↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
12/23

十.狩り

(とうとう、始まったのね……)


 一際(にぎ)やかさを増した宮城(きゅうじょう)で、蓮瓔(れんよう)は緊張から小さく喉を鳴らした。




 いよいよ観月宴(かんげつえん)を明日に迎え、招待を受けた賓客(ひんきゃく)が、続々と宮城に参集していた。

 目玉の宴の前にも、男たちは狩りや小宴を楽しんだり、会談の時間を設けたりと忙しい。皇族や后妃(こうひ)たちも、彼らの妻や娘の相手を務める必要があった。蓮瓔も皇長女として、客たちの歓待(かんたい)の輪に混ざる必要がある。彼女は侍女たちに命じて、身支度を整えていた。


 国内からは、異民族の侵入を防いだ軍の指揮者や、めざましい税収を上げた州の長などが顔を見せている。いずれも、父帝自らの指名だ。

 国外の参列者は、親交の深い近隣国や、新たに交易を始めた国の重鎮が多い。なお隣国の錚雲(しょううん)は、急な王位の交代があったとかで、今年は参加を見合わせている。祖父の代で交易が再開してから、初めての出来事だった。


 外廷(がいてい)央廷(おうてい)の賑わいは、内廷(ないてい)の蓮瓔の耳にも届くほどだった。明日、あれほど多くの人の前で舞うのかと思うと、今から緊張で全身が(こわ)ばっている。


(……落ち着くのよ。本番は明日。今日はただの、もてなしの宴)


 心配そうにこちらを見詰める瑾萱に、蓮瓔はぎこちなく笑い返した。











 昼を過ぎると、馬に乗った男たちが続々と集まり始めた。

 これから、宮城(きゅうじょう)に隣接する皇家所有の森で、男たちが狩りを行うのだ。

 彼らは二組に分かれ一斉に馬を走らせ、獲物の数や大きさで勝ち負けを競う。白の組を率いるのは兄である白晟(はくせい)、黒の組を率いるのは叔父の尚清(しょうせい)だ。彼は父の年の離れた異母弟で、皇都近郊の地を治める親王位を(たまわ)っている。


 彼らはそれぞれ従える官僚や軍人、賓客たちを引き連れ、合図と共に狩場へと駆け出していくことになっている。狩りに参加出来ない女たちは、出発地点から離れた場所に立てられた天幕の中で、開始の合図を待っていた。

 少し離れたところにある豪奢(ごうしゃ)な天幕には、父と母が腰掛けている。父は傍に控える宦官たちに団扇であおがせ、涼しい顔をしているが、母は心配そうな表情で顔色を悪くしている。遠くに集まる騎馬のうち、白の鎧を身に着けた一団を、憂いの眼差しで見つめていた。

 蓮瓔(れんよう)は小さく鼻を鳴らし、目の前の皿に盛られた乾果を指先で摘み上げた。彼女の隣では、義妹の昭瑛(しょうえい)が身体を小さくしている。


(……早く始まって、早く終わらないかしら)


 狩りの楽しさなどまるで理解出来ない蓮瓔が、肩を(すく)めたその時だった。






 ──ヒヒィン!






「……うわぁぁっ!」






 尋常ではない馬の(いなな)きと共に、男たちの悲鳴が上がる。

 慌てて振り返った蓮瓔は、信じられない光景に目を見開いた。



「──白晟(はくせい)!」



 母が金切り声で叫ぶのと、武官たちが駆け出すのはほぼ同時だった。


(お兄様……!)


 震える蓮瓔(れんよう)の視線の先で、兄の白晟の愛馬が後ろ足で立ち、暴れている。その背に兄を乗せたまま。

 兄は振り落とされないよう必死の形相で手綱(たづな)を掴み、馬体にしがみついていた。悲鳴を上げた官僚たちが馬を飛び降り、おろおろと逃げ惑う。


「ひぃぃぃッ!」

「誰か、早く馬を! このままでは殿下が……!」


 逃げ遅れた老官が暴れる馬の前足に蹴り飛ばされ、その場に転がる。暴れる馬のあまりの勢いに、駆け付けた武官たちがたたらを踏んだ。その場に集められた五十を下らぬ馬たちも、騒然とした雰囲気に鼻息を荒くしている。


 混沌とした外廷に、その時、父帝の力強い声が響き渡った。




馬丁(ばてい)は他の馬を下がらせよ! 武官、何をしている! 早く白晟を下ろせ!」




 その声に背中を叩かれ、武官たちが一斉に動きを再開した。数名がかりで(くつわ)を取り、大量の布を手に駆け付けた別の数名が、必死の面持ちで馬上の兄に手を伸ばす。


「殿下! お手を!」


 馬が頭を下げた刹那、手綱を離した兄が武官たちの方へ身を乗り出した。兄の身体を受け止めた武官が、大きく()()る。そのまま地に倒れ込もうとする二人を、布を掲げた武官たちが受け止めた。

 身軽になった青鹿毛の馬が勢いよく駆け出し、武官たちがその後を追った。



「医官!」



 狩りでの万が一に備え、天幕近くに待機していた医官が、父の声に慌てて兄に駆け寄った。兄は身体を起こし、顔面蒼白のその医官に支えられて立ち上がる。

 未だざわつく人々に、いつの間にか天幕を出て人々の中心に立っていた父が、朗々と声を張った。


「案ずるな、皇太子は無事だ! ……狩りは一旦延期とする。官僚たちよ、客人たちを控えの間に案内せよ! 后妃(こうひ)たちは後宮に戻れ!」


 平生と変わらない、堂々とした父の振る舞いに、人々は次第に落ち着きを取り戻していく。椅子にへたり込んで震える母を、筆頭宦官が支え、顔色を悪くした客人たちに医官が寄り添う。

 蓮瓔たち皇女や、父の妃たちが集まっていた天幕にも、宦官と医官が歩み寄ってきた。


「皇女様、及び妃様方は後宮へ。具合の悪い方は、遠慮なくおっしゃってください」


 早鐘を打ち続ける心臓を持て余しながら、蓮瓔は宦官たちに誘導され、恐る恐る立ち上がった。



(お兄様……)



 震える足はともすればすぐにもつれそうで、蓮瓔はぎゅっと両拳を握り締めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。