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第49話 龍襲(後編)

「何故、貴様が生きている……貴様は、あの時、確かに」

「私が殺した筈、か? まるで三流ミステリードラマでも見ているかのような、陳腐で退屈な言い回しだ。もう少しボキャブラリーを豊かにしたまえ、ケルケイム君」


 セイファートを介して、自分まるでついていけない会話を繰り広げるケルケイムとジェルミ。

 瞬は、ただ困惑しながら傍聴を続けるしかなかった。

 もはやどちらも、自分に、そして戦闘の真っ直中であるという現状に、まったく目を向けていないからだ。

 二人は、胸の内に宿す心情は異なれど、互いの存在以外が目に入っていない。

 疑問を投げかけたところで、おそらくまともな返答が寄越されることはないだろう。

 連奈も、ジェルミから発せられる狂気を察知してか、オルトクラウドの動きを止めたままだ。


「答えは至って単純だ。キミが生きているのなら、ワタシも生きているさ。片時たりとも、キミを喜ばせるようなことはしたくないというのに、永遠の安息など、誰が」

「貴様は……!」

「しかし、その逆については一抹の不安を抱いていたよ。本当に良かった、生きていてくれて。しかもこうして、対オーゼスを謳う一大計画の陣頭に立ってくれるなど、感謝感激の極みだ」


 ジェルミは、操縦桿から手を離し、優雅な手つきで拍手まで鳴らす。

 対するケルケイムは、そのような悦喜の様を無視するかのように、俯きながら言葉を紡いだ。


「ラニアケアに井原崎を護送してきたのも、貴様だったのか」

「無論だ。ヴァルクスの司令官となったキミを、直に一目、見ておきたくてな。何でも一人で抱え込むキミのことだ、出迎えなどという危険な真似は、必ず買って出ると思っていた」

「世界各地の都市や軍事施設に、都合十三度の侵略を行ったのも、貴様か」

「そうとも。ガンマドラコニスも、この強化形態ガンマドラコニスバイゴーンも、ワタシが操縦者を務めている」


 一つ一つ、事実を確かめるように、ケルケイムが問い、ジェルミが答える。

 そして、言質を取るごとに、ケルケイムの声色からは怯えと恐れが薄らいでいく。

 その度に、場の空気が張り詰めていく。

 数拍の間を置いて、ケルケイムは、もう一つだけ問いを投げた。

 それが恐らく最後の問いになるであろうことは、ケルケイムの全身から漏れる、溢れかえらんばかりのどす黒い空気が物語っていた。


「では、去年の五月十三日、ガンマドラコニス二度目の出撃において、地球統一連合軍オーストラリア基地を攻撃したのも……」

「何度も言わせないでくれたまえ。全てワタシの仕業だよ……ガンマドラコニスによって成された破壊は」

「……そうか、貴様が」


 呟きながら、ケルケイムは頭を起こす。

 その表情は、先程までの恐れと怯えに塗れたものとは一変していた。

 瞳が、眉間が、口元が、その全てが悪鬼羅刹の如く持ち上がり、もはや底無しの憎悪を隠そうともしない。

 普段からオーゼス憎しを口にしていたケルケイムだったが、こうしてはっきりと激情を露わにすのは、見たことがない。

 司令官としての体裁を取り払い、個人としての感情を剥き出しにしたその姿に、瞬は思わず息を呑んだ。


「貴様が奪ったのか……! あの基地に勤めていた両親と、仲間の命を!」

「悲しいな。ワタシが存命であることをキミに報せる意図で、ああまで徹底的に古巣を焼き尽くしたというのに。聡明なキミなら気が付くと思ったのだがね、りゅう座γ星ガンマドラコニスがエルタニンの別名を持つことを。それとも、もはやワタシの事など考えたくもなかったかな?」

「自分の存在を誇示するためだけの、その機体だったのか……! 貴様は、どこまで!」

「だけというのは語弊があるが、九十五パーセントはそうだ。それに、軍人である以上、死の可能性は市民より遙かに高い確率で付きまとうものだ。末端の兵士であろうと、総司令部勤めの幕僚であろうとな。理不尽な目に遭ったかのような言い草はやめたまえ」


