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第47話 暗雲(後編)

 仮想空間として生成された、現実のそれと比べてややオブジェクトの数に欠ける大都市。

 その上空を、セイファートは縦横無尽に飛行する。

 コックピットに座る瞬の視界の先――――街の中心部付近では、装甲を鳩羽色に染め上げられた魔獣の如き機体が駆け回っていた。

 OMM-08 スピキュール。

 それは、五百メートルの高度から一向に降りてくる気配のないセイファートへ向けて、適度に立ち止まりながら脚部の拡散レーザーを発射する。

 威力は低いものの、セイファートの装甲も薄い。

 要するに、並程度のダメージにはなるということだ。


「射角は広いが、側面や背後は安全圏……!」


 高層ビルが乱立するこの地形では、一撃離脱の戦法も困難。

 瞬は上手く逃れながら、セイファートにウインドスラッシャーを投擲させた。

 同時に、S3を通じた軌道調整の準備に入る。

 実戦でも多用する武器だけあって、コントロールの精度は上々だ。

 途中まで、物理法則に則った緩やかな放物線を描いていたウインドスラッシャーは、そこから突如として鋭角に落ちる。

 限りなく思い通りの軌道だ。

 狙いはスピキュールの左腕関節、まずは着実に四肢の一本を削いでおきたい。

 だが――――


「対応しやがった!?」


 死角からの攻撃だったが、スピキュールは咄嗟に振り向き、ウインドスラッシャーをアシッドネイルで打ち払った。

 否、切り払った。

 セイファートの元へ帰還したウインドスラッシャーは、刃の部位が強酸に浸食されており、もう使い物にならなくなっていた。

 想定を超える反応速度だ。


『風岩ぁ! 後が続かない単発の攻撃なんてクソも同然だ! 前の戦いで身に付けたことをもう忘れたか!』


 内部スピーカーを通して、シミュレーターマシンの外から歓喜の声が響く。

 声の主は、スラッシュ・マグナルス――――オーゼスの構成員であり、スピキュールのパイロットを務めていた、柄の悪い中年の男だ。

 現在のスラッシュは、地球統一連合軍の捕虜であると同時に、瞬や轟を指導する臨時コーチ的な立場にあった。

 プロキオンのパイロットである霧島優も同様だ。

 どうやら刑の執行を先延ばしにするための悪あがきとして、二人の方から提案があったらしい。

 連合としても、懐柔による人的資源としての利用を望んでいるらしく、互いに幾つかの条件を出し合うことで合意に至ったという。

 そうした経緯を瞬達に説明するケルケイムが、苦虫を噛み潰したような顔になっていたことさえ除けば、比較的穏便に事は済んだといえるだろう。

 率直に言って、瞬にとっては非常に有り難い展開だ。

 轟にとっても、間違いなくそのはずである。

 スラッシュも霧島も、その性格はいけ好かないものであったし、共感もしがたい。

 だが彼らの持つ、歪に特化した性質と技術は、勝利して尚、瞬の心を惹きつけて止まない。

 敵に教えを施されるという事態ではあるが、屈辱などとは些かも思わない。

 完成の域に達した者からの言葉は、何にも代えがたい価値を持つ。


『それにしても、流石は俺様……やるじゃねえか!』

「自画自賛かよ」


 瞬は呆れながら、そう答える。

 スラッシュは、目の前に用意されたディスプレイで、複数の視点から戦闘の模様を見ているだ。

 その体は、立て掛けられた金属板に無数のベルトで縛り付けられている。

 今、シミュレーター上でスピキュールを操っているのは、過去の交戦データを反映させただけではなく、他ならぬスラッシュ自身に協力させることで完成した新型AIなのだ。

 どうやら一部の操縦データを、S3を利用することで取得したらしい。

 言うまでもなく、思考ルーチンの再現度は大幅に向上。

 同じ手法を用いて改良されたプロキオンを除き、他のどの機体よりも挙動の再現度は高い。

