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払暁、紫に近い、まだ差し始めたばかりの朝日に反応して、ナツメはワラのベッドで目を覚ました。
ちょっと、いや、かなり寒い。薄くてもいいから布団代わりのタオルくらいは買っておこうと考えながら周囲の空気を温める。
野営は焚き火とか寒暖差のない地下とか自重なしの魔法でやりたい放題とか、意外と快適ではある。
お金に余裕ができて、馬車を預けられるお高い宿をとれた。高級というほどではないけどDかCランク商人が定宿に選ぶような、石造りの老舗感がにじむいい宿屋だ。
とりあえず。ナツメはベランダに出て口をゆすぎ、身体を洗った水を排水溝に流し、二階から覗く王都の空を仰いでのびをした。ダンジョン行くか。
実はトモコッティにいた時から馴染めない生活習慣の違いがある。
チカット村は朝が早かった。誰もが夜明け前後に起きて活動を始めた。夜に灯りをつけて活動することがないから、睡眠時間は軽く十時間はいく。ナツメも目を閉じて考察する時間は膨大だけど、それも含めて本人は充分に寝ているつもり。
ところが壁で囲って門のある都市は、門番が出勤して門が開くまで、都市の活動が始まらない。都会らしく夜も灯りのついた酒場は遅くまで賑わい、なんならこの宿も食堂は客に酒をだしていた。商人同士の情報交換とかしてそう。
つまり朝市は朝九時って早朝でもなんでもなく、現在朝五時ごろで都市はほとんどの人が夢の中。トモコッティはダンジョン前広場が早朝も動いていたけどこっちはどうかな、という興味もある。
「おや、おはようございますお客様、随分早いですね」
「おはようございます。静かな王都を散歩してきます。あ、朝食は結構です」
寝ずの番か早朝勤務でもあるのか、しっかり起きていた従業員に会釈して宿を出た。金もあるしと少し高めのチェニックとズボンに買い替えて、ナツメの身体能力に見合わず消耗の激しい革のブーツも新調した。あとはリュックを背負い、後腰に短剣、左胸にナイフをしまったいつもの軽装。帯剣する人は普通にいるからどこもおかしくはない。レベル一の従業員は散歩の言葉を疑わない。ダンジョンの中も散歩する可能性は考えたことがない。
都市内をいくつかの川が貫いているせいか、気持ち霧がかった通りを歩く。見るものすべてが新鮮で楽しい。石畳を歩き、石の建物を鑑定し、石橋の欄干から身を乗り出し川面を眺め、苔むした洞窟に似た歴史の匂いを胸いっぱいに吸い込み、プレイアザル雑学四段に上がった知識を磨いていく。
そして青空が広がるころ、王都に数ヶ所あるらしい、時計台と呼ばれる塔から朝六時を伝えるラッパの演奏が始まる。やまびこ?かなにかのせいで、複数の演奏が輪唱になっているのが面白く、昨日の夕方六時も聴いたナツメのお気に入り。耳を傾けながら城を目指して辿り着く、王城の正面から一キロメートルほど街路樹のみの開けた通りの果て、公園のような芝生の中央に闇の入口が佇む違和感たるや。パッと見、遠近感のない黒一色のせいで四角形に見えるけど、高さ三メートル、半径五メートルくらいの円柱っぽい。
凄い光景だな。トモコッティはまだこの岩山の中に入りますよ的な配慮が感じられたのに、ここは全方位から異世界へ行ってらっしゃい的な冷たさを、あるいは殺意を隠しもしない。初めて入る人はビビるだろ。
それはさておき。ナツメは周りを見渡した。半径五十メートルほどの芝生は謎の入口以外はなにもなく、その外側に兵士の詰所が置かれ、十ヶ所くらいに散って屋台が商売していた。冒険者パーティも六つほど。うち半分は今帰ってきたような疲れが見える。なんだろね、軍が入らない時間帯がおいしいとかあるのかな?
魔法なしで運べるのか謎な石窯とカウンターという渋い屋台から我慢できない匂いを嗅ぎとり、黒髪ポニーテールに糸目が胡散臭い諜報員みたいなオッサンに注文して、すかさず出された陶器の器の中身に目が釘付けになる。焦げ目がめちゃくちゃ熱そう。そしてやたら白いコイツはなんだ?
『マカロニグラタン(☆☆)
ホワイトソース(小麦粉+バター(ミルク)+ミルク)
にマカロニ(小麦粉)とチーズ(ミルク)を入れて焼いた
もの。アレンジは無数』
王都周辺の牧場を思い出す。実物を見たことがないモー牛かと思いきや乳牛だった。ここはミルク推しの土地らしい。ヤギのチーズしか食べたことがないから興味津々。スプーンにすくってフーフーして一口パクリ、ホワイトソースから白い悪魔、発進。冷えた身体に悶絶する熱さの先になにかを悟りそうな衝撃が待っていた。
「王都には小麦粉とミルクしかないんかい、てバカにして汗顔の至りでそうろう。小麦粉とミルクを極めに極め、無駄を一切排除した奥義、確かに受け止めたでござる。店主、さぞかし名のある達人とお見受けいたす」
「えっと、普通のメシ屋です。坊っちゃんのほうこそ名のある変人でしょ」
「いやいやこれで普通だったらぼくぁこの先どこの屋台でメシを食ってもそこの店主にプロポーズするかも知れない」
「噂に聞くチョロインでしたか」
「そうか、そうだな、いっそ年齢も性別も無視して金を払ってメシだけの関係という在り方も……?」
「それ飲食店と客の関係ですね」
あまりにも美味しすぎてしばらくバカになっちゃった。好きな食べ物暫定一位に躍り出たブラックホース。小麦粉とミルクの進化ツリー多くない? 今ならぼくもなにか凄いメシを作れそうな、可能性ってやつを見せつけられた。帰ったら錬金釜で小麦粉とミルクに魔力を与えてみるか。
客は少ないから糸目ポニーテールとマカロニグラタン世界遺産登録のバカ話で盛り上がり、目的を思い出してダンジョン入口へ。
「ちょちょちょちょっとキミぃ、飲み屋をハシゴする後ろ姿で進むなっ。大将、やってる? とか幻聴が聴こえたわ。ここは子供がフラっと入って生きて帰れる場所じゃないんだよ。うっわ、短剣だけ? ちょっとこっち来なさい」
離れた詰所にいた兵士が芝生を走ってきて、真っ赤な顔で叱られた。なんかさ、いい人多くて頬が緩む。
「その危険なダンジョンに、兵士さんたちは挑んで帰ってきたんですよね?」
「お、おう、まぁな」
ちょっと得意気な顔で、兵士は鼻をこすった。
「兵士さんたちはどうやって強くなり、日々なにを守っているのか、ぼくも、知らなきゃいけないんですっ」
「おまえ……、ちっ、いいか、ウルフを見たら周りに気をつけろ。あいつらは群れで襲ってくる。絶対に無理すんなよ」
「はいっ」
チョロインに心配されながら、ナツメは自然体で闇を潜った。




