32 ひとつだけ
「あれって……全部が全部、あの時の私を助けるための嘘だったと言うことなの?」
ルーファスから事情を聞いたサブリナは、目を見開き信じられない思いだった。
これまではルーファスが『誰と自分の事を勘違いしているのだろう』と、もやもや悩み続けた長い時間が頭の中を掠めた。
けれど、あの時にサブリナ本人だって思っていた。きっと彼は困っている自分を助けてくれようとして声を掛けたのだから、ここは話を合わせて立ち去ろうと……。
だが、ルーファスを追い掛けてきた面々を見て、思わぬ緊急事態に何もかもが吹き飛んでしまっていた。
そんな簡単な流れでアシエード王国の滅亡の危機を救ってくれるなんて、通常ならば考えられないではないか。
(いいえ……そうよ。大魔法使いルーファスにしてみれば、魔界の門を閉じることなど簡単な事だもの。けれど、全部。全部……あの何もかもが、嘘だったと言うこと? 私を助けようと思って、その場は嘘をついた……? 確かに、あの時はああ言えば収まるだろうと思って、私も彼の言葉に乗っていたけれど!)
悩まされた恨みを感じ軽く睨めば、ルーファスは悪気などない様子で軽く肩を竦めた。
「あの時……サブリナだって、僕に嘘をついていたのだから、このことだって、お互い様だろう?」
ルーファスは特に気にすることでもないとさらりとそう言って、軽い足取りで巨木の幹に造られている小屋へと向かった。不思議な造りの家で、幹を取り巻くように造られていた。
これも彼の魔法を使って、造られているのだろう。そもそも、魔法使いでもない常人がここまでこの量の木材をここへと運べる訳もない。
(こんな高所に家を作るなんて、普通の人には必要もないことよね……これは、魔法使いだから出来る道楽のようなものだもの……彼は瞬時に移動出来て、位置が高くとも飛行することが出来るから、ここに住んだって大丈夫なんだわ)
大きな木の幹ほどの太さのある枝を渡り廊下のように進み、サブリナは小さくため息をついた。
「……ここは、マクティア公爵邸……という、ことになるわね?」
王家の森近くにある邸は、魔界の門を封印してくれるというルーファスのために買い取られた邸で、役目を終えた後に、彼たっての希望で元の主人へと戻すことにしていた。
そして、元々は王家の直轄地であったマクティア公爵領には、立派な邸館はあるものの、ルーファスはまだ社交期に王都で過ごす邸宅を持ってはいなかった。
「そうだね……別にここから城へと通えるし、僕らならば馬車も必要ない。ただ……風情がないから、やはりアシエード王国では、貴族らしい生活をした方が良いだろうね」
ルーファスはサブリナへと意味有ありげに微笑んで、目の前にあった扉をゆっくりと開いた。そこには、天蓋付きの王族が使うような立派なベッドがあって、開かれた窓には高原のような美しい風景があった。
この風景がとてもあの木の上にあった小屋の中とは思えずに、サブリナは驚いてルーファスに言った。
「ルーファス。ここは……あの小屋の中では、ないのね?」
入って来た扉を見れば木の幹が見える。恐る恐る見回しても、そこは広い部屋の中だ。大きな邸を持つ貴族が使う、主寝室のような豪華な部屋だった。
あの小屋の素朴な外見から、そういった小さな部屋だろうと思い込んでいたサブリナは、ルーファスはとても強い力を持つ大魔法使いなのだと認めざるをえなかった。
「そうだね。僕は魔法使いだから、とても凝った事が出来るんだ。ここはあの木にある小屋の中だけど、少々工夫をして空間を広げている……あの魔界の扉と同じ原理だね。違う空間を繋げる魔法だ」
「もう……貴方って、本当にすごいわ。ルーファス。こんなことだって、出来てしまうのね」
魔法を使うことの出来ないサブリナはルーファスの魔法に、感心してしまうほかない。大魔法使いと呼ばれる彼は比喩でもなんでもなく、本当になんでも出来る魔法使いだった。
