第046話 先制点の行方
お待たせしました。
週末になり、土曜日は武蔵北対策、というより愛梨さん対策の練習をみっちりやった。
具体的には西出コーチが投げる百二十キロを超える直球をしっかり打つことと、左利きのコーチが投げるスライダー、カーブ、チェンジアップの変化球打ちだった。それぞれをフリーとシートでバッティング練習し、その投手役に骨を折ってくれたコーチ達には頭が上がらない。絶対に骨折り損にはさせないよ!
練習が終わって家に帰ると、隣の家に入っていこうとする祐一を引き止めた。
「祐一、明日のピッチングなんだけど」
「なに、どうしたの?」
「明日は徹底してボール球で攻めるよ!」
「えっ、それって……成り立つの?」
「勿論カウントを取るべきところは取りに行くよ。ただ、今まではカットボール、ツーシームは外から内が基本だったでしょ?」
「そうだね。その為にキャッチングも練習したし……あっ」
「気付いた? 秋の武蔵北との練習試合でも、今大会の今までの試合でも外から内だった。それをあえてストライクからボールになるように投げるんだよ!」
「なるほどね。特に左の強打者、愛梨さんなんかにはインローに外れていくカットボールとか良さそうだ」
「そういうことだよ! 逆に外角ならツーシームで外に逃げていったりね。当然曲げずにストレートでカウントも取れるよ。相手からしたら迷うと思うんだ。見極められるまではそれで打ち取っていけたら理想かな。緩急も使うけど、とりあえずはそういう風にシンプルに攻めよう!」
「わかった。キャッチャーがピッチャーに配球提案されるってのも妙だけど、なんせ紗友だしね」
その納得のされ方はちょっと不服を申し立てたいが、相変わらず飲み込みのいい祐一に免じてそのまま別れた。
日曜日の朝に、いつものグラウンドで左打ちの菜月にバッターボックスに立ってもらって、インコースのカットボールとアウトコースのツーシームを試すことに。祐一に昨日の説明を確認してもらう意味合いが強い。
「これは絶対振っちゃうよっ! それで空振る! コースは良いけど打ち頃の球だと思ったら手元でキュッと曲がるもんねっ」
インコースのカットボールを体験した菜月。続けてアウトコースにツーシームを投げてみる。
「こっちは引っ掛けちゃうねっ! ゾーン一杯から手元で外すって想像以上にえぐいんだねー」
「それを意識させられたら、こんな感じで」
言ってストレートをコーナー一杯に投げる。
「逆にこれまで通り、素直に外から内へ入れてもいいしね」
また自ら言った通りの球を投げる。
それらを全て打席から見た菜月は安堵と驚愕が混じったような表情で言う。
「これだけでも完封できちゃうんじゃないかってくらい凄いねっ! 宣言通りシャットアウトしちゃってよ!」
「任せて! 祐一、どうだった?」
「実際に受けてびっくりしたよ。菜月が言ったように、充分過ぎるくらい通用すると思う。後は俺がどう使うかだね」
祐一も効果の程がわかったみたいだ。わざわざ朝イチで投げた甲斐があったね。その後はチームに合流し、午前の練習が終わった。決勝戦は昼過ぎからだ。少し早めに昼食を済ませて、チームバスで移動する。
球場脇で再度身体を暖めている際に、愛梨さんが来るかなと少し気にかけたけれど来なかった。今日は完全に対決ムードだね。
やがて球場内に入り、ベンチで各自準備を進める。互いのシートノックも滞りなく終了し、試合開始だ。
私達は三塁側ベンチで後攻。どちら側のベンチを使用するかについては、トーナメント表の番号が若い方が一塁側、などと事前に決まっているからだ。プロは後攻のホームチームが一塁側を使う球場が多いけどね。
私はマウンドの足下を丁寧に整えて、祐一のサインを窺う。左の一番打者に対して初球は早速外のツーシーム。一番はこれに食いついてくれて、サードゴロに打ち取った。
「ドンマイドンマイ! 次に活かそうぜ!」
お馴染みの声が聞こえるが、その内容は以前には無かったものだ。今日の愛梨さんは味方に優しいね。これがキャプテンになった証なのかな?