 と、話としては聞いていたが、まさかここまで様変わりするとは思いもしなかった。


『自賛できる能力があるってのはいいことだぜ? 未熟なテメエにはわからねえだろうがよ』

「オレにだってわかるさ……!」

『おら、余所見してんじゃねえぞ! 集中を切らすなマヌケ!』

「わかってるって言ってんだろ!」


 瞬は怒鳴るように返すと、無用の長物と化したウインドスラッシャーを投げ捨て、向かってくるレーザーへの盾とする。

 直後、数区画先を走るスピキュールは、近辺で最も高いビルの壁面上方に腰部のワイヤーを打ち込んだ。

 そしてワイヤーを巻き取り上昇、アシッドネイルを壁に掛け、倒壊する前に屋上のヘリポートまで登り切る。

 二百メートルほどの高さを稼いだスピキュールはそこから跳躍し、上空のセイファートに迫った。

 地形を存分に利用し、思い切った攻めに出る――――高度化されたAIだからこそ成せる技だ。


『さあ行け、ぶっ潰せ俺様! クソガキに負けんじゃねえ!』

「あんたはどっちの味方だよ! 今はオレのコーチだろ!」

『俺様が勝つならそっちの方がいいに決まってんだろうが! 今だやれ、ダブルバスターアシッドネイル!』


 まるで本人が操縦しているかのように、スラッシュの叫びに合わせ、スピキュールが両腕を同時射出する。

 スラッシュの真似をして、切り払うか――――瞬はそう判断してしまいそうになるが、この状況で防御に徹するのは余りにも勿体ないことに気付く。

 落下するスピキュールにアシッドネイルが戻る速度は、射出時よりも遙かに遅い。

 この時間を有効に使わない手はない。


「こうか……!」


 瞬は素早くセイファートを仰向けに倒し、飛来するアシッドネイルをやり過ごすと、その勢いのまま頭から急降下していく。

 パイロットスーツを着ていても、突然血流が悪くなったときのピリピリとした痛みが全身に奔った。

 三つのリング状フレームに包まれた球体ポッド、そしてそれを支える可動式アームユニットは、あらゆる加重や衝撃をも再現する。

 実戦で辛い回避モーションは、訓練でも辛い。

 そのまま、スピキュールとの距離を縮めていく。


『そうだ、それでいい。敵が何もしてねえ時間を見極めろ。そこに切り込んでいけ。一瞬で詰めてくる恐怖を与えてこその高機動型だ! そして……』

「ぐっ……!」

『ここんところも、まだ甘え!』


 スピキュールの胴体スリットから激しい閃光が漏れ、思わず目を顰める瞬。

 その間に発射された電撃がセイファートの胴体に直撃、凄まじい衝撃がポッドの内部を襲う。

 物理演算の上では胸部装甲が激しく灼かれ、内部フレームが露出しかかっていた。

 すぐさま、スラッシュからの叱責が飛んでくる。


『剣を振る前にバルカンで追撃しろってんだマヌケが! 敵の方にばっかり目が行きやがって……テメエの方も、何もしてねえ時間を作るな!』

「ああ……!」

『なまじ剣の扱いが上手くなったせいで、テメエの連続攻撃は剣の振りから始動する癖が付いちまってる。他の武器もバンバン使っていけ! おら、もう一回最初からだ!』


 最後の一言は、データの収集や仮想空間内の設定変更を行うスタッフに向けてのものだ。

 数秒後、セイファートは、この模擬戦闘におけるスタート地点である市街地の外に戻される。

 街の被害や機体のダメージも全てリセットされ、瞬の体力以外は、全てが数分前の状態だ。


『悪いところは後からまとめて指摘するつもりだったが、テメエの腕前が予想外に不甲斐なさ過ぎるんで方針変更だ。無傷のまま、スピキュールの損傷率を四十パーセント以上にしてみせろ。それまで休憩はなしだ』

「いきなり無茶なことを言いやがるな、このおっさんは……!」

『無茶でも何でもねえ。薄っぺらいテメエの機体セイファートじゃ、それくらいできねえと話にならねえんだよ。テメエの心のどこかにまだ残ってやがる、ちょっとくらい当たってもいいなんて腑抜けた考えを、この機会に完全に取っ払う。覚悟しとけ!』