「もちろん。だから、こういうことも出来てしまうよ……」
パチンと指が鳴ったと思えば、サブリナはベッドの上に居て、ルーファスの整った顔に見下ろされていた。
(驚いた……)
「ルーファス……このまま、私の服も脱がせるつもりでしょう?」
彼とこの前にあったことを思い出して、サブリナは顔を赤くした。あの時は命の危険が迫り、それを退けたあとで勢いがあった。
けれど、今は結婚式の日取りまで決まっている状態で、二人きりだった。
「君はあまりわかっていないようだけど、僕はこれがいつでも出来る状態で、すぐ傍に居たんだよ……」
「そっ……それは」
不思議な色合いの紫の瞳で自分をじっと見つめるルーファスが言いたいことは、サブリナにも理解出来た。
(私の願いを聞いてアシエード王国を救ってくれて……それに、意志も尊重してくれたからってことだわ。私のことを好きでいてくれたから……)
そして、サブリナはお互いに服が脱げてしまっていることに気が付いた。熱い肌は溶け合うようにくっつき、彼の瞳には欲情の光が灯っていた。
「……ルーファス。まだ、明るいわ」
今は昼を少し過ぎた時間で、サブリナは恥ずかしくなり、目を逸らすとルーファスは微笑んだ。
「簡単なことだ」
ふっと暗くなった部屋の中で、彼の顔が近付き唇が触れ合った。
想い合った二人の身体を通じ合い、まるで溶け合ってしまうかのようだった。
「これで、君は僕以外に嫁げなくなったね。サブリナ」
ルーファスはそう言い、彼に国を救うよう頼むよう父に言い含められていた時のことを、サブリナは思い出していた。
(その通りだけど、不思議だわ。こんなことになるなんて)
「実は……私は貴方とこういうことになっても、王家に嫁げることになっていたのよ。ルーファス。今になっては、笑い話だけれど」
ルーファスは呆気にとられた顔をした後に、彼女との最初の関係性を思い出したのか、渋い表情で頷いた。
「国王はそう言うだろうね。君も大変だね。国を救わないといけなくなって」
「……ええ。やり遂げられて、とても満足しているわ」
二人は目を合わせて笑い合い、ルーファスはふと気が付いたような表情になった。
「……サブリナ。君はこれまでに、僕に何か言いたそうだったけれど、あれを聞きたかったの? ……何かほかに質問は? 僕らはどこをどう考えても、このまま結婚する流れだけど、もし、何か気になることがあれば、結婚前に質問を受け付けるよ」
ルーファスはいつになく、上機嫌なようだ。彼と初めて出会った時の不機嫌さとは、正反対であるかのように。
「ねえ。ルーファス。ひとつだけ、聞かせて。私のことが、好きなの?」
ここまで来るまでに、そうでなければおかしいと思う出来事は、数え切れないほどにあった。
とんでもない手間を掛けてアシエード王国を滅亡から救ったこともそうだし、彼は姿を変えてまでも、誤解をしていたサブリナの傍に居てくれたのだから。
それでも、この事は、ずっと聞きたかったことだ。ルーファスの口から答えが聞きたかった。
あれが過去の誰かでもなく、ただ助けてくれようとした彼の嘘が、そのまま信じていた事だったとしても。
「……じゃあ。俺もひとつだけ聞きたい。一目惚れって、信じる?」
「一目惚れって、本当?」
質問に質問で返されたサブリナも、彼があの時に自分に一目惚れしたと言いたいのだろうと理解した。
「……あの時にサブリナが居なければ、すぐに帰っていた。話してみたら、外見通りの可愛い人で、離れがたくなった」
ルーファスはゆっくりとサブリナへと近づき、彼女の顎を持った。
「ルーファス。好きよ。私のお願いを、聞いてくれて……本当に、ありがとう」
「僕もサブリナしか見えてなかった。というか、初めての時から、今までずっと……」
Fin
お読み頂きありがとうございました。
もし良かったら、最後に評価していただけましたら嬉しいです。
また、別の作品でもお会いできたら幸いです。
待鳥園子