二番にはインハイ一杯のストレートでストライクを取った。次の球は対角線の外へ逃げるカットボールでセカンドゴロ。以前より圧倒的に打てるようになったっていう自信がある分、積極的に打ちにくるからこちらの術中に嵌っているのだ。
次に迎えるは三番。相変わらず四番を務める愛梨さんの前で、しっかり打線を分断したいね。インローから外れていく誘い球のツーシームを投げるも見逃される。ワンボールだが想定内。二球目はストレートをインローにズバッと決めて見逃しのストライク。この組み立てだとちょっと捻って……分かってるね、祐一!
私達が選択したのは縦のカーブ。二球目より高低もコースもやや甘いところからボールに落としていく。バッターはあえなく空振り。続く三球目は審判次第で判定が変わりそうなアウトローの際どいコースにストレートを投げ込み、見逃したバッターにストライクアウトのコール。そこをストライクに取ってくれると幅が広がるね!
こういうケースでは祐一がピシッと微動だにせずキャッチングしてくれるのがありがたい。私も神経を使って構えられたミットにしっかり投げているし、相乗効果でストライクになりやすい。下手に捕球後にミットを動かすと印象が良くないしね。
私はよし、と右の拳を握りしめてマウンドを後にする。初回の攻撃からなんとしても攻略の糸口を見つけたい。
先頭の瑞季ちゃんは、初球のストレートをしっかり当てたが、コースの良さもあって三塁線側へ切れるファウルとなる。だが次のボールになるカーブをしっかりと見極めた。ツーシームでカウントを稼がれてから高目の釣り球を冷静に見送り、ツーボールツーストライク。
私はスライダーが来るだろうと思い、ベンチからじっくり観察する。瑞季ちゃんも当然スライダーを意識しているだろう。だが投じられたのは、これまた以前より磨きが掛かったチェンジアップだった。ストレートの球速が速いだけに、タイミングを大きく外されて三振に倒れる。あの鋭い腕の振りならば、瞬間的に速いボールだと判断してしまう。リリースされてから気付いてもカットすら厳しいのではないかというレベルだ。
肩を落として帰ってくる瑞季ちゃんを励ます。
「今のは仕方ないよ! 二巡目期待してるね!」
「は、はいっ!」
二番は初球、意表を突いてセーフティバントを仕掛けたが、ストレートの球威に負けて小フライに。バントの構えを見てチャージしてきたサードがこれを捕球してツーアウト。菜月、なんとか出塁して!
愛梨さんがテンポ良く初球を投じると、アウトコースのストレートを菜月がこれ以上ない見事なタイミングでスイングし、この試合初めての快音がグラウンドに響いた。打球はセンター方向へぐんぐん伸びていく。必死で目を切って背走するセンターどころかリトル仕様のフェンスまでも超えて、なんと先制のソロホームランになった。
「やったっ!」
既に二塁手前まで走っていた菜月が、歓喜の声を上げると同時にペースを落として残りの半周を回る。
一、二番への配球から完全にストレート一本に絞ってたね。愛梨さんから得点するという大仕事をたった一人で果たしてくれたよ!
ネクストバッターズサークルから出て待っていた私は、ベンチへ戻る途中の、満面の笑みの菜月と高らかにハイタッチを交わす。
「ナイスバッティング! 今のは菜月にしか出来ないよ!」
「まさかホームランになるとは思わなかったけどねっ!」
「狙ってたくせに謙遜しないの! とっても大きな一点だよ!」
「紗友にはお見通しかー。後は頼んだよっ!」
菜月がベンチに戻っていき、私がマウンドに目をやると愛梨さんは大きな動作で深呼吸をしていた。それを終えると、まるで何事もなかったかのような表情になる。うーん、崩れてはくれないかな。
ランナーこそいないものの、一点入った上に私に回ってきた。私もなんとか結果を出そう!
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