 “油断の生まれないスラッシュ”を相手に、その目標はかなり高すぎる。

 だが、スラッシュはただ無理難題を吹っ掛けてくるだけの門外漢ではない。

 スピキュールを操っていたパイロットとして、そして自分よりも操縦経験の長い先輩パイロットとして、的確な指示を送ってくる。

 素直に耳を貸せば、自分の能力が指示されたラインまで引き上げられるという信用があった。

 それに、先の勝利は共闘によるもので、連奈のように独力で挙げた戦果ではない。

 一対一の戦いでは依然として勝てないのではないか、という一抹の不安を、確かな実力を付けることで振り払っておきたくもある。


「上等……一時間もあれば十分だ」


 瞬は、自分の素質に対する疑念を笑みでねじ伏せ、再びセイファートのスラスターを全回にして大空へと飛び立った。

 結局、午前九時から始まった訓練が最初の休憩を迎えたのは、それから約六時間後のことであった。



 同じ頃――――

 仕切を隔てたもう一つのシミュレーターマシンでは、轟が操縦訓練を行っていた。

 コーチとして霧島優が付いているが、瞬・スラッシュ組と指導の形式は大きく異なる。

 生成された仮想空間は三百メートル四方の狭いフィールド。

 床も壁も天井も、淡く青白に発光するだけのシンプルな作りで、一切のオブジェクトが存在しない。

 バウショックと対面するプロキオンも、同じ構えを取るだけで、接近しない限りは微動だにしない。

 立ち回りではなく、動作の改善を目的としているためだ。


「おらあっ!このっ!」


 バウショックが次々と繰り出す、ギガントアームによる超重量の殴打を、プロキオンが最小の動きで捌き続ける。

 プロキオンを操るAIもまた、防御行動のみ、霧島にも匹敵する反応速度での動作ができるようになっていた。

 ただし、霧島本人の技量があまりに神かがりすぎているため、どうしても再現度はスラッシュに劣る。

 時折、精細を欠いた攻撃でも通じてしまうときがあった。


「この手応えは……違うな」


 ちょうど今、ギガントアームがプロキオンの腹を打ったのも、轟の実力による結果ではなくAI側のスペック不足によるものだ。

 数秒の後、吹き飛ばされたプロキオンは、ダメージがリセットされた状態で起き上がる。


「クソが、全部ダメじゃねーか……」


 轟はポッドの内壁を殴りつけながら吐き捨てる。

 ここまでに放った二十発の拳は、十九発が無力化、一発は無効。

 要するに、一度も有効打を与えられていない。

 これには、霧島の課した制限も大きく関係している。

 轟は今、打甲術を使わずに攻撃しているのだ。


『腰の捻りと踏み込みの速度がまだまだ足りませんね。あと、打ち込む軌道が正直すぎます』


 スラッシュと同じように、拘束されたままの霧島が助言してくる。

 轟は大人しく指示に従い、下半身のコントロールを意識しながら、次の一撃を繰り出した。

 打甲術は、あくまで人型対人型を前提とした技に過ぎない。

 霧島が最初に指摘してきた点が、そこだ。

 スピキュールのように奇異な体型をしているものから、シンクロトロンのように完全に人型を逸脱したものまで、メテオメイルの形状は幅広い。

 中には、緩急の概念が全く適用されない機体もある。

 素早く、力強く――――もっと原始的に拳を打ち込む術もまた、必要なのだ。

 それは、轟が最終的に求める方面の力だ。

 だからこそ、無駄に逆らうこともしない。


「僕は君に、合気道の技能を教えるということは一切致しません。君の性格や嗜好には合致していないでしょうからね」

「当然だ、受け身だけの技だなんて反吐が出る」

「第一、今から習得するには時間がかかりすぎます。なので、指導の方針はその逆……護身をする者にとって、こういう攻撃は嫌だなあというのを幾つか教えていこうかと思います。それなら君も、理解しやすいでしょう?」