 諭すように、ジェルミが囁く。

 だがその表情に浮かぶのは依然として穏やかな笑みだ。

 自らの所業が如何に凄惨極まりないものであったかなど、意にも介していない。

 望みのままに全てをないがしろにする、その救いがたい生き様は、他のオーゼスパイロット達とまるで同じだ。


「もっとも、攻撃するにあたって、ワタシは何の勧告もしなかったがね」

「ジェルミ・アバーテ……貴様だけは、許してはおけない。私から全てを奪った、貴様だけは!」

「全て? 何を言っているんだ、ケルケイム君。キミにはまだまだ大事なモノが残ってるじゃないか。キミにとって唯一の願望である、オーゼスの壊滅……それを成し遂げるために、キミが必死になって完成に漕ぎ着けた希望の剣が、少なくとも三本」


 そこでようやく、ジェルミの視線が瞬の方を向いた。

 物でも見るように機械的でいて、確かに雀躍の感情が乗せられた、不気味な瞳。

 例えるなら、誰かが不意に落とした財布に対するそれだ。

 なるほど、この男は、ケルケイムと近しい者達を鏖殺したときも、その程度の感覚で――――


「誇りたまえ、ケルケイム君。キミはまだこんなにも、奪い甲斐のあるモノを抱えている。そして礼を言おう、ケルケイム君。あれだけ刮げ取っても尚、キミはまだこんなにも、私に奪わせてくれる。キミは素晴らしい人間だ、実に素晴らしい人間だ。ありがとう、ありがとう……!」

「……司令、オレ達に命令をくれよ。とっととあいつをやれってな」


 自己陶酔するジェルミを脇目に、瞬はそう言った。

 なにも言われずとも動き出したいのは山々だったが、ここは、戦う力を持たないケルケイムの怒りを背負って戦わなければならない場面だ。


「今日だけはおとなしく従ってあげるわ。害虫退治は、みんなで協力してさっさと終わらせた方が精神衛生上いいもの」


 そう言いながら、連奈は僅かに前傾姿勢となる。

 普段以上に集中する腹づもりのようだ。

 この戦闘だけは、自分も連奈も、己のためでもなければ、市民のためでもない――――ケルケイムの無念を晴らす代理人として、剣を振るい、火砲を放つ。

 そう決意できるほど、ジェルミ・アバーテという男の狂的な偏執性は、初めて相対する自分達でも危険とわかる。


「すまない、頼む……!」


 こちらの意志が伝わったのか、ケルケイムは瞳を僅かに潤ませながら、そして声を張り上げる。


「セイファート及びオルトクラウドの両機は、速やかにガンマドラコニスBを撃破せよ! 攻撃手段と操縦者の生死は一切問わない、鹵獲も不要だ。持てる力の全てを開放し、確実に破壊しろ!」

「そう言ってくれるのを待ってたぜ……!」

「了解したわ、ケルケイム司令。今すぐに、あなたの望みを叶えてあげる」


 けして十全とは言えないコンディションだというのに、しかし力が漲るという矛盾。

 そんな瞬に、ケルケイムは目だけで感謝の念を伝えると、臆せずジェルミに向き合った。


「……これが私の答えだ、奪略者ジェルミ・アバーテ。散っていった者達の為にも、貴様はここで、消えてくれ」

「またワタシを殺そうというのか……いいだろう、受けて立とうではないか。キミがどれだけ死力を尽くそうともワタシには勝てないということを、理解して貰わねばな」

「はぁ、受ける? 受けるだって?」


 ジェルミが悠々とした手つきでフェイスウィンドウを閉じた時、既にセイファートはガンマドラコニスBの頭上に、オルトクラウドはゾディアックキャノン以外の全砲門を展開し、発射準備を終えていた。

