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「俺と一曲ダンスを踊ってくださいませんか?」
夜空に煌めく星々に負けない程の豪奢なシャンデリアが眩しい。その光を浴びて輝く見目麗しい二人の男女が、堂々とワルツを踊っていた。
人々は次第に動きを止めて、パーティーホール中央で踊る二人へ注目した。皆がうっとりと頬を染めて、その二人に目を奪われていた。
「圧倒的だわ……」
誰かが熱いため息を吐きながら言う。誰もが息を呑んで、その二人を見つめていた。
貴族達の好奇心や羨望も、全てを楽器の美しい音色で飲み込んで、奏でられる旋律と共に呼吸の合ったステップを踏む。
その様は、まるで二人だけの世界のようだった。
「美男美女、本当にお似合いの二人ね……」
デビューしたての年若い令嬢が憧れの眼差しで呟いた時、ちょうど音楽が終わる。
ダンスを終えた二人が挨拶を交わしている姿を見て、周りの者達は魔法が解けたみたいにやっと動き出した。
「ユリアナ・ケリス嬢!」
踊り終えた相手にカーテシーで礼を尽くしていた彼女に、待っていたとばかりに、一人の若い紳士が声を掛けてきた。
ユリアナ・ケリスと呼ばれた令嬢が顔を上げる。淡い金髪が揺れて、その奥から透き通るようなスミレ色の瞳が現れた。
「次は俺とダンスを……!」
紳士の姿をその瞳に映した時、彼は彼女の大きな瞳に釘付けとなってしまった。
次は自分がダンスを申し込もうと思っていた。自分の周りで同じように機会をうかがう男達を出し抜いてやろうと……それなのに、彼女に見つめられただけで言葉を失うなんて。
その隙に、次々と男達が名乗り出た。
「ケリス嬢。次は私と!」
「いいえ、俺と!」
ユリアナは驚いた様子で目を丸くしていた。そして、どうしていいのか分からない様子で狼狽えた表情を浮かべると、僅かに後ずさった。
その時、一人の背の高い紳士がユリアナを守るように前へ出る。
「お前達。俺の姿が見えていないのか?」
その男は冷徹な雰囲気を身に纏い、顔立ちといい体格といい、その神々しい容貌はまるで精巧な彫刻のようだった。先程までユリアナと見事なダンスを披露していた男だ。
彼を前にすると、男達は顔色を悪くして一歩下がった。なぜなら、この国でこの男に逆らう者などいないからだ。
「イヴァン・アルノルフォ……公爵閣下……」
誰かが悔しそうな声色で彼の名を呼んでいた。
「申し訳ないが、今夜のユリアナ嬢のパートナーは俺だ」
イヴァンは冷えた金色の瞳で男達を一瞥すると、まるで姫を守る騎士のようにユリアナを連れ去って行ってしまった。その後ろ姿を、男達はただ見つめる事しか出来なかった。
「先ほどはありがとうございます」
再びイヴァンとダンスを踊る事になったユリアナは、音楽に合わせてステップを踏みながら、ホッと安堵した表情を浮かべて礼を言った。
「いえ。レディがお困りならば、お救いするのも紳士の務めです」
イヴァンは軽く笑って何でもない様子で答える。彼の金の瞳は細まり、ユリアナだけを真っ直ぐに見つめていた。
「それに……」
ユリアナの腰が力強く引き寄せられる。彼の黒い毛先がユリアナの頬を掠めたかと思えば、イヴァンの色気を含んだ低い声が耳元で囁かれた。
「実は、俺がもう少し貴女と過ごしたかったのです。ユリアナ嬢」
ユリアナは目を開く。思わず体が強張り、ステップを間違えてしまった。
しかしイヴァンは素早い足さばきで、ユリアナのミスを周りには分からないようにカバーしてしまう。
「あ……すみません」
慌てたユリアナが謝ると、イヴァンは甘さを含んだ優しい微笑みを浮かべて言った。
「何も気にする事はありません。今のこの二人の時間を楽しみましょう」
イヴァン・アルノルフォ。この大陸一の強国、ヴァルキリアス帝国の公爵家当主であり、そして帝国の軍事を掌握する権力者、軍部総司令官だ。
「はい。アルノルフォ公爵様」
ユリアナもまた、頬を赤く染めてときめいた表情で恥ずかしそうに笑って見せる。イヴァンの瞳の奥に、更なる熱がこもった。
イヴァンのその表情は、はっきりと読み取れる『恋する男』の顔だった。
(冷酷な男だと聞いていたから、どれほどの強敵かと思ったら……なんだ、所詮はただの男ね)
うぶな表情を浮かべたまま、ユリアナは心の中でイヴァンを嘲笑った。
(『ユリアナ・ケリス』の美貌に恋をする、愚かな男。これ程までに簡単な男なら、任務遂行はやりやすい)
そう、ユリアナはヴァルキリアス帝国と敵対するヘブリス王国から送り込まれた諜報員だった。
彼女の本当の名は『ノラ』。変装や他人に成りすましが得意で、主にハニートラップを主軸に情報収集を行う凄腕のスパイだ。




