U-76号、出撃!
本作品は、筆者の処女作となっています。最大限、良いものを提供出来るよう努めておりますが、読み辛い点、分からない点等ございましたら、ご気軽にレビュー等でお知らせ下さい。
また、本作品は潜水艦が舞台という特性上、専門用語が用いられる場面が多くあります。出来る限り理解いただけるよう描写いたしますが、それでも分からない場合も、お知らせ頂ければ幸いです。それでは、新兵リーゼちゃんと潜水艦、U-76号の哨戒任務をお楽しみください。
…。
……。
………。
何時間経っただろう。
この海の底に潜って、何時間経っただろう。
静か過ぎてうるさい程の静寂の中、その場を鉛のように重い空気が包み込んでいる。
ただ聞こえるのは呼吸の音だけ。
「…機関、前進最微速。1ノットだ。」
「機関前進最微速。」
艦長の発した声は極めて小さな声だったが、その声は艦内中に響いた。
機関長の復唱の後、少しして電動機の回転音が鳴り始めた。
それに合わせて速度計の針はその盤上を滑り、「1」を指す。
艦長は神妙な表情で、聴音手の方を見つめている。
ヘッドホンを付けた少女はせわしなく腕を動かし、ソナーのハンドルを回している。
そしてふと艦長の方を見た。
「右30度、駆逐艦です。 …近づいてる。」
その一言に、場の乗組員達全員が固まった。
肺が浅くなり、今にも酸欠になりそうだった。
額に脂汗がにじみ、雫となって伝う。
誰も見えない。
聞こえない。
聞こえるのはヘッドホンを付けた彼女だけ。
だが、その彼女も外を見ることは出来ない。
だが、この場の全員が確信できる事が、ただ1つだけあった。
頭上に、"いる"。
私達に気付いているかは分からない。
弄んでいるのかもしれない。
だが、確実に"いる"。
ピーン。
静寂は、一瞬にして破られ、その音は艦内の空気を一瞬にして絶望へと塗り替えた。
「…」
誰かが固唾を飲み込む音が聞こえた。
この音を知らない者は居ない。
全員の呼吸が浅くなる。
ピーン。
先任兵曹が苦虫を噛み潰したような様子で呟く。
「…アクティブソナーだ。…クソッタレ共が。」
ヘッドホンの少女が小さな声で言う。
「右45度、駆逐艦、速力を増して接近中。」
この場にいる新兵である私は、唇の震えを抑えるので精一杯だった。
ピーン。
探されている。
その音の間隔が、短くなっていた。
ピーン。
―いや、探されているでは無い。
"見つかっている"。
ピーン。
誰もが、石のようになっていた。
―まだ、終わらないんだ。
どうして…どうしてこうなった?
5月12日、早朝。
新たに配属された新兵である私は、初めての任務に、心躍らせていた―。
「ヨォ、新入り。顔が固いぞ?」
「えっ、いえ、そ…そんなことありません!」
突然肩を叩かれて、思わず声が裏返ってしまった。
話しかけて来たのは、この艦の兵曹長、ハンナさんだ。潰れたクラッシュキャップをいつも被ってる、面倒見の良い人だ。
溶接の音やクレーンの音が響くバンカー内で、作業する私達をまとめ上げる。それ故、良く通る声で、普段からちょっと声が大きい。
「そんなに緊張する事ないさ、新兵は、言われた事だけやってれば良い。分からなきゃ私が教えたげよう」
「あ、ありがとうございます」
兵曹長はそう言うとニカッと笑って見せた。
カツ、カツ、カツ。
すると、白の軍帽を被ったポニーテールの女性が、制服姿でバンカー内を歩いてくる。
「3列横隊集まれ!」
私達は甲板に並び、艦長が前に立ち、私達を見下ろした。
「諸君。」
「…準備は済んだか?」
「はい!大尉殿!」
艦長の声は低めで、落ち着いている。それなのにこの人もまた通る声。潜水艦乗りの人は声が通る人が多いのかな?
