第48話 龍襲(前編)
自分はつくづく無知である――――格納庫でセイファートに搭乗する直前、瞬はふと、そんなことを思った。
操縦技術の大要や風岩流の真髄などもそうだが、これまで出会ってきた人間に関しては、特にその意識が強い。
予想以上に厳しく、想像以上に優しかった祖父。
人の理を外れた猛獣かと思いきや、優しすぎるが故に道を誤っていた轟。
底無しの刺激を望みながら、理想に溺れる最後の一線を越えられない連奈。
この数ヶ月、それなりに長く深く付き合うことで、大きく評価が変わっていった者は多い。
そしておそらく、知れば知るほど、更に二転も三転もしていくのだろう。
第一印象だけで人柄を決めてかかる節のある瞬にとって、ヴァルクス隊員としての生活は、だいぶ価値観に影響を及ぼすものとなった。
だが、何故そんなことが急に頭に浮かんできたのか、そこが不明だった。
「さっき、スラッシュの奴がゴチャゴチャ言ってきたせいかな」
特に気にすることもなく、瞬はコックピットの中に潜り込んでセイファートを起動させる。
その思いつきが、自分の持つ並外れた直感力がもたらした、ある意味での予防線だとも知らずに。
スラッシュの言葉は、無意識の思考を加速させるための鍵だったのだ。
「どのおっさんが相手だろうと、今度こそは勢いに呑まれたりしねえ。ガンガン押して攻めてやる……!」
長時間の訓練によって疲労が蓄積してはいるが、目一杯シミュレーターマシンを動かしてきた分、 S3による思考コントロールはいつも以上に滑らかだ。
体感だが、精度は十パーセント増しという具合だろうか。
これはこれで、と謎の自信に満たされながら、瞬は操縦桿を強く握り込んだ。
同時に、外部操作によってセイファートを載せた床板が持ち上がり、リフトとして起動。
地上にあるリニアカタパルトへと向かっていく。
「悪いな連奈、先に行かせてもらうぜ」
「期待してるわよ、頑張ってね……斥候を」
「一番槍だろ!」
瞬は、次の運搬を待つ連奈と、通信でそうやり取りする。
複数機で出撃する場合は、例外的ケースを除けばセイファートが最優先で射出されるようになっていた。
機体重量に起因する投射速度の差を考慮しての決定だ。
一刻も早い現場への到達はもちろん、万が一の空中衝突を避けることにも繋がる。
つまり瞬には毎回、手柄を独り占めにするチャンスだけは与えられているのだ。
「さあ行こうぜセイファート……今度も勝つぞ」
自らの愛機に願望を押しつけることもなければ、引き受けすぎることもしない。
セイファートは己の武器であり、己はセイファートの部品。
歯車の如く、軸からずれずに回転し続ける。
ようやく見えてきたその境地を意識し続けたまま、セイファートは大空へと飛び立っていった。
その数分前、ラニアケアの司令室は騒然となっていた。
監視衛星より送られてきた敵機の映像が、想像を絶するものであったからだ。
おそらくはオーゼスの保有する潜水艇、フラクトウスによって運ばれ、海上で出撃したと思しき機体――――OMM-02ガンマドラコニス。
これまでに幾度となく世界各地を襲撃し、実に五百万人という犠牲者を出した、殺戮の五頭竜である。
五門のプラズマキャノンと全身のニードルガンによる全方位への同時攻撃を可能としており、殲滅力は最高クラス、付け入る隙が全く存在しない。
他のオーゼス機なら僅かな時間は稼ぐことの出来る包囲作戦も、ガンマドラコニスの前では全くの無意味である。
その圧倒的攻撃力から、1番機と並び立つ恐怖の象徴として、最後の出撃から四半期が過ぎて尚、人々の記憶に強く刻み込まれていた。
ケルケイムも、両親や友人の命を奪われており、焦土と化したオーストラリア基地を思い返すたびに絶望感を思い出す。
だが既に、ラニアケアにて一度生身で面向かっている以上、ただその姿を確認した程度で心が折れることはない。
他の隊員にしても、ガンマドラコニスの出現自体は、今となっては驚愕の対象ではない。
問題なのは、それが全くの別物と化していることだ。
「馬鹿な、これは一体……!?」