「覚えるたびに、テメーの首を締めていけるわけか。そりゃいい」


 こうしたやり取りも事前にあって、轟は尚のこと真面目に取り組んでいる。

 霧島優という男は、依然として越えるべき壁の一つ。

 今度は飛び越えるのではなく、正面から突き破って、先に進むのが目標だ。

 そのためにも、純粋な格闘能力の向上は必須だった。


『構えも精神集中もない、問答無用の殴打や蹴り……結局のところ、こういうのが一番厄介ですよ。どんな武術家にとってもね』

「打甲術は手間がかかるからな。テメーみたいなインチキ防御をブチ抜きたい時には重宝するが、そうじゃなけりゃ二発殴れる」

『そうそう、そういうことです。ぶっちゃけた話、そこらの段位持ちの方より、体格のいいヤンキーさんの方が対処は面倒だったりします』

「やけに正直に言うじゃねーか」

『だって事実ですし。だからこうして、まずは純粋な機体しんたい能力だけで脅威となれるように指導しているんですよ』


 霧島はいつもの貼り付けたような笑みのまま、そう答えた。

 おかしな文脈のようにも聞こえるが、この男の場合は、自分の技能を更に高めるべく、相手にも強さを求める節がある。

 おそらくもう二度と自由の身になることはないであろういう状況で、殊勝な心掛けだった。

 轟としては、願わくばもう一度霧島本人と戦いたいという意志はあったが――――


『とにかく、突きの速さでも連打の速さでも構いませんので、そのプロキオンの守りを小細工抜きで抜けられるようになって下さい。まずはそこからです』

「これが終わったら、次はなんだ」

『移動の仕方の工夫ですかね。足の遅さを補い、相手に近付く方法です。そこまで会得すれば、バウショックはもう一段階上の領域に行けると思いますよ』

「だったら、とっとと終わらせねーとな」

『一週間、毎日五十回くらい直撃させられるようになったら合格です。頑張って下さいね』

「やってやらあ。テメーは絶対に、俺一人の力でブッ倒してみせる……!」


 轟は声を荒げながら、頭の中でプロキオンの手捌きを幾度も反芻する。

 実戦でも、シミュレーターでも、数えきれぬほど見てきた護身の術。

 攻撃を受けた掌や腕は、どのような動きでどのように衝撃を逃しているのか。

 その理屈を、肉体は感覚的に理解しつつある。

 必ず何処かに存在する、エネルギーを逃せない場所、逃せないタイミング。

 その場から動かないのなら尚更、やれることは限定されてくる。

 全てを意識した上で、轟は再びプロキオンへと挑みかかった。



『走れ走れ、撃て撃て! そうだ、そこだ!』


 既に時刻は午後五時。

 スラッシュが提示した条件もクリアし、スケジュールで定められた訓練時間を過ぎても尚、瞬はシミュレータールームに入り浸って操縦を続行していた。

 止めようにも、止められないからだ。

 スラッシュの指導を受けることで、自分が劇的に成長を果たしているのがわかる。

 短時間でおそろしいほど実力が伸びていく快感――――その魔力に、抗えるわけがない。


『戦おうとするな、一方的に痛めつけることを常に意識しろ! テメーにとって重要なのは当てることより当たらないことだ。攻撃なんてのは、当てやすいときに当てればいい。痛み分けで妥協するな! そう、チマチマでいいんだ。攻撃の届かない焦り、視界の中にいない不安感……そうやってストレスを蓄積させることもまた。何一つ思い通りに事を運ばせるな、ジワジワ苛つかせながら殺せ!』


