56話「会うことは無い」
少しだけ、きつく当たりすぎたかもしれない。
彼女が残したカシスのジュースを見つめる。氷がまだ残っていてコロンコロンと時間の経過を知らせるためか鳴り響く。
店内も先ほどよりも静かでお客も俺を含んでも数人しかいない。この時間に利用するお客は図書館に入れなかった受験生ぐらいだ。
店員もピークを過ぎたあとだからかのんびりしている。そろそろ俺もお暇し時だと思い勘定を手に持ちレビへと向かった。
「あれ? 大地?」
店内を出ると会いたくない奴と出くわした。彼女は相変わらず元気ハツラツとした様子で俺の名を呼ぶ。仕事帰りか、スーツ姿のままだ。
「夏南……」
「何その顔。さては、彼女にでも振られたかぁ?」
にやぁと楽しげな顔を向けられるが気分はそんななので否定しない。そうしていると彼女は何を勘違いしたのか肩に手を置いてくる。
「そっかそっか。大地も振られるんだねぇ〜。じゃあ今日はパーっと二人で飲みに行こっか!」
「俺はそんな気分じゃねぇ」
「そんな事言わないで! 私いいところ見つけたんだよね〜」
夏南は肩に手を置いたまま俺を誘導していく。
相変わらず女の割には背の高いやつだ。俺と並んでも遜色ない。流石元バレー部のキャプテンだ。そして性格も男勝りは変わらない。
そのまま俺は夏南の思うがままに足を進めると始めてみる居酒屋に着いた。外装はいかにも新しい感じで女性が利用するというよりも独身男性が好みそうだが彼女は戸惑いもなくずいずいと中へ入っていく。俺も従うがままに店に足を入れた。
「ぷはぁー! やっぱ仕事終わりのビールは最高っ!」
「お前飲み過ぎんなよ。酔った面倒いんだから」
「えぇー? 酔ったって大地の家行けばいいんだから大丈夫だよー」
「お前なぁ、そんなんだから彼氏出来ねぇんだぞ」
「うっさいわね! いいじゃない、好きな男が出来ないんだから」
夏南は軟骨揚げとビールを交互に口に入れていく。ビールはもう2杯目だ。このままでは恒例の背負いコースになってしまう。そろそろ止めに入らなければ面倒になる。
「お前そろそろ飲むのやめろ」
「うっさい! そういう大地こそ飲みなさいよっ! ひくっ、あんたのためにここに来たんだから……」
顔が赤くなった俺の幼なじみはひゃっくりを繰り返し、3杯目のビールに手を出す。
酒に強くないくせに何故そんなにこいつは飲みたがるのだろうか。何かあったのかと1杯目の時に聞いてみたが答えは軽く流され今に至るが、こっちは気が気ではいられない。
「そろそろ帰るぞ」
「ひくっ、大地、飲んでないじゃない」
「お前がそんなんで俺が飲みくたびれたらどうすんだよ」
「だいひょうぶだよぉ〜」
この時点で大丈夫ではない。
はぁぁ。
俺は勘定を払ってから夏南を背に店を出る。
辺りは暗く街光が程よく足元を照らしている。背にある重たさを感じながら夜空を見ると星が綺麗に輝いていた。
「ゆはは、だいちゅに、しはわせに……なってほひいと、おもっるよ」
ひひゃはは。
気味の悪い笑い方でさっきのセリフが台無しだ。
夜風が頭を冷やす。夏南もそれを感じたのか、俺の肩に顔を埋め、後ろから初めて嗅ぐシャンプーの匂いが香ってくる。
「お前も大変だな」
「だいひにはいわれたくにゃい」
呂律回らなすぎだろ。
夜道を歩き、人とすれ違う度視線が集まるのは痛いがこんなものはもう慣れだ。
最初は戸惑いもあったが今では、はははと乾いた笑いを見せればなんとかなることを知った。
「ゆは……」
夏南もまだ降りきれていない。
俺とこいつはまだあの時から歳をとるだけで体感の時間はそうも経っていないのだ。
「着いたぞ」
「だいひの、ひおいだぁ~」
ソファに夏南を放り込むと彼女は案の定そこへダイブする。
「スーツ脱げよ。シワになるぞ」
「ひゃーい」
彼女はスーツを放り投げる。
相変わらずすぎて言葉もない。
俺は向いだ服をそのままにした夫の後始末をする主婦みたいに彼女のスーツをハンガーにかけ、ラックに垂らす。
「夏南」
「なひぃ?」
「俺も大概馬鹿だよな」
そのあとの返事はない。
夏南は顔をソファの背もたれに向けていて顔が見えない。もしかしたら寝ているのかもしれない。
「柚葉みたいに、傷付けてしまうかと思うと恐くなった。俺は臆病だ」
___こんな姿をアイツがみたら心配するんだろうな。
それは口には出せなかった。
夏南がモゾモゾと動き出す。
俺は夕方に話した相手の顔を思い出す。
「大地、傷付けるのが怖いほど大切な相手ができたんだね」
夏南がのそりと起き上がる。以外にもその目は虚ろではなくてハッキリしている。
お前、演技してたのか。
「大地。私思うんだけど、傷付けるのが恐くない人っていないと思う。それにそんな事言ったら柚葉は悲しむし自分のせいだって責任おうんじゃないかな。あと大地のことすっごく心配しそう」
「どうすればいい」
「そんなの誰にもわからないよ。傷つけることじゃなくてその相手をどう救うのかが大切じゃない?」
「それが難しいんだよ」
「だろうね。私にはさっぱりわからないもん」
あっさり言いやがる。
ふぁ〜。と大きく欠伸をする夏南はまたソファに倒れ込み、そのまま俺を見る。
「大地はその人のことどうしたいの?」
そんな事、考えたことがない。
アイツは気づけば俺のそばにいて柚葉と重ねていたはずなのに、いつの間にか彼女自身を見るようになった。彼女の一喜一憂が俺の固まった感情を溶かしていった。
それなのに一ノ瀬は少しも俺の事を信用していなかった。
それが無性に腹にたった。
だから俺はあいつと同じことをした。そしたら案の定彼女は悲しそうな顔をしやがる。
信用していないと、一ノ瀬が言っていないことぐらい知っている。言葉にするのが嫌いなのだと、恥ずかしいのだと、苦手なのだということも知っているつもりだ。
人一倍不器用なことは承知のはずなのにいざ目の前に突き出されると頭にきた。
それじゃあお前はどんな気持ちで俺に足を突っ込んできたんだ。
もう一ノ瀬と会うことは無いだろう。
彼女が今日のこと引きずらなければいい。
アイツと俺は今では教師と生徒ではなくただの赤の他人だ。
一ノ瀬の名前を見た時に柚葉を思い浮かべた俺が馬鹿だったんだ。そうだ。その時点で俺は、誤っていたんだ。