ケルケイムは、正面モニターに映し出された、海面すれすれの高度を低速飛行するガンマドラコニスを見遣りながら、呆然となる。
その構造に、一切の変化はない。
頭部と両肩から伸びる竜の首。
ニードルガンの発射機構を備えたせいで大型化し、本来の胴体を覆い隠してしまっている無数の装甲。
そして最低限の滞空能力を備えた背面の三対の短い翼。
全てが、従来のガンマドラコニスと同様だ。
なのに、まるで違う。
「映像は、正確なものなのか?」
ケルケイムは、映像を出力したオペレーターのセリアに敢えて尋ねる。
画面は鮮明そのものだった。
監視衛星の機器やシステムに異常が起こっているのなら、ガンマドラコニスに限らず様々な物体がその影響を受けているだろう。
返事はもちろん、肯定であった。
「ならば、そういうことなのだろう。信じたくはないがね」
珍しくラニアケアに戻ってきていたロベルトが、ケルケイムの隣で忌々しげに苦笑する。
「ああいう真似ができるのが、オーゼスという組織だということは、わかってはいたつもりだが……」
「これでは、今までに多くの人間が命を賭して手に入れたデータが全く参考にならなくなる……!」
あまりにもふざけた事態に対する爆発しそうな怒りを堪えながら、ケルケイムは答えた。
そして、今からこの変貌したガンマドラコニスと交戦することになる瞬や連奈も、まず間違いなく苦戦を強いられることになるだろう。
これが問題なく運用できるというのなら、あまりにもわかりやすい戦闘能力増強の形である。
見ただけで、容易に判断できる。
「三ヶ月も沈黙してたのだ、ある程度の強化改造は想定していたが、しかし……!」
バウショックがとても数時間内には出撃できない状態であることを、ケルケイムは悔いる。
現状、敵は一機のみ。
しかし三機がかりですら、勝てるかどうかは怪しい。
不変にして一変、それこそが新生したガンマドラコニスの姿であった。
「過去の記録、及び周辺地形と比較してみましたが……やはり対象は、一回り以上大型化しています」
セリアが、目の前の事実を端的に纏めて言った。
発する自分も改めて受け入れるように、丁寧に、噛み締めながら。
「全高、全長、全幅……全てが均一に」
ガンマドラコニスは、まるでコンピューター上で縮尺を引き延ばされかのように、全てのパーツが旧来と同一の形状を保ちながら巨大化していた。
装甲の継ぎ目もその例に漏れず、見る者が目を疑いたくなるのも無理のないことだった。
物理的には、外見をそのままに巨大化したものを、同速で動かすのは至難の業である
駆動に必要なエネルギーが、一気に何十倍にも膨れあがるからだ。
元より五十メートル近いガンマドラコニスであれば、それは尚更のことだ。
しかし、少なくとも飛行させられるくらいには、相応の改造が実現してしまっている。
まさに、オーゼスの保有する技術力と執着心の産物といえるだろう。
「武装までもが実用レベルで機能するとしたら、二機だけでは……!」
サイズはあのラビリントスをも抜き、間違いなく歴代最長。
重量においても、それは同様だろう。
外見の迫力もさることながら、もしケルケイムが考えるとおりの性能なら、これ以上の脅威はない。
より迅速かつ充実した支援が必要になると、ケルケイムは、ガンマドラコニスの進行方向にあるエクアドルの連合軍基地と大至急コンタクトを取った。
コックピット内モニターにサブウィンドウで表示された現在時刻が、どんどん巻き戻っていく。
ラニアケアが航行していた北大西洋の中心から、南西方向に超音速で移動しているためだ。
高度数万メートルの天空を光矢の如く飛び進むセイファート、そしてオルトクラウドは、逆に輝きを増していく夕焼けに照らされ続けていた。
「でかくなったってんなら……」
「むしろ好都合……!」
セリアからの状況説明を受け、瞬は思わずほくそ笑む。
連奈も同じく、戦慄ではなく喜悦の感情が声色に表れている。
超高機動型のセイファートを操る瞬にとっては、相手が鈍重であればあるほど手玉に取りやすい。
全ての攻撃を躱しきり、倒れるまでひたすらに斬りつける戦術が、更に容易になるようなものだ。
また、超重砲撃型のオルトクラウドを操る連奈にとっても、巨大な的は好都合。