 長い会話が間に挟まってしまったが、作戦に変更はない。

 開幕速攻、奇襲即滅――――戦いを戦いとして成立させることすら、想定の外。


「ほう……?」

「その前に!」

「終わらせてあげる……!」


 直後、禍々しい光の大波が、ほぼ真正面からガンマドラコニスBに押し寄せる。

 4連自己鍛造弾、半自動迎撃レーザー砲、複合弾ガトリング砲、胸部収束プラズマ砲、40連装マイクロミサイル、バリオンバスター。

 解き放たれた、多種多様の銃撃が混ざり合う超過剰火力の弾幕は、まさに波状。

 前方百八十度の空間は、数百メートル先まで爆ぜる地獄へと一変、その濃密さの前では回避行動など無意味、潜り抜けられるだけの間隙が存在しない。

 虎の子であるゾディアックキャノンを抜きにしても、メテオメイルを容易く消滅させられる破壊の力がオルトクラウドには備わっているのだ。

 当然ながら、ガンマドラコニスBはその巨体に見合った機動性しかなく、防御態勢を取ることすらできずに一斉射撃の餌食となった。


「――――さよなら、粘着ストーカーおじさま。しつこいアプローチで愛は買えないのよ」


 海面が裂け、荒波がうねり、広範囲に渡って蒸気が立ちこめる。

 舞い上がった飛沫の雨に打たれるオルトクラウドの中で、連奈は勝利を確信しているようだった。

 しかし、真上から戦場を俯瞰していた瞬だからこそ、戦闘終了には程遠いと断言できる。

 オルトクラウドの弾幕が命中する直前、ガンマドラコニスBは妖しい赤色の光を身に纏っていたのだ。


「守護障壁“ラードーン”……中々の防御性能のようだ」


 薄らぐ蒸気の中から姿を現したガンマドラコニスB。

 その巨体は、赤く輝く粒子によって構成された、球状の障壁に包まれていた。

 相当な斥力が発生しているのか、十数メートルほど下方の海面も、直接接触しているわけでもないにも関わらず、深く窪んでいる。

 攻撃が弾かれるどころか、近寄ることすら危ういというわけだ。


「もう一段階の、バリアだと……?」


 瞬は、少しガンマドラコニスBから距離を取りつつ、ラードーンと命名されているらしい光の障壁を見遣る。


『なるほど。標準搭載されているレイ・ヴェールは、既存兵器に対しては十分な防御効果を発揮するけど、メテオメイル同士の戦闘ではあまり効果があるとはいえなくなっているからね……あれは、本格的に身を守るための兵装というわけだ』


 セリアが、そう推測する。

 たしかに、常時展開されているレイ・ヴェールは、空気抵抗や機体重量の軽減、それに粉塵や破片の流入を阻止するために機能しているようなものだ。

 連合が一年近くオーゼスに手も足も出なかった過去から、攻撃に対する防御機構という認識を持ってしまっていたが、最近の戦闘を考えれば、あの程度の保護効果は心許ない。


「あら、存外にしぶといのね」


 想定外の事態にも、連奈はまるで動じていない。

 瞬の思考も、すぐさま対応策を練る方向に向かい、気後れとは無縁だ。

 不安を抱くだけの時間が如何に無駄であるかは、散々体に叩き込まれて知っている。

 すぐさま、瞬は操縦桿のスイッチを押し込んで、セイファートの大型バルカンを放った。


「なら!」

「そんな豆鉄砲が、効くとでも?」


 一度は消失した赤い粒子がガンマドラコニスの頭上に集中。

 再度障壁を生み出し、数百発の弾丸を弾ききる。

 全くのノーダメージ――――だが、これで判明する事実もある。


「基本的には自動で発動するタイプか、一つ勉強になったぜ」

「それを確かめる為の攻撃というわけか」

「あんたが余裕ぶっこいてる間じゃねえと検証できねえからな。さて、となると……」

「必要ないでしょ、小細工なんて」


 連奈がそう言ってのけると、オルトクラウドを中心に、高エネルギー反応が観測される。

 もう一度、火力斉射を仕掛ける気のようだ。

 それも一つの正解ではある。

 オルトクラウドの攻撃を防いだ防御力は驚嘆に値するが、それは同時に、相応の莫大なエネルギーを消費しているとも言い換えられる。

 超常的な精神力の変換効率を持つ連奈なら、何度防がれても、最終的に押し勝てる可能性は高い。


「いやはや、セイファートだけではなくオルトクラウドの操縦者まで年端もいかない子供と知って、最初は拍子抜けしたものだが……中々に戦い慣れているようだ。迷いが見当たらない」

