに乗っかることにする。
「は、はい! 公爵家に入りたいです!」
そう期待のこもった目で訴えるようにノラがイヴァンを見つめると、彼は一瞬考える素振りを見せてから、改めてノラと目を合わせた。
「そうか、公爵家に入りたいと……君も俺と同じ気持ちだったんだな」
と、謎の言葉を発し納得した様子を見せるイヴァンに違和感を抱きつつも、ノラは公爵邸への招待を許可されたと喜び、あまり気にしていなかった。
「ただ……参ったな。まさか君の方から切り出されるとは思いも寄らなくて、まだ準備が……」
「イヴァン様?」
ノラが不思議そうに小首を傾げながらイヴァンを見上げると、彼と目が合った。
「ユリアナ。もう少し……あと、ひと月だけ待って欲しい」
イヴァンは真剣な表情でノラにそう告げてから、結局その日はそのまま解散したのだった。
——一か月後。ケリス伯爵邸にアルノルフォ公爵家から贈り物が届いた。
ノラが綺麗に包装された箱を開くと、そこにはなんと真っ白なレースでできたドレスが入っていた。届いたのはドレスだけではない。靴も、アクセサリーもセットになって届いた。
(今日は約束していた公爵邸を訪れる日……これらを着て来いってこと?)
イヴァンの思惑はよく分からないが、もしかしたらこれはアルノルフォ公爵家のしきたりなのかもしれない。
ノラは今でこそ貴族の華やかな世界にいるが、元は平民だ。そんな彼女に貴族の暮らしの全てを理解できるわけがなかった。
伯爵邸のメイドの手を借りてドレスを着てみると、恐ろしいほどにノラの体型にぴったりだ。メイドの一人がうっとりした表情をしていたが、彼女はプロとして余計な口を利かないため、ノラに何かを言うことも特になかった。
ノラの準備が出来たタイミングで、屋敷の使用人からアルノルフォ公爵家からの迎えの車が到着したことを聞かされる。
(エレンは確か、ミルフト伯爵家に潜入中だったな……よし、私は私で仕事をしよう!)
ノラは意気込んでから、改めて鏡に映る自分の姿を見つめていた。
(こうして見ると、なんだかウエディングドレスみたい……)
昔、子供の頃の記憶で若い男女が寂れた聖堂で永遠の愛を誓い合っていた光景を見たことがある。
その時の女性も、今ノラが着ている白いドレスのような豪華なものではなかったけれど、質素な白いワンピースを着ていた。
お粗末とも言える薄汚れた白いレースを頭に被り、その辺りの野草を摘んで作った花束を持っていたが、男性と笑い合う女性はとても幸せそうだった。
(結婚、か……私には無縁な話だな……)
ノラは少し感傷的な自分に喝を入れるように、自身の両頬を叩くと、気合を入れてアルノルフォ公爵邸へと向かったのだった。
公爵邸へ到着すると、驚いた事に屋敷の使用人達が総出でノラを出迎えた。戸惑いながら車から降りると、執事長を名乗る銀縁眼鏡をかけた若い男が深々とノラに頭を下げた。
すると、使用人達はどこかのスイッチを入れられたかのように一斉に動き出し、ノラを取り囲む。
「な、なんですか⁉︎」
焦るノラにはお構いなしで、どこからやって来たのか大きなメイク箱を手にしたメイド達にメイクを直されて、手には何故か立派な花束を持たされ、頭には最高級の白いレースを被せられ、最後にティアラを乗せられた。
「……?」
理解が追い付かないノラは、使用人に流されるまま、ようやく完成したという公爵家の中にある聖堂の前へと連れて行かれ、大扉の前に立たされた。
「新婦、入場!」
誰かがそう叫ぶと、目の前の大扉がゆっくりと開かれる。
まず、ノラの視界に飛び込んできたのは立派なステンドグラスだ。そして、中央の通路を挟むように着席する参列者。その先には、司教の前で微笑むイヴァンの姿があった。
(ど、どういうこと……これって、まるで……)
本日のイヴァンは普段より更に輝いて見えた。白と銀のタキシードに身を包んだ彼は普段以上に美しく、混乱するノラでさえ思わず視線を奪われた。