本体に合わせて搭載武装がスケールアップしていたところで、ゾディアックキャノンの火力を上回るとは考えにくい。
初めて刃を交える相手ではあるが、まったく負ける気はしなかった。
「とんでもねえ技術力があるのに、どうにも使い方が残念すぎるんだよなオーゼスの連中は……まあ、そのおかげで勝たせてもらえるわけだけど」
「でも安心したわ。あのサイズなら、セイファートじゃ撃墜するのにだいぶ時間がかかるでしょ。私が到着するまでに手柄を持って行かれる心配がなくなったわね」
「どうかな……!」
八百キロメートルほど先行するセイファートは、そろそろガンマドラコニスの予想進行ルート近くまで辿り着こうとしていた。
ガンマドラコニスの移動速度が遅いせいか、今回は陸地ではなく海上で迎え撃てる。
市街地の被害を気にすることなく、全力で暴れ回れるということだ。
近辺には足場となる島も少なく、推力で強引に機体を浮かせることしかできないオルトクラウドに とっては不利な環境だが、それもまた瞬には救いである。
ひたすら大海原が広がっているだけの地形であるため、手前で待ち構えることに大した効果はない。
瞬は減速を最小限に、即座にガンマドラコニスを攻撃できるよう飛距離を伸ばす。
程なくして、機体のレーダーでもメテオエンジン級の高熱源体を補足。
瞬はセイファートをほとんど垂直降下させ、煌めく海面の中にある暗き一点――――紫紺の塊を目指した。
「無礼千万、不意打ち殺法!」
急速に距離が縮まるガンマドラコニスへ、セイファートが両手で握り込んだジェミニソード長刀を振り下ろす。
初手で最大威力の我流星を放つという選択肢もあったが、身体への負担と、ジェミニソードの刃渡りではどう切断しても内奥まで届かないという現実的判断から、放つのは通常の斬撃だ。
「……っ!?」
甲高い金属音と共に、ガンマドラコニスの右肩から伸びる竜頭、その頬部分にあたる装甲が僅かに削げ落ちる。
本当は、刀身を額に叩き込むつもりでいた。
だが、視覚的な威圧感に負け、反射的にセイファート自体の軌道を大きく反らしてしまっていた。
それほどに、九十六メートルという全高は、真正面に位置づけることを躊躇わせる。
恐れる必要がないと頭では理解していても、本能という肉体に刻まれたプログラムがそうさせるのだ。
やはりセリアの説明通り、相対するパイロットに及ぼす心理的影響も、質量の増加に比例する八倍なのだ。
そして、先の連奈の指摘も、まさしくそのとおりであった。
巨大化したガンマドラコニスの装甲は、瞬が考える以上に太く、厚い。
よほど勢いの乗った斬撃でなければ、半端に刀身が潜り込んで抜けなくなる。
かなり慎重に戦わざるを得ないようだった。
しかし、ここでスラッシュの叱責が、脳裏に反響する。
慎重であることと消極的であることは違う。
セイファートは海面すれすれで再上昇し、ガンマドラコニスから放たれた無数の巨大ニードルガンを躱す。
針というのも強化前のことで、サイズが膨れあがった現在は、一発一発がセイファートの四肢ほどもある鋼鉄の鏃だ。
胴体に受ければ一撃で機能停止もあり得る。
だが、瞬は恐れることなく、螺旋の軌道を描きながらガンマドラコニスを翻弄する。
「徹頭徹尾、削りに専念しなきゃならねえわけでもねえ……いつまでもチョロチョロ小うるさく飛び回ってりゃ、相手の冷静さも崩れる」
頭部、首、胴体――――本格的な破壊は狙わず、ただ適当に、だが完全回避を実現しながらジェミニソードを刻み込む。
十数度斬りつけても、ガンマドラコニスの損傷は軽微も軽微、コンディションは未だ万全だ。
だが、それで構わない。
それこそが瞬とセイファートの本分。
「今まで適当に撃ってるだけで当たってきたあんただからこそ、全然まったく擦りもしねえってのは、精神的に効くよな……!」
そう言ってのけると同時に、ガンマドラコニスは五頭それぞれを別方向に向けて、口部に内臓されたプラズマキャノンのエネルギーチャージを開始する。
更に、主に下半身に重点的に配置されたニードルガンも新たな弾頭がせり出す。