「…総員配置に付け!」
私達は一斉に持ち場に行く。私の持ち場は艦橋での見張員。
その内に艦の後方からドロドロと、ディーゼル機関の音が響き始め、艦はゆっくりとバンカーから滑り出た。
外に出ると軍楽隊が出撃に際して、音楽を奏でてくれている。岸には友達や同僚、家族等が見送りに来てくれていた。華やかなムードに、私も楽しくなってきた。
「すごい見送りですね!」
「あぁ、船乗りは出港したら長い間戻らないからな!」
「もしかしたら、これが最後かもしれないしな。」
その言葉に、私は思わず息を呑んだ。
私の住む国、ヴァルケン帝国は、もう2年半も戦争をしている。最初は皆、すぐに終わるものと思っていたけど、結局泥沼化し、終わりの見えない戦いになった。
私の乗る潜水艦は、最新鋭の兵器で、開戦当初から通商破壊に、緒戦での軍艦撃沈等、赫々たる戦果を重ね、「海の暗殺者」として喧伝され、潜水艦の艦長達は、英雄となった。
しかし、その内に対潜技術が発達し、今では、潜水艦乗組員の内、7割は、還らない。
「まあ、その分帰れば英雄だ!女も男も選びホーダイさ!ハハハ」
「あはは…」
正直、何のフォローにもなっていない。私達がこの7割に回るのか、3割に留まるのかは、誰にも分からないのだから。
帝暦572年、5月12日。
第4潜水戦隊所属、潜水艦「U-76」は、
私達を乗せて、ブレトン軍港を、絢爛たる送別の中出撃した。
――出航して数時間。
艦は穏やかな凪の海を滑るように進んでいた。
私はひたすらに双眼鏡から水平線を眺める仕事に、早くも、退屈を感じていた。
「先輩」
「ん?」
この人は私の先輩、アリオさん。色んなしょーもない事からまあまあ大事な事を教えてくれる人だ。
「…哨戒直って、ホントに水平線見るだけなんですか?」
「そうだよ?」
「退屈じゃないですか?」
「そりゃー退屈だよ。私は何か考え事して暇潰すけど」
「何考えてるんです?」
「うーん…エロい事?」
「もっとマシな事考えれないんですか!」
「そんくらい気楽にいた方が良いのだ」
なんつー人だこの人。
他愛のない話をしていると、ふと足元から音がする。
見ると、ハッチから白の軍帽がひょっこり顔を出し、もぞもぞと上がってきた。
首からは双眼鏡を下げており、どうやら下も暇で気分転換に来たらしい。
艦長は艦橋に立つと、私の横に寄っかかった。
「お前は…なんと言ったか、リーゼ、だったか?」
「はい、リーゼ二等水兵です!」
「これが初めてだろう?」
「はい。精一杯頑張ります!」
「……歳は?」
「え?」
「ふふ、歳は幾つだ?」
「今年で19歳です。」
「そうか…若いな。」
「この艦の奴らは、皆25にもなってない、年端のいかん奴らだ。」
「…私は老人になった気分だよ。 少女十字軍か。」
「少女…?」
艦長はくるっと私に背を向けて、双眼鏡を覗き始めた。
何か、私の心に暗い影が差した。
私も、双眼鏡を持ち直して、任務に戻った。
「アラァーーム!!!」
「中に入れーッ!」
「えっ、あっ、はい!」
突然、凪の海の静寂を破り、見張り員が叫ぶと、艦は一気に騒がしくなり、私はその流れに何とか乗って、館内へ続くハシゴを滑り降りた。
「ハッチ閉鎖!」
「電動機切り替え!急げ!」
「バラスト注水弁開け!」
次々に艦内に指示が飛び交う。
「手空きは総員艦首へーっ!」
私は司令所に下りるやいなや、艦首へ続くハッチに飛び入り、艦首魚雷発射管室に他の仲間と一緒くたになって転がり込んだ。途中、足を滑らせてしまった膝が、ジンジンと痛む。
艦はみるみる前方へ傾斜し、角度は30度近くにまで傾いた。
その場にいる皆は、不安げに天井を見上げていた。
息切れしながらも、息を殺していた。
私達を乗せた艦は、暗い海の中へと、深く深く、潜って行った。
それが、いつ終わるのか、私は知らない―。