「おかげさまでな……!」

「そうなるだけの理由があなたにあるということよ」

「ならばこちらも本気でお相手をさせて貰おう。頭部荷電粒子砲ラスタバン並びに装鎧刺突弾頭バテンタバン、全弾発射用意……!」


 まるで第三者を指揮するかのようなジェルミの号令が飛ぶ。

 直後、ガンマドラコニスBの五頭全てが口部にプラズマを収束させた。

 オルトクラウドのエネルギーチャージが完了したのは、ほぼ同じタイミングだ。

 今度はゾディアックキャノンも含めた正真正銘の全力、更に全砲門の発射方向を内側へ寄せ、一点突破を計ろうとしている。


「まずは少女よ……キミの大事なモノを奪わせて貰おうか! ワタシの狂暴なる竜頭に貫き破られ、噎び泣くがいい!」

「変態は、死んでどうぞ」


 連奈の冷ややかな一声を皮切りに、二機から放たれた暴虐の光が真っ向から激突する。

 オルトクラウド、そして強化されたガンマドラコニスBは、各陣営にとって現時点での最強火力。

 それらの衝突が引き起こす未曾有のエネルギー飽和によって、空間が轟き、青白く染まる。

 正面からは、事実上のゾディアックキャノン対ラスタバン――――圧縮光子と収束プラズマが激しい余波を伴って、互いをねじ伏せんと押し合う。

 弾けて左右に拡散する光の奔流を受けるだけでも、並大抵の機体は跡形もなく消滅するだろう。

 威力だけなら、光条の太さを見てもオルトクラウドの方が上回っている。

 だがジェルミもまた、相当な変換効率の高さを持つのか、徐々に押し込まれながらも食い下がっていた。

 そして、勝負は純粋な真っ向からのぶつかり合いだけには留まらない。


「時間的な猶予が存在するというのなら、勝機はある」

「どうかしら」

「あるのだよ、これが」


 ガンマドラコニスBから放たれた、十数発の巨大ニードルガンが、左右から回り込むようにしてオルトクラウドを襲う。

 その尾部からは、薄煙の噴射が見られる。

 これまでは直線上にしか射出できないと思われていたが、巨大化による内部スペースの増大によって、軌道をある程度操作できる機能を得たようだった。

 誘導したところで命中する見込みのないセイファート相手には隠し通し、ここぞというタイミングで使ってきたのだ。

 オルトクラウドの体勢を崩すことができれば、押し勝つことも不可能ではない。

 させるものかと、オルトクラウドもまた、多量のマイクロミサイルを発射し、迎撃にあたった。

 しかし、安心するには程遠かった。

 現状、全てを撃ち落とせてはいるが、一発を撃ち落とすために消費する弾薬が傍目に見ても多すぎる。

 いずれ突破されることは明らかだった。

 正確に狙いをつけることができれば、互いの弾幕は拮抗していただろう。

 だが、ニードルガンは必要以上に大回りして真横から飛来してくるため、ゾディアックキャノンの照射に集中する連奈には、発射角を調整する余裕がないのだ。


「こいつ、やるな……!」


 瞬はその光景を見ながら、忌々しくも感心する。

 ジェルミは新生したガンマドラコニスBを、運用方法も全く変わっているであろうに、見事使いこなしている。