上下左右前後、あらゆる方位に対して攻撃しようとしているのだ。
さすがのセイファートも、この濃密な弾幕は回避が困難だ。
だからこそ、瞬は不敵に笑む。
単発では当たらないと踏んだからこそ、全砲門、足並みを揃えての一斉射撃――――ならば、準備が整うまでに早出しはない。
「付け入る隙は、そこだ」
五箇所で収束する凄まじいプラズマによって、空間が青白く照らされる。
そんな、もはや発射は目前という段階で、セイファートはガンマドラコニスの懐に飛び込んだ。
そして、振り上げた両手のジェミニソードを、交差させるようにして眼前の胴体部に叩きつける。
「二十二式、罰刀!」
その刹那、瞬速なる銀の光が奔り、ガンマドラコニスの胸部に×の字が深く刻みつけられる。
ガンマドラコニスは、僅かにではあるがとうとう仰け反る。
それが有効打であることの証明だ。
二秒ほど遅れて、大量のニードルガンと極大のプラズマ砲がばら撒かれるが、そのとき既にセイファートは、ガンマドラコニスの頭上へと逃れていた。
絶対の安全圏ではないが、警戒すべき攻撃が大幅に絞られるため、回避は難しくはない。
「出てる出てる出てる、特訓の成果出まくってる……さすがはオレ!」
『実質的に別機体も同様の、新しいガンマドラコニスにここまで善戦とはね。やるじゃないか、風岩君。素直に感心だよ』
「な? ちゃんとやれば出来る子なんだって風岩君は」
スピキュール、プロキオン戦ではまだ心許なかった自分だけの立ち回りが、大きく完成に近付いている。
前回はだいぶ型を意識しながら戦っていたが、今は極めて自然体だ。
成長の確かな手応えを感じつつ、瞬はもう一度ガンマドラコニスに接近しようとする。
だが、レーダーはそこで、新たなメテオメイルの介入を感知する。
数分遅れで到着したオルトクラウドだ。
「随分素早く飛び回ってるわね……。ひょっとして、まだ無事なの?」
「まだってなんだよ、まだって!」
「だってあなた、大体いつもこの時間だと、もう手痛い一撃を受けてる頃じゃない」
「お前はオレのことを低く見積もりすぎなんだよ! 成長したんだよ、成長!」
「はいはい。ともかく瞬、次は私の番よ。死にたくなかったら、全力でどいて」
その意味を理解できない瞬ではない。
オルトクラウドは確実に、ゾディアックキャノンのエネルギーチャージを完了している。
水平線の彼方に機影が見えたが最後、全てを呑み込む暴虐の巨光が斜線上の全てを消滅させるであろう。
瞬は急ぎ、オルトクラウドの進行方向に対して真横に、最大加速で離脱する。
と、その時であった。
これまで沈黙を保っていたガンマドラコニスのパイロットが、今ようやく通信機能をオンにする。
「地球統一連合軍のメテオメイル各機に告ぐ……申し訳ないが、しばし攻撃を中断してもらいたい」
「ああ? これまで何百万人と殺しておきながら、自分がやられそうになったらそれかよ。通るわけねえだろ、そんな要望……!」
「今更命が惜しくなったとでも言うつもり? みっともないにも程があるわね」
「そのようなつもりはない。ワタシはただ、キミたちに真実を授けておきたいだけだ」
確かに、この期に及んでも、随分と落ち着いた喋り方をする男だった。
張りがある一方で、やや掠れた感じのする、年経た紳士を想起させる声色。
堂々とした物言いは威厳にも満ちており、その気がなくともついつい聞き入ってしまう。
虐殺者らしからぬ、至って平常ともいえる精神――――否、この冷静さで他人の命を奪えるのだから、より恐ろしいのだ。
「真実だと……?」
「その通りだ。ワタシが話さなければ、キミ達では一生知り得ない情報となるだろう。第一、ワタシはセイファート一機にすら苦戦する始末。二機がかりなら、それこそ一瞬で片は付くはずだ。焦って撃墜するほどの相手ではない。勝者の余裕ということで、ワタシの話に耳を傾けてもみてもいいのではないかな」
「胡散臭え奴だ。おい、連奈……」
勿論、真に受けてはいない。
あくまで念のためだ。
虚言妄言の類とわかれば即座に斬りつける気でいる。
「わかってるわよ」
その辺りの意向も含めて理解したと言わんばかりに、連奈が手短に答える。
