十二.孤独の月
執拗に続いた取り調べも、ようやく終わった。
そのまま投獄されたり、拷問を受けることを恐れた蓮瓔だったが、玄以鋭は父の代理人として、彼女に禁足を命じたのみだった。蓮瓔自らが宴のために作らせた簪と、筆頭侍女の証言だけでは、皇后の娘を有罪とする決め手には欠けたのだろう。
ただし、冷宮の一棟に移るよう言われたことは、決して楽観視出来るものではなかった。もしも、蓮瓔が実兄の暗殺未遂犯だという決定的な証拠が出て来れば、そのままここが、蓮瓔の終の地となるだろう。何より、鍾愛する息子を害そうとした女を、母后が許すはずがない。
側仕えも宦官も全て取り上げられ、蓮瓔は一人、冷宮に足を踏み入れた。身の回りの世話は、冷宮付きの端女たちが行うことになっている。彼女たちは無言で蓮瓔の前に立って歩き、やがて黙って部屋の一つを指し示した。
蓮瓔は大人しく部屋に入り、寝台の傍に置かれた椅子に腰掛けた。壊れかけた窓の隙間から、丸々と太った望月の光が漏れ込んでくる。
今頃、央廷では宴が始まっているのだろうか。
(結局、舞は失敗したわね……。舞台に立つことすら、許されなかった)
あれほど努力をしたのに。準備を間に合わせようと、必死になったのに。義兄や姚忍妃に、支えてもらったのに。
(瑾萱……)
初夏、強い酒を飲まされ体調を崩した蓮瓔を、彼女は甲斐甲斐しく看病してくれた。降嫁後も、付き従ってくれるはずだった。
瑾萱たち侍女にとって、自分は良い主人であったとは言えないだろう。けれど、当たり前に傍に居ると思っていた人間の裏切りは、殊の外堪えた。
(恐らく簪は、すり替えた偽物を壊してみせたのね……。そして今日まで、密かに隠し持っていた)
虚ろな目で、蓮瓔は周囲の様子をぼんやりと眺めた。
ところどころ壁が崩れ、取り切れなかった巣から、脚の長い蜘蛛が降りてくるのが見える。腰掛けた椅子も脚が軋み、端女が乱暴に置いて行った湯のみも欠けていた。
皇后の娘として、後宮一の威容を誇る虹翔殿で、当然のように侍女に傅かれて暮らしていた。それなのに今は、こんな寂れた場所に一人でいる。
風向きによって微かに流れてくる異臭は、恐らく厠のものだろうか。最下層と揶揄される地浄の宦官すら、ろくに手入れをしない汚れた場所で、蓮瓔は膝を抱えている。身に付けたままの普段着──名工の手がけた襖裙が、余計に惨めさを掻き立てた。
玉の頬を、幾筋もの涙が伝い落ちていく。
(泣いたってしょうがないわ。しっかりなさい、蓮瓔。何か突破口がないか、考えるのよ)
必死に自分を叱咤するが、傍から崩れ落ちそうになる。蓮瓔は膝に額を押し付けたまま、項垂れていた。
十日経っても、蓮瓔の禁足は解かれる兆しもなかった。
無理もない、と蓮瓔は苦く笑う。
観月宴が終わっても、賓客たちはすぐに帰るわけではなく、商談や会談など様々に予定を詰めている。むしろ宴は前座で、これらが本番とも言えるだろう。そんな大事な時期に、皇太子暗殺未遂犯と目される皇女を野放しには出来まい。
不愉快な玄以鋭の聴取は、日に一度続けられている。やはり、彼女の犯行を裏付けるものは、瑾萱の自白以外にないようで、彼らはしつこく蓮瓔を取り調べ続けた。
(いっそ認めてしまえば、外に出してもらえるのかしら……)
そんな捨て鉢な考えすら、頭に浮かぶようになっていた。
下ろしたまま、乱れ放題になっていた髪を、ぐしゃりと掻き回す。あれほどに拘っていた、皇女に相応しい身だしなみも、もはやどうでも良くなっていた。蓮瓔の皇長女としての体面を気にしてか、襖裙だけは頻繁に差し入れられるが、鄙びた冷宮で着飾って何になろう。それらは部屋の片隅に捨て置かれ、端女の用意した襤褸ばかりを纏っていた。
蓮瓔は窓に寄り掛かり、深々と息を吐いた。
吹き込む風は秋のそれで、ひんやりと冷たい。毎日一刻の聴取を終えた後は、ほとんどこうして窓辺の椅子に腰掛け、格子越しの空を見上げている。天高くあった陽も、いつのまにか山裾に隠れていた。
端女によって早々と蝋燭の火を落とされた室内には、欠けた月の光が白々と差し込んでいた。蓮瓔は目を細め、格子の隙間から手を伸ばす。だが、その繊手は虚しく空をかくばかりで、どこにも届かない。
月はただ遥か高く、蓮瓔を冷たく見下ろしていた。




