09『決意』
ヴァーノンの家に無事に到着すると、ブランテは家の中、ソファーの上に比較的丁寧に下ろされた。それでも右足に衝撃が伝わり、ブランテは思わず涙目になる。
「あらあなた、おかえりなさい。どうしたの、その子は」
「フィービー、こいつの足を診てやってくれないか。拾ったんだ」
俺は犬か、とヴァーノンの言葉にブランテは心の中で突っ込んだ。それに、拾われた覚えはない。ヴァーノンが勝手に連れていったのだ。
フィービーと呼ばれた女性は、ブランテの右足を見ると「あら……」と顔をしかめた。足に矢が刺さっているのだから、当然の反応だ。
「貴方、フィネティア人なのにフィネティアの兵士にやられたのね。ヴァーノンが連れてきたぐらいだから、よっぽどのことがあったのかしら?」
フィービーはブランテの前にしゃがむとブランテの右足を持った。膝のやや下の辺りを布できつく縛る。止血帯のようだ。
それからフィービーは「ごめんなさい」とブランテの顔を見ずに謝罪の言葉を口にし、刺さっている矢に手をかけた。
「ぐっ……お、おぉッ……」
フィービーが力を込めると、電撃のように痛みが全身を走る。突き抜けるような痛みが脳に届く。ブランテは歯を食いしばって必死に痛みに耐えようとしたが、それでも声を抑えることは出来なかった。
「はッ……あぐッ……」
足に刺さった矢は中々抜けない。絶え間なく続く激痛がブランテに襲いかかる。ブランテはぎゅっと目をつぶり、ソファーを固く握り締め兎に角耐えようとした。そんな姿をリオネルが心配そうに見守っていることにブランテは気付かない。そんな余裕などあるはずがない。
「うっ、あッ、あぁッ……――――ッ!!」
ズルリ。と嫌な感触がした。ブランテは声にならない悲鳴をあげ、次にぐったりと脱力する。息は絶え絶えだ。
「頑張ったわね」
そんなブランテにフィービーは優しく言うと、さっきまで矢が刺さっていた傷口に軽く触れた。すると傷口を水の膜が覆う。不思議と、しみるような痛みはない。
その上から丁寧に包帯を巻くと、フィービーは満足そうに「よし」と言った。
「二、三日安静にしていれば治ると思うわ。それまでここにいていいわよ。ね? ヴァーノン?」
「ああ、そうだな。その間に話をたっぷり聞かせてもらおう。……えっと、大丈夫か?」
ブランテはぐったりとしたまま頭を縦に動かすことで返事をする。こんな姿、ネロには見せられないな、とブランテは思った。
「俺は依頼でここに来たんだ。依頼の紙は、これな」
なんとか落ち着くと、ブランテは話をし始めた。依頼の紙を見せると、ヴァーノンとフィービーの顔が険しくなった。しかしブランテは慌てず、動じず、淡々と「俺はこの依頼を破棄しようと考えている」と伝えた。淡々とした口調で話したのは、弁解しているように見せないためだ。媚を売っているように見えてしまったら困る。何をされるか分かったものではない。
「どういうことだ?」ヴァーノンはブランテの意図が読めず首をかしげた。フィービーも訝しげな顔をしている。「みたところ、国の命令だろ? それにお前は、この依頼を達成しなきゃ母国に帰れないんだろ?」
「ああ、その通りだ」
「だったら、何故」
「ここに来て、どう見てもフィネティアが間違ってると思ったからだ。俺は、間違っていると分かっていながら片棒を担ぐような真似はしない主義なんだよ。それで、フィネティアの敗戦って形でこのふざけた戦争を終わらせようと思ってる。いや、終わらせる」
信じられないようなものを見る目でヴァーノンとフィービーはブランテを見る。ブランテは二人にこれが本心であると分からせるため、真っ直ぐにヴァーノンの目を見つめた。ヴァーノンは困ったようにブランテを無言で見つめ返す。暫くその状態が続くと、やがてヴァーノンが折れて「分かった、信じる」とため息混じりに言った。それからフィービーが続けて「私たちに、手伝ってほしいんじゃないかしら?」と手を差し出した。
「話が早くて助かるよ」
状況はまだ詰んでなどいなかった。
そこに安堵しつつ、ブランテは差し出された手をとった。




