95_真里姉ととある母親の過去語り(中編)
私は元々、あの街から遠く離れた小さな村に住んでいました。
人の少ないその村で、私の両親が営んでいたのは小さな雑貨屋。
仕入れのために村の外に出るのは主に父でしたが、村の人からついでに買い物や届け物をお願いされるため、雑貨屋というより行商人に近かった気もします。
私も何度か父に連れられ仕入れに出かけましたが、村で見るのとは違う景色に、子供心にわくわくしたものでした。
そんな穏やかな日々に変化が訪れたのは、私が十二歳になった頃。
父が仕入れから戻ってくると、その足に私より小さな男の子がしがみ付いていたのです。
どうやら仕入れ先の家族に不幸があり、この子だけがひとり、残されたようでした。
そして身寄りもなく誰も手を差し伸べない様子を見かねた父が、自ら育てると申し出たというのです。
父の言葉を聞いた母は、呆れながらも『仕方ないわねえ』と笑っていました。
ええ、本当に仕方のない父です。
うちもそれほど余裕がある訳ではないのに、お人好しで、困っている人は放っておけないのが父でした。
困った父ですが、それでこそ父だと思うあたり、母も私もすっかり影響されていたのでしょう。
まったく、私も含め困った家族です。
そんな父の子である私は、怯えるような目でこちらを見る男の子に近付き、こう言いました。
「私はレイティア。今日からあなたの家族で、姉よ。よろしくね!」
呆気に取られた男の子の手を取って、その日、私は村中を連れ回しました。
疲れた男の子が倒れてしまい、後で母にこっ酷く叱られたのは、まあ良い思い出としておきましょう。
それから数年が経ち、男の子はいつの間にか私よりもずっと背が高くなっていました。
もう男の子と呼ぶのも不自然で、彼と呼んだ方がいいくらいです。
私も彼も、村ではそろそろ結婚を意識するような年齢。
実際彼は村の若い女性から告白されたこともあるようですが、『仕事を早く覚えたいから断った』と、どこか必死になって私に話してくれました。
私にもその手の話は何度かありましたが、彼と同じ理由で全て断りました。
仕事で頑張れば目に見える成果となって返ってくるということが、当時の私には何よりも楽しかったのです。
忙しい日々でしたが、家族四人で協力し合い、暮らしは徐々に豊かになっていきました。
「もう少しお金が貯まったら、街に移って店を開くのも良いかもしれないな。これもお前が家族になってくれたおかげだ」
ある晩お酒に酔った父がそう言うと、彼は困ったような、それでいて嬉しいような、そんな表情を浮かべ笑っていました。
母は『夢物語みたいなことを』と言って父の頭を叩いていましたが、その目は優しそうで。
それまでの人生で、あれが一番幸せな瞬間だったと思います。
しかし、幸せが崩れるのは一瞬でした。
その日の夜、村が多くのモンスターに襲われたのです。
あちこちで悲鳴があがる中、両親は頷き合うと、床板で隠してあった小さな空間から保存食を全て取り出し、代わりに私と彼をそこに押し込めました。
私達をモンスターから隠そうとしてくれているのは分かりましたが、ここに両親が入る隙間はありません。
「父さんと母さんは!?」
「俺と母さんは他の人達を助けてくる。二人は大人しく待っていなさい。心配は要らないぞ? 行商で足は鍛えているからな。父さん、逃げ足の速さで負けたことはないんだ」
「あなた、それは自慢になっていないわよ?」
そう言って苦笑する母さんが、床板を閉める間際、革袋を一つ私達に放ってきました。
「悪いことを考える人がいるかもしれないから、誰よりも信頼できる娘と息子に預けるわね」
そう言ってあの優しい目を見せたのを最後に、床板が戻され辺りは闇に包まれました。
家の扉が勢い良く開かれる音と、訪れる静寂。
どれくらいの時間が経ったのか、やがて生まれた音は、家の中に誰かが入ってくる足音でした。
けどそれは、明らかに父さんと母さんのものではなく。
「「「グルルルゥッ」」」
恐ろしい唸り声と、床板が軋む音に私が震えると、彼はぎゅっと抱きしめてくれました。
そして私達の真上に足音が近付き、徐に聞こえてきたのは咀嚼音。