 雷蔵の指導が悪かったとは思わない。

 雷蔵は雷蔵で、風岩流の基礎を改めて瞬に叩き込み、真価を発揮した際の強さというものを体に理解させた。

 三週間の修行で土台をしっかり固めたからこそ、瞬はスラッシュや霧島に一矢報いることができたのは疑いようのない事実である。

 ただしそれは、風岩流という概念を外から瞬に押し込み、瞬が必死に受け入れ順応した結果だ。

 つまるところ、瞬自身の特性を伸ばすものではなかった。

 だがスラッシュの指導は違う。

 罵倒も多いに混じり、説明も順序も適当、何せ本人自身、教える事に慣れているわけではない。

 だというのに、スラッシュの言葉は心身に馴染む。

 言わんとすることが簡単に呑み込め、二度と忘れることがないほど記憶と感覚に結びつく。

 最初に相対したとき、激しい嫉妬と憧れを抱いたように、やはり自分とスラッシュは戦いに対する姿勢が極めて酷似しているのだろう。

 狡賢く勝利を掠め取る外の道を好みながらも、正々堂々勝利をもぎ取る正の道で矯正されてきた歪みもまた、自身の成長を妨げる蓋であったかのように思う。

 自分の性質に合った指導を行ってくれるという意味では、スラッシュはこれ以上ないコーチにあたる。

 だからこそ、時間の許す限り利用し尽くしたい。

 体力は限界を迎えているが、とにかく教えを乞う旨味がありすぎる。


『瞬、そろそろ交代』


 スラッシュに宛がわれていたマイクから、辟易した連奈の声が聞こえてくる。

 確かに、予定では五時から連奈が使用することになっていた。

 五時から訓練を開始するということは、事前の仮想空間生成の準備も含めれば、瞬は更に二十分ほど前には退室していなければならないのだ。

 スタッフ達の作業の都合上、そう簡単に別室でやるわけにはいかないと知っていながらも、瞬は惜しみながら答える。


「あっちの方は使えねえのか?」

『北沢君も、あなたと同じ理由で時間オーバーよ。まったく……今日は二人とも、随分お盛んみたいじゃない』

「このおっさん共、予想外に役に立つからよ。ついな……」


 未だに少し前の借りを返せていないので、瞬はおとなしく訓練を中断して、ポッドの外に出る。

 連奈は既にパイロットスーツに着替えており、手には自前の消臭スプレーを構えていた。

 失礼なことに、あまりマシンの使用に時間の開きがないとき、連奈は搭乗前にわざわざこれを使う。


「どうよ、俺様の素晴らしいコーチングは。捕虜じゃなかったら金を取りてえところだ」

「はいはい、凄いです、凄かったです」


 眼下で待つ、無駄に誇らしげな表情のスラッシュに、瞬はそんざいに返事をしながら梯子を降りる。

 言い方はともあれ、内心では素直に感謝していた。


「テメエはなまじ要領がいいから、すぐわかった気になっちまって、反復しねえ。だから同じことを何度もやり直す羽目になっちまう」

「うっ」

「そこんとこの弛みがテメエ最大の欠点だな。とっとと強くなりたきゃ意識して改善しろ」

「見抜いてんじゃねえよ……」

「自慢じゃねえが俺様はテメエらの三倍生きてんのよ、クソガキの薄っぺらい中身を見抜くなんざチョロいチョロい」


 スラッシュは、意地の悪い笑みを浮かべてみせる。

 はっきり指摘されるのは、正直、いたたまれたない気持ちにはなる。

 しかし同時に、それなりの心地よさもある。

 どうも自分は優しく丁寧に教えられるより、スパルタ指導の方が向いているらしい。


「ところで、こっちのメスガキも俺様預かりかよ」

「まさか。あなた如きに教わることなんて何もないわ」

「如きだあ? 言ってくれるじゃねえかよ……つうか、あのオルトクラウドのパイロットがテメエとはな。エラルドはこんなのにやられたのかよ」

「こんなのですって……? だったら私の実力、あなたの機体を相手にたっぷりと教えてあげようじゃない。全勝を約束するわ」

「はっ、どこが実力だ。火器をブッ放してるだけじゃねえか」

「それで勝てるのが私よ、エラルドさんの三分の一も魅力がないおじさま」

「かーっ、これだからガキは。俺様の方が百倍オトナの魅力に満ち溢れて……あ?」


 連奈とスラッシュの言い争いは、室内に響き渡る非常警報に中断された。

 内容はいつもの通り、オーゼスの所属とおぼしきメテオメイルの出現が確認された旨だ。

 当然ながら、パイロットの緊急出撃命令も含まれている。

 出撃が命じられたのは、セイファートとオルトクラウドのパイロット――――則ち、ここにいる瞬と連奈だ。

 バウショックは何かしらの強化を行うための下準備として全身の装甲が剥がされた状態にあり、カナダの技研に送られたHPCメテオも依然として向こうの管理下にある。

 そんな事情を知らないオーゼスが、この機に三機も四機も投入してくるようなら苦戦は必至だろう。

 加えて瞬は、だいぶ体力を消耗している。

 現地に到着するまでの数十分で多少は回復できるだろうが、万全には遠い。


「くそっ、こんなときに……!」

「休んでいても構わないわよ。オルトクラウドが多対一の状況下でも勝てるということを証明するいい機会になるもの」

「それこそまさかだろ。手柄はやっと横並びになっただけだ、頭一つ抜けるチャンスをみすみす逃せるかよ」


 苦戦するとは言ったが、それは自分の話だ。

 連奈とオルトクラウドの殲滅力なら、本当に複数の敵を一掃してしまいかねない。

 悔しいが、戦闘能力ではまだまだ自分も轟も、この組み合わせには及ばないだろう。

 だが、戦果だけは後れを取るつもりはなかった。

 急ぎ、瞬はシミュレータールームを出ようとする。

 そんな折、背後からスラッシュの声がかかった。


「俺様がケルケイムちゃん相手に何も喋らなかったのはよ、単に保身のためだけじゃねえんだぜ」

「なんの話だよ……」

「俺様はなんでもそつなくこなす優等生ってのが大嫌いだからよ、黙りたくもなっちまうんだ。まだ正体がバレてねえ奴らの情報は、殊にな」

「だからなんの話だよ。さっぱりわかんねえ」

「今日、色々明らかになるかもしれねえってことだ。俺様が予想する通りの奴が来るならな」


 一際歪められた、その口元の意味を、この時点での瞬はまだ知る由もなかった。


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