 及ばない部分は及ばないと割り切った上で、次善の策で突破を狙ってくる。

 やはりこのジェルミも、スラッシュや霧島のように、パイロットとしての才覚も持ち合わせている側のようだ。

 そして乱入しようにも、まだガンマドラコニスBが展開するラードーンなる自動展開バリアの子細が不明瞭だ。

 斥力の発生範囲を見るに、下手に突撃すれば武装どころか、機体そのものが弾かれる可能性がある。

 今も尚、バルカン砲やウインドスラッシャーで上空から攻撃しているが、ラードーンを展開する様子はなく、レイ・ヴェールでの威力半減にのみ頼っている。

 その点もまた、絶妙な判断だった。


「くそ、手動に切り替えやがったなあいつ……。これじゃあ、発生させるのを惜しんでるだけか、そう見せかけて誘ってるのかわからねえ」


 連奈と撃ち合っている最中なのだから展開はない――――そう思いたいが、局所的な展開を見てしまったがために生じる疑問。

 多量の可能性を提示して、相手が処理すべき情報量を増やすこともまた立派な妨害。

 スラッシュがそうも言っていたのを瞬は思い出す。

 今がちょうど、その術中というわけだ。

 瞬の判断力も上がっているが、ジェルミは更に上手だった。


『瞬、ここはオルトクラウドの援護に回れ……! 危険を冒す必要はない!』

「了解だ……」


 先程から一点に留まり続けていたために、自分が手をこまねいていることを察したのだろう、ケルケイムからの指示が飛ぶ。

 その選択肢がすっぽりと抜け落ちていたことに、瞬は今更ながらに気付き、片側だけでもニードルガン迎撃を手助けするべく、降下する。

 だが、動き出すのが一瞬遅かった。

 ジェルミの笑声が、コクピットの中を反響する。


「正しい判断も、実行できなければ大きな誤りだ。己の失態を悔やむといい、遅緩なる少年よ」


 コンマ数秒の後、弾幕を抜けてきた二発の巨大な鏃が、それぞれオルトクラウドに両側面から突き刺さる。

 一発は右脚部を、もう一発は左腕を。


「この私が、被弾だなんて……!」


 脚部バーニアスラスターの一基が破損したことで、オルトクラウドの巨体が右方に大きく傾く。

 自然、ゾディアックキャノンの射線もずれ、拮抗するものがなくなった五条のプラズマキャノンがオルトクラウドに向かう。

 セイファートが役に立てたことがあるとすれば、回避する余裕のなかったオルトクラウドを、その場から救い出したことだろう。


「……礼は言わないわよ」

「いらねえよ。言われるなら、もう一つ前の段階でだった」

「あと五秒あれば、ゾディアックキャノンをねじ込めたのに……!」


 それほどまでに、あと一歩の所までゾディアックキャノンの圧縮光子放射はガンマドラコニスBの元まで迫っていた。

 敗北の寸前に追い込まれて尚、最後の最後まで方針を変えなかったジェルミの度胸もまた、並大抵ではない。


「そして大きな誤りも、張り巡らせた疑念で覆いきれば正しい判断となる。……少年、キミは些か利口になりすぎたな。このガンマドラコニスBといえど、最大出力での砲撃とラードーンを並行して使える余力はない」