セイファートの近くに降下してきたオルトクラウドは、ゾディアックキャノンの砲門をガンマドラコニスに向けたまま滞空した。
機関部への負荷を考慮してエネルギーチャージは一旦解除しているようだが、それでも十分な威嚇にはなる。
それに、バリオンバスターを含めた他の火器類は、ガンマドラコニスが不穏な動きを見せればすぐにでも発射が可能だ。
「ちょっと待ってろ。なにせ命令にない事態だからな、こっちの司令官に確認する」
「それで構わない。むしろ彼に直接繋げて欲しいくらいだ。彼も参加した方が、なお円滑に事が進む」
「逆探知で、ラニアケアの現在地でも探ろうって魂胆かしら?」
「まさか……ワタシはただ、彼と話がしたいだけだ。ワタシはその為に、今日赴いたといっても過言ではないのだからね……!」
初めて感情の一端を覗かせた男の声に、ぞわりとした感触が瞬の背筋に奔る。
途方もない怒気と笑気が混在した上で仮初めの調和を保つ、これまでに感じたことのない禍々しさ。
ケルケイムに一刻も早く伝えたいことがあるとすれば、機体越しにも感じる、この異常性であった。
「ならばセイファートのパイロット……キミの機体経由でもいい、彼を出したまえ。技術的には可能なはずだ。その件についても彼に確認して欲しい」
「やってはやるが……だったら、名前ぐらい名乗れよ。これまでオレ達が出会ったおっさん共は、一人の例外を除けばみんなそうしてたぜ」
「ああ、これはまた随分な無礼を働いてしまった。三十年以上も厳格な規律の中で生きてきた人間としてあるまじき行為だ。素直に謝罪の意を述べさせて頂こう。キミ達とは、初対面だったな……」
『瞬、そちらで一体何が……』
オレ達とは、と瞬が尋ねかけたとき、モニターの脇で、ケルケイムが通信用のフェイスウィンドウを開いた。
オーゼス製メテオメイルとの専用通信チャンネルを開くセイファートを仲介して、ケルケイムの映像と声はガンマドラコニスにも届いているはずだ。
それを受けてか、ガンマドラコニスを操っていた男もまた、それまで音声のみだった通信形式をフェイスウィンドウ表示に切り替える。
そこに映っていたのは、老年を迎えた男の顔だ。
まるで爵位を授かっているかのように貴族然とした、整えられた髪と髭。
光を呑み込みそうなほどに濃い碧眼。
己の年齢を知り尽くした上での身繕いには、ある種の美しささえ感じさせる。
「司令……?」
数秒の後、瞬はケルケイムにそう呼びかけた。
通信エラーが起きてしまったのかと勘違いするくらいに、フェイスウィンドウの向こうは完全なる静寂に包まれていたせいだ。
ケルケイムはしばらく前に息を呑んだが最後、それから目を見開いたまま硬直し、身動き一つしない。
だがすぐに、何の問題もなく中継できていることが判明する。
ケルケイムの表情が、傍目にもわかるほど、見る見るうちに青ざめていくからだ。
『あなたは、そんな……!?』
「おい司令、どうしたってんだ!」
それは、瞬の知らない表情だった。
予想外の事態に驚愕することこそあれど、後悔や無念さを露わにすることこそあれど、少なくとも恐怖や絶望には屈しない類の人物であったはずだ。
それほどに強靱な使命感の持ち主であったはずなのだ。
その一点だけは絶対不変であるという信頼が、いま崩れようとしている。
自分が相対する、静かなる瘴気を放つ男の出現によって。
ケルケイムは今や、誰の言葉も届かないといった様子で、ただ呆然と男に視線を遣るだけだ。
幼子のように、怯え、震えて。
「ワタシは、ジェルミ・アバーテ。かつては地球統一連合軍に所属し、その特殊工作部隊“エルタニン”において隊長を務めていた男だ。おっと、名前だけで十分だったか。子細はあとで、キミが皆にたっぷりと語ってくれるものな……なあ、ケルケイム・クシナダ君?」
そう告げるジェルミの口端は、不気味なほど上品にカーブを描きながら持ち上げられていた。
この時が来るのを長く待ち望んでいたかのように、瞳に深く暗い、満悦の輝きを灯しながら。
自分はつくづく無知である――――瞬はやっと、自分の直感が導き出した警告の意味がわかったような気がした。




