08『出逢い』
少年に伸ばしかけていた手を地面に下ろし、頭の位置へ持ってきて無抵抗であることを示しながらブランテはこれからどうするかということを考える。ここでくたばるのは御免だ。誰かを助けて自分が死ぬなんて笑えない。ましてや、助けた子どもの父親に殺されるなんて。
しかしこの状況は弁解のしようがない。少年はすっかり怯えてしまっているし、そもそも自分がどういう状況におかれているのかも分からないだろう。きっと見知らぬ男が突っ込んできたと思っているはずだ。自分で状況を説明したところで、男が信じてくれるとも思えない。当たり前だ。フィネティアの騎士があんなことをしているのだから、フィネティア人全てを恨むに決まっている。命乞いから出る苦しい嘘だと思うことだろう。
「……まいったな」
せめて、足に矢が刺さっていなければ誤解されたままでもこの場から脱出することができたのに。ブランテは自分が間に合わなかったことを心の底から恨んだ。
「リオネル、大丈夫か? 怪我はないか?」
男は少年に声をかける。リオネルは怯えつつも、父親の言葉にこっくりと頷いた。一方で、ブランテは首筋にチクリという嫌な感触を覚える。確実に刃の先端が当たっていた。
男はリオネルに一歩近付こうと足を動かす。その足がブランテの足に刺さっている矢に当たり、矢を動かした。
「うっ、ぐあぁッ……」
傷口を拡げられるような、内部を掻き回されるような、ほじくられるような、そんな激痛がブランテを襲い、ブランテは悶える。歯を食い縛り、手を強く握って痛みに耐えようとするが敵わない。男が訝しげな視線を送っているのにも気付かず、声を漏らし汗を垂らす。こんな怪我をするのは久し振りだった。おかげで痛みに対する耐性が低くなっている。
「……? どういうことだ?」
ブランテの足に矢が刺さり、そこから血が溢れだしていることに気付いた男は戸惑いの色を見せる。この男は息子を襲う悪鬼ではなかったのか。どうしてフィネティアの矢が足に刺さっているのだろうか。そんな疑問が渦を巻き、男はリオネルに助けを求めることにする。
「リオネル、お前、この男に何をされたんだ?」
「わかんない」リオネルは困ったように言った。「なんかね、このお兄ちゃんがびゅーんって来てね、ぶつかっちゃったんだけどね、そのあとでぎゅってされたの」
リオネルの言葉を何度か頭の中で繰り返した後、男なりに解釈すると、導き出された答えに裏付けをするため、今度はブランテに問い掛けた。そのときにブランテに向けていた刃と憎悪を一緒に引っ込める。
「息子を助けてくれたのか?」
「一応、そのつもりだった、ぜ」
うつ伏せのままブランテが答えると、男は「そうか」とため息をついた。それからブランテの身体を起こし、ブランテに肩を貸して立ち上がらせる。
「早とちりした。すまん」
眉を下げて、心の底から申し訳なさそうに言うと男はそのまま歩き出す。当然ブランテに肩を貸したままなので、ブランテはズルズルと引きずられることになる。右足が酷く痛み、ブランテは思わず涙目になった。
「やっぱおぶった方がいいか?」
声にならない悲鳴をあげたブランテに男がそう問い掛けるが、そもそもの問題はそこではない。何も言わず、男が突然歩き出したのが原因なのだ。
「どこに連れていくつもりだ?」
「ん。俺の家だ。妻がお前の右足を治してくれるだろうよ。そのあとで全部聞くから嘘つくんじゃねえぞ」
そう言って男はブランテをひょいと担いだ。右肩にブランテをのせて腕で身体をしっかり固定すると、空いた左手でリオネルと手を繋ぐ。ブランテは慌てて「歩けるから下ろせ」と言うが聞いてくれそうになかった。
「ああ、そうだ。自己紹介しとくわ。俺はヴァーノン。こっちはリオネルだ。お前は?」
「……ブランテ」
ヴァーノンはブランテの名前を聞くとそれ以上は何も言わず、目的地へ歩き出した。
辺りはいつの間にか深い霧に包まれており、非常に視界が悪かったためフィネティアの騎士が襲ってくることは無さそうだった。