「ちっ、やっぱり展開できなかったんじゃねえかよ!」

「グレゴール君や十輪寺君に為すがままにされていた頃の愚鈍なキミなら、ワタシを倒せていたというのにな。皮肉な事だ」


 間髪入れず、ガンマドラコニスBの追撃がセイファートと、それに支えられるオルトクラウドを狙う。

 今度はニードルガンだけではなく、発射機構を備えた装甲の隙間から、無数の鉛の礫までもが発射された。

 従来のガンマドラコニスBには搭載されていなかったか、或いは一度も使用した試しのない、全くの初見となる武装だ。

 それらは二、三十センチほどの小粒で、ジェミニソードで切り落とすことは極めて困難。

 以前に、小さなダメージの蓄積で装甲を削り取ることを目的として撒かれているのだ。

 その内数発を破壊したところで、防ぎ切るには程遠い。


「こんな、もの……!」


 幾つかの武装を強制排除パージすることで強引にバランスを取ったオルトクラウドは、セイファートを押しのけるようにして、残る火砲で弾幕を張る。

 だがゾディアックキャノンのチャージだけは間に合わず、向かってくる攻撃の半分は被弾する。


「連奈!」

「これ以上面倒を見てもらう必要はないわ! 行って!」

「わかった……!」


 瞬はばら撒かれる銃弾の雨をかいくぐりながら、セイファートをガンマドラコニスBに近づける。

 しかし、ジェミニソードを振りかぶったと同時に、粒子障壁がセイファートの目前に出現。

 凄まじい反発力でセイファートを容易く吹き飛ばした。

 特殊加工によってレーザー等に強い撥性を持つジェミニソードが、斥力場に滑り込む手応えはあったが、肝心のセイファートが潜り込めないのだから意味がない。


「くそっ、セイファートじゃ手も足も出ねえってのかよ!」

「無力とは悲しいものだな。キミから奪えるものは命ぐらいしかない」

「だけど、まだまだやれる!」

「待ちたまえ……今日の所は、このあたりにしておこうじゃないか」


 不意に、思ってもみない言葉がジェルミから投げかけられる。

 瞬は気を抜かず、再びジェミニソードを構えながら、怪しい動きがないかを警戒した。

 だが、ガンマドラコニスBは全くの不動だ。


「休戦だと……!?」

「どうしても続行したいというのならそれでも構わないが、どう贔屓目に見ても劣勢なのはキミ達だ。悪くはない提案だと思うのだがね」

「見ても、でしょ。実際はどうかしら……あなたの方も余裕がないからこそ、そういう台詞が出てくるのではないかしら」

「ワタシは、ケルケイム君とは違って嘘と隠し事が嫌いでね。戦えると言ったら戦えるさ。心の乾きを満たす為に、敢えてそうしないだけだ」


 瞬や連奈の返事を待たず、ガンマドラコニスBはラードーンを展開し、身勝手に海中へと沈んでいく。

 どのみち、水中戦はセイファートにもオルトクラウドにも不可能だ。

 無理に潜航したところで、返り討ちに遭うだけだろう。


「何故ここで退くのか、理由が知りたいというのならば教えてあげよう」


 巨体の半分ほどが見えなくなった頃合いで、ジェルミがフェイスウィンドウを開き直す。

 かなり激しいエネルギーの消耗があったというのに、その表情に、疲弊の色はまるでない。

 ほとんどその場から動いていない分、メテオエンジンとは関係のない通常の体力消費が、ほぼゼロに近いからであろう。


「それは、今ここで無知なキミ達の命を奪っても、ケルケイム君から奪えるものが余りにも少ないということに気付いてしまったからだ。人を絶望に追いやるのは、必ずしも敵意や悪意のある人間だけではない」

「なんの話だ……!」

「ケルケイム・クシナダという男は、自分が信じる正義の為なら何だってできてしまう人間だということだ。なあ、そうだろう?」


 ジェルミの瞳が、爬虫類の如き鋭さと冷たさで、ケルケイムを見据える。

 瞬にとっては何の返答にもなっていない言葉だったが、ケルケイムは苦渋に満ちた表情になって、それから視線を落とす。

 深い自責と後悔の念を、漂わせながら。


「自分の浅慮さにはほとほと呆れるな。そうだ、まずはだ。そこから、始めなければな。……今日は楽しませて貰ったよ、ケルケイム君。そしてこれからも、末永くワタシを楽しませてくれ。次に会うときは、より一層の苦しみを贈呈することを約束しよう」


 一際激しい嘲笑と共に、ジェルミは、ガンマドラコニスBは海中へと姿を消した。

 レーダーには、未だ熱源反応は残っている。

 だがもう、今のケルケイムに、ジェルミと立ち向かうだけの勇気は残されていない。

 正式に帰還命令が出るまでの数分を、瞬と連奈は、ただ黙して待つしかなかった。


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