第45話 新素材
心地良し。
ふわふわと浮いているようだ。
暖かな日差しを受けながら、まどろんでいる。そんな感覚だ。
『どう? 楽しいでしょ。これからもいっぱい楽しんでね!』
少年のような声が頭に響く。
「……うっ……」
「ラオ君!」「ラオッ!」「ラオ様」「ラオ様おはようございます」
わしのことを覗き込んでいる見知った顔。
その顔を見てわしは安心した。
「……どれくらい寝ていた?」
「数分だよ。あの魔物を倒したらラオ君が倒れて……覚えてる?」
「ああ、覚えておる」
体の調子を確かめながら頭を上げる。
肉体の痛みはほとんど残っていない、どうやら治癒を受けたようだ。
アンジーの膝枕で眠っていたとその時気がついた。
「なんだか済まないなアンジー」
「いえ、ラオ様のお側にいるのは私の存在意義ですから」
「もう、大丈夫って言ったのに……でも治癒をきちんとかけるには仕方なかったから……」
「ミカエラもありがとう、おかげで体も調子いい」
「そ、そう? あんまり一人で無茶しないでよね! ……心配するじゃない……」
「とりあえず、獲物はどういたしますか?」
キースが目の前の巨大な猪を指差す、外界での始めての獲物、いろいろと知るためにも調べないといけない。
「とりあえず、解体するか?」
「わかった、ラオ君は休んでてよ、僕たちでやっちゃうから」
「そうよ、ゆっくりしてなさい。アンジーも頼んだわよ」
「はいミカエラ様」
結局わしは見学しているだけでよかった。
ガルア達は見事な手際で猪の解体を進めていく。
内部をぐちゃぐちゃに破壊したつもりだったんだが、とんでもない再生能力である程度の形態が戻っていた。
「でっか!! 凄いわよラオ! 魔石、魔石!」
確かに、今までの魔物討伐でも見たことが無い魔石が存在した。
「ふーむ、我々の知る魔石とは、根本から違いそうですね……」
キースが興味深そうに魔石を眺めている。
わしも一緒になって魔石の分析、鑑定に参加する。
結局猪から得られた素材は、もちろん未知の素材だが、我々がいた世界とは根底から異なる物であろうと仮の結論が出た。
ダンジョンの深部に出る神獣、魔獣、幻獣の類の超越存在に近いような……そんな奴らがごロゴロしているのが外界ということがわかった。
ぞくっとした。
「久方ぶりの武者震いじゃ……」
「ラオ君らしいね。でも、あの骨使って防具作りたいな……」
「魔石魔石! あれ使えば全く新しい理論の魔法が構築できるわ!」
「さすがミカエラ様、今からワクワクしますね」
「あの毛皮も凄いですよ。うまく使えばかなりの防御力が……」
皆なんだかんだ言って新しい世界に夢中になっている。
「しかし、とりあえず直近の問題として、今の施設ではアレ級の魔物にはなんの役にもたたないな」
「ラオ様、今回の魔石を使わせてもらってもいいですか?」
「アンジー、なんとかできるか?」
「ちょっと考えていることがあります。ミカエラ様、キース様少しよろしいですか?」
「よし、それでは三人で拠点を守る術を探ってくれ。
ワシとガルアはこいつの素材でいろいろと試してみる」
未知の素材での研究は心躍る。
結局その後敵襲もなくそれぞれ研究に没頭できたのは幸せだった。
半日もするとアンジー達は結果を出してきた。
「それでは展開しますね」
拠点の真ん中に置かれた魔道具を展開すると、多重かつ立体魔法陣が展開する。
「ほう……これは凄い……」
以前の魔石では決して出来ない複雑な術式、新魔石はその複雑な魔法陣をいとも簡単に構築し、維持していく。
巨大なドーム状の障壁が拠点を包み込む。
「生体認証可能な障壁です。あの魔物が100匹全力で突撃しても破れません」
「既存の方法と、完全な新理論を組み合わせて構築しました!」
「物理だろうが魔力だろうが、天候の遮断も含めて様々に応用できるわよ!」
「これで拠点問題は解決じゃな、儂らもいくつか試作品は作ってみたが……」
「どうやら魔石の力不足でね、またココの魔石を手に入れないと行けない」
「少しだけ残っているんだけど、お願い、私の杖に使わせて!」
「ふむ、それでは、次の戦いでは期待しておるぞ!」
「ええ、任せておいて! ラオ、細かな作業を手伝って頂戴!」
それからミカエラの杖を強化した。猪の骨と魔石を組み合わせると、素晴らしい逸品が出来上がった。
「凄い……これなら、アイツだって……」
「よし、それでは周囲の探索を再開しよう」
再び周囲の探索を開始する。
すると、まるで何かのフラグでも立ったかのように、周囲に魔物が散在していた。
「しかし、あの猪さえこの草原の最下層生物なんじゃな……ふむ、心躍るわい」
「とりあえず、一度倒したことのある猪を、出来れば単機で引っ張ってこれれば一番いいのですが」
「だったらアイツを呼ぼうか」
「そうじゃな、皆準備はいいか?」
「ええ! 見てなさいよ、さっきみたいには行かないんだから!」
ガルアは一匹の猪に狙いを定める。
巨大な牙で周囲の土をほじくり返して転がり回るさまは、まるで竜巻か何かの災害のようじゃ……
「それじゃあ、ヘイトスマーッシュ!」
盾から発した衝撃波が、まるで平手打ちのように猪の顔面を叩きつける。
大したダメージは無いじゃろうが、アレは……怒るよな……
案の定、ガルアめがけて猪がまっすぐと突っ込んでくる。
ガルアはまっすぐとその猪を引き連れて戻ってくる。
「よくやったわガルア! いくわよー!」
今まで見たことのない魔法陣で組まれた術式、パズルのように美しくそれらが組み上がる。
「喰らいなさい! ライフバーストストリーム!!」
巨大な光の束が猪を捉える。
「今よ! 攻撃して!」
どうやらその光線自体にあまり攻撃力はないらしい、猪は勢いを維持したままこちらに突っ込んでくる。
「アースシェイカー!」
「合わせます。ブレイクグラウンド!」
「ワシも続く! スパイクウォール!」
キースが地面を激しく揺らし、アンジーが大地を割り、ワシが作ったトゲが猪の皮膚を切り裂いていく。この程度、奴の再生能力の前ではすぐに……
「グギャーーーーー!!」
激しい雄叫びを上げて猪が苦しんでいる。
皮膚を治すはずの肉芽が無作為に広がって周囲に血肉を巻き散らかしている。
「回復力を逆手に取ってやったわ! ガルア! でかいのお見舞いして!」
強靭な皮膚もグズグズとした肉芽に変化している。
「大切斬!」
ガルアが振りかぶり巨大な斬撃でその首を断ち切る!
分厚い脂肪を通さなかった強靭な防御力は、ミカエラの魔法によって完全に失われていた。
巨大な素っ首を地面に晒し、大量の血液がその首から吹き出すのであった。