外に出された保存食を食べていたのだと思いますが、私はあまりの恐怖に歯がカチカチと鳴らないようにするのに精一杯で、ただただ、早くその場から去って欲しいという想いしかありませんでした。
やがて咀嚼する音も消え、一瞬の静けさが……。
次は私達の番かと思うと、発狂しそうになりました。
けどそうならなかったのは、その度に彼が強く抱きしめてくれたから。
それから、どのくらい経ったのでしょう。
気が付けば床板の隙間から、細い光が漏れ始めていました。
彼が力を込めて床板を押し上げると、差し込んだ眩しい陽の光に私は思わず目を瞑りました。
「うっ……レイティアは、そのまま目を閉じているんだ」
彼が私の心を案じ、そう言ってくれたのは分かります。
きっと周囲は酷い状況なのでしょう。
そのくらい、辺りには血の匂いが立ち込めていましたから。
「……大丈夫」
ですが、ここで目を逸らすことは出来ません。
見届けなければ私は後できっと後悔する、そう思ったのです。
それから私は、彼と村の中で生き残った数人と協力し、犠牲になった人達を埋葬していきました。
どの遺体も損傷が激しく、人として判別がつかない方も少なくありませんでした。
その中には、無残な姿となった父と母の姿もあったのです。
あの時感じた喪失感は、今でも上手く言葉にすることが出来ません。
ただ、悲しくてあまりにも理不尽で、泣き崩れていたのだけは覚えています。
そんな私の隣で、彼は泣きながら、しかし手を休めず穴を掘っていました。
「早く休ませてあげたいから。その……父さんと、母さんを」
何度も涙を拭いながら掘り続ける彼を見て、私もようやく泣いている場合ではないと気付きました。
それから二人で協力し、両親が安らかに眠れるようしっかりと埋め、弔いました。
両親の分まで生きることを、誓いながら……。
村を出た私達は、その後あの街へと辿り着き、事情を説明するとなんとか受け入れてもらうことが出来ました。
もう襲われることはないという安堵感と、見知らぬ土地への不安、そして両親を失った悲しみ。
それらが混ざり合い、私の心はぐちゃぐちゃになっていました。
しかし街に入る際、
「お前達二人の関係は? 兄妹か?」
と、門番の方に私と彼の関係を聞かれた際、彼が思いもよらぬことを告げたのです。
「ふ、夫婦ですっ!」
耳まで真っ赤にして、私の手を握る掌はじっとりとした汗が浮かんでいました。
彼は恥ずかしいのか、私の反応が怖いのか、頑なにこちらを見ようとはしません。
それなら、ちゃんと私の意思を確認すればいいのに。
ただ、それが彼にとって精一杯考えた言葉で、私を想っての言葉だというのは分かりました。
本当に、私の家族の男の人は仕方のない人ばかりで、困ったものです。
一瞬彼から顔を背け、私は涙を拭いました。
乱れていた心を涙が洗い流してくれたのか、不思議と気持ちは落ち着き、だから振り返った私は明るく言葉を続けることが出来ました。
「ええ、今年結婚したばかりなんです。素敵な夫なんですよ?」
そう言った私に、一番驚いていたのは彼でした。
そこで驚かれると、困るのだけど?
これからも、大変なことは沢山ある。
でも家族なら、乗り越えられると思うから。
だからしっかりしてね、あなた……。
いつもお読み頂いている皆様、どうもありがとうございます。
前話にて幕間二話構成といった直後、ええ、三話構成に変更です。
そして前話では「珍しくほのぼのですね」と言われた反動か、こういうお話になりました。
次話にて、あの街での出来事、そして今へと繋がる予定です。
今回新たに9件の感想を、31人の方から有り難い評価を、439人の方から嬉しくもお気に入りに登録頂けました。本当にありがとうございます。
おかげさまで、こうしてまた新たな幕間を描く、原動力となっています。
また今回も誤字脱字のご指摘を頂くことが出来ました。ありがとうございます。
頂いた指摘を元に、修正させて頂きました。今後も気になる点がありましたらご指摘の程、よろしくお願い致します。
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しばらく週1ペースが続くと思いますが、今後とものんびりと、どうぞお付き合い下さいませ。